彫きぬ雑記帳 -2ページ目

彫きぬ雑記帳

山口県山口市の刺青処、日本伝統肌絵芸術の彫きぬこと衣笠新太郎のブログ

オフシャルHP http://www.horikinu.jp
こちらも一度、御覧下さい。

お客さんの要望どおりに青色系の鱗にしたが
これで、龍王太郎の衣装の色が難しくてなってしまった
まぁ、考えながら進めていこうと思います






🐶俯きに寝そべっているときと、立って写真を撮るとき、表情も変わります

🐱どちらも龍王太郎です うふふ、ふふふふ♡

🐶タマちゃん⁉️その笑いかたは…💧  (^ ^)
昨日夕方、倅の家で誕生日を祝ってもらい🎂
孫と久びさにタップリと遊び、家路についた

ひと風呂浴びて梅雨明けの手入れをしようと支度を始めた頃に
金太郎から電話がきた ^^






俺の誕生日に言葉を交わすのは久しぶり
10数年無かったことで
昨年まではメッセージメールかGMailで来ていたが
まぁ、この数ヶ月には色々なことがあったので
4月にはおれが誕生日祝いの電話をした
そして昨夜。。

『先生、お誕生日おめでとう♬』

『お、ありがとうよ… (^^)
俺も、いけねえ歳になっちまったよ 笑 』

と、語り合った中に
東京もこの夏は随分と暑いという話があった
山口も昨日は急に暑さが増してきた気がする

まぁ色々と話しもはずみ
電話の最後に

『先生、この夏は異常に暑いからお身体に気をつけてね』

『うん、ありがとう、◯◯◯もな、、^^』

『お父さん、、、 うふふ♡』

と、近ごろ偶にこんな呼びかたもする
なんだか金の字の高校時代を思い出してしまった

🐶とっつあんは金さまを我が娘のように
🐱東京で暮らしてた時も、そう思ってたから…

そんな娘に。。。(`・ω・´)💧


🐱🐶男と女の自然の成り行きでござんすよ


胸割りの見切りも進みだしました







🐱この方はお臍が真ん中から少し。。。
🐶こういう人も、たまにいます

今日は4行で失礼します (^ ^)
村正、一尺九分の小脇差
このひと月ほどは、これを枕刀にしている






枕刀とは守り刀ともいい
寝室に入ってくる邪気を追い払うもの

歴史上有名な守り刀のひとふりに「今剣」いまのつるぎ
という短刀がある

これは源義経の守り刀とされ、
もとは平安時代を代表する名工、三条宗近が
京都の鞍馬寺に奉納したと言われている

「牛若丸」と名乗っていた幼い源義経には、
3年ほど鞍馬寺に預けられていた期間があり
この頃から非凡な才能を見せていた源義経は、周囲から立派な僧侶になることを期待されていた

しかし、自分に源氏の血が流れていることを知った源義経は、僧侶になることを拒み、打倒平家の野望を強く抱いたのである

こうして源義経は、周囲の反対を押し切って、
平氏征伐に出征することを決意する
このとき、鞍馬寺別当の「阿闍梨蓮忍」(あじゃりれんにん)が
鞍馬寺秘蔵の短刀に今剣と名付け、戦へと旅立つ源義経に授けたのである


源義経は、この今剣を守り刀として肌身離さず携えていた
その後、平氏征伐の最大の功労者となった源義経は、
その力を恐れた兄源頼朝によって死に追いやられてしまう

追討の兵に追われる源義経は、妻子を殺して自害するという悲劇的な最期を迎えまてしまった
この自害の際に使われた短刀が、守り刀である今剣だったと伝えられている

🐶気の小さい兄きやなぁ
🐱まぁ北条氏の入れ知恵もあったのよ

🐶ところでとっつあんの守り刀は何振りあるの?

ん、
取っ替え引っ替えで短いのが12、3ある🙄

🐱ひとつに決めたら?

皆、好きやねん (*´︶`*) ♡
見猿、聞か猿、言わ猿という三猿の名言がある

この三猿について調べてみると、
実は「四猿(しざる)」だったのである
中国や台湾には四匹一組の猿の像が存在している

「見猿・聞か猿・言わ猿」はそれぞれ、両手で目、耳、口を塞いでいる
四匹目の猿は両手で股間を隠した姿で表現されている



これは「せざる(せ猿)」を意味し、その由来は
孔子の「論語」の中に、
「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動
(礼儀に背くようなことをしてはいけない)」という教えがあり

四番目の教えが「節度の無い欲望」と結び付けられ、
せ猿が生まれたようである

日本で四番目の猿が省かれてしまった理由については諸説あり
『四という数字が死を連想させて不吉であるから』という説や
『性的な要素を匂わせる像は好ましくないから』という説があるが、どうなんだろう?

