紫源二の啓示版 -33ページ目

一見、どうでもいいような奴


 
 
 小学校にも中学校にも必ず一人は、どうでもいいような奴がいただろ?
 
 普段は目立たなくて、決して出しゃばらず、ほとんど話もしない。
 
 どちらかというと、にこにこ大人しくしていて、からかっても嫌な顔をする訳でもなく、
 
 からかっている奴よりも精神年齢が上のような余裕の態度で、笑って許している。
 
 でも、自らの思想や信条を自ら進んで話すことはせずに、
 
 他人の子供じみたうるさい主張を黙って聞いている。
 
 ときどき意見を求められると、自由意志こそもっとも尊重されるべきものであり、
 
 それを行動の指針の中心にして、自らの行動の価値基準を樹立させるべきだと、
 
 もっともらしいことを憶することもなく話す。 
 
 ただ、それが彼の本当の腹のうちなのかどうか、わからない。
 
 ただ、どこかで聞き齧ったことをオウム返しに繰り返しているだけかもしれない。
 
 どんな趣味があるのかも分からない。
 
 友人と話し合うこともなく、流行の歌を歌うこともない。
 
 一人隔絶されているように見えるが、
 
 それを自分で選びとった環境でもあるかのように超然としている。
 
 ただ、君の人生いったい何が楽しいの? と訊きたくなるくらい、
 
 普段は、ただただ目立たず、お決まりの日課をこなすだけで、それなりに満足している様子だ。
 
 それがかえって、意志薄弱に見えるのだが、
 
 不満や不安、行動の意味がわからず、かえってむちゃくちゃな行動をしてみたり、
 
 自分の力の限界が分からず、思いっきり力を振り絞ってみたり、
 
 そんなことができるのが、若者の個性であり、快楽であり、存在価値のような気もするのだが、
 
 彼は、逆に、そんなことにはなんの興味もなく、
 
 ただただ、日々、決まりきった日課が過ぎ去っていくことに何の疑問も持たない様子なのだ。
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 

 
 
 
 

 思いつき物語る


 
 
幽霊加工食品の缶詰工場が倒産して
 
社員は全員、ジャグジースパに雇われたらしい
 
丸い月が水銀だったっていう話は
 
そこで噂されていた
 
 
あり得ないことだけだけど
 
丸まった水銀の固まりが飛び散って
 
空に浮かんで星と見分けがつかなくなったと
 
ラジオのニュースでやっていたが
 
そのラジオ、短波放送で
 
どこの島から流れて来た電波だか誰にもわからない
 
 
近所の大工の棟梁がおかしなことを言っていた
 
最近、金槌の鉄が、水銀のように溶けて無くなってしまったんだと
 
棟梁、最近だいぶ老いぼれて頭がおかしくなっているから
 
きっと遠くないうちに、病院でも入れられるのだろうが
 
夜中にときどき、薄暗い街をブラブラ徘徊しているのを見たことがある
 
 
この街には、駅もないし、バス停もない
 
新聞スタンドもないし、スーパーもない
 
ただあるのは、一本の抜け道
 
でも、幹線道路が閉鎖されてから
 
その抜け道を通る車は一台もいなくなった
 
だから、最近は、夜中になると道にはなにも通らないから
 
大工のじいいさんが悠々と徘徊している
 
 
昔は、道の外れに用水路の溜め池があったが、
 
だれか子供が溺れてから、
 
鉄格子が周りを囲んで
 
だれも中に入れなくなった
 
でも、そこでときどき不気味は光を見たという噂が立つ
 
発光する魚か、蛍でも見たのかもしれないが、
 
季節的に蛍は合わない
 
墓場では人玉が燃えるというから
 
そんなものかもしれない
 
 
ぼくは、夜そこを通ると鈴の音が聞こえる
 
大勢の話し声のように、鈴の音のように聞こえてくる
 
けっして、不快な音ではなく
 
なんとなくなつかしい
 
静かな音だ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 神秘のエネルギー


 
 
