音楽偏遊 -33ページ目

音楽偏遊

最近見たライブや気になるアーティスト、気に入った店や場所など偏った嗜好で紹介してまいります。アーティストさんへの言及などは、あくまで私個人の見解であり、特に中傷や攻撃を意図したものではないこと、ご了解下さい。

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「Gibara Attack vol.17」@高田馬場・四谷天窓
出演:嶋雄大 →The Sing2You ヒグチアイ小玉哲也五十嵐伸治
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久し振りにThe Sing2Youが東京にやってきたアップ彼らをライブで聞ける、この幸せ。年3回ほどしか東京に来ないからなー。彼らのホームの名古屋までは、なかなかライブだけのために行けないしね。なので、彼らが上京してきたら、必ず1回は聞きに行ってる。聞きにいかなきゃ損だぜ。

しかも、今夜の対バンはヒグチアイに小玉哲也、五十嵐伸治だ。これはかなり興奮もののブッキング。さすが代々木原シゲル。楽しみ、楽しみ。

ということで、高田馬場へ。昼飯抜きだったので、久し振りに栄通りですた丼。いつも米が多すぎるのだが、今夜はかるーく完食。飢えてたねーにひひそれに今夜の出演者の顔ぶれを見たら、エネルギーしっかり詰め込んでおかないと、ノリ遅れるかねんからな。特に小玉哲也辺りで(笑)七色サンドイッチも歌わないといけないしにひひ

さて今夜の天窓、急遽決まったオープニングアクトが。名前は分からなかったが、日本全国を歌いながら回ってるという男性ギター弾き語り。「幸せになろう」という1曲だけだったが、若さとエネルギーと優しさを感じる良い歌手だった。

トップバッターは嶋雄大。彼もギター弾き語り。日本語の歌詞を英語のように響かせる歌いかたが印象的。といっても、桑田佳祐とかとは違うやり方。最初の曲のサビ「上に上に」が「wainy,wainy」って聞こえる。それが、ちょっと格好よい。

自信ないがセットリストはこんな感じ
1)上に上に
2)Chicken Soul
3)四畳半
4)ハナウタ
5)3秒フューチャー
6)さよならByeBye


さあ、そして2番手が、今夜の目的の「The Sing2You」だ。

彼らの演奏が始まると、もうそこは異次元の森の中。下草を踏みつつ進んでいくと、そこはSing2Youにしか作れない音楽に満ち溢れ、耳だけでなく、鼻からも、目からも、口からも、手や足からも、森の息吹がしのび込み体中を幸せで充たしていく。興奮と恍惚と幸福の3重奏に、無心に手をたたき声を出したくなる。音楽が芸術であり、無限の可能性を秘めていることを、ポピュラーのジャンルでここまで表現できるアーティストを、僕は知らない。

しかし、ステージの上にいるのは、ボーカルのくるみさんと、ギター(時々一五一会)&ボーカルのさとし君の2人だけなのだ。その二人がここまでの世界を作り出せるのだからすごい。並外れた音楽センスの塊であるくるみさんのソウルフルな声と、人柄を現したような温かいさとし君の声が、それぞれが主旋律を歌いながら、絡み合い、追いかけあい、時々ハモり、絶妙のバランスで深ーい陰影を描いていく。

特にくるみさんの声は、素晴らしく魅力的。この次に出たヒグチアイの声も迫力と魅力たっぷりの際立つ個性なのだが、くるみさんの声には音楽の神様が宿っているんじゃなかろうか、ってほど神がかってる。何か違う次元、違う空間から響いてくるのだ。ただ頭の中を真っ白にして、彼女の声に身を任せれば、解放される。それも、彼女が歌いだした途端に。お膳立てさえ不要なのだ。

彼女は歌うだけでなく、鳥のさえずりや流れる風の音なども模写し、歌声も掠れさせたり、地声を力強く響かせたり、細く軽やかにファルセットしたり、高音から低音まで自由自在。神だよねー。しかし、楽曲の軸を貫くのは、地面にしっかり足をつけた、人間味豊かなさとし君の歌声。あたかも神と人間が交わっている様子を無意識にイメージさせるのだ。紅天女か(笑)

