死ぬ理由
死ぬ理由を探したりしない
そこらへんに転がっているカナブンの死骸
きっと交尾した後に死んだのだ
甲虫の羽根はまだエメラルドのように光っているのに
沢山の蟻がたかって食い散らかしている
宝石は死ぬと腐り
また卵から孵化する
それを誰かが貪り
夏が蒸発する
iPhoneからの投稿
不眠の夜
不眠の夜
夜光虫の光が賛美歌を奏でる
悲しい夜
ぼくはまた性的に混濁し
蛍光色の夢のエーテルに溺れ
遠い銀河のささやきを聞く
ぼくの魂は嘔吐し
脳細胞にジアゼパムを浸透させ
なんとか麻痺し
無意識に失われるように
自我意識が祈る
誰も聴く者のいない願い
静寂の夜は短く
喧騒の昼は長い
理想も祈りも霧散する
狂った時計の秒針がコンダクターの
つまらない悲喜劇の上演
皆が役者となって巻き込まれる
やがて夕日が 地平線に沈み
ぼくにはまた不眠の夜
意識を混濁させるための服薬
目を開けたまま
静寂は短く
意識が意識にその存在意義を問う夜
iPhoneからの投稿
僕の協力なしにハリウッドにはできっこない
2013、13は不吉なナンバーだ
でもこの年から始まる
不吉かもしれないが本当のことが
逆に言えば、本当のことは、苦い
神神が集結しているのに
まだ富士山は本格的に爆発しない
富士山の爆発とオスプレーの編隊飛行は良く似合う
神国日本の上空で”演劇”が始まる時
これまでの戦争映画は政治映画でもあったが
今度の戦争映画はオカルト映画になり
心霊映画になり、サイキック映画になる
ハリウッドがリメイクできないような”文学的”な内容の映画
いくらハリウッドのコンピュータグラフィックスでも
”文法”を表現することは不可能だから
でももしこの”文法”を映画化したいというのなら
僕がハリウッドに協力してやってもいい
言葉のない絵本はあるが、現代、言葉のない映画はあまりない
この”文法”を映画化するなら
無声映画にするしかない
映像のみの映画
そして登場人物の誰も、何も、話さない
饒舌な言葉は、人を欺く
言葉を伴わない”文法”のみは存在し得ないが
映像に”文法”を暗喩させることはできるかもしれない
その”文法”は、人間のものではなく
神のもの
完璧な文法で語られる完璧な言葉は
無音であっても
完全な文法と意味を持っている
それをハリウッド映画で表現(することはできないが)したいなら
僕が協力してやってもいい
絶対零度と超新星爆発の温度と神経生理学
彼はソフトランディングしようとしている
本当はハードクラッシュがお似合いなのに
彼だってそのことを自分でよく知っている
絶対零度か、超新星爆発の温度か
その中間はすべて生ぬるいと思っているんだから
でも肉体を持っている以上は
35度~42度までの7度くらいまでが妥当なのではないかと
僕はよく、彼に忠告しているのに
彼が言うには、彼の肉体は内部で既に崩壊し始めているのだ、とのこと
つまり「僕は崩壊しつつある肉体に限定されない存在なのだ」と
彼は暗に主張しているのだ、と僕は思う
彼の言う”肉体の内部”とは、血液、リンパ液などの循環のことを言っているのではなく
もちろん、それも含めてだろうが
なによりもホルモンの生成と循環
すなわち需要と生成(複製)と受容、そして翻訳すなわち
形而上の命令と実行に係わる
神経生理学的なことなのだ
僕は彼と長い間つき合ってきたから分かるのだが
彼は神経生理学を謂わば”崇拝”しているのだ
彼はよく「神経は、文字通り”神”の通る”経路”(道)なのだ」と言う
「僕の神経は他人の神経とは違うんだ」とも言う
そんなことは、ただの言い訳に過ぎないと僕は思うのだが
なぜなら、彼はよく急に塞ぎ込んで、何もしなくなったり
逆に、饒舌になったりするが
それは、単に彼の”性格”からきているのであって
彼の言うような、”形而上的神経生理学的”な理由ではないと僕は思うのだが
彼は言うには
「”性格”なんていうものは
個人が外界と接触するときに生まれる二次的コミュニケーションのパターンであって
”生存”にとっては、本来的な意味などもたないものだったが
人間社会が発展し複雑化するにしたがって
その二次的能力が、個の生存にとってより必要になってきてしまった
そのため、コミュニケーションのパターンが
肉体的、神経生理現象の免疫系を変化させつつある
なぜなら、他者とのコミュニケーションに必要な”言語”は
本来、生化学的変化を生じない”抽象”でしかないものだったが
今では、”言語”が神経伝達物質に作用するまでに、
”思考”が抗原抗体反応を引き起こす要因になるまでに、なってしまっているからだ」