見る、聞くはいくら注意しても防ぎきれるものではない
その一方で、言わない、行わないは自分で意識し、
注意すれば防ぐことができる


今世間でも問題になっているSNSによる風評被害なども
《見猿・聞か猿・言わ猿・せ猿》を意識すれば、
常識ある判断をする事ができるだろうと思う

自分自身が悪い物を見たり、聞いたりした時に、
なりふり構わずにその発信源となって誰かに伝え広めてしまえば、他の人に迷惑もかけてしまうだろう

しかし、それを安易に信用せずに自分の中に留め、冷静に考え、
「誰かに吹聴しない」、「節度を持った行動」をすれば、他の人に迷惑をかけることは無いし、傷つけることもない
まぁ、悪を暴きたいという心根は分からぬでもないが…


ということで、
俺は、世のことなどは分かってるようで
実は分かってないのかもしれないから
公に書かぬ方が良いと思い、そうしようと思う

🐶なるほど、とっつあんも年寄りになると
こう言うことも考えてしまうのかしら。。。

🐱言わざる、せざるができるのかしら?
殿様、気性が激しいから心配。。。

これはな、何もしないというということやないよ
ただ、今は情報の混乱が渦巻きすぎているので
ふと思っただけや (*´ー`*)
梅雨なので、当たり前だが、、雨がよく降る
夏越の祓えにも行きたいがこれでは行くことも…

イライラする日々をおくっていたら
久々にお狐さま🦊が白い着物姿の女性になって
枕もとに現れた

『やよ、◯◯◯!
汝、悪行も有れども表に出ぬ善行もあるので伝えおく』
といつもの決め台詞で俺のほっぺを突っついた

パンツ一枚で眠りこけていた俺は
慌てて布団の上に正座してお迎えした🙇🏻💦


『汝、この夏に江戸に入るのはまことであるのか?』

『はい、さようでございます… 』

『なに用があってまいるのじゃ?』

『懇意にしていただいてる方の、短期の仕事がござります』

『ふむ、◯◯◯にも、会うとか。。。?』

『はい、ついででもありますもので』

と言うと、お狐さまは目尻がキュと上り







『ついでとは、なにごとじゃー!』と
お怒りになって消えてしまった。。。

『うぁぁぁあ ・゚・(ノД`)・゚・。💦お狐さまぁ』


🐶そりゃあ、とっつあん、なんですぜ
きっと金太郎さまのご先祖じゃござんせんかい

え?ほんまかいな!😳

しかし金太郎の母方のご先祖はたしか
百俵十人扶持の小十人番士のはずだけど

🐱そのまたご先祖さまがお狐さまかも

🦊☔️ (`・ω・´)むむっ
電話して聞いてみよ。。。か

『知らないわよっ 📞★◎。◎-★💧』

ってさ。。。(*´Д`*)

🐶面白くも無い記事を
🐱書いてしまいました。。。
コレを去年暮れに買って
一度記事にしたけど、、くどくど書きすぎて
ちょっと気に入らんで消した






南北朝時代の古三原の重要候補なんや^^
一尺一寸六分の平身の小脇差で見事な二筋樋つき
気持ち悪いくらい斬れる
使い古したネルの生地を分厚く畳んで
チョンと切先当てたらスポッと通った (゚∀゚)

しかし鎺がガタガタで刀身が鞘の中で踊る
これを新規にして白鞘も新調したら金が掛かる
今は金着せ鎺が金の高騰で高いんや

どの道、新調せねば。。。
福岡でやらせよか、銀座に送ろうか…

やはり刀剣は、手に取って見て買わねば。。。
ネットで見つけた店にコレがあって
東京へ行く暇がなかったので発送させたのだが

もう両国のあの爺いの店では買わん
でも刀身は素晴らしいのでヨカッタ (^ ^)

🐶気難しいとっつあん。。。
🐱刀はいつもの銀座長州屋で買うのが一番よ
この店とは30年来の付き合いだしね

しかし、もう刀は買わんよ
老後の生活を考えたら金が要る

🐶例の煉瓦包み3つでは?

いや、あと2つ3つは要るなあ🙄

え?🐶世間では老後は煉瓦包み2つとか?

それは年金をしっかりと貰える人や
足るわけねえよバカバカしい

もしかして殿様。。。大都会で老後を🐱?

ん、、、(*´ω`*)
月に1、2度通ってくる龍王太郎
筋彫りを終えて少し暈しました_φ(◎ω◎-: )





🐶ブサイクなとっつあんが彫りました

🐱殿様はブサイクじゃないよ
写真映りが悪いだけだよ
いつもニコニコしてるのに。。
カメラの前ではどうしたのかしらん?