それにその神は、至って庶民派ニコニコ二人は笑顔に溢れ、手を伸ばせば握り返してくれるフレンドリーさ。もう、無条件で彼らが好きになってしまうんだよね。ここが、最上級の賛辞かも。

1)森?
2)森
3)ハシノシタ
4)七色サンドイッチ
5)デジャブ

ちょっと1曲目の題名を失念。静かな出だしから、森の中に誘われていく。

定番の「ハシノシタ」で、一転、俺たちは格好よいミュージシャンだぜー!ってのを見せつけて、「七色サンドイッチ」はお客さん交えて大合唱。みんな、これ歌いたくて彼らのライブに来てるんだよね。目覚ましに「七色サンドイッチ」を入れてるので、僕は毎朝、この曲で起きてるよ~合格

最後は新曲という「デジャブ」。うーん、音源欲しい。次の東京ライブまでこの曲が聴けないなんて。またまた、今夜もSing2Youに楽しませてもらったー。充実!これで帰っても十分なほど堪能したのだが、今夜はまだこの後も粒揃いだ。


3番手が話題のSinGirl(笑)、ヒグチアイだ。

でも、さすがのヒグチアイでも、Sing2Youの後はやりづらいと思うよ。一方でそういう時こそ、相乗効果で実力以上のものが引き出されたりもする。本当にその場、その場でまったく違う展開になるからライブは面白い。

今夜のヒグチアイはというと、マイペース!前がSing2Youだろうが、誰だろうが「私はわたし」とばかりに、逆にいつもより抑え目の演奏を聞かせてくれた。多分、彼女の中で確固たるライフプランがあり、そのゴールに向けて、それぞれのライブに課題を課しているかのようだ。

そして、今夜は一人で弾き語りということもあり、しっとりと演奏するプランだったのだろう。前回の彼女のライブ評でも書いたが、最近我が物にしつつある大人の女の魅力を歌で出す、その完成度を高めるステージだったように思う。

1)唯一のもの
2)ココロジェリーフィッシュ
3)合鍵
4)東京
5)メグルキオク

その音楽が、それぞれの楽曲がどれだけ素晴らしいかは、前回書いたので今回や割愛。でも鉄平さんではないが、間違いなく彼女は現在の若手女性弾き語りシンガーの中で、傑出した存在になりつつあると思うね。今夜も、とっても良かった。


さあ、そしてノリノリのステージを期待していた4番手の小玉哲也 from 大阪が登場だ。

きっと今夜も、腹にたまったすた丼を一気に消化してくれるような、熱いステージになるだろうと思いきや、ちょっと赴きが違うぞ。新アルバム『HeyBelieveMe』を引っさげて、全国ツアー中の彼は、また新しい一面を見せてくれたなあ。彼の優しく感受性豊かなところが、どの曲にも溢れていて、「小玉っていい奴じゃん」って感じてしまう。

勿論、根っからのグルーヴとかは健在なのだが、なんか若さと勢いだけじゃない今の小玉哲也を見てってくれーって、彼のステージ全体が叫んでいた。好っきやなあ。

1)?記憶
2)?小玉哲也と申します
3)No No No
4)Not Fiction
5)Hey,Believe Me

ライブ後に是非CDをゲットしようと、彼のところに行くと違うお客さんと話し中。ヒグチアイと話して、また小玉っちを見ると別のお客さんと話し中。くるみちゃんと話して、小玉君みるとミュージシャン仲間と盛りあがっとる。で、ちょっと機会を逃して彼が今夜巻いてくれた種を拾えず、うっかり帰宅してしまったよ。後からCD買ってなかったと後悔。まあ、まだまだ彼のライブを聞く機会はあるさ。


そして今夜の四谷天窓、トリをしめたのは五十嵐伸治

ギター弾き語り。弾きまくり。ギターテクが飛びぬけてすごいのだが、単なる技術でなくて、彼が彼自身の音楽を存分に楽しむための、あくまで手段なのだなあと。演奏している姿が、すごい楽しそうなのだ。そして、魅力的な柔らかい声で歌詞を大切に歌っていて、言葉が頭に入ってくる。

