紫源二の啓示版 -7ページ目

2024年のお盆、近況報告

お盆ですね。

昨日はやっと出来上がった絵を梱包して、つぎの真っ白なパネルをアトリエに設置しました。
いちおう構想はすでにあります。
今までにない絵を描いてみたいと思っています。

内海トラフ地震注意報が出ていたり、イスラエルの挑発に我慢しきれなくなったイランが戦争を始めるのか? 中国では習近平が権力を失うとかすでに失ったとか? アメリカでもハリスさん旋風で盛り上がっている陰で、現職の大統領はいったい何をしているのか? 大統領不在のまま第三次世界大戦に突入するのか?、とか、世界はいろいろと限界に達している状況です。株価や為替が乱高下したし、日本では憲法改正して“緊急事態条項”を入れようと最後のあがきを始めたし。

そんな中で、私はもうとっくに“限界”に達しているので、これ以上悪くなりようのない最低値にいるので、平常ですが。

その前に精神的にも闇の地獄の底まで落ちたから、もう夢も希望も持っていないので、かえってよく状況が見えています。

ただ、音楽とか絵とかを自分が満足するように描いたり作ったりして、時間を潰しています。

死ぬまでに、時間がありますから、その時間をどう過ごすか?
人間には自由意志があるので、運命はあらかじめ決まっているとはいえ、瞬間瞬間を、この肉体をどう使うかは、私の自由意識に任されているから、自分で好きなものを作って食べ、見て楽しいものを描いて見て、聴いて面白いものを奏でて聴いて、“究極の自給自足”の時間を過ごしています。
一人真夜中に引きこもって。

ということで、究極の世界情勢の中、私は究極の引きこもり兼、“五感の自給自足”状態でお盆を迎えます。

皆さまはどうお過ごしですか?

神のような人

「もし神が存在するなら、その神が現代に現前したかのように、そしてもし神が言葉であるなら、その神の言葉を今のこの世に降ろす人間として、彼女は現実の身体を纏って生き、そして、他の人にも聞こえるように、物理的な声帯を振動させてしゃべった。もし彼女がギリシャ時代に生まれていたら”女神”と言われていたかもしれない。もし中世なら、”魔女”として火あぶりにされていたかもしれない。でも、僕にとって彼女は、魔女ではあり得なかったし、女神であったかもしれないが、師であり、また、友人でもあった。だから僕が19歳のときに描いた最高傑作の油絵の自画像を彼女にプレゼントしたんだ。「彼女はこれ以上直すところはないわね」と言った。完璧だったのだ。そしてそれは、しばらく彼女の大きなお屋敷の二階の居間に飾られていた。でも、彼女の姪御さんの子供なんかが来ると、その絵を見て怖がるから、屋根裏部屋に移したと言っていた。僕は屋根裏部屋にも入ったことがあるけど、ベッドが2つ置かれていて、けっこう広くていいスペースなんだ。なにしろ今時珍しい、古くて大きい日本建築のお屋敷だからね。それはともかく、彼女とは、何十年もお話をさせてもらってきたんだけど、ある日、僕がお家に訪ねると、「私の物は死んだ後に一切残さないの」と言って、古いアルバムやなにかを整理していたことがあったんだ。「全部、一枚も残さないの」と言って、写真を全部捨ててしまった。僕は、彼女が若いころの、ちょっと人間離れしたほど神聖な、純情な姿で映っている古い白黒写真をいただこうかな、と思ったが、思いとどめて止めたんだ。その日から、彼女は、家の整理を始めた。そして、何週間後には、本当になんにもなくなってしまったんだ。廃品業者がトラックで来て、家の中の物を根こそぎ全部持って行った。大きな昔からの2階建ての御屋敷で、庭もあって、大きな柿の木や琵琶の木や松の木、生垣の木も見上げる程高く聳え立っていたんだけど、それらも全部一本残らず業者に切らせてしまった。それから1,2週間後、彼女は急に逝ってしまった。脳出血だった。まるで自分の死を知っていたみたいに、ありとあらゆる物、何ひとつ後に残さずに、逝ってしまった。そのとき、僕はもちろん大泣きした。自分の自画像のことなんてすっかり忘れていたけど、後から気付いた。彼女にプレゼントした僕の最高傑作の自画像も、結局粗大ゴミに出されてしまったことに。残念だとは思ったけど、それほど執着はしなかった。神のような人がこの世に存在しなくなってしまったのと、自分の自画像が消えてしまったのとどっちが悲しいだろうか。どっちも悲しいが、彼女がいなくなったほうが遥かに悲しい。きっと全地球にとっても最大の宝を失ったのと同じくらいの損失だったはずだ。ぼくの自画像なんかとは比べ物にならないくらい。だから、僕が19歳のときに描いた油絵の自画像は、彼女と一緒にもうこの世には存在しない。