🐶とっつあんはキレる寸前もニタニタします 笑


それより、昨日は夜に入って凄い豪雨☔️やった
市役所からの警報メールがどんどん入るし🙄

おかげでBSが映らん。。。
映ったら雨天ノーゲームになっていた

ホント梅雨時にはウンザリしてしまう
しかし明けたら暑いやろなぁ (`・ω・´)💧
昭和50年(1975年)7月26日
大阪府豊中市の喫茶店「ジュテーム」において二代目松田組系溝口組の数人が、
先にいた同組幹部と掛け合い中の、山口組系佐々木組の組員3人を射殺、1人に重傷を負わせた

世に言う大阪戦争の序章Prologueである

このニュースをラジオで知ったときは、
部屋住みを始めて1年4ヶ月の頃で24に成ったばかりだった

この事件の背景には佐々木組内徳本組の構成員が大阪キタにある溝口組の賭場で起こしたトラブル(嫌がらせ)があったとされる

(これは代紋の大きさを悪用した筋の通らぬことである)

この佐々木組と溝口組の衝突は、一旦は和解しかけるも決裂
同年8月23日、松田組幹部の自宅に銃弾が打ち込まれた直後、
佐々木組の本家である山口組本部に銃撃が行われたことで
大阪周辺の山口組勢も参戦する結果となった

この後、翌9月3日には
大阪市南区(現中央区)の山口組系中西組の組員が車内で警戒中、松田組系村田組の大日本正義団組員に射殺されている

1万人 VS 300人の喧嘩である


抗争は一時沈静化していたが、翌年の1976年10月3日
大阪日本橋筋商店街で大日本正義団の会長吉田芳弘(36歳)が
待たせていた車のドアを開けようとしたところ、
近寄ってきた佐々木組組員2人組が拳銃を3発発砲した
全弾を胸に受けて、吉田会長は15分後に死亡した

逃走する男達を正義団組員が追跡して発砲、
こちらは命中せずに組員は後に警察に逮捕された

《この男が逮捕される前、当時の状況を聞いた…
逮捕されるまで刺青を仕上げようと師匠の元に来たとき》

そして、
すぐに松田組側から報復が行われると警戒されたが、
そのまま何事もなく1年以上の時が過ぎた

こうして山口組と松田組の対立が深まり、冷戦状態になる中で
突如起こったのがクラブ「ベラミ」事件である

日本橋事件から1年9ヶ月後の1978年7月11日
山口組三代目組長の田岡一雄は、京都市太秦の東映撮影所を訪れた帰りに京阪三条駅前のクラブ「ベラミ」を訪れた

この時、三代目が「ベラミ」を時々訪れる情報を掴み、
1ヶ月ほど前から通いつめて待ち伏せていた男がいた
大日本正義団幹部鳴海清であり、彼によって狙撃されたのである

弾は首に命中して貫通銃創となり、奇跡的に一命を取り留めたが
流れ弾で関係のない医師2人も重傷を負ってしまった

報復は直ちに開始され、事件後数時間のうちに(結果としてベラミ事件に関与していない)他の敵対組織に銃弾が撃ち込まれる事件が発生した

このベラミ事件は山口組の怒りに火をつけ、
同年8月17日から10月24日にかけて
公衆浴場や松田組幹部自宅、路上といった場所でも無差別に松田組系組員を次々と7人を射殺した

自宅、路上は仕方がないが、公衆浴場での発砲は
俺はどうかと思うが…
普通に考えても、子供の前では出来ねえだろう

これは、手柄争いで
当時、1人射殺しても10数年の刑期で済むので、
謂わば勲章を付けたかったんだろう


三代目を狙撃した鳴海は9月17日に六甲山の山中で、
激しい暴行を加えられた他殺体となって発見されたが
真犯人の判らぬまま1993に時効となった

松田組との手打ちを望まない山口組は、11月1日に
報道陣を神戸の田岡邸に招いて一方的に抗争終結を宣言

松田組も終結宣言を大阪府警に提出し、大阪戦争は終結したのである


🐶これが大阪戦争のあらすじです

一応ここで、あらすじはお終いやが
ベラミで三代目を弾いた鳴海清は、吉田会長と共に
俺も一度、面識がある
それは、俺が2人にお茶を出したからで、
俺の部屋住み時代の始め頃のことだった

鳴海は会長の運転手で色白の大人しそうな男という印象で、
俺と同い年くらいやったよ

そして六甲山で遺体となって発見されたのち
赤外線の刺青写真を見せに刑事が俺の実家を訪ねてきた
この時、あまりの遺体の哀れさに手を合わせた。。

俺は、我孫子の彫重さんの天女やないかと言ったら
結局は、そこの二代目の仕事やったよ

🐱殿様はこう言う歴史上?の人とは何故か縁があり、
不思議です。。。
広島時代の仕事の復活の時もそうでした

🐶鳴海の遺体が発見された当時
とっつあんは、師匠の元を去ったばかりで自宅でぶらぶらしてた時で
警察から過去に検挙出来なかったというレッテル付き 笑
写真を持って訪ねる先としては適した男でした

