一万円札が崩される度に、「フッ、人生なんて」と思う。
目が覚めると、キンモクセイの匂いが鼻をつく季節になりました。
秋です。私が生まれた季節です。
はいどうも、「最低でも金、最高でも金」でおなじみの金曜日がやってきましたよ。
「秋」は「飽き」に通ずるとも言いますが、さすがの私も半袖ポロシャツに飽きた、と言うか肌寒さを感じるようになりましたので、わざわざ押入れの奥から長袖のシャツを引っ張り出してきてアイロンをかけていると2限からのゼミに遅刻しました。
40分遅刻してゼミに出るのは度胸がいりますが、私はすでに「いつ退学届を出しても不思議ではない学生」リストに登録されていますので、教官の先生方はむやみに刺激しないよう、細心の注意を払って下さいます。長年にわたり大学の授業料を収め続けた結果、このようなVIP(Very Insane Peopleの略)待遇を勝ち得ました。皆さんもどうですか不要ですかそうですか。
学生の控え室で同じ専攻の後輩学生から、大学祭に出店するので手伝ってほしいと声を掛けられました。この歳になって後輩に声を掛けられるのは嬉しかったので、二つ返事で引き受けました。
ふと机の上を見ると、見慣れない筒状のものが2つ。フタをひねるとボールペンの芯ぐらいの細さの管の先に「保存用」のゼリー状の薬品が塗ってありました。
実は出店に際し、検便が必要なのだそうで、とりあえず2人分提出すれば良いとの事。
ここはかわいい後輩達のために一肌脱ぎたい気持ちはやまやまだったのですが、あいにく私は生理的欲求に駆られていなかったので、役に立てずじまいでした。それにしても、こういうところで人様の役に立てないで、いったいどこで役に立てと言うのでしょう。
そんなこんなで1時間遅れで始められたゼミでしたが、先生が「じゃあ、これでいろいろやってみてね」とパソコン(廃棄処分を免れたウインドウズ95)のC言語のソフトを立ち上げるとどこかへ行ってしまいました。
先生がいなくなったのをいいことに、食堂でシーフードヌードルとコーヒーを買ってきていろいろいじくってみましたが、エラーメッセージが出るばかりでいよいよつまらなくなってきたので、さっさと電源を切って帰ることにしました。
あ、言い忘れてましたが、私のゼミは教授と学生のマンツーマンです。
バス券(4000円)を買うために、ローソンパスで1万円だけ借りました。借りたが最後、「この1万円札は借り物である」ということを忘れてしまいます。
昼休みにケチなカップラーメンを食っただけでしたので、「よし、今日はよく頑張ったし、ちょっと贅沢しよう」と思って三宮のセンター街にあるピビンバ倶楽部 に入りました。
店内は相変わらずガラガラで、「昼のピークを過ぎたから」では説明できないぐらいの閑古鳥の鳴きようでした。店内のBGMは店長さんのお気に入りと思しき「浜崎あゆみ~GLAY~X JAPAN(たしかそんな感じだったと思う)」といった豪華メドレー(ただし、一昔前)でしたが、これまた侘しさをそそるものがあります。
本当は景気付けに肉でも食べようかと思っていたのですが、やはり昼間のカップラーメンのカロリーが気になりだし、結局トック(韓国雑炊)を注文しました。大盛りで400円でした。
栄養面で心配なファストフード店が乱立する三宮にあって、こういうちゃんとした家庭料理を提供してくれる(しかも安価で)店は稀有な存在です。いつつぶれても不思議ではない佇まいではありますが、なるべく末永く存続していてほしいと思っています。
歯医者の時間まで、元町の大丸前にあるドトールでアイスコーヒーを飲みもって『海の向こうで戦争が始まる』というどうしようもない小説を読んでおりました。
診療の後、ハーバーランドのビーズキス という、てっぺんから蜂蜜をかけたような甘ったるい商業ビルにある服屋に行ってみましたが、ことごとく私に合うサイズがないことに憤慨し、何も買わずに出てきてしまいました。
まったく無駄な時間を浪費してしまいましたが、それでもなお晩の家庭教師までには時間があったので、散髪に行くことにしました。「時間と金があれば散髪」は私の座右の銘のうちのひとつです。
ほぼ2ヶ月ぶりの床屋でした。「思い切って短くして」と言うと、「じゃあ、中田ぐらいにしておきましょうか」と言われましたのでそうしました。こう言われてまさか中田カウス・ボタン を思い浮かべる人はいない(いたらごめん)でしょうが、中田と言うだけでヒデを連想させるなんて、中田英寿も大したファッションリーダーぶりですね。
この日の家庭教師(中3・男)は国語に終始しました。
「時間があったらやっておいてね」と言っておいた問題が手付かずだったようなので、私はそれをやるよう指示し、できたら答えあわせをして解説を加えるという、あまり私の労力を使わない指導になってしまいました。
家に帰ってウイスキー「膳」のソーダ割りをたしなみながらインターネットの閲覧や読書、音楽鑑賞などにふけっておりますと、時刻はもう深夜2時前後になっておりました。
「秋の夜長」を地でゆく暮らしぶりではありました。