なんですと、世間は9連休ですと。
おれは、30、31、1、2、3と仕事だぜよ。
最悪のパターンだぜよ。

みなさまに良い年でありますように
陰ながら祈っております。

しかしなんですね、毎年なんだかんだとあたふたしておりますね。去年と同じになにごともなく過ぎていった、というのがありません。なんでこう毎年忙しいんでしょう。
尻をひっぱたかれるように生きているんでしょう。

明日は明日の風が吹く。
朝目が覚めると新しいページだ。
歴史は繰り返さぬ。
いちも新しいページだ。
お読みなさい。
わしは目が悪いから若い衆にお頼みします。
世代交代とはこういうことだ。
 ほいたらね。

PS.蛇足
原子のように存在しているとあなたはお思いでしょうが、どこかで、全員集合したい、みんなとスクラムを組んでワッショイしたいと企んでいる処があるんじゃないでしょうか。
SNSとかでめいめい勝手気ままにつぶやいているとしているのでしょうが、集合したいという欲動を手放していないているとおれはおもう。ユングの危惧を思い出しました。

《人びとはいまだに喜々として、集団行動こそが救いをもたらすという信仰のもとに結集し、組織を果てしもなく強大にするには、それだけ多く道徳性を犠牲にせずにはできないということには、これっぱかりも気づかない。》(「個人の自己理解」)
《群衆の一部としての人間は、心理的に異常なのだ。》
《民族の孤独と求心的秩序による集団化こそ、ドイツの破滅のもとなのだ。》(「現代史に寄せて」)
大衆のいるところなら安心だ、という心性は、あるよねえ。
「破滅するのは西欧だ。それがいかんのか?」というアジア人もいるかもしれない。

ほいたらね。

デジカメだよ。
旧機のリコーR10と違い、ズームもないしフラッシュもない。
そこはそれ、ダンディズムとは痩せ我慢である。

買ったのは2021年の暮れ時分。
10万でおつりがきた。
これが昨年夏にはどーゆーわけか20万になっていた。
いまでもそれに近い。

32GBのメモリーカードを奢ったのだけれど、
4年経つのに10分の1しか使ってない。
JTrimという画像アプリは、最終から検索するんじゃなく、毎度初めから探っていくんで、時間がかかってしょうがない。最新部からやればいいじゃないか。
人知れず苦労しているんだよおれは。

「カードが不良です」の警告が出てからというもの、フォルダーがいくつも発生したり不具合が頻出。フォーマットすればいいんだろうが、それでは以前の写真がすべて消える。主なものはPCに保存しているとはいえ、なんだかもったいない。、

カード新調した。並んでいるのの最低容量16GBで1000円。
昔は512MBで3800円でありました。
ライトユーザーのおれには4GBもあれば十分なんだけどね。

電池がもたないという噂を聞いて、念のため安物の電池2コ買い足したんだけど、使うことがなかった。おれはヘヴィーユーザーじゃなかったんだ。つくづくウルトラライトユーザーなんだ。

不思議なのは、100円ショップで買ったベルトポーチから取り出して撮ると、たいていEV-0.3って、露出が落とされている。電源入れる前だから取り出す際に操作スイッチに触れても問題はないはずだ。なんでやろ。
移動中、再生スイッチかなんかに押しているんじゃろか。
そう言えば、おもわく電池が消耗していることがある。

まあ、ズームが欲しいなぞと愚痴を言わないだけでも潔い。
(思っているけど)
それにしても、撮り逃したシーンは数多い。
撮り逃したシーンで世の中はできてるのだ。


師走といったら忠臣蔵です。
読みました。現代のエスプリNo.138 昭和54年(1979年)。
これも故兄またはその子の書庫じまいの形見分け。
編者は利根川裕。執筆陣は、書下ろしではありませんが、観音寺潮五郎、戸板康二、南條範夫、河竹登志夫、加藤秀俊、源了圓、長谷川伸、大宅壮一、樋口謹一、小林秀雄、勝部真長、竹間久江、佐藤忠男の錚々たる面々。
時は元禄14年3月14日江戸城松の廊下の刃傷事件。
15年12月14日は討ち入り。 陰暦ですけど。

乾杯の音頭、「お軽カンペー」の由来が初めてわかった。
元禄といったら西鶴、芭蕉、近松門左衛門らを輩出し、町民文化が沸き上がっていた。
この事件を彼らがどうとらえていたか。
〈武士〉を団扇で煽ぎまつって舞台に揚げた。
かくあるべきの姿を舞台にでっち上げた。
四十七士の武士倫理はどうであれ。

まつりあげるというのは日本人の民族心理である。
祭りあげていて知らんぷりしたり拝跪したりする。
それもまたあっちの世界。
代議士先生もまた。

あたしなんざは、やなこったの政治を、かれらに委託したのであってどうしても負い目がある。
ニーチェなんかは〈負い目〉が嫌いだった。
このおれがなんで政治家風情に負い目を感じなけりゃいかんのかと。
(このへんのとこ、マックス・ウェーバーは解いていない。♪大塚(久雄)おやじはホッチキスおやじ、マルクスはさんでマックスマックスとめる、というけれど、挟めていない。)←ええ加減なこと言うな!