彼の話しはややこしく、いつもこんな感じで、
何がそもそものテーマで話しをしていたのか
そして、結局彼は何を結論として言いたいのか、よくわからないように話すのだ
だから、こっちの思考も一時、宙に浮いた感じになってしまい
二の句が継げなくなってしまうのだが
要するに、”性格”というものにも、今では神経生理学的な過程が付随するようになってきたが
それは要するに言語的”抽象”ではなく”神経”に依って立つ現象であるということを言いたいらしい
彼はその”神経”が、自分は他人と違うと主張しているわけだから
彼の性格が他人と違うことを、単に精神論的に指摘したり
さらに言えば、彼の性格を心理学的に矯正しようとしてもだめだと
彼は暗に言っているのだと思う
だったら、今流行りの”神経伝達物質”を脳内に注入するのが一番いい方法だと思うのだが
彼はそれをも否定する
彼は”脳科学者”と肩書をつけた者をもっとも忌み嫌っている
彼は、神経伝達物質の調整によって、精神が変化しえるとする最近流行りの傾向を否定して
こんなふうに言う
「僕は、絶対零度と核融合の温度の中間にいて
既にこの神経が張り巡らされた、この暖かい血液が体温を保つこの肉体の限界は
既に崩壊しつつある
僕は、絶対零度と超新星が誕生するか、または核融合のときにしか発生しない高温を
同時に感じつつある
そんなことは言わなくても誰にでもすぐにわかることだが
神経伝達物質すら、生理学的なDNAの生成物だから、生体の体内でしか合成できない
ところが、僕は、それらの神経伝達物質の分子言語に還元されない”温度”を感じている
それは、”抽象的温度”と言ってもいいかもしれない
つまりそれが、この”僕”の”崩壊しつつある肉体”の
”形而上的神経生理学的現象”なのだ」
彼がなにを言っているのか、わかるだろうか?
彼は、既に彼の神経は、35度~42度の間を保っている”生体”の範疇を超えているのだと
暗に主張しているのだと、僕は思う。
それが”抽象的温度”を感じられる”神の経路”としての”形而上的神経”で
その謂わば”抽象的神経経路”の生成によって、彼の古い肉体は崩壊しつつあると
彼は主張しているのではないかと、僕は勝手に推測しているのだが
それが、いったいなにを意味するのか、僕にもよくわからない
近々、彼に訊いてみようと思っている
でも、最近、彼は言葉を想うように話せなくなってきたらしい
一人でベッドに横になって”夢”を見ていることが多くなってきたらしい
彼にメールすると、しばらくして返事がくる
「しばらくして」と言うのは、3時間後のこともあるし、1日後のこともある
そのメールはいつもこうだ
「僕は、夢の中の活動で忙しくて、しばらく返事できない」
「夢の中の活動」ということは、つまり、彼は眠っているのだろうと僕は思っている
そして、「しばらく返事できない」と、彼は”しばらくしてから”連絡してくる
つまり、それ以降は、彼からは何も連絡がないし、その可能性はないということだ
こちらからメールすると必ずこの返事なのだから
実質的には、彼とは連絡がとれないということだ
電話をしてももちろん出ない
でも、メールだけは、いつも同じ文言で返してくるのだ
なぜだかは分からない
きっと、メールだけはチェックしているのだと思う
神の子羊と仔羊
三つの頃、僕は神の仔羊だった。神以外のほとんど何ものをも知らなかった。ただ神だけが、この世界を見えるようにし、生命を与え、まばゆいばかりの光を僕に浴びせかけていた。そして、たった三つの子供に愛と信頼を感じさせていた。三つの子供は、神の仔羊のように、牧者をなんの疑いもなく信頼していた。ただ、今になって気づくことだが、仔羊は僕だけでなく大勢いて、“群れて” いた。
今、僕は、羊の皮を被った狼だ。今、僕は群れていない。たった一人。一匹狼だ。そして、今、狼である僕は、神が牧者である清く真っ白な毛皮を纏った羊の群に紛れ込んで、真っ黒な毛皮を見破れないように周到に白い羊の皮を被り、獲物を物色している。神は、たった一匹の子羊も失わないように目を光らせて、弱くて無知な羊たちを外敵から守っている。その牧者が”神”だとしたら、たとえ狼が羊の皮を被っていたとしても、必ずその正体を見破るだろう。そのとき牧者はどうするだろうか。持っているライフルの銃口を的確に羊の皮を被った狼に向け、引き金を引くのだろうか。でも一匹狼は、そんな簡単に撃たれて死んでしまうだろうか。むしろ、老練な狼のことだ、子羊を狩る前に牧者に襲いかかって殺してしまおうと考えるかもしれない。いや、むしろ、僕が狼なら必ずそうするだろう。なぜなら、牧者を殺してしまえば、もう子羊たちを守る者はいなくなり、羊の群れ全てを獲物にできるからだ。