1曲目はそんなギターのテクを余すところなく出しながら、ブルーズな代表曲「ブルージーンズ」をグルーヴたっぷりに。格好いいねえ。これぞミュージシャン、という決めっぷり。惚れる。音譜Blue Jeans履いて、じじいになるまで踊ってたいな 歌ってたいな音譜ってサビのフレーズが、沁みるねー。

1)ブルージーンズ
2)正しい人
3)帰り道
4)JUMP
5)ビールを飲もう

それに、最後に歌った「ビールを飲もう」が、むひょむひょっと楽しくて、一緒に乾杯したくなります。なんていうか、王道の男性POPで、ミスチルやゆずにさえ繋がっていきそう。ギターも炸裂して、手拍子いっぱいで、大盛り上がりでしめてくれた。こだわりの世界に陥ってしまう歌手は多いけど、彼は広い視界を確保して、まっとうに楽しみながら音楽で進んでいきそうだね。いがらしのぶはる、いい歌手だ。また聞きたいね。

そんなこんなで、この日は最高のブッキングで盛り沢山。チケット代はかるーく元を取ってお釣りがきた感じ。すごい楽しいライブだったよ。

今夜、「いつか」と竹渕慶の「tetra+」が渋谷PLUGで対バンするという。どちらも注目のアーティスト。大人のポップスとacid jazzとジャンルこそ異なるが、絶対的な共通点が一つ。どちらも並外れて、歌が上手いのだ。いつかのバラードや洋楽カバーは泣けるし、tetra+の音楽には震撼する。超オススメ。

なのだが、今夜も粛々と渋谷めぐみを聞きに新横浜ベルズへ。出演時間がかぶり、ハシゴできなかった。新横浜は、遠すぎる。世間一般的には、音楽業界が争奪戦をしたという、現在avex ioだかSMCだかに所属する「いつか」と、goosehouse関係でソニーから出てくるのではないかと思われるtetra+という、業界注目アーティストが揃う渋谷PLUGに行くよねー、普通。いつかちゃんかわいいし、慶ちゃんのボーカルはすごく魅力的だし。

それでも個人的には「渋谷めぐみ」というシンガーソングライターの方が上。どこの事務所にも所属せず、スタッフも存在せず、全てセルフマネージメントしている、無名のインディーズアーティストだというのに。嗜好というのは本当に人それぞれだから面白い、と人ごとのように自分の行動をみて思う。でも、渋谷めぐみのバンドライブは、まあバンドの演奏次第という要素があるが、迫力があって格好よいのだ。MCのトークさえ無ければ(笑)歌っている時のクールさと、ぐだぐだなトークで自分自身に困ったような苦笑いのアンビバレントさは、確かに判断に困るところだと思うけどべーっだ!美形だと思うし、なんでもっと注目されないかなあ。

まあ、そんな世間の目など全くお構いなく、今夜も彼女のボーカルは格好良かった。

サポートはいつものギタリスト高田さん、ドラムは西川さん、そしてベースにまた無理を言って三井さんという布陣。三井さんはギタリストで、彼のギター伴奏は本当に女性アーティストを引き立てる。斉藤麻里や松岡里果、伊藤さくら、鈴木あいなどなど彼をギターサポートにお願いして歌っている歌手は数多い。そんな彼にベースさせちゃうの、どうかなーとは思うんだけど。

ドラムの西川君も、サポートは4、5回目か。バックバンドの顔ぶれが毎回固定せず、1回くらいのリハだけで本番に臨むことが多いため、どうしても演奏が緩く、一体感に欠けがち。その弱点を補おうと高田さんとかが、技巧的なソロや毎回違うアレンジを入れるなど凝ってみるのだが、その都度違うメンバーとその都度違うアレンジでステージを作るというのは、やはり大変だろうなあと思わずにはいられない。

今夜も、サポートの3人とも技量はあるので、そんなに悪くないのだが、どうも3本の矢がまとまった時の勢いというか、ミュージシャンどうしのアイコンタクトから生まれる演奏の妙のような物が足りない感じ。ようやく、アンコールのユメオチで、それぞれがソロパートを演奏、最後に西川君が通常の倍ぐらいの独奏を熱演した後、初めて3人のミュージシャン+渋谷めぐみの意識がシンクロしたようで、すごく良い演奏に。一気に聞いている側のテンションも上がった夜だった。最後にあれが聞けただけでも良かった。