叫喚とか啖呵とか気炎、大きな声に日本人は弱いからなあ。
巻き込まれるのが好きなんだろうなあ。
竜巻に乗れば天に昇れるとでも考えているのかなあ。
おのれを立てることより、なにかに依存してその力で賦活される。それがわが大和魂であるぞ。
なに言ってるかわからんけど、なにしろ師走です。みなさまてんてこ舞ひでありましょう。
上の写真は、スキャナーで取ればいいんですが、これが不調。うちのIT環境は転がり落ちている。みんな頑張れ!

あ、そうそう、高知に「忠臣蔵」が来ます
上川隆也、藤原紀香等々の舞台公演です。
来春1月10日、高知県立県民文化ホール。
S席12000円、A席9500円、安いものです。
うーん、観たいんですが。

↑追伸。スキャナーのをサイズ1/4にして取り込みました。

サービスです。疲れますなあ。


それからもう一つ。
田中泯のドキュメンタリー「名付ようのない踊り 幸せだ」つうのが高知市の喫茶店メフィストフェレスで明日。これも観たいんだが。

そんなわけで『国宝』(吉田修一著 朝日文庫上・下)読んでしまいました。
綾乃?一豊?えーと誰の子だったっけ。ちっとも覚えておりません。登場人物5人以上はおれには無理だ。「ゴドーを待ちながら」(←えーと、たぶんベケット)ぐらいでないとな。

このモデルは大島渚だな。こいつは寺山修司か。大学教授の歌舞伎通てのはだれだっけ。いろいろおもしろい。

歌舞伎はテレビでも見たことないけど、おもしろそうだ。
所詮が河原者? いえいえ、であるこそいい見世物を提供してくれます。高級な大小説家でも、おんなじです。
映画も観たくなりました。絢爛豪華を映像で見てみたいものです。二番館三番館で見るか。そんな映画館はなくなったなあ。
と思ったら、ロングランでまだやっている。
なんやて?3時間以上やて?
タバコも吸えんとこでそんなに座ってられんわ。
昔は大人の吐く紫煙に光線がかぶって、それはそれは映画館のいい風情やったなあ。

 


家人どもが東京に遊びに行ってん。
ついでに国立科学博物館の「大絶滅展」てのを観たそうな。
上のはそのパンフレットというには巨大な図録、270ページ、2800円。お土産だそうな。
地球上の生命の爆発的発生であるカンブリア紀以来、5つの大きな絶滅がある。最も激しかったのは古生代と中生代との境する2億5千万年前。三葉虫、アンモナイト、フズリナ等大量の種が絶滅した。
そして今、第六の絶滅期が進行しつつある。
一年に何百種もが絶滅している。
遠からず人類もその仲間になるだろう。
恐竜の跡継ぎも先代に続く。

そんなこととは露知らず、本なんか読んでます。
小泉八雲とか『国宝』とかたらたら読んでおります。
そのうち春も来ますでしょう。
長生きしましょう。

おやアケビじゃないか。
家人が買ってきた。
こんなものわざわざ買ってくるのか。
野山にありふれているじゃないか。
家人は、さてどうやって食べるのかなやんでいる。
種をぷっと吐き捨てないといけない。
バナナと同じように考えてはいけない。
いやーほろ甘さがなつかしい。
種いりませんか。自宅で野山の味を楽しめるようになります。
風流と申せましょう。
わび・さびはアケビから。

■ゆず

鉢から生えてきたユズに実がついている。
長生きはするもんじゃ。

いまは小泉八雲でしょう。
NHKの朝ドラです。
「らんまん」「あんぱん」の続きです。
『怪談・骨董』(河出文庫 2024年)読んだ。
しかも新本で。どーだ。
古本ばかり買っているおれではないのである。
  
エキゾチズムに正当な権威・地位を与えましょう。
亡霊もなにごとかではある。
モダン思想で無意味と断じるのは、早とちりである。
村一番のモボだと言われたおれが言うんだから間違いない。
 参照文献↓
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e6%b4%92%e8%90%bd%e7%94%b7&&mid=8788119AD800180F89898788119AD800180F8989&FORM=VAMGZC
毛唐のエキゾチズムに玩弄される前に日本人自身が哀惜すべきだろうと柳田國男らは思ったことでしょう。

ラフカディオ・ハーンは、庶民、小さきもの・零細なものに愛情をそそいだ。日本の諺―一寸の虫にも五分の魂―が好きだった。虫、昆虫ら。ファーブルの『昆虫記』はもちろん愛読していた。
草ひばりを飼っていた。女中の不注意で死なせてしまう。
愛しているなら自分で餌をあげればいいじゃないか。
漱石も鈴木三重吉から貰った文鳥を家の者の不注意で死なせていて家人を怒っていたな。