ところで、かつて、キリストが十字架に架かる以前、神への生贄として、仔羊を屠っていたという。ところが、キリストが贖罪の仔羊として十字架の上で血を流して死ぬことによって、我々人類全ての罪を贖ったのだという。それが新約聖書の解釈だ。だから、キリストに罪の許しを乞うだけで贖いの仔羊を生け贄にささげなくても罪は許されるのだという。(でも、はたして、そうな教義が真実だといえるのだろうか?) 仔羊を生け贄に捧げるようになった遥か以前の昔には、仔羊ではなく人間、しかも穢れのない処女を神への生贄として捧げていたという。だとしたら、そのような”神”とはいったい何なのだろうか。”神”は子羊の牧者どころではなく、血に飢えた狼そのもの、あるいはそれ以上に残虐な存在ではないか。僕はそのような”神”は許せない。(自分の罪を懺悔する前に、”神”の罪を告発する。)だから、狼は、そのような”牧者である神”に襲いかかるのは正しい。でも、はたしてウィンチェスターライフルを持った”牧者である神”に爪と牙だけしか持たない狼は勝てるだろうか。兎も角、弓矢と斧とナイフしか持たなかったインディアンが、広大なアメリカの大地で、入植してきた白人の騎兵隊が構えるライフルの一斉射撃に撃たれて犬死したように、たとえ犬死しようとも、狼は “神” に襲いかからなければならない。神を殺すために。それが”狼”の宿命なのだから。
そのような “神の殺戮” は、キリスト教の倫理には明らかに反する。反するどころか、神への冒涜として地獄に突き落とされるだろう。だがはたして、たとえばザラスストラのような “神” の倫理においてはどうなのだろうか? 僕は訊いてみたい。その答えが正しくても間違っていたとしても(そもそもそのような問いの答えなどどこにも初めから存在しないのだから。”神の倫理”にしても、それは人間が作った”ドグマ”以外の何物でもあり得ない。)僕は、今ではもうこの世にいないニーチェ先生に訊いてみたい。彼ならきっと、『”牧者である神”の殺戮』は許されるのみでなく、むしろ賞賛されるべき”超人的行為”だ、と宣われるかもしれない。
ニーチェ先生は、遠人愛を説いた。自らは生前、同時代の誰からも愛されず、孤高にして、この世の一切の知性の依って立つ基盤、基準そのものからを自ら破壊してしまった。それ故に、言葉の意味すらなさない”狂気”に堕ちてしまったが、はたしてそのときの彼の感性は、知性同様死んでしまっていたのだろうか。僕にはそうは思えない。僕はむしろ、論理性を保っていた知性が破壊された後の感性の方がより”真正”ではないかと思うのだ。なぜそう確信を持って思うのか、自分でも分からない。ただ、人間の知性など、宇宙に存在するどんな小さな砂の一粒と比べてみても、はるかにはるかにちっぽけな”こじつけ”のようなものでしかないのではないかと、最近、齢をとったせいか、切にそう思うのである。
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ニュース
AM3:33
今日のニュースでは、エジプトの混乱、参院選などをやってたが、僕が知りたいニュースは、ぜんぜん違うこと。
もうすぐ世界経済が崩壊して、本当に価値のあることが明らかになる。
僕は今ごろ眠剤を飲んだから、眠れるのは4時半か5時か?
夜が明ける頃だ。
明日は34度になるらしい。
汗でビショビショになるだろう。
7時に起きて、昼頃には眠くなるだろう。
ビショビショになりながら、耳にバッハのインベンションとシンフォニアを聞きながら、昼を外食して、帰宅して、シャワーを浴びるか、それとも、明日の朝は瞑想して、午後出かけるか? 何処かに。
明日はニュースになるだろう。
TVにも新聞にも人の噂にも上らない僕だけが知っているニュース。
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壊れない為に
こわれた機械の部品
集めて
見つめて
ため息をつく君の顔
見つめて
僕は言う
どこ行くの?
片道チケット
君と
僕と半分こにして
行ってみない?
プロペラ機なんて
いまどき珍しいでしょ
太平洋越えられるのかな?
NO, NO, NO
落っこちるよ
きっと
そして
バラバラになった部品
きみがまた集めて
手のひらに乗せて
見つめて
ため息をつくんだ
だから
機会を壊しちゃダメだよ!
