「鉄ロックフェスティバル!vol.69」@渋谷gee-ge
出演: Ucoxxx(oa from大阪)、ハルカトミユキ、ヨシザワカヨコ、大柴広己、ドブロク(アコースティック)、ヒグチアイ
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長いツアーを終えてヒグチアイが東京に帰ってきた。
と言っても下北沢や代官山ですでに帰京後、ライブやってる。だから、今夜会った時に「おかえり」と言う雰囲気ではなかったが。ただ、僕には9月27日のMilkyway以来のヒグチアイライブ。彼女がツアーの行く先々でどんな体験をし、何を感じてきたのか、気になってたんだよね。
そこで、Avaivartikaを聞いたeggmanから転戦。gee-geのトリをとるヒグチアイに会いにゆくと、ドブロクが歌っているところ。男性3人組。ハートフルで温もりがあるいい音楽。ウッドベース弾くミュージシャンが、音楽に没入している様子がいい。このベースは終盤、マリンバみたいな楽器も駆使して、じわっとくる素朴な音をうまく作っていた。それに乗ってボーカルが飾り気なく、素朴だけど、どこか洗練された現代的な四畳半フォークを歌い上げていく。ええ感じだった。
さあそして、トリのヒグチアイの登場だ。
セッティングを見ていて、ギターやドラム、ベースまでが準備中。今夜はバンドと知らず少し驚き。告知もなかった。すると、すぐ横に本人が!気付かなかったのは、彼女の雰囲気が違ってたからだ。髪の毛がショートになり、そしてどことなく大人びたたたずまい。僅か1カ月ほど会わなかっただけなのに、何かが彼女の中で変わったのか。
彼女がまた一つ階段を登ったこと、演奏を聴いて確信になった。ステージが「しっとり」と潤っているのだ。今までのヒグチアイと違う、大人の色彩を帯びていた。
彼女の長野時代や東京最初期は知らないし、最近のライブもそれほど見れてないので断言はできないが、僕が知る限り、彼女は2段階くらいのフェーズで成長してきた。そして、今、次の段階に進んだのではなかろうか。
前の2段階はこんな感じか。
初期はとにかくその力強く「孤高」の声を、分かりやすいビートのきいた曲に叩き付けるように歌っていた頃だ。みなぎる若さのエネルギーを解き放っていた「奔放期」とでも言おうか。いろいろ歌い方やピアノの伴奏を工夫して、自分の表現を見つけようと試行錯誤していた。アルバムでいうと「ストリートライフ」の頃だ。まだまだ若い学生で、18~19歳ととんがってる時期だ。
そこから、曲作りがぐんと成長を見せた。歌のスケールがぐっと広がり、歌唱の迫力も一段と増して、一度聞いたら忘れられない強い印象を聞くものに与えるようになった。それはバラードでも顕著で、自分の声の特質をうまく生かして魂に直接触れるように歌い始めた。力強い方では「永遠のウォーカー」、バラードでは「目の中の世界」など、ヒグチアイにしか出せない色をはっきり打ち出してきた。彼女は歌い始めるや、ライブハウスを自分の色に染め上げるようになった。出演するライブハウスの数が増えるなど活動の場もぐっと広がっていった。
何がその成長のきっかけになったのか。多分、この二十歳の頃に自らへの自信が大きく育ち始めたのだ。出したアルバムのタイトル、「ナリカケ」というのが象徴的。絶対に大きな歌手になれる、という自信が芽生えたからこそのタイトルではないか。そして、大学を中退して音楽一本で生きていく覚悟を決めた。まさに「自立期」。大きな階段を一つ昇ったこともあり、曲のスケールが大きくなったのだろう。




この段階で彼女はもう十分魅力的で、チャンスがあれば彼女のライブを見るようになった。だが、足繁く彼女のライブを見ているうちに、またまた変化が現れてきた。バラード調の曲をはっきり分かる形で、磨き始めたのだ。初台36.5℃や今年5月の天窓.comfort、原宿Nescafeのライブで特にそう感じた。
強いボーカルと「ギター」のようにジャカジャカ叩き付ける鍵盤で、ど迫力なステージを作る技は、すでにある程度、確立してきた。だが、繊細な表現力を問われるバラードやミドルバラードで、聞くものを唸らせるにはまだ至ってないのではないか。欲張りな彼女はきっと、そう思って狙いを定めたに違いない。「表現力」には技術もあるが、表現者の心の有り様も問われる。子供には子供の歌しか歌えない。大人にならないと大人の歌は表現しきれない。技と心、その両面で自覚的に成長しようと決めたのだ。
「リアリティ」というアルバムの中に「小さな願い」という曲が入っているが、これが今までの彼女の楽曲と違い、とにかく暗く、抑えたバラードなのだ。しかし、それが、なかなかいい。