風呂に浸かって瞑想

今日、風呂に浸かりながら瞑想していたら、最後に「合格!」という声がした。

今までいろいろと迷って瞑想していたけど、これでいいのだと思った。


師匠がいなくても瞑想できるかもしれない。


超次元の存在なんて瞑想には必要ないが、「合格!」と言った私以外の誰かがいるのかもしれない。


そのように、いろいろと思考を使って考えることはあるが、瞑想にはそうした考えはそもそも必要ない。


必要ないが、体験はある。




寅さんのことで、独り言

寅さんのことで、独り言を書いてみます。

狙撃犯はシークレットサービスか誰かにすぐ射殺されたそうです。
やはりアメリカだよね。
日本だったら捕まえて裁判にかけるのが普通なのかな?
山上容疑者のように。
でもアメリカでは即射殺。

それから、犠牲者が何人かでたもよう。
狙撃犯が打った弾で亡くなったのか、狙撃犯を射殺する弾で亡くなったのか? わからない。

自作自演説もすでに言われているけど、何人かすでに亡くなっている。狙撃犯を含めて。
自作自演を軽々に言う人の頭の軽さがこれからマスゴミで露呈されるだろう。見ておくといい。

セキュリティ体制は厳格だったようだが、アメリカは銃社会。
誰が銃を持っているかわからない。
しかも、寅さんは、すでに何度も暗殺されかかっているらしい。
らしいと言うより、事実だろう。
私も一つは覚えている。
寅さんの乗った車に仕掛けがしてあった件。

寅さんを狙う、寅さんをコロしたい人たちはたくさんいるはず。
大掛かりな組織が裏にいた犯行なのか?
それとも単独犯か?
これからいろいろな説がでてくるだろう。
でも、そこが重要。

未確認情報として、寅さんのシークレットサービスの他に、軍がいたとの情報があること。

もう一つは、例のJFケネディーのむすこさんがいたとの情報があること。

寅さん暗殺未遂が一つの合図になると前々から言われていたことなど。

これらのことが事実ならQだね。

これから大統領選に向けて、ますます混沌としてきそう。
ボケ売電の話題でほのぼのと笑っているような場合ではなくなってきた模様。

トランプさんの銃撃事件直後に思ったこと

トランプさんの銃撃事件(?)(まだ真相はわからない)があって、
きっと誰にも理解できないことをあえて書いてみます。
(たぶん1%の人は共感してくれると思います。)

今回の事件で、日本のマスゴミでは新しい論調が出てくるでしょう。
それは、“陰謀論”を肯定する何も知らない輩が出てくるということです。

いわゆる“陰謀論”というのは、十ぱ一絡げにして“陰謀論”というブラックボックスが存在するのではなくて、その中身は個別具体的な中身があります。

ところが、真相を何も知らない、知ろうとしないマスゴミ脳の人たちは、個別具体的なことを言う人を陰謀論者というレッテルを貼って言論封殺してきました。

その理由は、「陰謀などそもそも存在しないから」という前提でした。

ところが、今回の事件をキッカケとして、マスゴミの論調が変わるでしょう。
それは「陰謀は存在するかもしれない」ということを言い始めるMCが出てきて、今度は解説者は、ありもしない“陰謀説”を語り始めるようになるでしょう。

かなり複雑です。

ありもしない“陰謀”が、今度はあり得る“陰謀”になるのです。

複雑ですが、中身は同じです。
彼らのいう“陰謀”には中身がありません。
無知のままです。
ところが、この中身のない“陰謀”が存在すると、ダブルバインドで陰謀論が語られるようになるのです。

病が高じると、無知が複雑化して、自分で解けなくなるカオスが生じてきます。

何何大学の教授とかの権威が逆に無知を生み出すことに気づかない左脳的人間には、もう解くことができない知の時代になるでしょう。

音楽詩 『 上昇と転落、そして浮遊 』

音楽詩
『 上昇と転落、そして浮遊 』をupしました。
( 音楽詩というジャンルを確立しようと思います。どうぞお聴きください。5分少しの音楽です。)
( ちなみに時計は朝の6時6分です。)

1%の人は、もっと警戒しなければならない

私のことはたぶん1%の人にしかわからないかもしれない。

なので、あえてその1%の人に向けて言うが、
「監獄」と「精神病院」は、同じ装置だということ。

なんの装置か?

