師弟関係、教育について考えさせられました。
あらすじは、ここでは割愛し下記のサイトに譲ります。
以下が映画を観た後の私の気づきです。
●人が本気になるとき
・生ぬるく、ちょっとしたことで褒められる環境では、本気にならない。
強烈な否定、自分だけでなく家族まで否定される屈辱的な環境で
自分の中に潜んでいた情熱が呼び覚まされる。
・実力が拮抗するライバルが出現し、自分の立場が危うくなる。そんな環境。
ライバルなんていう友情要素が入っている言葉は、正確ではないかもしれない。
ある意味、罵声を浴びさせたくなるような”敵”の出現が、本気度を増幅させる。
・多くの面前の前で、どんでもない恥をかかされたときに、それは発現される。
ある程度、実力があり、プライドを持って進めてきたものが、
一瞬にして崩れ去る。その時に、自分でも考えも及ばない自己は出てくるのでは。
●但し、人による。
・上記のようなアプローチが効く人と効かない人が存在する。
もしかしたら、今の時代では、ほとんど効かないかもしれない。
多くは、その道を諦め、違う緩やかな道を歩んでいく。
また、精神を病んでしまう人もいるだろう。(映画では自殺者が出ていた)
・しかし、こういうアプローチで、眠っていた自分が呼び覚まされ、、超卓越した
プロフェッショナルへと変貌を遂げた人が存在することも事実。
●ビジネス界での人材育成への問題提起
・我々人事コンサルタントは、昨今、コーチングなどの手法を使い、
いかに部下を動機付けるか。人間性を尊重したアプローチを提案している。
より多くの人に効果をもたらすことが出来るし、課題を抱え、やる気を失っていた
人材を一歩前進させることができる。
・その対極に位置するこのスパルタ教育に賛同するわけではないが、
超一流になるためには、こういうやり方もあるということは、どこかで認識しておく
必要があるのかもしれない。
●指導を受ける側へ提案
・こんな指導は、通常、ありえないと感じる人がほとんどのような気がする。私も同感。
私も、あんな指導を受けたら精神的に萎えて立ち直れなくなりそう。
・しかし、一部だけ、肯定したい場面がある。それは、最後の10分間。
主人公がドラムで反撃し、フレッチャーとの協奏を可能にした場面。
あの場面は、我々が目指しても良い到達点のような気がする。
・師匠を感服させるまでの絶対的なスキルによって、プロフェッショナル同士の
協奏・コラボレーションが生まれ、専門家としての至高のひと時が生まれるのだと思う。
それはどんな分野でもいえる。
・あの10分間を目指していれば、日ごとの不満や仕事上の障害をポジティブに乗り越えられる
可能性が増えていくと思う。”いつか、師匠を抜き、実力を発揮して専門家としての
高いパフォーマンスを発揮する。そして、師匠に認めてもらいながら緒に「ダンス」し
成果物の創出を楽しむ。”
・そんな場面を想起しながら努力していくこともありなのではと思う。そこには、単に、
負けたくないとか達成したいとか単発の欲求ではない。憎しみが相手への尊重に変わり
お互いの専門性が新たなものを生む、人として非常に高尚なプロセスが
内在しているように感じる。
走り書きで、ざっと書いた。ジャズの専門家と映画評論家がそれぞれの立場で、論争しているようだが、
私なりに、大きな気づきを得られた映画だった。