<セットリスト>
1)星
2)隠し事
3)東京
4)Deep
5)magic
en. ユメオチ

途中のMCは、案の定の展開だったが、東京~Deep~magic とたたみかけるようにロックな楽曲が並ぶ後半はやはり圧巻。渋谷めぐみのハスキーだが、力強く、グルーヴのある歌声が、びしびし響いてくる。「隠し事」のような大人の恋愛の機微を描いた曲を、すでに8年も前に書いているのだから早熟といえよう。精神面でも恋愛体験も、かなり大人なのだろう。だから、いつまでもスクール恋愛ものを歌っているような世界が狭く幼い歌手とは、まったく趣きが異なる。大人の曲を歌わせた時の説得力が
違うのだ。歌唱力もかなりのものだと思う。

アンコールで歌った「ユメオチ」では、新宿歌舞伎町や上海の魔界のキャバレーでウイスキーを傾けるような世界観を作りだすが、それは「いつか」や「tetra+」、ヒグチアイや見田村千晴にだって描けないと思う。神田莉緒香やRihwaとは対局で、どちらかというと、アサダマオや平絵里香、京田未歩などに通じるか。また、そのロックなテイストは、荒牧リョウや小玉しのぶにも似ているかもしれない。そのうえでやはり思うのは、渋谷めぐみは渋谷めぐみだということ。オリジナルで、世間の流行などに影響を受けてない独自の路線。そこが魅力を感じる所以なのかな。

多分、器用ではないから、歩みが遅いのだ。ステージングなど磨けば、いくらでも魅力が増すと思うのだが。ま、彼女の場合は長い目でその成長を見守りたいと思うのだ。もう8年は見守ってるけど(笑)

ちなみに今夜のベルズの出演者は、彼女を除くとみな男性ロックバンド。そのトリだった。客層がかぶらず、彼女の出番まで残らない客も多く、やりずらそう。どうせ遠い新横浜まで行くなら、僕個人的にも渋谷めぐみには、女性アーティストと対バンをして欲しいもの。ベルズのレギュラーでいえば、CapockやMiyuMiyu、Lady the Bitchならこんなに嬉しいことはないのだが。

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「鉄ロックフェスティバル!vol.69」@渋谷gee-ge
出演: Ucoxxx(oa from大阪)、ハルカトミユキ、ヨシザワカヨコ、大柴広己、ドブロク(アコースティック)、ヒグチアイ
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長いツアーを終えてヒグチアイが東京に帰ってきた。

と言っても下北沢や代官山ですでに帰京後、ライブやってる。だから、今夜会った時に「おかえり」と言う雰囲気ではなかったが。ただ、僕には9月27日のMilkyway以来のヒグチアイライブ。彼女がツアーの行く先々でどんな体験をし、何を感じてきたのか、気になってたんだよね。

そこで、Avaivartikaを聞いたeggmanから転戦。gee-geのトリをとるヒグチアイに会いにゆくと、ドブロクが歌っているところ。男性3人組。ハートフルで温もりがあるいい音楽。ウッドベース弾くミュージシャンが、音楽に没入している様子がいい。このベースは終盤、マリンバみたいな楽器も駆使して、じわっとくる素朴な音をうまく作っていた。それに乗ってボーカルが飾り気なく、素朴だけど、どこか洗練された現代的な四畳半フォークを歌い上げていく。ええ感じだった。


さあそして、トリのヒグチアイの登場だ。

セッティングを見ていて、ギターやドラム、ベースまでが準備中。今夜はバンドと知らず少し驚き。告知もなかった。すると、すぐ横に本人が!気付かなかったのは、彼女の雰囲気が違ってたからだ。髪の毛がショートになり、そしてどことなく大人びたたたずまい。僅か1カ月ほど会わなかっただけなのに、何かが彼女の中で変わったのか。

彼女がまた一つ階段を登ったこと、演奏を聴いて確信になった。ステージが「しっとり」と潤っているのだ。今までのヒグチアイと違う、大人の色彩を帯びていた。

彼女の長野時代や東京最初期は知らないし、最近のライブもそれほど見れてないので断言はできないが、僕が知る限り、彼女は2段階くらいのフェーズで成長してきた。そして、今、次の段階に進んだのではなかろうか。