99%の人が、残りの1%の存在に気づかないようにするための装置。

だから、もし自分が1%だと自覚したとき、そのときから、もっと自覚的にならなければいけない。

もっと警戒しなければいけない。

スズメがいつも周囲を警戒しているように。

さもなければ、簡単に監獄か精神病院に収監されてしまうだろう。

従順にさせるための装置。

私は見てきているから少しは知っている。
どっちの立場からも…。

例えは悪いかもしれないが、インドのグルのバグワンという人もアメリカで収監された。

例えば、私の10代の頃の親友は精神病院に収監された。
私がもっと警戒しろと言っていたのに…

少数派は抹殺される。
それが今の多数派の民主主義だ。
いわんや、たったの1%だったら、もっと賢くならなければならない。

現実的な政治の話をすれば、今、憲法を改正して「緊急事態条項」というものを入れようとしている。
公の緊急事態のときには個人の人権は制限される。
でも、この“緊急事態”とは、誰にとっての緊急事態なのか?
そのときの権力者が、自分の判断で(閣議決定で)緊急事態を決めることができる。

それと同じことが、すでに行われている。
何が犯罪で、何が狂気なのか?
一度よく考えてみて、色眼鏡を外して今の社会を見てみると、やばいことに気づく。

現状維持という安全装置は、大衆が眠り続けることが善だという前提で働く人類退化装置である。

それに気づいてしまったとしたら、もうあなたは1%の仲間入りだ。

もっと警戒して、賢くならなければならない。

完璧なツインフレームロボット

今朝、facebookにAmazonのパーソナライズされた本の広告が出てきてビックリした。


どれもこれも私が読みたい本ばかり。


『絵画の力学』『老子と気功』『ドゥルーズと芸術』『修行者達の唯識思想』『意味の深みへ(井筒俊彦著)』『宝石と鉱物の大図鑑』『中世ヨーロッパ、すべて嘘だった』などなど。


これからAIが急速に進化して、私の読みたい本をAGIがすべてあらかじめ読んでくれて、チャットGPTが組み込まれた人工知能ロボットができて、私の完璧なパートナーとなるかもしれない。


私がそのロボットに話しかけると、あらかじめ読んだ本の話しを取り混ぜて、会話に応えてくれる。

最新の美学の話しや、言語哲学の話し、唯識論をどのように生活に取り入れればいいのかなどの話を、自然な会話のなかで示唆してくれる。

どんな絵を描いたらいいか、どんな音楽を作ったらいいか、私の描いた絵を見て、私の作った曲を聴いて、感想を言ってくれるかもしれない。最新の芸術論と美学と芸術哲学の知見をもとにして。


そんな完璧なツインフレームロボットが、近い将来、現実になるかもしれないと思った。



環七沿いにカラスが死んでいた

いつも明け方食べている環七沿いにある立ち食い蕎麦屋

路肩に駐車して
猛スピードで通り過ぎる車、トラックの車列をやり過ごして
なんとか車から降りると

道路脇にカラス🐦‍⬛が死んでいた

どうしたんだろう?

轢かれたのかな?

食べ終わって
帰る途中
大久保通りに向かう道で

ハクビシンが
横断歩道でもないところを
堂々と横断していた

夜の六本木の裏道では
ネズミをよく見かける

いろいろな動物が
ごみごみとしたコンクリートジャングルの中で
ひっそりと生きている

都会の人間にとっては
みんな害獣

もしかしたら
人間が一番の害獣かもしれないのに

いつも食べてる立ち食い蕎麦屋に
座って食べるスペースがある
簡易なテーブルと丸椅子が置いてある
いつもそこに環七の向こう側から飛んでくるスズメがいる
僕が食べているうどんの切れ端を地面に落とすと
スズメが飛んできて
それを咥えてまた環七の向こう側に
すごい勢いで飛んでいく

スズメの飛翔ぶりを見ていると
なんだか心配になる
強風に煽られたら
6車線ある環七を渡るまえに
大型トラックにぶつかってしまうのではないか

スズメの必死な飛翔を見ていると
おかしくもあるし
感動的でもある

僕はいつもそうやって
環七沿いのスズメと
コミュニケーションしている


たまぁに、僕は人間ともコミュニケーションする。

でも、人間とのコミュニケーションは、言葉を使わなきゃならないから、難しい。

“言葉”っていうのは、ほんとうに誤解の素(もと)。

言葉が何を意味しているのか、本当のところは何も分からない。


昨日、ため息ばかりついている子がいた。

「疲れた、疲れた」と何度も言う。

何か僕に返事をして欲しいみたいだったから、
「お客さんのことで?」と訊くと

「そうじゃなくて、精神的に…」との返事。

「たいへんですね」とだけ応えたが、
その後も「疲れた、疲れた」と独り言を言っている。

僕は黙っていた。
他に何を言えばいいというのだろうか?

