アメリカ・イスラエルが急襲。
いやあ乱暴ですな。
国の数以上に国益があるんですからてんやわんやですがな。
高市さん、日本はアメリカの最重要同盟国なんですから、「宗主さま、イランに攻撃したらホルムズ海峡は封鎖されるでしょうから我が国のエネルギー供給が断たれます。お止め遊ばせ」と進言したらよかった。昔の武士だったら諫め腹を切るところだ。
<島はみなまぼろし>がはやく常識にならんもんかとおもう。
ナショナリズムはわしら後衛の庶民にまかせなさい。
悪いようにはしない。
国は昔の藩じゃ。

■後免ローソン閉店


よく利用していたコンビニが閉店した。
たちまち困る。
次に近いコンビニもひと月前に閉店した。
難民だ。
店がなくなるというのは、田舎ではことに困る。
あの駄菓子屋が、八百屋が、魚屋が、喫茶店が、ガソリンスタンドが、パチンコ屋が、などなど、閉店されています。
貧窮が地下水脈を通じておれに忍び寄っている。

ラフカディオ・ハーン『心』(岩波文庫 1951年 2025年第60刷)
1週間で届いたからまあ良しとしよう。
改版があればそちらを、と言っておいたが、在庫があるからまだ改版はなしとのこと。活字がおれには小さいけどね。

『怪談・骨董』(河出文尾)
『小泉八雲集』(新潮文庫)
『東の国から』(岩波文庫)
『骨董』(〃)
と読んできた。これでとりあえず小泉八雲はおしまい。
あそうそう、昔『日本の面影』てのも読んでました。

どれもおもしろかったです。
モダンボーイのしゃらくさい、猪口才、「さかしら」(本居宣長)を措いておけばね。

NHKの朝ドラ『ばけばけ』は、惜しいことに「ぼけぼけ」で終わってしまいそうです。
終る前に皆さん、一読をおすすめいたします。


なんですか風の噂ではそうなんですってね。
なんですか若者の政治参加が多かったそうですね。
脱政治が若者かと思われていました。
けっこうな風潮ではありませんか。
目出度いもんですな。

わしらの時代は、反権力がおしゃれでした。
権力にごろにゃーんとすり寄るなんざ、恥ずかしくってさ。
若者の特権的な=病理的でもある〈誇り〉であった。

わしらの感じていた不安感と違う現実的な不安に囲繞されているのかもしれん。
とりあえず、それが〈国益〉だと。
国家は、世界はあるにしろ、おれが帰属しているのは日本国だと。
おれは吉本隆明に倣って、国はまぼろしだとおもう。

■遠乗り


久し振りの遠乗り。
国道55号を東へ。奈半利から山に入る。
野根山街道44キロ。
室戸岬廻りのショートカットだが難路。
土御門上皇の遠流の路でもあった。
木材を運ぶ鉄路の遺構があるとの頼りない噂を聞いてのこと。
見当たらななかった。
対向車はほとんど出合わなかったが、たまにダンプカーがあり、難儀した。
四国のイーストコースト、国道55号線の野根に出て、室戸岬廻りで帰る。
この道を往復はハード。

これでも国道493号。酷道ファンよ来たれ。

↑は峠の公衆便所。屋根の草がおしゃれ。

 

けっきょく、200キロの時間つぶしとなった。
燃費は26㎞/ℓてところか。
すみません、無駄に温暖化ガスを排出しました。
酒を飲まないアル中のトランプさんなら許してくれるでしょう。

京都好きの娘がお土産に本を買ってきた。
京都の丸善で古本市をやっていたとのこと。
『つげ義春が語る 旅と隠遁』(筑摩書房 2024年初版)。
「彦根 山の湯」のシールが貼ってあった。
温泉ではなく古書店の由。

なつかしい。
ネジ式、海辺の叙景、長八の宿、紅い花、沼、大場電機鍍金工業社、もっきり屋の少女、ほんやら洞のべんさん、オンドル小屋、ゲンセンカン主人、李さん一家、チーコなどなど。
「無能の人」は読んでいなかったかも。映画も観てない。

