無限旋律

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この話題は、ずっと昔に「マッサージのある音楽」てので書いた。
高知に移住した有名ブロガー=イケダハヤト氏は、ブログは同じことを何度書いてもいいと言っている。

 

■R・シュトラウス「変容」
 https://www.youtube.com/watch?v=H_24ljx40Bo
■ラベル ボレロ
 https://www.youtube.com/watch?v=ylsJQPeiKew
■クラフトワーク ヨーロッパ・エンドレス
 https://www.youtube.com/watch?v=cqGsi9k6ra0
(こっちがいい→)トランス・ヨーロッパ・エクスプレス
 https://www.youtube.com/watch?v=FnlY4cTls94&list=RDMMFnlY4cTls94&start_radio=1
■ジョン・コルトレーン オレ
 https://www.youtube.com/watch?v=wr5BotYA3U8

初めて「ヨーロッパ・エンドレス」を聞いたときは、
いつ終わるんだろうか不安になったもんです。
      起承転結がない。

 

音楽に劇的なるものを導入したのはベートーヴェンまたは先代のモーツァルトあたりからではないか。
↑このへんまったくええ加減。ギリシャ時代からあったはずでしょう。まあかたいことは言わないで。

 

畳みかける単調な旋律・フレーズは、いつ終わるのか指示しない。
無限に宙ぶらりんとなり、不安を増幅させる。
サスペンスである。
そこでどうなるかというと、落ち着きどころを自分で探しにいかねばならなくなる。

 

これは、アメノウズメノミコトや巫女やシャーマンやイタコが、太鼓や原始的な弦楽器によって、酩酊というか恍惚というか法悦というか霊魂離脱というかトランス状態になって神のお告げを得る、という状況に似ている。

 

軍艦マーチで勇ましくなったり、短調でうら悲しくなったり、音曲の効果はパターンとしてあることは疑えない。

 

神を知らない=無垢は不安をつくりだす、とキルケゴールは言う。
単調な繰り返しは、「け」の自分を揺り動かし、不安に誘う。
不安こそ神のありかなんだ。
不安は神の僕(しもべ)である。
 某教会の説教のタイトルは、「打たれた心は動きだす」だった。
   ↑南国市明見の教会で最近見た。

 

平安に神は要らない。とイエス自身が言っている。
そりゃ目出度い。いや、嫌味で言うんじゃないよ。

 

これが刀か

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2000年に生産終了したカタナ、19年ぶりに生まれ変わった↑。

 

   ガビーン      (←古いね、どーも)

 

こりゃー、ひどいわ。

        ↑1981年に発売された初代はこんなの

かつて西部警察の舘ひろしが乗っていたブラック刀が、こんなになっちゃって。どうしたスズキ。
初代カタナをデザインしたハンス・ムートはこんなのにOKを出したんだろうか。著作権や彼がまだ生きているかは知らんけど。

 

こんなのが今風なんか?

醜怪である。

 

←舘ひろし

 

↓おいらのGS650G、750の弟分

誰でもよかった道連れ殺人

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5月28日川崎市登戸での殺傷事件。
生まれるときも一人なら死ぬときも一人、と昔からしたものである。
これは科学といってよろしい。

こういう当たり前を集積したのが人間の知恵でありました。

 

ですが、一人で死ぬのは寂しいと思うのも人情。
日ごろ世間と付き合いがなければ、よけいそう思うのかもしれません。せめて死ぬ時ぐらい共連れがいた方がおにぎやかで良い。

 

古代人はその辺ちゃんと考えていた。
親分が死んだら、おそばに仕えていた奴婢とか臣下とかがいっしょに埋められました。殉死です。生き埋めもあったでしょう。

 

これではいかにももったいないので、時代が下ると、埴輪で代理させました。科学の進歩であります。

 

21世紀になっても孤独な死に耐えられない方もいるようです。
科学万能の世になっても、古代のトポスや心性は始末されないで残っているんでしょう。できたら生きた埴輪がいいってね。

 

「引きこもり」は道連れ殺人の予備軍だともされかねない。
息子が「(川崎のような)周囲に迷惑をかけないように」と殺してしまった親御さんもいます。
落ちこぼれ者の報復・復讐、世間はこれにも耐えねばなりません。
殺られる前に殺れ! で行きますか?
あたしはもっとコストが安くつく別の道を考えます。