ライブハウスの音響や照明、客席の雰囲気などがはまった時に、このマッチ売りの少女を題材にした曲は、強いインパクトを残す。歌詞の力で聞かせるこの曲を、彼女は丁寧に丁寧に歌っていく。実は幼い長野時代に作ったが、封印してたようだ。今なら、自身の暗さを映したこの曲を、第三者的に再構築して表現できると確信できるほど成長したのだろう。
さらに、これまで強く歌いだしていた「ココロジェリーフィッシュ」の導入部を、一転してぐっと抑えるように。息がつけぬ緊迫感を膨らますアレンジを試み始めた。その事でサビとの強弱の落差が大きくなり、より劇的な色合いを強めた。
さらに、この夏から歌いだした新曲「合鍵」。まさに、ヒグチアイの新境地といえそうな、しっとりテイストの曲だった。
その一方で、バンドライブもスタート。これまで一人でピアノ弾き語りで演出してきた迫力の楽曲たちを、さらに上のステージへ。バンドという武器を手に入れて、一段と増した圧倒的なパワーには度肝を抜かれた。すごい。すごい。この段階で、ハード側は一歩階段を昇った気がした。あとはソフト側だ。
その中で着々と準備を進めていた初の全国ツアー「ヒグチアイと申します」が始まった。ついていけなかったが、そこでどれだけ脱皮するかは、一つの焦点だったと思う。
その成果を示したこの日のライブ、感想を一言で云えば「大人になったなあ」だ。二十歳の頃、「私、大人になれるかなあ」と言うので、「想像してるよりずっと早くなるさ」と応えたことがあったが、まさかこんなに早くヒグチアイから「大人」を感じるようになるとは。駆け上がってるスピードから予想してたとはいえ驚きだ。
女子三日会わざれば刮目して見るべし、だ。勿論、準備期間があったからなのだが、1ヶ月余に渡ったツアーが、彼女を磨きあげたのだろう。いい出会いや、思うことが沢山あっただろう、シミジミと感慨にふけってしまった。娘が大人になって帰ってきた時の父親のような気分だ(笑)
<セットリスト>
1)コントラスト(ピアノ引き語り)
--------バンドで-----------
2)ココロジェリーフィッシュ
3)君とこれから
4)東京
5)メグルキオク
新曲「コントラスト」をまず一人で弾き語りしたところから、もはや昔のヒグチアイではなかった。とても優しいのだ。それを、意図的に技術を使って聞かせるのではなく、すっと、自然体で入っていく。自然体に聞かせるのも技量だが、それにも増して彼女自身の素の部分での成熟を思う。歌いながら浮かべる優しい笑顔には、今までにない大人の深みがあった。
2曲目からバンドを入れたが、そのバンドの演奏も抑制が効かせた。前回のMilkywayで見たイケイケな演奏ではなく、まさに「しっとり」。抑揚があって、細やかに神経が行き届き、全体として彼女が新たに身に着けた「優しさ」を引き立てる。「ココロジェリーフィッシュ」のような激しい曲でさえもだ。それは驚きであり、ヒグチアイは一体どうしちまったんだと、目を丸くする。「東京」ではバンドが作り出す音の厚みも加わり、感動もひとしお。涙さえ流しそうだった。
ただ、それだけでは終わらない。最後のメグルキオクは、あのパワフルな演奏も健在なところを聞かせてくれた。まさに両刀使い。いよいよバラードもアッパーな曲もどちらでも劇的に歌いあげ、同じ曲でもアレンジ次第でどちらにでも仕立てあげる、そんな歌手としての幅の広さまで身に付けたようだ。
最後のメグルキオクは、7月のMilkywayとよく似ていたので、その時の映像をどうぞ
この曲のメロディラインはサーカスの綱渡りのよう。あがったり下がったり、地声と裏声の間を一音一音行きつ戻りつ歌うという難しさ。それを力で押し切っていく馬力は、相変わらずの凄味。
いやはや、またまたヒグチアイが成長してしまいましたよ。また一つ、すごい歌手の片鱗を晒すように。ここまで歌手として成長したとなると、もう次のステップはすぐ間近でなければオカシイ。それも、1年以内とかの短いスパンで訪れるのではないか。
今夜、ヒグチアイの成長を実感して、近く起こるであろう(あるいはすでに起き始めている)彼女の環境の激変に、思いを馳せずにはいられない。しっかりした自我を持っているから大丈夫だと思う。その波に乗って、どこまでも行って欲しい。
そんな僕の感慨と、同じ感情を抱いていたようなのが、今夜のイベントの企画者、鉄兵さん。彼は、出演者の終演時に必ず何か言葉をかけるが、ヒグチアイはもっと大きなステージに本当にすぐに立つようになるだろう、といった趣旨の話をした。同感。
ロックバンドでは、世界を目指す勢いのAvaivartikaを聞き、はしごして、女性シンガーソングライターの次の世代の盟主にさえなりそうなヒグチアイを目撃する。今夜はなんて贅沢な一夜なことか。