『ガロ』はよく読んでいた。
一冊だけ残しておいたのだが、いつのまにかなくなっていた。
蔵に入れていた昭和初期(?)の扇風機や蓄音機もなくなっていた。これは泥棒の仕業だとおもう。

なくしてしまう、これが人生。
だれかが保管してくれたらいいんだが。
流れてしまったらそれでおしまい。
みんな流してしまうんだよねえ。
それどころじゃないから。
お忙しいことで。
つげ義春はおれの盟友だ。

高知といいましても昔は遠流の地であった。
石上乙麻呂、菅原道真の子、源頼朝の弟・希義、承久の変で流された土御門上皇、法然(阿波まで行って恩赦された)、犯罪者じゃないけど土佐の小京都と言われる中村に一条氏などなど。
昔、男ありけり。その男、身を益(やう)なきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国をもとめにとて、往きにけり。(伊勢物語)

「土佐は日本に誇るべき蛮地である」と司馬遼太郎は言った。
自由は土佐の山間より。

天離(あまざか)る鄙(ひな)の辺土。
片隅に生き、それで直ちに天下に呼応しうる。
辺土は、どうして、うち捨てられていることに自足しているわけのものではない。ただその地に生きているだけなのだ。
辺土とは都の言葉にすぎない。
おれたちにはおれたちの言葉がある。

■池ノ浦

なつかしの横浪スカイラインをブイブイ走って、尾根筋の途中左に入り、すさまじい屈曲路を3キロ、対向車が来ないことを祈りながら太平洋側に出る。そこが池ノ浦。20戸ほどの小さな漁村。以前訪(おとのう)た久通の東方7キロほど。
海老料理店がでんとあった。伊勢海老の基地であるらしい。
漁業組合に自販機が1台あるだけでほかに店はない。
子供らは小学校にどうやって通うんだろか。
こんな村が無数にある。
どうぞ無視してやってください。ちくしょう。
指標はただ一つ、<生産力>なんだから、しょうがないか。

辺土・田舎は、生産力または都会の草刈り場である。

選挙行ってきた
どーだ、すげーだろ。
わざわざ期日前投票である。
政治が嫌いで、政治なんてものがなくなりゃいいと思っているおれが選挙に行って来たんだよ。
「紅旗征戎、吾が事に非ず」と言った定家の末孫であるおれが。
うちの選挙区で3人立っていた。自民党と中道なんとかと参政とかいう党。中道某に入れた。中谷元さんすみません。比例では、トロツキストにあるまじく共産党に。すみません。政権取りようもないから許してください。

せっかくの休日が病院と選挙で潰れた。
どーせ庶民は暇だろう、と思っていたら大間違いである。
息をする、飯を食う、酒を飲むだけで充分忙しいのである。
文句あるか?

  すまん画像が傾いてます。

そりゃ目出度いのう。
冷えますね。
おでん作りました。
もちろん牛スジは入れた。
これでしばらくは酒のアテがあるわけ。

ボケの花が咲きました。貧相ですけど。
つぼみはあと3つある。
庶民はつまらぬことに一喜一憂するものだ。
稲の出来不出来に憂える農家とどこが違うか。

『怪談・骨董』(河出文尾)
『小泉八雲集』(新潮文庫)
『東の国から』(岩波文庫)
『骨董』(〃)
と読んで、また本日岩波文庫の『心』を注文した。
NHKの朝ドラ「ばけばけ」つながりです。
2週間ほどかかるとのこと。
なんだい50年前とおなじのデリバリーかよ。

ヘブン先生が「ビアが飲みたい」とのことで、せつさんらが楽器の琵琶か、いや果実のビワだろうとか15分以上費やしておった。くすっと笑えるコメディーを制作側は目指しているのかもしれませんが笑止。
たとえば「日本人の微笑」ははたしてどのように取り入れられるか、いささか不安。


街中の歩道で、蛇か?

