文学先品や戯曲の気になる台詞を紹介する「あの台詞の話」、第2弾は『Great Expectations (大いなる遺産)』の中の台詞をお届けします。

 

この作品は師匠が舞台化台本を書いていまして、なんとウエストエンドでも上演されたこのバージョンを日本で上演する際に翻訳させていただきました。しかしながら、そのずっと前、小学生ぐらいの時に小説の訳本を読んでいて、大人になってから原作を読んでいました。論文にも書いたし、とにかくすごく思い入れのある作品です。

 

私が特に好きなのは、主人公の少年ピップが、ミス・ハヴィシャムのお屋敷に初めて行く場面。ミスハヴィシャムは暗い、すべての時計が止まっている部屋にいて、老女であるのにもかかわらず、ウエディングドレスを纏い、ヴェールをかぶっているという、なかなかのキャラクターです。

 

 

 

若かりし時、結婚式のその朝に愛する人に裏切られ、その日以来、彼女の時間は止まってしまっているというわけです。恐る恐る彼女に近づくピップに彼女はこう言います:

 

 

ハヴィシャム:私をごらん。おまえが生まれてから一度も日の光を浴びた事のない私を、怖いとは思わないかい?

 

 

めっちゃ怖いやん!

 

そしてさらに、左胸に手をあて、ミス・ハヴィシャムはこう言います:

 

 

ハヴィシャム:私が触れるここに何があるか、わかるかい?ここに何があるか、おまえ、わかるかい?

 

 

怯えながらもピップはこう答えます:

 

 

ピップ:あなたの心臓です。

 

 

それに対する返事がなんとこれ:

 

 

ハヴィシャム:破れた心臓だよ!

 

 

 

この作品は訳本になると上下巻にもなる大作ですが、小学生の時の一番のお気に入りがこの「破れた心臓だよ!」でした。「破れた心臓」という事はブロークンハート?英語でもbroken heartって言ってるのかしら、なんて考えて原作を手にとったのでした。ちなみに引用した部分の原文はこちら。

 

Miss Havisham: Look at me. You are not afraid of a woman who has never seen the sun since you were born? 

私をごらん。おまえが生まれてから一度も日の光を浴びた事のない私を、怖いとは思わないかい?

 

Do you know what I touch here? What do I touch? 

私が触れるここに何があるか、わかるかい?ここに何があるか、おまえ、わかるかい?

 

Pip: Your heart. 

あなたの心臓です。

 

Miss Havisham: Broken!

破れた心臓だよ!

 

 

そうなのです。「破れた心臓だよ!」という部分はなんとBroken!としか言っていないのです。この直前でピップがYour heart(あなたの心臓)と言っているからなのですが、なんというお洒落な台詞なのでしょうか。My broken heart!と言うこともできたのに、あえてBroken!と捨て台詞のように言ってのけるミス・ハヴィシャム。このBrokenが「b」という破裂音で始まっている事から、ナイフのひと突きのようなシャープさがあり、彼女の悲しみが突き刺さります。この深読み妄想族な解釈を舞台版翻訳の際に話したところ、日本での上演台本では「粉々に打ち砕かれた私の心臓さ!」みたいなインパクトのある台詞になっていたような気がします。

 

 

最近私は早朝の読書の時間が至福の時であります。最近は時間に余裕もありますしね。『大いなる遺産』、おすすめです。