 

買ってはいけない

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本買った。
『アリエナイ理科ノ大事典』
これは使えません。
「スタンガンをデスガンに」「死体を溶かす」「家庭に原子炉を」とか、使いたくもない、かつ中途半端きわまりない情報ばかり。
いかに科学を愛するあたしでも、つまらん買い物であった。
欲しい方があればお譲りいたします。

動機が悪かった。
電車に乗ったら、隣の利口そうなお嬢さんがこれを読んでいたのだ。
良家のお嬢さんが読むぐらいなら良書に違いない。
   おれはなんてミーハーなんだ。

 

■キューリ食う
レシピを再録する。
1.キューリをピーラーでウリ坊ふうに剝く。
 丸裸にしたら歯ごたえに難がある。
2.適当に切って、塩で水分を抜く。
3.絞って、唐辛子、だし昆布、醤油または麺つゆ、みりん、酢に漬け、ひと晩おく。
カッパでなくても、うまい。おすすめです。
ブランデーにも合う。知らんけど。

 

お蔭をもちまして

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先般の手術というのは、首と鼠径部からカテーテルを静脈に挿し込み、心臓の脈動を指示する神経を熱戦で断ち切る、という乱暴きわまりないオペでありました。こんな無体なやり方で治るわけがない。

 

が、術後、ちょいちょい起きる不整脈が消えている。今のところ。
5年前は心不全で死にかけていたんだから、効があったんだろう。

 

PS.
《すみはてぬ世に、みにくきすがたを待ちえて何かはせむ。命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬ程にて死なぬこそめやすかるべけれ。》
そう言った兼好法師は六七まで長生きしているんだから
厚かましいよねえ。

 

自分の命は自分では決定できない。
親鸞ならあっさりそう言って、「知ったことではない、しょうむないことまで考えるな」とするんだろうけどね。

むろん兼好は100年前の法然・親鸞をよく承知しておったろう。
その辺の機微は知りません。
この話はやめましょう。
みなさま方にはたんと長生きしていただきたいものです。

 

やれやれ

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なんの因果でございましょう
毎年一度は入院、これが5年連続。
長生きはするもんじゃありません。
吉田兼好は、「四十までに死ぬのがよい」と言いました。

 

本居宣長はこの法師さまに噛みついております。
「つくり風流(みやび)」だと。
金を欲しがるも己が命を惜しむのも人間の情というものである。

 

《欲といへば悪しきことのやうにのみ心得るは大きなる違ひなり。歌は即ち人情のことにて、これなければ人と云ものではなきなり。欲は天性自然に具足したるものなれば、人と生れて欲のなきものは一人もなきなり、欲のなきは木石の類なり。》

 

儒学に果敢に抵抗した宣長の姿勢がさわやか。
宣長は、古事記は事実だとか言うトンデモ国学者なんだけど、市民革命を準備したえらい学者なんだねえ。
 引用は、西郷信綱『国学の批判』「本居宣長」からパクり。
 これと丸山眞男の『日本政治思想史研究』は読んで損はない。

 

退院

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みなさまご清栄のことと存じます。
恥ずかしながら帰ってまいりました。
いえ、快気なぞではありません。
とりあえず帰って養生せよ、みたいなもので。

 

それは措いといて、忌野清志郎が死んで10年だってよ。
あたしは彼の「500マイル」が好きで、10年間聞き続けております。
再々々々度挙げときます。
https://www.youtube.com/watch?v=K02Lh6RUjT8&list=RDK02Lh6RUjT8&start_radio=1

 

病院の隣のローソンで、
『子どもに教えてあげられる散歩の草花図鑑』(だいわ文庫)
というのを買った。
田舎育ちながら、草木や鳥、魚の名前、まったく知りません。
そこらのものすべて「草」と呼んで済ませておりました。
ちょっと知恵がついても、せいぜい「名もない雑草」です。
お話になりませんわ。
牧野富太郎の後輩として慚愧に耐えませんです。