草ひばりというのは初めて知った。
コオロギの弟みたいなもので、フィリリリと鳴くらしい。
おれはたぶん聴いたことがない。惜しい。
 

ついでに北杜夫の『どくとるマンボウ昆虫記』(新潮文庫 1977年)も読んでしまいました。これは例によって兄またはその息子の形見分け。

ついでにだな、小泉八雲また買った。
『小泉八雲集』(新潮文庫 上田和夫訳 初版1975年)。
令和7年、68刷。
こいつはなんとスピン紐のしおりが付いておる。
いまどきありがたいもんじゃ。
河出文庫版と重複はあるが、なに、かまうもんか。
 どうせ憶えちゃいないしよ。


家族3人揃ったので、久しぶりのドライブ。
伊野ー佐川道の駅ー山越えで須崎ー高速使わず窪川道の駅ー佐賀道の駅。これで100キロ。もう帰ろうよ。
セイタカアワダチソウの群落があった。
「畑?」
「そうだよ。勅使河原流の生け花で使われているね」
耕作放置畑で生えまくっておった。

■この世はもうすぐおしまいだ
そんなことはどうでもいい。
近年わがノートパソコンが超どんくさくなっている。
家人がむやみにあちこちアクセスしてしるとおもったら、
とたんに怪しくまった。
カメラの画像が取り込めなくなっておる。
カメラに接続したら、
「カードが不良です」という警告が出た。
カメラが半分以上使えなくなっている!
(詳細は略)
性悪のウイルスが感染しまくっておる、んじゃなかろうか。
Windows11に買い替えなさいとのことでしょうか。
マイクロソフトの陰謀か?
パソコンまた買うのか?
 おしまいだ。おれのAIハイカラ生活も。
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 ↑なんだ長いアドレスは。
野坂昭如の「マリリン・モンロー・ノー・リターン」のつもりだった。おさがしください。

ジョルジュ・バタイユの『青空』(天沢退二郎訳 晶文社 1968年)読んだ。
兄の書庫じまいで貰ってきた形見分けである。
『マダム・エドワルダ』『眼球譚』『無神学大全 内的体験』『有罪者 無神学大全』は、なぜか家にあったから読んだかもしれん。とにかくあたしは村中で一番モボだと言われていたもんだからよ。新奇なものが好きじゃった。
・・・読んだかどうか、まったく記憶にない。
 たいてい読んでないな。 ↑だめだこりゃ

荒地は好みだ。
セリーヌの『夜の果ての旅』やヘンリー・ミラーも好きだった。「荒地」派の詩もね。
希望は何処で贖えばいいのか、みんな探しあぐねていた。
そういう時代だった。
で、希望は見つかったのか?
はてさて。
バタイユも荒地の中で閉じ込められてもがいていた。
そこだけは信じられる。
いかさま前二者と違い解放感もしくは痛快感はまったくない。
まったくインテリつう奴は。
まあ、彼らが苦虫を嚙まなかったら、その役、だれがやる?
だれかが担わにゃいかん。
どうかね、ひとつあなたが。

あまたのテロリストや犯罪者はいまだに彷徨しているじゃないか。荒野を。
ハマス、プーチン、トランプその他習さんや日本の有象無象もお仲間だ。仲間なのにいがみあう。これはありがちなこと。
「国民の団結」、これが頼みの綱だ。
 ここにも圧し潰されるやつがあまたいるだろう。
センチメンタリズムは嫌いじゃない。
バタイユのそれは胸苦しく、やや嫌いのほうに振れる。
この書は1935年の作。スペイン内戦の前夜だ。
袖触れ合うも他生の縁だから、ジョージ・オーウェルの『カタロニア賛歌』も読もうか。

 

《おれの錯乱はまだ終ってはいないのだ。》

《下りは、たいした難儀をせずに、正しい道を見つけた。森の中を曲りくねって走っている非常に短い道だった。》


↑時候の挨拶
なるほど彼岸か。
既出です。あたしたちはシーレ―と呼んでました。
浜の人はシレイと言ったと今日の高知新聞の読者投稿欄にありました。死人花と呼んだ地方もあるらしい。
死者を想う花をあつらえたのは先人の智恵と申せましょう。
数世代前は救荒食として有難がったもんじゃ。
ほんの数世代前には、食う物に困っていた。
それを忘れてもらっては困る。
ほんとにみなさま忘れたふりをするのが上手いからねえ。
あたし? 
ふりじゃないもん。
認知症だもん。
過ぎたものはみな美しい。
ほいたらね。

NHKの朝ドラ「あんぱん」が終わってしまった。
主人公の顔が強すぎる。
もっと弱っちいのにしてほしかった。
次は小泉八雲の「ばけばけ」。
またも好きな人だ。
30年前、車で松江の旧八雲邸から出雲大社まで行った。
それはそれは遠かった。
 良きこともなく過ぎた。