風で動いた木の葉だった。
太宰治は、散歩中、小石が歩いているのを見た。
子供が紐をつけて引っぱっているのだった。

認知機能がとみに衰えている。
夜勤時、誰もいるはずのない隣の部屋から話し声が聞こえる。
右前の声が左後ろから聞こえる。

新聞読んでいて脈絡がうまく捉えられない。
「前者では・・・」 はて、前者ってなんじゃろ。
いやー、起承転結がズタボロですがな。
読解力がないのはいまに始まったことではないが、

いやー、度が過ぎています。


皆の衆はいいお正月だったでしょうか。
さぞ旭日の勢いをお授けになられたことでしょう。
よろしなあ。
お流れを頂戴いたしたいものであります。

なんですと、世間は9連休ですと。
おれは、30、31、1、2、3と仕事だぜよ。
最悪のパターンだぜよ。

みなさまに良い年でありますように
陰ながら祈っております。

しかしなんですね、毎年なんだかんだとあたふたしておりますね。去年と同じになにごともなく過ぎていった、というのがありません。なんでこう毎年忙しいんでしょう。
尻をひっぱたかれるように生きているんでしょう。

明日は明日の風が吹く。
朝目が覚めると新しいページだ。
歴史は繰り返さぬ。
いちも新しいページだ。
お読みなさい。
わしは目が悪いから若い衆にお頼みします。
世代交代とはこういうことだ。
 ほいたらね。

PS.蛇足
原子のように存在しているとあなたはお思いでしょうが、どこかで、全員集合したい、みんなとスクラムを組んでワッショイしたいと企んでいる処があるんじゃないでしょうか。
SNSとかでめいめい勝手気ままにつぶやいているとしているのでしょうが、集合したいという欲動を手放していないているとおれはおもう。ユングの危惧を思い出しました。

《人びとはいまだに喜々として、集団行動こそが救いをもたらすという信仰のもとに結集し、組織を果てしもなく強大にするには、それだけ多く道徳性を犠牲にせずにはできないということには、これっぱかりも気づかない。》(「個人の自己理解」)
《群衆の一部としての人間は、心理的に異常なのだ。》
《民族の孤独と求心的秩序による集団化こそ、ドイツの破滅のもとなのだ。》(「現代史に寄せて」)
大衆のいるところなら安心だ、という心性は、あるよねえ。
「破滅するのは西欧だ。それがいかんのか?」というアジア人もいるかもしれない。

ほいたらね。

デジカメだよ。
旧機のリコーR10と違い、ズームもないしフラッシュもない。
そこはそれ、ダンディズムとは痩せ我慢である。

買ったのは2021年の暮れ時分。
10万でおつりがきた。
これが昨年夏にはどーゆーわけか20万になっていた。
いまでもそれに近い。

32GBのメモリーカードを奢ったのだけれど、
4年経つのに10分の1しか使ってない。
JTrimという画像アプリは、最終から検索するんじゃなく、毎度初めから探っていくんで、時間がかかってしょうがない。最新部からやればいいじゃないか。
人知れず苦労しているんだよおれは。

「カードが不良です」の警告が出てからというもの、フォルダーがいくつも発生したり不具合が頻出。フォーマットすればいいんだろうが、それでは以前の写真がすべて消える。主なものはPCに保存しているとはいえ、なんだかもったいない。、

カード新調した。並んでいるのの最低容量16GBで1000円。
昔は512MBで3800円でありました。
ライトユーザーのおれには4GBもあれば十分なんだけどね。

電池がもたないという噂を聞いて、念のため安物の電池2コ買い足したんだけど、使うことがなかった。おれはヘヴィーユーザーじゃなかったんだ。つくづくウルトラライトユーザーなんだ。

不思議なのは、100円ショップで買ったベルトポーチから取り出して撮ると、たいていEV-0.3って、露出が落とされている。電源入れる前だから取り出す際に操作スイッチに触れても問題はないはずだ。なんでやろ。
移動中、再生スイッチかなんかに押しているんじゃろか。
そう言えば、おもわく電池が消耗していることがある。

まあ、ズームが欲しいなぞと愚痴を言わないだけでも潔い。
(思っているけど)
それにしても、撮り逃したシーンは数多い。
撮り逃したシーンで世の中はできてるのだ。