彼らの歌を聴くうちに、その歌詞の世界観を、メロディやリズムにのる日本語で再現したいと思うようになりました。
中国語は入門編レベル。個人で歌って愉しむための日本語訳。間違いが見つかりましても、笑って目を瞑っていただければ幸いです。
曲のメロディやリズムに合わせるため、個人的解釈の意訳が含まれます。音源をお聞きになりながらお読みくださいましたら、とてもうれしいです。
◆ 拙い訳です。無断での転載はご遠慮願います。
* * *
この『曲尽陈情/曲尽陳情』は、『陳情令』の主役、魏無羨/魏嬰のキャラソンです。
歌っているのは、もちろん、Xiao Zhan/肖戦です。
朗々と明るく透明なZhanの声でなくてはならないと感じる曲で、大好きです。
でも、日本語にすることはとても難しいと、たぶん、『陳情令』のキャラソンの中でも、いちばん難しいのではないかと思っていました。
それでも、藍湛の『不忘』と、江澄の『惜別』にトライしてしまったので、魏嬰のこの曲も避けていてはいけないような気持になり、またまた、悶絶しながら、メロディにのる日本語を探すことになりました。
■ 「陳情」という言葉の意味
まず、最初につまずいたのは「陳情」という言葉の解釈です。
ドラマのタイトルにもあり、魏嬰の法器の笛の名でもある「陳情」。
当然、疎かにはできません。
ドラマ初見時、私は同じようにこの言葉を気に留めたことを思い出しました。
『陳情令』第21話、魏嬰と師姉の会話、魏嬰が笛に「陳情」の名を付けるシーンです。
師姉「一品(いっぽん)の霊器なら名なしじゃダメよ。失礼だわ。 “随便”のように適当に扱うつもり?」
魏嬰、小さく微笑み、じっと笛を見つめて、「じゃあ“陳情”と呼ぶよ」
ここで、字幕解説が入ります。「陳情…言葉にできない情を訴えること」
師姉「陳情?」
頷く魏嬰「“陳情”だ」
魏嬰は、じっと陳情笛を見つめます。画面は陳情笛のアップから避塵のアップに。藍湛が立てかけて置いていた自分の仙器の剣、避塵を取り、手にします。
じっと避塵を見つめる藍湛。座学での魏嬰の言葉を思い出します。
「霊気も怨念も“気”でしょ。霊気は丹田にため、力に利用できるなら怨念も利用できる」
剣を捨て、笛を選ぶ他なかった魏嬰の真意を知らない藍湛は、自分と距離を置き、心を閉ざす魏嬰を案じているのか、顔を曇らせます。
私が違和感をおぼえたのは、字幕解説の「陳情…言葉にできない情を訴えること」。
「陳情」という言葉に、「言葉にできない情」という、心情を限定するような意味があるのだろうか。
「陳情」とは、「心情を述べる」ことであって、その心情は、「言葉にできない心情」という狭義ではないのではないか、と。
「曲尽」も「陳情」も日本語にある言葉なので、こんな疑問が出てきてしまうのですね。
誤解していただきたくないのは、翻訳に対しては、ほんとうに有り難く、「日本語字幕があるのでドラマがたのしめる!」という感謝の思いでいっぱいです。
なので、けっして文句ではありません。
ただ、ただ、自分がこれまで理解していた言葉の意味と違ったことから生じた、微々たる疑問。
この時は、中国語の「陳情」にはそういう意味があるのかもしれない、と思いました。
もし、そうでなくても、魏嬰の「心情」は「言葉にできない」ものだから、翻訳者の方が視聴者にわかりやすく解説を入れたのかもしれない、と。
それ以降は気にすることなく、ドラマを幾度も見返しています。
ところが、今回、この曲の歌詞世界と対峙することになり、再び、「陳情」という言葉とも向き合うことになりました。
すると、どうしても気になってしまって…。
手当たりしだい辞書を引いてみました。
と言っても、図書館に走る余裕もなく、手元にある幾つかの辞書で調べただけなのですが。
これらの辞書では、ほとんど同じ解説でした。
例えば、いちばん身近な辞書「広辞苑」では、
◆ 曲尽
(「曲」は、くわしい意)こまごまと説き尽くすこと。残らずなしとげること。
◆ 陳情
① 実情を述べること。心事を述べること。
② 実情を述べて、公共機関に善処を要請すること。「-団」
つまり、日本語の「曲尽」と「陳情」という二つの熟語から察すると、「曲尽陳情」は、「心事を詳しく述べる」という意味になります。
魏嬰の『曲尽陳情』も、「ねえ、聞いてよ…」と、自分のことを語り歌っているのだと解釈しました。
中国語の理解力が乏しいので、オリジナルの歌詞だけを追うのでは視点が定まらないというか、訳に迷うことが多く、まさに暗中模索。
今回はこうして「陳情」の言葉の意味を定めることで薄光が見え、進むべき方向が決まりました。
それでも、ドラマのタイトルにもある重要な言葉。
手元の辞書と私の解釈だけでは頼りなく、もやもやも晴れません。
そこで、言葉のプロ、コピーライターの友に意見を聞きました。日頃から、こうしたことをよく語り合っている間柄なので、すぐに返信がありました。(ご了承いただいたので、そのまま引用します)
陳情怜のストーリーをほとんど知らない私にとって、「陳情」といえば、真っ先に浮かぶのが「政治家に陳情する」とか「上司に陳情する」とか。
「現場はこんなに大変! なんとかしてくれよ~」と訴えるとき、きちんと理屈で説明できる人と、情に訴える人と、いろいろいるとは思うけれど…。「真実の事情を述べること」と解釈するのが、正しいと思う。
「言葉にできない情を訴えること」ではないと思う。意味が全く違ってくるから。「本当の気持ちを打ち明ける」くらいが、ギリギリセーフかな。
でも、これだと「告白」に近いよね。
コピーライター的発想からすると、「曲尽陳情」は、「ねぇ、聞いてよ。すべて話すから」につきる、と。
さすが、お友だち。考えることが同じ!