前の2段階はこんな感じか。

初期はとにかくその力強く「孤高」の声を、分かりやすいビートのきいた曲に叩き付けるように歌っていた頃だ。みなぎる若さのエネルギーを解き放っていた「奔放期」とでも言おうか。いろいろ歌い方やピアノの伴奏を工夫して、自分の表現を見つけようと試行錯誤していた。アルバムでいうと「ストリートライフ」の頃だ。まだまだ若い学生で、18~19歳ととんがってる時期だ。

そこから、曲作りがぐんと成長を見せた。歌のスケールがぐっと広がり、歌唱の迫力も一段と増して、一度聞いたら忘れられない強い印象を聞くものに与えるようになった。それはバラードでも顕著で、自分の声の特質をうまく生かして魂に直接触れるように歌い始めた。力強い方では「永遠のウォーカー」、バラードでは「目の中の世界」など、ヒグチアイにしか出せない色をはっきり打ち出してきた。彼女は歌い始めるや、ライブハウスを自分の色に染め上げるようになった。出演するライブハウスの数が増えるなど活動の場もぐっと広がっていった。

何がその成長のきっかけになったのか。多分、この二十歳の頃に自らへの自信が大きく育ち始めたのだ。出したアルバムのタイトル、「ナリカケ」というのが象徴的。絶対に大きな歌手になれる、という自信が芽生えたからこそのタイトルではないか。そして、大学を中退して音楽一本で生きていく覚悟を決めた。まさに「自立期」。大きな階段を一つ昇ったこともあり、曲のスケールが大きくなったのだろう。

音譜届かない夢にも 手が届く気がする かなえるのは誰かじゃなくて この私だから~大人になりたい 子供のあたしは思った 大人になれない 今のあたしはそれでいい音譜(「大人」から)と歌い上げる彼女は、全身で自信と不安の葛藤を晒していた。そして、自分の前に見えてきた「道」をより強く意識するようになった。音譜明日チャンスをつかむんだ どこかにある 走ることを知らない永遠のウォーカー でも歩き続けたら近づけるだろう!音譜ってね。

この段階で彼女はもう十分魅力的で、チャンスがあれば彼女のライブを見るようになった。だが、足繁く彼女のライブを見ているうちに、またまた変化が現れてきた。バラード調の曲をはっきり分かる形で、磨き始めたのだ。初台36.5℃や今年5月の天窓.comfort、原宿Nescafeのライブで特にそう感じた。

強いボーカルと「ギター」のようにジャカジャカ叩き付ける鍵盤で、ど迫力なステージを作る技は、すでにある程度、確立してきた。だが、繊細な表現力を問われるバラードやミドルバラードで、聞くものを唸らせるにはまだ至ってないのではないか。欲張りな彼女はきっと、そう思って狙いを定めたに違いない。「表現力」には技術もあるが、表現者の心の有り様も問われる。子供には子供の歌しか歌えない。大人にならないと大人の歌は表現しきれない。技と心、その両面で自覚的に成長しようと決めたのだ。

「リアリティ」というアルバムの中に「小さな願い」という曲が入っているが、これが今までの彼女の楽曲と違い、とにかく暗く、抑えたバラードなのだ。しかし、それが、なかなかいい。

ライブハウスの音響や照明、客席の雰囲気などがはまった時に、このマッチ売りの少女を題材にした曲は、強いインパクトを残す。歌詞の力で聞かせるこの曲を、彼女は丁寧に丁寧に歌っていく。実は幼い長野時代に作ったが、封印してたようだ。今なら、自身の暗さを映したこの曲を、第三者的に再構築して表現できると確信できるほど成長したのだろう。

さらに、これまで強く歌いだしていた「ココロジェリーフィッシュ」の導入部を、一転してぐっと抑えるように。息がつけぬ緊迫感を膨らますアレンジを試み始めた。その事でサビとの強弱の落差が大きくなり、より劇的な色合いを強めた。

