おはよう。
おはよう。
こんなに早くに起きているのは
まだ寝ていないからです。
メールを何度もしたのです。
ニャントロの天使にもお願いしておきました。
フランチェスコ派の同志に訊いたのですが
笑っていただけです。
知らないのは私だけのようです。
私はまた振り出しに戻ってしまいました。
ゲームを1からやり直しです。
みなさんは、もうゴールに近いところにいて
このゲームも、もうすぐお終いですか?
私は、また、始まったばかりなのに。
振り出しに戻るというコマまでの道のりは分かっていますが
その先がわかりません。
できれば、その先の展開がどうだったのか伺いたいのですが、
すでに、わたしを忘れてしまわれたみたいですね。
それは、それで、仕方のないことだし、
なにか理由があるのでしょう。
そうだとしたら、
わたしはまた、
今度も初めから
たった一人で
同じ道を辿るしかありません。
また、あそこで、
あのように出会えるかもしれないと
映画の巻き戻しのようには期待できないのを知っています。
もう、すでにゴールしてしまったのですから。
2年前、
3年後と言った時は、
あと1年後に迫っています。
でも、今年がすでに2012年ですよね。
2013年はどうなるのでしょう。
今のわたしにはまったくわからなくなっています。
果たして、
インドにいるでしょうか?
それとも、シャスタ山の麓に?
それとも、カルデラの島?
気が向いたらいつでもメールください。
昔の、i.soft・・・でも使えるようになりました。
4Sに変えたばかりの頃、i.・・・のアドレスが
一時使えなくなっていたのですが、
問い合わせて、設定したら、
使えるようになりました。
それでは、
楽しいことがたくさんありますように。
Genji Murasaki
明け方、強風
眠れないで迎えた明け方
強い風が吹いている
朝が来ないかもしれない
誰も目覚めないかもしれない
ここは宇宙の果てで
意識があるのは僕だけかもしれない
正気なのは、僕だけかもしれない
寺の鐘が遠くで鳴っている
風の音にかき消されている
土星の輪が
アニメの少女の黒髪に混ざって
大アルカナの22枚が
極彩色にプリントされ
POPサウンドとMIXされて
リリースされるレコード版
予言などできるわけないのに
占いは、地水火風の風
僕の意識
時間
空気
水中
スカル
太陽の風
こんばんわ。
こんばんわ。
どうしてますか?
私はあいかわらずです。
明日も、精神病院にお見送りです。
ちょっと遠くの病院です。
電車では行けないので(なにが起きるかわからないから)、
タクシーです。
二人きりで行きます。
たぶん大人しくしてくれると思いますが、
どうなるかわかりません。
それだやればいいのなら話は簡単ですが
他にもやらなければならないことが山ほどあります。
毎日、電話がひっきりなしに掛ってきます。
まるで野戦病院です。
こんな話をしていると、気が滅入るだけですね。
今週の水曜日は休みを貰うつもりです。
そんな休んでいられないのですが・・・
メタボ検診に引っかかってしまったので、
ダイエットと運動をしなければならなくなりました。
今日、ホワイト・ノイズを聞いていたら
眠ってしまいました。
昔のように
瞑想していて、不思議なアストラル次元に行ったりすることはなくなりました
眠ってしまうだけです。
また、いろいろとお話を聞かせてほしいです。
それでは、
体に気をつけて
おやすみなさい。
紫 源二
この世とあの世における矛盾
やらなければならないことから逃げている
それがとってもやりたくないことだから
どこかに落ちてる他人の糞を拾って喰えと言われているのと同じだ
そんなこと、したくない
でもそれをしないとこの先に進めないとしたら
やるしかない
だから落ち込むのも当然だ
聖フランチェスコは、らい病患者の中に入って行って看病したという
でも、そのらい病患者は、貧しいが、心が清い人だったに違いない
本当の悪人、嘘つきの詐欺師の間に入って行って、そいつの面倒をみるだろうか?
