アメリカ文学の巨星落つ | ほうしの部屋

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 現代アメリカを代表する作家の一人である、ポール・オースターが4月30日に死去しました。肺ガンの合併症だそうです。77歳でした。

ポール・オースター | 著者プロフィール | 新潮社

 オースターは1947年にニュージャージー州ニューアークで、ポーランド系ユダヤ人の両親から生まれました。コロンビア大学大学院を修了後、船員として世界各地を巡りました。そしてパリに住み、飜訳、詩作などで生計を立てました。しかし、生活費が底をつき、アメリカに戻り、ニューヨーク(ブルックリン)で暮らし、執筆活動を続けました(詩作、評論など)。1979年に父が死去し、遺産が手に入ったことにより創作活動に専念できるようになります。1982年にオースター名義での処女作で自伝的な『孤独の発明』を発表。そして、1980年代に立て続けに発表した、いわゆる「ニューヨーク三部作」によって、作家としての確固たる地位を築きました。これだけ多作で、ベストセラーも多く、文学的実験に富んだ作品を生み出すのに、賞にはやや無縁で、1993年、『リヴァイアサン』によってフランス・メディシス賞の外国小説部門賞を受賞したぐらいです。毎年1編は長編小説を発表するほど旺盛な創作活動を見せ、2000年代に入ってからも創作意欲は衰えず、映画の脚本・監督にも乗り出しました。私生活では、2度、結婚しています。2024年4月30日、肺ガンの合併症により、77歳で死去。

ポール・オースターさん死去、77歳…「ガラスの街」「幽霊たち ...

 私は、偶然から、オースターの作品を読むようになり、この2~3年の間に、オースターが発表した小説作品のほとんど全てを読みました。オースターは、実験的な手法を用いながらも、物語作家としてのテクニックを存分に発揮して、読んで愉しめ、考えさせられる作品ばかりを発表してきました。

 オースターが得意としたのは、メタ・フィクション(メタ・テクスト)の手法です。本編中に、作中作を幾重にも織り込み、それらの原テクストが、物語全体を進行させるメタ・テクストと呼応して、深みのある、複雑な読後感を与える作品を作り出しました。しかし、決して策に溺れることなく、物語を語る上手さがあり、複雑な構成ながら、読者を最後まで飽きさせずに引っ張っていく筆力を有していました。

 私が読んだ、オースターの小説作品は、『ガラスの街』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』(以上がニューヨーク三部作)『孤独の発明』『ムーン・パレス』『偶然の音楽』『リヴァイアサン』『ミスター・ヴァーティゴ』『ティンプクトゥ』『幻影の書』『闇の中の男』『サンセットパーク』『オラクル・ナイト』『ブルックリン・フォリーズ』『写字室の旅』『インヴィジブル』あたりです。翻訳が出ている作品は、あらかた読みました。柴田元幸による邦訳も非常に優れており、オースター文学の魅力を日本にももたらし、多くのファンを獲得しました。

 オースターの作品には、読者を落胆させるようなハズレがありません。物語の面白さに引き込まれ、構成の巧みさに感嘆させられ、ハッピーエンドの少ないエンディングを読み終えて、沈思黙考させられるような作品ばかりです。

 

 オースターの主な作品は、下記ブログで紹介しています。

 

探偵小説モドキの実験文学 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

閉塞からの解放 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

作家の桎梏 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

妄想の現実化 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

相互監視の空虚 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

記憶を呼び覚ます孤独 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

人生というリヴァイアサン | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

迷うことなきテクストの迷宮 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

月の導き | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

ニューヨーク三部作の掉尾 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

メタ・フィクション化された言語行為論? | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

寓話がつきつける現実 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

愚者一人一人に物語がある | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

群像を群像のまま描く群像劇 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

不可視(インヴィジブル)な人生 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

吾輩は「犬」である? | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

手記ゆえの現実感 | ほうしの部屋 (ameblo.jp)

 

 

 オースターの作品に通底するのは、偶然に翻弄される登場人物たち、その偶然を受け止めて(悪あがきも含めて)奮闘する人間の魅力です。行き当たりばったりに行動する登場人物が多いのですが、その滑稽さだけでなく、人生というものの悲哀と奥深さを感じさせるように描かれています。

ポール・オースターが朗読する ナショナル・ストーリー ...

 私が世界で最も好きな作家は、イタリアのウンベルト・エーコですが、ポール・オースターはそれに肩を並べる存在と言えます。物語としての面白さに加えて、人間の奥深さを描かせたら、オースターの右に出る者はいないと思えました。

 エーコは亡くなり、そしてついにオースターも亡くなってしまいました。あの、物語にどっぷり浸り込む快感をもたらしてくれる新作が、もう出ないというのは悲しいですが、オースターは、晩年になっても旺盛な創作活動をしており、よく働いた人生だったと言えると思います。

ポール・オースターが別名義「ポール・ベンジャミン」で刊行した ...