今日は夜になって目覚めた
 
腹が空いたから米を研いで飯を炊いた
 
外は少し肌寒く
 
空気が乾いている
 
 
明日の朝になればまた光が射して
 
日常が始まるから
 
それに合わせて僕も
 
起きて活動しなければならないから
 
ちょうど朝起きれるように逆算して
 
眠剤を飲んだが
 
眠れない
 
 
だからという訳ではないが、
 
ちょっとサイキックなことをしてみる
 
エネルギーを送ってみる
 
太陽のようなエネルギー
 
でも太陽とはちょっと違う
 
昼間の日の光ではなく
 
朝でも夜でもない輝き
 
針の先のように鋭く輝く
 
遠くの恒星の光のように神秘的で
 
太陽フレアのように強力で
 
月の光のように優しく
 
その光を浴びれば誰でも
 
あの世的なインスピレーションに魅了され
 
生きている輝きを実感する
 
自分は愛されており
 
自分は完璧であり
 
誰より自分が自分を愛していると実感できる光
 
 
あなたは完璧であり
 
美であり
 
愛であり
 
生であり
 
死であり
 
すべてなのだ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ヤバい状態


 
とってもヤバい。

なにもやる気がなくなってしまった。

ただ、こうやってなにか書いているわけだが、
それは、ただヤバいという状況だけは認識しているということ。

ちょっと自分を分析してみた。
 
1.身体に重さがあるということ

2.行動する前に考えてしまうということ

3.考え過ぎて結論が先にわかってしまうということ

だから、なにもできなくなってしまった。

否、なにもしたくなくなってしまった。

価値あることも、価値のないことも

食べることも、寝ることも、起きていることも


時間が、進んで行くことが嫌になった。


時間が進まなければいい。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

実験




ときどき、ニュアンスが、ハッキリわかる。

でも、わかるのは、一瞬だけ。

存在と言うとおおげさだが、全ての有り様。

そこに、そのように、あるがままにあること。

ここに、このように、あるがままにあること。

そのことが、ニュアンスとして、一瞬だけ、感知される。

でもまだ一瞬しか続かない。

これは、僕自身の覚え書きだ。

意味不明かもしれないが、書いておく。

とっても危ない賭けをしている。

直感で道路を渡ろうとしている。

普通なら、あの人のように、車に惹かれて重体になり、一週間以内に死ぬだろう。

自殺ではないかと疑われるだろう。

似たようなものかもしれない。

客観的には、第三者には、区別できないかもしれない。

死にもっとも近づくと、生を強く実感する。

自分が消えると、全てがそこにある。





こんばんわ




今日は、食欲もないのに、食べ過ぎた。

秋の夜空を眺めている。

全体がほとんど雲に覆われていて、星も月も見えない。

月が見えないのは、新月だからかもしれない。

違うかもしれない。

遠くの木々の影を見ていると、なぜか、死を思う。

2年前には、そんなこと考えもしなかった。

人間は、変わるものだ。

遠くできらめく光は、生というより、死の煌きだ。

北に、幻のような星が現れた。

命あるものは全て、死に誘われている。

死を伴わない美は、無い。

そんな気がする。
 
秋だからかもしれない。



秋草に覆われた濡れた大地の下に

埋められて

夜空を仰ぎ見る

彼方の光

永遠の死








 
 
 
 
 
 
 
 

 理想のユートピア


 
 
部屋の中は深海のように冷房が効いていて
 
カーテンを閉め切っているから、夕方になっても夕日も射さない。
 
夜になっても、朝になっても同じだ。
 
光は最小限の青い電気スタンドだけを灯し
 
思考が自分を苦しめるのをひたすら避けている。
 
行動するにはこの部屋から出なければならないが、
 
外の世界は醜く、猥雑だから、
 
気持ちが悪くなる。
 
何も見ず、何も聞かず、匂いも嗅がない。
 
引き籠り状態。
 
つまらない記憶だけが甦る。
 
独創的な思いつきは自分を浮き立たせるだけだから、否定する。
 
失敗した行動、上手くいかなかったこと、
 
取り返しのつかないこと、
 
それらを忘れるため、
 
ひたすら無感覚になる。
 
なにか、独創的で、我を忘れるようなことがあるに違いないが、
 
どこにも見つからない。
 
天才の音楽も聞き飽きた。
 
書かれたものも既に新しくはなく、
 
描かれたものは動かない。
 
まどろみ、
 
夢を見ても、
 
一瞬で醒める。
 
ただ、支離滅裂なストーリーに自由を感じただけ。
 
あり得ないことが現実に起きる訳もない。
 
でも、
 
ぼくはあり得ないことを体験したのではなかったか?
 