キリスト教の奉仕者は、
例えば、振り込み詐欺師がギャンブルで金を使い果たしてしまったからお恵みをくださいと言われても
そいつに手を差し伸べるのだろうか?
それは、そいつの自業自得であり、憐みをかける必要もないはずだ
それでも、慈悲を掛けるのだとしたら、それは偽善ではないのか?
そいつは、改心などしていない
ただ、金に困っているから、施しを要求しているだけで、
元気になれば、また詐欺をはたらく
死にたいから、死刑になりたいからと言って、無実の子供を無差別に殺した奴がいた
死にたいなら自分で死ねばいい
ところが、自分で死ぬ勇気がないのかどうかわからないが
無実の、一番弱い子供たちを無差別に殺した
そういう奴もすぐに死刑になるわけではなく
監獄に入れられる
そこに、もし、キリスト教の牧師が懺悔するように訪問したとしよう
「悔い改めれば、あなたの罪は許されます」と牧師は言うかもしれないが、
その言葉は、まったくの嘘ではないのか
そんなことはあり得ない
悔い改めても、罪はなくならない
そして、どんな神の名のもとにも、神の名を唱えただけで許される罪など存在しないし
贖罪を罪人に対して説ける人間などどこにもいないはずだ
たとえローマ法王でさえも、
どんな神からも、贖罪の権威を授けられているはずもない
無私の奉仕は崇高かもしれない
でも、奉仕する相手を選ばず奉仕することなど
私にはできない
病気の者には手を差し伸べるべきだろう
でも、自ら病気になる者もいる
そいう奴らに憐みをかけるほど、無駄なことはない
自らを救うことができない者に対して
どうして神がその者を救うことができるだろう
自らの生命を貶めることしかできない者を
神が替わりに救うことなど、どうしてできるだろう
バカにはわからないサイン
さっきオレにぶつかった奴を殴って走った
この国じゃ
バカが大騒ぎして警察が駆けつけたら
こっちがつかまっちまうから
だいたい人口密度が高すぎるんだ
人間が寄せ集まると、きたねーんだよ!
クサイしな
蟻が群がってると踏み潰すくせに
人間の群衆は潰されないのは、不公平じゃねーか
だいたい、IQの低い奴らがのさばってるのが許せない
醜いツラした奴らが当たり前のように歩いてるのがムカつく
TVをつけると、お笑いが、ギャーギャーつまらねーことわめいてる
全然笑えねーんだよ!
ムカつくんだよ!
黙れ! しゃべるな!
バカにはわからないが
これはサイン
もうすぐ、この国はぶっ潰れるんだよ!
iPhoneからの投稿
快楽?
ぼくには快楽がない
夜中、車しか走らない幹線道路を自転車で走って
くたびれて部屋に戻る
同じ道を往ったり来たり
ぐるぐるまた同じ所に戻って
ときどき、同じ顔に出会う
旅は永遠
永遠の旅
それがわかっていれば
もっとくつろげるはずなのに
真っ黒な闇の中に
色彩が浮かび上がる
イメージには意味はない
でもなつかしさはある
快楽の郷愁
理想への失恋
ぼくは
ぼく自身は
ただ
想い出の中だけに存在しているのではないか
それとも
夢の中?
今日の電話
電話がかかってきた。
「死にたいんですけど」
「どうして?」と訊くと、
「お金がないなから」と言う。
「今どこにいるの?」
「喫茶店です」
「何してるの?」
返事がない。
「何食べてるの?」
「ピザとアイスコーヒー」
「お金もないのに注文したの?」
「そうです」
「お金がないのに喫茶店に入って注文したらダメじゃない」と言うと
「はい」と言って電話が切れた。
最近、死にたいという言葉をよく聞く。
「死にたい」
「死にたくなった」
「もう死ぬしかない」
「死にたいと言っているがどうしたらいい?」
死にたいなら死ねばいいんじゃない、とは言わない。言えない。
でも、
死ぬか生きるかは、結局あなたの自由でしょ?
