組織開発の場面で、適性検査を使って自己理解・他者理解を行うケースがある。
非常に有効なツールで、組織開発に大きな利益をもたらしてくれる。
しかし、両刃の剣で、扱う側のスタンスで受講者を傷つけるケースも大いにある。
私もこの10年、適性検査を使って様々なソリューションを出してきたが、
知らず知らずのうちにガティブなインパクトを与えていたこともあったかもしれない
自分が受ける側になって気がついた。
今後の注意点、もしくは反省として残して置きたい。
①診断ツールではないというの提供側の論理について
自己開発向けの適性検査の場合、うたい文句として、良い悪い、もしくはタイプ分けの
診断ツールではないということが説明される。
事実、そういった目的で設計されていて、アウトプットもそういった観点でまとめられている。
しかし、いくら判断目的ではないといっても、受検して結果が出る以上、なんらかしら
の結果をつきつけられるわけで、受検者は、診断されたと認識しても当然。
それを、提供側の論理で判断が目的ではないといっても、受け手は納得しない場合も多いだろう。
そういう風に認識された場合は、その気持ちに可能な限り寄り添いながら
進めていくことが重要だと思う。
ここで、提供側の理論を振りかざしてもまったく意味を持たない。
②タイプの公平性はないと思った方が良い
様々なタイプについて、そのタイプの特長と課題が明示される。提供側は、課題がある反面、
特長もあるのだから、良い、悪いではないんだよ、というスタンスになる。ただ、受検者が、
もしそのタイプを嫌っていたり、組織の価値観が、そのタイプを排除するものであった場合、
素直には受け入れないはず。提供側は、その状況を真摯に受け止めるべきだと思う。
③全員が大人ではない。
自己が確立している人は、どんなタイプに直面してもそれをポジティブに受け止め、
将来に向けた取り組みをしていく。自己を深く理解して、他者理解へ進んでいくものと思う。
まさに、提供側の意図通りにスムーズに進んでいく。
ただし、自己が確立していなかったり、普段から自己否定感の高い人は、
簡単にタイプを受け入れられない場合もある。そういう人がいる中で、
一定時間内に、自己理解、他者理解やろうとしても、置いていかれる人が出てくるのは当然。
④ファシリテーターは自分のタイプを知らず知らずのうちに基準に置いている
ファシリテーターが適性検査ツールを選択する際、傾向としては、
自分が納得する結果が出ているものを選ぶ傾向にあると思う。
もちろん、そうでないと、納得する説明もできないだろう。
しかし、そういう場合に、セッションの中で、知らず知らずのうちに、他のタイプについて
否定的にコメントが出たり、仮に出なくとも、受講者側からすると、
この講師は、○○タイプだなとというメガネをかけ、他のタイプを否定的に見ているのでは
というメガネまでかけてしまうことがあると思う。
⑤ではどうしたら良いか?
だからって、適性検査を使わない方がよいのか?そうではないと私を思っている。
ただ、そのツールの理論や進め方ありきで完遂しようとするのは危険で、
適性検査を使ったセッションを行いながら上記のような反応が出た場合に
それを見逃さなず、拾っていくことが重要だと思う。
さらに、その反応をテーマにセッションを軌道修正していくことが必要になるのだと思う。
たとえば、①で判断されたというネガティブインパクトが持った人がいたのなら、
その声を吸い上げる。
どうしてそういうインパクトを持ったのか。もしかしたら、判断に対する抵抗感が組織内に
多くあり、そこが、組織の声としてあるのかもしれない。
”判断される”ということをテーマとして切り替えてそこを深堀していく
組織開発もありえるのだろう。
また、②の場合も、組織独特の価値観を吸い上げるきっかけにしても良い。
それが、組織に良いものをもたらしている場合もあるし、負をもたらしていることもある。
⑥最後に
適性検査があくまでツール。意識の高く、比較的健全な組織であれば有効に
ワークするだろう。
ただし、自己に問題を多く抱えている受検者が多かったり、
課題が内在している組織の場合は、適性検査のワークの途中に、様々な声や
課題が表出するだろう。その時に、それをテーマとして切り替え、
深堀していくきっかけにする柔軟性が求められるのだと思う。