最先端のロマンスの旅
片道チケット
君と
僕と半分こにして
太平洋越えられるかな?
ダメなら僕が操縦するよ
太陽に向かって
ジェット機の操縦桿握るよ
それとも
僕の操縦桿
君が握ってみる?
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満月の夜
A,B,C,D
熱帯魚の水槽の泡が
水面に向かって上っていく
天上界に憧れる魂のように
千のフローレスのダイヤモンドのように
ブルーの光が反射している
僕の真っ赤な心臓は熱い
僕の意思とは無関係に
まだ鼓動をやめない
別の生き物のように暴れている
目と鼻と口がついたこの顔は
僕の悟性的感覚センサーの集積機だ
それでも、見て聴いて味わうだけでは
それが何か、すべてを知ることはできない
ハートの命じるまま
触れて感じなければならない
全身で
目に見えず、耳に聞こえず、舌で味わえず、鼻で嗅げない神聖なる神秘
宇宙の被造物にして、この世でもっとも美しい生命
息をし、
僕も息をし、
息を息で吸い込む
ハートは鼓動し、ついに耐えきれず
破れ
感情が見えない血しぶきとなって
飛び散っていく
満天の星空の宇宙の一部として
満月の夜
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目下のところ
明日(もう今日)休みだから、眠剤をのまなかったら、やっぱりもう朝の4時半だ。そんな薬物依存の自分にしたのは、他ならないこの自分だ。
瞑想していると、ポジティブな思考とネガティブな思考が闘っている。
もちろんポジティブがいいに決まっているが、そのポジティブなことをポジティブと決めた基準はいったい誰か作ったのかという疑問が湧いてくる。
早寝早起きはいいことだ。でもそう決めた基準はこの人間社会の慣習だ。自然界には夜行性の動物もいる。だからと言って、夜行動物は夜眠れないからといって眠剤を飲んだりはしないだろう。でもそんなのもただの詭弁で、僕は夜行性の動物ではなく、一応人間であることは多分間違いないだろうから、夜眠れないのは問題だから、眠剤を飲んで眠る。あるときは、ジンと一緒に。そして、眠ると言うより意識を失わせる。でもそうすると、自分がどんどん鈍感になっていくのがわかる。そうなると悪夢を見ているようにどんどんネガティブになる。どうせ俺なんて何もできない。だから、どんどん鈍感になればなるほど、ちょうどいいんだ。生きてることに意味なんて何もない。ただ死なないから生きているだけだ。そんな時間を死ぬまでやり過ごすなら、痛みに鈍感な方がいい。あまり感じ過ぎない方がいい。眠剤でボーっと眠っている方がいい。たとえ気持ち悪い悪夢しか見ないとしても、現実には居場所がない。こんな夜行性の薬物依存の快楽主義の夢想家なんて、健全な社会の優秀な労働者にはなれないから、旧ソ連なら強制労働行きで過労死するか、旧ナチスドイツならアウシュビッツで人体実験でもされるのが落ちだろう。でもべつに爆弾を作ったり、CIAからかつて援助してもらってたタリバンってわけじゃないから、グォンタナモ刑務所で拷問されるいわれはない。インチキ日本政府の本物のパスポートは一応持ってはいる。もちろん、冤罪で僕がCIAに捕まったとしても、外務省は全く何もしてくれないだろうが。ただ、眠剤をのまなかったから朝まで起きているだけだ。そしてグタグタこうしたつまらないことをインターネット上に書いてるだけだ。
一方、ポジティブ思考になれば、こんな早朝、瞑想する絶好の機会だし、読書にふけることだってできる。
クーラーを最強にしてコーラでも飲みながら。気を失うまで瞑想し、夢想し、本でも読もう。次元移動したり、アンドロメダ星人やキャットピープルに出会った人の本を。
そして、通奏低音として、たったひとつのことだけを夢想し続ける。なにをしているときでも、眠っていても、醒めていても。それが目下の僕の自爆テロを行う狂信者の熱情にも似た生きる最後の歓びなのだから。
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体調を崩した
身体がいうことをきかない
喉が腫れて咳がでる
呼吸が苦しい
頭痛がする
身体がだるい
微熱がある
何かがまちがっている
やがて嘘のように元気になり
今のような最悪の状態をすっかり忘れてしまう
それなのに、その健康状態が、一ヶ月しかもたなかったのはなぜだろう
たしかに滝のような汗をかいていた
そのまま、汗でビショビショになったポロシャツを着ていた
熱いのに寒気がしていた
それなのに、べつにかまわない、大丈夫だ、これくらい、と放っておいた
多分、それが原因だろう
もっと自分の身体の面倒をちゃんとみないといけない
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