情意考課とは、その社員の仕事の対する姿勢や態度を評価するもの。


一般的には、規律性、責任性、協調性、積極性など挙げられる。


しかし、この情意考課というのは、非常に危険なツールだと思っている。


評価を、単に責任性とか規律性といった形で行うと、上司の主観が入ってしまい、


部下の納得性は得られないことが多い。


また、規律性によって、上司の言うことは絶対だ、みたいな風潮や


協調性による、同僚が仕事が終わるまでは、帰れないような雰囲気も生み出し、


パワハラ、過労の温床になりかねない。


一般的な情意項目を、抽象度が高いまま、入れてしまうとこうなってしまう。


では、どのように情意考課を活用すべきか?いっそのことなくした方がいいのか?


話は少し変わるが、企業がお客さんに価値を感じさせるためには、


その商品やサービスに、他社にない差別化ポイント、ブランドイメージが乗っている必要がある。


伸びている会社というのは、それを強く感じさせるものだ。


それを、商品・サービスに乗せるには、社員の意識もそこに向かわせる必要がある


遅刻の多い組織で、顧客に対してスピードある対応が可能なのだろうか?


自由で、挑戦のないチームに、お客様を驚かす製品が開発できるのか?


つまり、普段の仕事の姿勢がお客様への価値に繋がっていく。


当社のブランド価値は何か?それをトップと議論して具体的な行動に落とし込む。


そして、先で説明した情意考課項目を反映させていく。


それは、単に、人事制度の教科書から引っ張った協調性とか、味気のない項目ではない


会社で大切しているDNAみたいなものだ。

そういった項目を評価項目に落とし込めれば、情意考課も役立つ。


おそらく、社員の納得性もあるだろうし、


それを評価、フィードバックすること顧客価値にもつながるであろう。

















ある経営者が言う、1流の戦略で2流の実行力よりも、2流の戦略でも1流の実行力の方が良い。





何が正しいか分からない不確実性の高い時代においては、





ある程度の完成度で戦略をすぐに実行に移し、現場で修正していくスタンスが重要なのだろう。





しかし、私は、これについては、異論がある。





スピードを落とさず、どちらも一流であるべき。





最初に出す戦略が2流で良い訳ががない。





こういったことを言っている経営者は、





実は、戦略も1流のものを出しているはず。





時間をあまりかけずに立案し、細かいことは現場に任せているから、2流と言っているのだ。





優秀な経営者は、日ごろから問題意識が高く、情報感度も頗る高い。





そういった人間が出す戦略は、先の見えない世の中でもかなりの確度になるはず。





つまり、日ごろから情報収集し、アンテナの高いトップが出す方針というのは、





時間をかけなくても、一流の戦略が出てくる可能性が高い。





”2流の戦略でも良い”というのを、凡人が真似して良いはずがない。





単に、模倣したら、3流の戦略で実行して、思うように成果が出ず、サンクコストで





膨大な損失が出る。





真似すべきは、普段の情報収集と感度で、素早く1流の戦略が出せる準備ということだろう。




そんなことはめったにない。


働いていて、そんな経験をもてたらどんなに嬉しいことだろうか。


コンサルタントは、常にクライアントの成功を願って支援する。


でも、そこには痛みを伴うことも多く、何かを提案し、実行してもらった裏で、


多くの方々が悲しい思いをされていることもあると感じる。


一方で、働いている人たちが、自分たちで成果を感じ、感動を分かち合う


そんな経験をどれくらい生み出せるか、そして、それを組織に促せるか。


そんな観点も持ちながらコンサルテーションをしていきたいとも思う。


人事コンサルタントには、そのチャンスが、他のコンサルタントよりも多くあると思う。


大前提として、会社に利益をもたらし、存続する支援するというのは一義的にあるのだが、


それをクリアした先に、社員にとてつもない感動を与えていきたい、それが今の夢である。


私、その機会には三つの条件があると思う。


・真にお客さんに喜んでもらえるサービス・商品を提供する。

  →何かと売上に縛られると、会社側の論理で売り込む必要性が出てくる。

    純粋にお客様に役に立つサービスを追及することは難しい。それを実現でき、

    お客さんからフィードバックをもらったときに感動がある。


・チームが連携し、共通目標のために成果を出す。

  →お互いのメンバーが助け合い、力を出し合うことは、意外に難しい。

    信頼関係の構築や共通目的の理解も時間がかかる。

    ただ、お互いが協力し合って、なにかをやり遂げた達成感は、

    一人で達成するよりも、何倍も感動するだろう。


・思っていた自分以上の力が発揮できた。

  →欠点を指摘し合う会社環境で、自分を信じることは難しい。多くの人が過小評価している。

   しかし、部下の見えていない実力を感じた上司が、大きな案件を任せて

   大化けするケースはよくある話。大きな自分に出会えたときの感動は何事にも代えがたい。


この条件を作るための支援は、外部のコンサルタントでも十分可能だ。


特に、2番目と3番目は、さまざま手法を使ってできる。これが実現できれば


自ずと最初の顧客サービスに繋がるのだろう。


我々社会人にとっての幸せは、地位、名誉、報酬ではなく、


いかにこの感動の場面に出会えるかで決まるような気がする。