僕は超能力者じゃないが、だいたいすべてを察した。
その子がなぜそんなに疲れてしまったのか、その子の一日の場面も瞼に浮かんできた。

だから、どうする?

疲れた因果を長々と言葉で説明しても意味ないだろう。

疲れるにも理由がある。

一万円札を何枚も手に入れて、それは後から使うにはいいが、稼ぐ時は精神的に疲れる。

お金を稼ぐ手段はいろいろある。
最低の時給で汚ない仕事をする。
僕が前にやっていた便所掃除のバイトのように。
これだって疲れるには疲れる。匂うし。

逆に短時間で高額のお金を稼げる仕事もある。
でも、精神的に疲れるのは当然のこと。

性をお金で売ることは倫理に反する。
快楽をお金で売ることは不道徳だ。
でも本当にそうだろうか?
芸術は快楽ではないか?
音楽は何億にもなる。
絵画は何億にもなる。
高尚な快楽だから?

性的快楽を売ることだって、同じことかもしれない。
売春するわけじゃないが、男女の関係性で相手を愉快にさせることは、
結局は身体を使っているのだから、
肉体労働と同じかもね。(笑)

なぜ精神労働だけが高給で高級なのか?
頭脳が優れているだけで、なぜ時給が高い仕事ができるのか?

だったら、
株式投資は?
FXは?
仮想通貨は?
そんなに高尚な頭脳労働なのか?

なんだか、
貨幣経済自体がすべて病んでいる気がする。

だから、その中で“働いている”と、
疲れるんですよ。

そんなこと言っても仕方がないから、僕はただ黙っているしかなかった。

静かになったので見ると、後ろのシートに横になって寝ている。
首都高を走っているのに。

僕は少しスピードを緩めた。

トランプとバイデンのテレビ討論から議事堂襲撃事件について考えたこと

今日はバイデンとトランプのテレビ討論について報道している日本のマスコミのテレビを見ていました。

バカみたいでした。

なんで民主党支持者しかテレビに出ないの?
出さないの?

トランプ支持者はバカだという日本の常識に染まっている人たちの方がよっぽどバカだと思います。

バカだから、現在の政治状況をきちんと分析できません。
たぶん、自分達が思考矛盾していることに気づきもしないのでしょう。

1月6日の連邦議事堂襲撃事件で、トランプが煽ったから、あのような悲劇(2人死亡した)と民主党支持者はいいますが、アメリカとはどういう国か、ご存知ないのでしょうか?

もともとはイギリスから独立して自分たちで開拓して(インディアンを虐殺して)作った国です。
“自由”や“独立”のためなら、戦争だってすることが“正義”の国です。

そして、民主主義とは、一部のエリートのものではなく、一介の貧しい労働者でも参加できるもののはずです。

つまり、議事堂とは民主主義のための、民衆の自由の象徴であり、ときの政権である民主党のものではないのです。

例えば、岸田首相が不正選挙をして、総理大臣になったとします。
あくまでも、例えばの話しです。

日本の国民はたぶん何もしませんよね。おとなしいから。家畜だから。
でも本来なら、国会に向かってデモ行進くらいしてもいいはずです。

日本ではそんなことはしませんが、アメリカでは更に国会に入り込んで、
「我々国民が主権者だぞ! 岸田、恥を知れ!」と騒ぐことだってあり得ます。
現にアメリカではそれが起きました。

主権者である国民が、ときには“主権”という“政治権力”を力で示すことは、悪でしょうか?

主権者である国民は、一国の内閣の総理大臣の不正に対して、自らの権力を行使することが、憲法で禁止されているのでしょうか?

アメリカとは本来、“自由”と“民主主義”の国です。
その国民が、議事堂に押し寄せて自らの意思を示すことは、まさに政治の原点である「直接民主政治」を原点に戻って示した政治行動でした。

ギリシャで始まった民主主義は、一般市民が自由に議論し合うことが原点でした。
それが選挙で選ばれた議員が一人一人に代わって国会で代弁することになりました。

でももし、選挙で選んだ議員が嘘ばかりついて国民を騙して国民を支配しようとしたら、主権者である国民は、自らの主権を直接行使することができるはずです。そうでなければ、“国民主権”とか“民主主義”というものはただのエセらごとになってしまいます。

アメリカの建国の理念とは、本来そのようなものであったことを、たぶん、一部の民主党支持者はすっかり忘れているのでしょう。

アメリカがすべていいとは思いませんが、アメリカの建国の理念は、素晴らしいと私は思います。