  ものに名をつけるのはたいへんなことをしているわけだよ。

事故もある

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夜勤明け。ゴロゴロ電車で帰っていた。
妙なところで停まった。
「上りの電車が脱線して塞いでおり通れません。」とのこと。
なるほど、乗用車と衝突して脱線しております。
こりゃおおごとじゃ、高知新聞、NHKに写真を送らにゃ。
カメラはないが、ケータイで。

容量オーバーでメールに添付できない。
マイクロSDはうちのカードリーダー認識せん。
まあどうでもいいや。

 

上のはケータイをデジカメで撮ったもの。
ばかばかしいねどーも。また傾いておるわ。

 

柳田國男・南方熊楠往復書簡集上・下  平凡社ライブラリー
読了。
熊楠さんひと晩で7升飲んだらしい。
豪傑ですな。
見倣いたいものである。

 

あこがれのアコンカグア

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アコンカグアは南米の最高峰6960m。
ダーウィンはサンティアゴあたりからこれを望んだ。
上の絵は裾にある<インカの橋>。
ビーグル号に同行した絵師の作品です。
傍らの温泉からの沈殿物で出来たとダーウィンは書いていた。

 

知人のギンナンこと沢の木翔市氏はアコンカグアに登った。
下の写真は彼が同じ角度から撮ったもの、かな。

その下のは、彼の撮ったアコンカグアの頂上にかかる”白い風”。
ダーウィンはこの雲を遠くから見て、山のありかを知った。
この2枚は山岳同人誌KRAFT(1993.5.15)から。

 

南米南端の地形を見て、「コルディエラの大部分、おそらくその全部は、その各脈がいずれもいく度かくりかえされた隆起と迸入(←なんと読むのかわからん)とによって生じたものであって、従っていくつかの平行に走る山脈はそれぞれ異なった時代につくられたものと結論してよい」とダーウィンは書いている。

 

手の指のように伸びている山脈の下半分を隠している雲海を見て、ダーウィンは隆起する前の地形――裾が海で洗われている――を想像した。
生物学だけではない地質も含めた博物学者ならではだ。

 

南北アメリカの先住民は、アジアからベーリング陸橋を渡って来たモンゴロイドであることをダーウィンは気が付いていた。
表立って言うと「新大陸」を発見したと浮かれていたスペイン人や♪This land is my landのイギリス人が気を悪くするからな。
  ↑ウディ・ガスリーさんへのが当てこすりではありません。
 https://www.youtube.com/watch?v=wxiMrvDbq3s
大島渚の「日本春歌考」ではかなりいやみっぽかったけどね。

 

ビーグル号航海記読了

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まさかとお思いでしょうが、読んでしまったんだからしょうがない。

何編かの探検記を読んだあとなんで、この長編も意外にすんなり読めた。ちなみに、『白ナイル』のアラン・ムーアヘッドは、『ダーウィンとビーグル号』というのも書いている。

 

『種の起源』でもそうだったが、これも邦訳者の島地威雄先生自身も申し訳なさそうに言っていたように、図版が少ない。
先日かたりあふ書店で、『集英社新書 ヴィジュアル版 ダーウィンの足跡を訪ねて』というのを発見して購入。
けれどもが、ビーグル号航海記関係ではガラパゴスだけで、見たかった南米パタゴニア近辺の生き物、景色の収録はなし。

ここはイギリスBBC放送が「ビーグル号航海記を紀行する」てのを作ってもらいたいものである。
え? 出てる? 買うさ。

 

「ダーウィンが来た!」風のをひとつ。
パタゴニアにスペイン人がカサリタと呼んでいる小鳥がいる。
家の周囲に泥を固めた塀が作られているが、これに穴をあける。
鳥本人は巣作りのつもりなのだ。
ところが案に相違して壁が薄い。
掘っていったら向こう側に出てしまう。
こんなのが20か所もあって、住人は渋い顔。
鳥さんは何度も飛んでいるから、壁の厚さはご存知だろうに、毎度貫通した穴をこさえる。
鳥さんも「なんだよ!」と思ったろうが、ダーウィンも呆れていた。


そこらの路地を歩いても探検は探検だ。冒険だ。
あたしはこれでひどい目に遭ったことがある。