この出会いを支援していくことが、私にとっての感動・幸せなのかもしれない。








師弟関係、教育について考えさせられました。




あらすじは、ここでは割愛し下記のサイトに譲ります。




セッション




以下が映画を観た後の私の気づきです。




●人が本気になるとき




 ・生ぬるく、ちょっとしたことで褒められる環境では、本気にならない。


  強烈な否定、自分だけでなく家族まで否定される屈辱的な環境で


  自分の中に潜んでいた情熱が呼び覚まされる。




 ・実力が拮抗するライバルが出現し、自分の立場が危うくなる。そんな環境。


  ライバルなんていう友情要素が入っている言葉は、正確ではないかもしれない。


  ある意味、罵声を浴びさせたくなるような”敵”の出現が、本気度を増幅させる。




 ・多くの面前の前で、どんでもない恥をかかされたときに、それは発現される。


  ある程度、実力があり、プライドを持って進めてきたものが、


  一瞬にして崩れ去る。その時に、自分でも考えも及ばない自己は出てくるのでは。




●但し、人による。




 ・上記のようなアプローチが効く人と効かない人が存在する。


  もしかしたら、今の時代では、ほとんど効かないかもしれない。


  多くは、その道を諦め、違う緩やかな道を歩んでいく。


  また、精神を病んでしまう人もいるだろう。(映画では自殺者が出ていた)




 ・しかし、こういうアプローチで、眠っていた自分が呼び覚まされ、、超卓越した


  プロフェッショナルへと変貌を遂げた人が存在することも事実。


 


●ビジネス界での人材育成への問題提起




  ・我々人事コンサルタントは、昨今、コーチングなどの手法を使い、


   いかに部下を動機付けるか。人間性を尊重したアプローチを提案している。


   より多くの人に効果をもたらすことが出来るし、課題を抱え、やる気を失っていた


   人材を一歩前進させることができる。




  ・その対極に位置するこのスパルタ教育に賛同するわけではないが、


   超一流になるためには、こういうやり方もあるということは、どこかで認識しておく


   必要があるのかもしれない。




 


●指導を受ける側へ提案




  ・こんな指導は、通常、ありえないと感じる人がほとんどのような気がする。私も同感。


   私も、あんな指導を受けたら精神的に萎えて立ち直れなくなりそう。




  ・しかし、一部だけ、肯定したい場面がある。それは、最後の10分間。


   主人公がドラムで反撃し、フレッチャーとの協奏を可能にした場面。


   あの場面は、我々が目指しても良い到達点のような気がする。


   


  ・師匠を感服させるまでの絶対的なスキルによって、プロフェッショナル同士の


   協奏・コラボレーションが生まれ、専門家としての至高のひと時が生まれるのだと思う。


   それはどんな分野でもいえる。




  ・あの10分間を目指していれば、日ごとの不満や仕事上の障害をポジティブに乗り越えられる


   可能性が増えていくと思う。”いつか、師匠を抜き、実力を発揮して専門家としての


   高いパフォーマンスを発揮する。そして、師匠に認めてもらいながら緒に「ダンス」し


   成果物の創出を楽しむ。”




  ・そんな場面を想起しながら努力していくこともありなのではと思う。そこには、単に、


   負けたくないとか達成したいとか単発の欲求ではない。憎しみが相手への尊重に変わり


   お互いの専門性が新たなものを生む、人として非常に高尚なプロセスが


   内在しているように感じる。





走り書きで、ざっと書いた。ジャズの専門家と映画評論家がそれぞれの立場で、論争しているようだが、


私なりに、大きな気づきを得られた映画だった。




ある一定の仕事については、ある人しか分からないという状況。


よくベテラン社員にそういうケースが見られる。


そうすると、その社員が休んだり、急に退職する場合に大きな問題となる。


マネージャーにとっては、大きなリスクだ。


おそらく、マネージャーも、なかなかそこに介入できず、数年で異動となってしまい、


あたらしマネージャーが来ても、仕事内容が分からないので、そのベテランに何も言えず


放置してしまう。


ベテランも保身のために、あまり自分のナレッジを公開しようとしない。


会社によっては、大鉈をふるって、定期的な異動とマニュアル化を仕組み化するケースもある。


ただ、それには多くの時間とコストを割くし、仕事の内容が簡単にマニュアル化できないこともある。



では、マネジャーは、どうすればそこに介入できるか?


その仕事をより進歩させるために一緒に考えさせてくれというアプローチを取る。


という方策はどうか?


そのベテランの労をねぎらいつつ、教えを請い、改善点、効率化について、一緒に検討する。


ソフトなアプローチをとりながら、マネージャがまずその仕事のナレッジを吸収する。


そうすれば、業務知識も揃い、ベテランもマネージャーに相談に来るようになるだろうし、


管理側も、急な退職についてもリスクヘッジができる。


ベテランの方も、勿論保身から開示したくないという気持ちもあるが、


自分が作り上げた仕事のプロセスを、だれかにわかってもらいたいという気持ちが少なからずあるはず。


そこを、マネージャーは承認し、感謝を伝えながら、やり方を紐解いていく。



一方的に、マニュアル化しろだの、共有しろだの、言えば、プライドのある人間ほど反発したくなる。