だから、
自分で決めて、自分の責任で実行するのだったら、だれも悪いとは言えないはず。
他人にいちいち言って来なくていいよ。
個人の自由でしょ。
あなたの自由なのだから、いちいち人に宣言することもない。
死にたいって、脅し文句で使う言葉じゃないでしょ?
死にたいというのが、なにかのサインなら、
金がないなら金がない、頭がおかしいなら頭がおかしいと
ちゃんと正確な言葉を使って話そうよ。
死にたいと言うなら、なんで?と訊き返すよ。
死にたい理由も分からなくて、ただ死にたいなら
よっぽど死が好きなんだね。
死にたい理由を言葉で説明するには複雑過ぎるかもしれない。
言葉で整理して、表現できないかもしれない。
そうなら、
その複雑な状況を、自分の頭の中で反省して、ハッキリと自己認識することだね。
自分でその理由が認識できたら、
きっと、そのときは、もうすでに、死にたいとは思わなくなっていることだろう。
自分に問いかけて、なぜ死にたいのか、自己認識するしかないよね。
死にたいなら・・・。
もう一度
太陽が、光と熱を放射し
地球は、その周りを回わる
朝と夜が交互にやって来て
活動と眠りを繰り返す
そこになんらかの意味と価値を見出そうとしたけれど
都会の雑踏の中には見い出せなかった
かといって、人間は一人で自然の中では生きられない
聖人が山の中で暮らしているが
里の人から施しを受けている
時代が進んで
歴史が終ろうとしているとき
今までの試行錯誤の結果
文明はだんだんと個人主義的になり
陳腐になった
スケールの大きな時の流れは失われた
敬虔な祈りの時間はかき消された
神秘は解明され
潜在意識は暴かれた
もう幽霊の棲む場所もない
エネルギーを消費して
自然を破壊して
高慢になり
逆襲されて滅びるだろう
もう一度
無明の、無知の、暗黒
優しい、母なる、薄明に堕ちていくしかないだろう
智慧は無知と重なり
神秘は悟りとなって
失明した光の元に同居するだろう
最近感じること
ぼくは最近、死が怖いと思うようになった。
若い頃や、最近まで、死なんか意識しなかった。
死というものが、本当はどういうものなのか、分かっていなかったのだろうと思う。
今、それが分かったのかといえば、そんなことはない。
でも、なんだか、死というものは、
ぼくが以前、想像していたようなものではなかったような気がする。
天国とか地獄とか、死後の世界とか
そんなものではないのではないか、という気がする。
そして、死が怖くなったのと同時に
この生にも、なんの目的も見出せなくなってきた
生きる喜び、生きがいというものを感じなくなってきた
いや、生きがいというものは、以前からあまり感じたことはなかった
だが、もしかしたら、生きがいというものを感じられるようになるかもしれないという
わずかばかりの期待だけはあった。
最近は、そうした期待すらもなくなってきたような気がする。
それを希望と呼ぶのなら、
希望いうものすら持てなくなった。
なんだか、絶望的で、暗いばかりの話だが、
最近、というか、ここ、2,3日感じることはそんなことかもしれない。
インディゴの星
一日24時間あるが、
そのうちの23時間59分を無駄にして、
最後の1分で、
黄色いキャンバスに、
インディゴの星を描きたい。
ぼくは詩人だとは、
誰にも宣言しないけど、
きっと最後にはそれがわかるだろう。
商売にもせず、
名声にもしなかったから、
だれも気付かなかっただけだと、
だれもが思うだろう。
巷に予言者を求めて、
信仰宗教の教祖を探し求めても、
予言された未来はすべて外れるだろう。
唯一、詩人の言葉こそ、
未来を正確に予言している。
でも、誰も、
詩人の歌う唄を聞かない。
それほど孤独なのだ。
詩人とは、
そのように独りなのだ。