そう。
 
だから、こんなに無気力になってしまったのかもしれない。
 
一時期の青春の熱狂が続かないように、
 
理想を追いかけていても齢をとるのは早い。
 
だれでも老いていくということに気付かなかっただけ。
 
世の中はなにも変らず、
 
だんだんと破局に向かって行く。
 
だから、
 
ときどき理想を掲げる者がいるが、
 
理想のユートピアはどこにもない。
 
だから、
 
どこにもないから、
 
ぼくがそれを創るしかないのか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 

百獣の王ライオンと万物の霊長



今日はお休みだが、仕事に行こうと思っていたが、結局行けずに、飯を喰う以外なにもする気が起きず、だらだらとしているうちに暗くなり、自分の心も暗くなった。
でも、だからというわけではないが、人間、なにかしなくちゃならないのだろうか? なんにもしない時間は、時間の無駄なのか? まあ、生きていること自体が時間の無駄かもしれないから、なにか価値あることを探すのが人間の宿命かもしれないが、今の僕には喰うことくらいしか価値あることが見つからない。高尚な要求ではなく、ただの動物的欲望だ。まあ、怠惰と言えば怠惰だが、反動が激しいのだ。極端から極端。これが僕の特徴で、なかなかコントロールできない。アドレナリンを一気に放出させて獲物を喰らえば、あとは、ただ腹がへるまでゴロゴロ寝ている。百獣の王も万物の霊長も偉そうにしている割にはどうしようもなく怠惰で、似たように時間を無駄にしているのかもしれない。


万能薬と万人の幸福と



精神科の先生の診察は、拍子抜けするくらい簡単だった。
時間にして2,3分。質問にしたら4,5問の問診。過去の受診歴で言われた診断名を告げると、そのままあっけなく、その病名に効くお決まりの薬を処方された。
私の精神なんて、要はどうでもいいということだ。以前に他の病院にかかったことがありますか? なんと言われましたか? そうですか。なんという薬を処方されましたか? で、飲んでみて、どうでしたか? なるほど、そうですか。では、今回は、これこれの薬を処方してみましょう。薬を飲んでみて一週間後に来てどうだったか訊かせてください。お終い。
要は、僕の精神などどうでもよく、脳内のセレトニンを少し増やせば,悩み事はなくなりますよ、という、万人向けの万能薬が、製薬会社の膨大な研究開発費によって開発され、臨床実験され、数々の論文が発表され、効果は実証されていますよ、と、なんの説明もなかったが、先生は無言でそう言っているのが分かったので、僕は何も言わず、診察は終了、精算を澄ませ、薬屋に処方箋を持って行き、薬を貰って返ってきた。
脳内伝達物質をコントロールする、ありきたりの薬。
そのように、精神の治療には、おもいッきり即物的な、僕の大嫌いな<唯脳主義>、<脳還元論>で、没個性的に十羽ひとからげで、対処されるだけだから、<言葉>を使って、いちいち相手と話す必要などない訳だ。
要は、モルヒネを処方すれば、万人は幸せになり、世界はこの上もなく<平和>になるという訳だ。
なるほどね。




そうは言いつつも・・・


 
 
そう言いつつも、明日は、精神科医のところに行ってくる。 
 
立派そうな先生なので、アメリカとか留学していて、
 
ちょっと、私の精神について聞いてくるつもりだ。
 
今日は、本当はとても面白い人に出会った。
 
記憶喪失の人だ。
 
でも、その話は長くなるので、
 
またいつか、どこかで書くことにする。
 
伝染病のどうしようもないおにいさんが隔離病棟から脱走した件も、
 
またいつか、どこかで書くことにする。
 
ちょっと、いろいろ忙しくて、精神がおかしくなりそうだから。
 
やりきれない。