。。。最後に、
やくざの喧嘩にどちらが正しいという言い分は無いが
抗争で亡くなられた方々のご冥福を祈る想いです

大阪はおれの生まれ故郷。。。


梅雨の時期は陽がさしても蒸し暑い
気温が高く、湿度も高い
真綿で包まれている様な嫌〜な汗が出てしまう

そこで、少し肌寒くなってきた頃の話しを、、、

去年の11月、銀座で金太郎と4年半ぶりに会い、食事を共にしたのは
銀座の刀剣店に用が有り、金の字の職場も銀座にあるからで、
場所も時間帯も丁度良かったから
 
しかし、彼女に連絡をしたのは当日の昼、
新幹線の車中で広島駅での停車中だった (゚∀゚)

『え?今日東京に来るの?』と、驚いて
『前回も、前の日に急に連絡して来るし、、、』
と言われたが
それはそれで、電話の向こうの声は弾んでいた


東京駅に到着したのは午後4時前
タクシーで銀座の刀剣店に着いたのは4時20分過ぎだったか…
(乗り場が外人の長〜い長〜い行列になっていた)

プチ💢 毛唐❗️日本に来るなや❗️
(# ゚Д゚) ボケェ💢

🐶💧で、出ました、、、キチガイのビョーキ…

予定より、少し遅れて刀剣店に着き、
早速、武蔵大掾藤原忠廣の脇差を手にして吟味をする

まずは良い出来だったので、諭吉さんを先に納めて領収書を受け取り
翌日、帰りに寄って受け取ることにした

社長と小1時間ほど談笑し、そろそろと思い
金太郎が予約していた鮨屋に赴いた
俺が銀座の鮨を食べたいと言ったからである🍣

晩秋のこの時間、銀座はすっかりと夜で少し肌寒い

店内は2、3人の客だけで、意外に空いていて、鮨屋独特の香りがしてくる
金太郎は、既にL字形のカウンターの片隅で待っていた

『おぅ^^ ♬ 待ったか? 』 

『ううん、今着いたばかりよ ★◎。◎-★ ♬ 』

『。。。白いモノが増えたやろ』

『白髪増えたって、先生は先生だよぅ
先生、お髭が無い方がやっぱり良いよ♡ 』

『そうかぁ ´ω` 』

『歌舞伎役者みたいよ』

『よせやい、そんな上品なモノじゃねえよ』

『東京に着くなり、ビョーキを出してない?笑笑』

『 え❗️ ( ゚д゚ )ガタッ 』

などと雑談や近況などを話しながら
久しぶりに、ふたりでの食事を楽しんだ

店を出たあと、近くで☕️を飲み
金の字は、その後の経てきた話しなどを聞かせてくれた
時折り笑顔も交えながら、、、

以前、電話でも粗方の話は聞いていたが
顔を合わせての話しは、また違うものである

その顔を見て、ふと思ったことは
こいつ、置いてけぼりにした様に別れたのだが
今まで、怨みつらみの一言も口にしたことがない

おれの顔を和かに見つめて話をしている
この時、俺は思い出話も口に出せなかった。。。

口にしなくても胸の内では、
出会いから別れるまでの、様々な思い出が蘇ってきたものだった

暫くの刻を過ごして…2人は外に出て歩き
地下鉄の階段を降り、銀座線の改札口まで送って別れた

『気をつけて帰れよ(=´∀`)ノ 来年にまたな〜 』

『うん、今日は逢えて嬉しかったぁ (´∀`=) ♬
明日、気をつけて山口に帰ってね…あ、そうだ
夏に上京する時は早目に教えてよね♡ 』

『おぅ、わかったよ^^』

お互いに軽く手を振って別れた

地下鉄の階段を昇り、歩道に出てタクシーを拾う
そして予約をしていた蛎殻町のホテルに。。。

🐶とっつあん…タクシーの中では寂しそうな顔…
なまじ、顔を合わせるとねぇ。。。

🐱それは金さまも同じ想いかも
殿様に何か言いたげな金さまだったけど。。


🐶そして、、、とっつあんは、今年に入って
2月に金さまとの出会ったときの話しを、
【ミサ】という記事に書いてしまいました

🐱その記事を見られたことを機にして、今は
月に2、3度ほど電話で語り合っています
アタイは書いて良かったんじゃないかと思います


梅雨が明けたら暑い夏がくる
先方様から仕事の連絡が来るのは多分、暑さ緩む8月末か9月の初め頃かな?

🐱🐶もしも、それが先方から来なかったら💧?

ん、仕事が無くても8月末には、おれは行くよ
待ってくれる人がいるなら、行くのが男やろ