と、いうことで、私の気持もずいぶんとすっきりし、この方向で行こうと決めました。
歌詞の意味を解いていくと、思った以上に魏嬰は藍湛のことを語っていました。
魏嬰は自分のことばかり語っていると、なぜか思い込んでいたのです。
藍湛の『不忘』、江澄の『惜別』、温寧の『赤子』、この三曲は、いずれも魏嬰に向けた言葉で綴られています。
でも、やっぱり、魏嬰が語るのは藍湛なのですね。
「姑蘇の春」とは、なんて素敵な呼び方でしょう。
たしかに、藍(青)は春の色。
ハタチのYiboくんは、まさに「姑蘇の春」。
そんな彼も今日で25歳ですね。Happy Birthday~☆
この曲は、魏嬰の人生観と、藍湛との思い出が、同等に語られていました。
魏嬰の人生には、藍湛がなくてはならない存在。
あらためて痛感しました。
■ 笛の音とXiao Zhanの声
笛の音とZhanの声はとてもよく合います。
それが、この曲の魅力のひとつになっていると思います。
こどもの頃、フルートを習っていたので、『陳情令』を見てからは、幾度となく、フルートを再び吹いてみたい衝動にかられました。
もう何十年も箱の中にしまったままで、指の位置もすっかり忘れているのですが、持てば思い出すかもしれない…と。
でも、「近所迷惑」と家人に言われ、一度もトライしていません。
たしかに、ヘタなフルートはかなりの騒音。
「ならば、木管の横笛を習いに行こうかしら…」
そう呟いたら、家人の猛反対にあいました。木管だろうと同じこと。
それは私もよくわかっています。
最近は、フルートにも音量調節器ができたようですが、サイレンサーと呼ぶことができるほどの機能ではないようです。
金管、木管、どちらにしても、横笛の音色が大好きなので、この曲の伸びやかな笛の音には惚れ惚れします。
そうした笛の音と、Zhanの透明感ある歌声が、ほんとうによく似合い、ますます惚れ惚れするのです。
そして、その雰囲気は、魏嬰のキャラクターにも合っています。
Xiao Zhanが演じる魏嬰、と言ったほうがよいかもしれません。
Zhanが演じる魏嬰の魅力は、明るさと清潔感。
夷陵老祖となり、孤独な立場になっても、品性がさもしくならなかったところです。
彼の心は孤独感に荒むことはあっても、けっして卑しくはならなかった。
その靭性のある強さの魅力は、もちろん、原作の設定もあるのでしょうけれど、演じたXiao Zhan自身が大きく反映されていると感じます。
やんちゃなで不羈な少年時代から、魏嬰にはこの強さが根底にあり、まったく種類は異なるけれど、同じように強い心を持つ藍湛の気持を動かしたように感じます。
この強さの違いが、Xiao ZhanとWang Yiboの強さの差と重なる気がしてしまうのは、私だけでしょうか。
どちらも、ほんとうに、稀有な人たちですね。
『曲尽陳情』の横笛の音は、魏嬰の陽気で洒脱な魅力を余すことなく伝えます。
そして、明るい笛の音は、その明るさのまま、『不忘』のメロディを奏でるのです。
『曲尽陳情』の間奏に流れる『不忘』は、まるで違う曲のように明るく、魏嬰の傍らにいる藍湛のように綻んで聞こえます。
なんという粋な計らい。
こういうところのこまやかな演出、ドラマ『陳情令』のすばらしさです。
■ 「陳情」の物語
日本語を探している時は、『陳情令』のOSTのCDで『曲尽陳情』を繰り返し聞くのですが、ほぼ完成というところで、YouTubeの『曲尽陈情』を聞きました。WeTV Englishの英語字幕バージョンです。
この時、初めて、『曲尽陳情』の曲名が『The Ending Melody of Chen Qing』と英訳されていることに気がつきました。
幾度も見ていたのに、まったく気がつかなかったのです。
「Chen Qing」と「陳情」の部分が中国語の発音になっています。
ということは、この「陳情」は固有名詞。つまり、「陳情笛」のこと?
目から鱗が落ちる思いでした。
私には、この発想が、まったくなかったのです。
なまじ漢字と熟語を知っていたから、「陳情」は「陳情する」の意味として捉えてしまい、「陳情笛」のこととは考えもしませんでした。
なるほど! 真実を語る笛「陳情」、それが奏でるエンディングメロディ。
ようやく脳裡の霧が晴れました。