さらに、この夏から歌いだした新曲「合鍵」。まさに、ヒグチアイの新境地といえそうな、しっとりテイストの曲だった。

その一方で、バンドライブもスタート。これまで一人でピアノ弾き語りで演出してきた迫力の楽曲たちを、さらに上のステージへ。バンドという武器を手に入れて、一段と増した圧倒的なパワーには度肝を抜かれた。すごい。すごい。この段階で、ハード側は一歩階段を昇った気がした。あとはソフト側だ。

その中で着々と準備を進めていた初の全国ツアー「ヒグチアイと申します」が始まった。ついていけなかったが、そこでどれだけ脱皮するかは、一つの焦点だったと思う。

その成果を示したこの日のライブ、感想を一言で云えば「大人になったなあ」だ。二十歳の頃、「私、大人になれるかなあ」と言うので、「想像してるよりずっと早くなるさ」と応えたことがあったが、まさかこんなに早くヒグチアイから「大人」を感じるようになるとは。駆け上がってるスピードから予想してたとはいえ驚きだ。

女子三日会わざれば刮目して見るべし、だ。勿論、準備期間があったからなのだが、1ヶ月余に渡ったツアーが、彼女を磨きあげたのだろう。いい出会いや、思うことが沢山あっただろう、シミジミと感慨にふけってしまった。娘が大人になって帰ってきた時の父親のような気分だ(笑)

<セットリスト>
1)コントラスト(ピアノ引き語り)
--------バンドで-----------
2)ココロジェリーフィッシュ
3)君とこれから
4)東京
5)メグルキオク

新曲「コントラスト」をまず一人で弾き語りしたところから、もはや昔のヒグチアイではなかった。とても優しいのだ。それを、意図的に技術を使って聞かせるのではなく、すっと、自然体で入っていく。自然体に聞かせるのも技量だが、それにも増して彼女自身の素の部分での成熟を思う。歌いながら浮かべる優しい笑顔には、今までにない大人の深みがあった。

2曲目からバンドを入れたが、そのバンドの演奏も抑制が効かせた。前回のMilkywayで見たイケイケな演奏ではなく、まさに「しっとり」。抑揚があって、細やかに神経が行き届き、全体として彼女が新たに身に着けた「優しさ」を引き立てる。「ココロジェリーフィッシュ」のような激しい曲でさえもだ。それは驚きであり、ヒグチアイは一体どうしちまったんだと、目を丸くする。「東京」ではバンドが作り出す音の厚みも加わり、感動もひとしお。涙さえ流しそうだった。

ただ、それだけでは終わらない。最後のメグルキオクは、あのパワフルな演奏も健在なところを聞かせてくれた。まさに両刀使い。いよいよバラードもアッパーな曲もどちらでも劇的に歌いあげ、同じ曲でもアレンジ次第でどちらにでも仕立てあげる、そんな歌手としての幅の広さまで身に付けたようだ。

最後のメグルキオクは、7月のMilkywayとよく似ていたので、その時の映像をどうぞ


この曲のメロディラインはサーカスの綱渡りのよう。あがったり下がったり、地声と裏声の間を一音一音行きつ戻りつ歌うという難しさ。それを力で押し切っていく馬力は、相変わらずの凄味。

いやはや、またまたヒグチアイが成長してしまいましたよ。また一つ、すごい歌手の片鱗を晒すように。ここまで歌手として成長したとなると、もう次のステップはすぐ間近でなければオカシイ。それも、1年以内とかの短いスパンで訪れるのではないか。

今夜、ヒグチアイの成長を実感して、近く起こるであろう(あるいはすでに起き始めている)彼女の環境の激変に、思いを馳せずにはいられない。しっかりした自我を持っているから大丈夫だと思う。その波に乗って、どこまでも行って欲しい。

そんな僕の感慨と、同じ感情を抱いていたようなのが、今夜のイベントの企画者、鉄兵さん。彼は、出演者の終演時に必ず何か言葉をかけるが、ヒグチアイはもっと大きなステージに本当にすぐに立つようになるだろう、といった趣旨の話をした。同感。


ロックバンドでは、世界を目指す勢いのAvaivartikaを聞き、はしごして、女性シンガーソングライターの次の世代の盟主にさえなりそうなヒグチアイを目撃する。今夜はなんて贅沢な一夜なことか。