三日三晩殿居していた男が、兵舎に戻ってきた。

剣の腕をかわれチェ・ヨンの穴埋めとして王に付いた于達赤は、髭の男チュソクである。

 

「おっトクマン、書き物か。珍しいな」

「チュソクさん…」

「なんだ、悄悄としちまって。どうした? 上手くゆかんのか」

「それが、ハラボジが…」

「ハラボジが?」

「月下老しかないって息巻いてて」

「げっかろう? それ酒の名か?」

「酒って…違いますようっむかっ

「いやさ、お前の爺さん薬草酒に詳しいって聞いてたからさ」

 

色恋に関して、チュソクは自分同様、いやもしかしたらそれ以上に疎い、とトクマンは思う。

 

「俺、頭ん中整理し直さなきゃ、です」

「そうか、まあ、がんばれよ」

 

ことの次第を告げるなら、相手はトルベ、もしくはタメのチョモが妥当だろうとも。今は、ふたりの殿居明けを大人しく待つしか術がないようだ。

 

いいのかなぁ

足首を小指に、縄を糸に、それに年齢詐称まで…

もう、酒でも呑まないとやってられないって

 

トクマンは大きなため息をついて、その背を丸めたまま、今一度筆を握り直した。

 

 

☆☆☆

 

月下老云々より遡ること四日。

プジャン・チュンソクの声かけで、非番の于達赤達が兵舎の広間に集まった。

 

「いいか、今我ら于達赤は危機的状況だ。知っての通りその因は、医仙さまが梯子から転げ落ちて怪我を負ったことにある。

結果、于達赤テジャンがすべての責め苦を背負い込んでしまわれた」

 

その端正な横顔は暗く影を落とし、先の先まで見透かすような鋭利な眼差しはすっかり影を潜め、下唇には血が滲むほど噛みしめたあとまで残り…

 

「あんなテジャンは一度も見たことがないですよう」

「だよな。職務に没頭しすぎっていうか」

「ご自身を痛めつけるように鍛錬を繰り返して」

「それに付き合う俺らも、もう、もう、限界で」

「手の指の先までマメだらけだし」

「皮剥けちまって」

「箸もろくに握れない」

 

于達赤達がまくし立てる。

 

「このままだと拙いな」

「「「はいっ」」」

 

チュンソクの口からこぼれ出たひと言に、全員が揃って首を縦に振る。

 

「医仙さま、どらまとかいう話しを、おもしろおかしく聞かせてくれたよな」

「続きが楽しみで、キツい鍛錬にも堪えられた」

「あの鈴の音のような声が、俺懐かしくって」

 

万が一にもテジャンがこのことを知れば…

此奴ら、ぐうの音も出ないほど絞られるな

 

「…プジャン、医仙さまの容体はどうなんですか?」

「それは…良くなってきてるだろう。侍医とトギがついてるんだから」

 

チョモの心配に答えると、珍しく黙り込んでいたトルベが素早く反応を示す。

 

「それですよ! テジャン自ら医仙さまの治療をすればいいんですって!」

「「「…テジャンが? どうやって?」」」

「怪我を防げなかったという自責の念。医仙さまへの心配と役目との板挟み。それらを一気に解決する方法は…」

「「「方法は?」」」

 

「テジャンが、医仙さまにベッタリと付き添うってのはどうです?!」

 

 

そうと決まれば即行動だ。向こう二日間の人員をなんとかやり繰りし、チュンソクがやれやれと一息ついた頃…

 

「え〜プジャン、そろそろ、その、テジャンに休暇の件を伝えないと」

 

仲間たちからグイッと押し出され、チュソクが云いづらそうに告げてくる。

 

「おお、そうだな。トルベ、頼む」

「だ、駄目ですっ! また眉間に一撃くらったら俺再起不能っ」

 

「チュソク、お前なら…」

「俺は、テジャンの穴埋めに参らねば」

 

「なら、トクマンお前が…逃げたか」

「プジャン、テジャンに伝えられるのは、やはりプジャンだけではないかと」

 

チュモが抑揚のない落ち着いた声で話すと、不思議とその気になってくる。

そういうわけで、チュンソクは丸二日間の休暇の件を、チェ・ヨンに告げにゆくことになったわけだが…(事の詳細は薬玉 前編で❤︎)

 

 

☆☆☆

 

メモメモメモ 近衛隊が、新王をお迎えにあがったときの出来事を話そう。

 

選りすぐりの部下達を束ねるのは剣の達人で、名は…伏せておく。

帰路の道中、国境を流れる河の入り江にポツンと建った宿場に滞在していたときのことだ。

 

近衛隊長は月灯りに誘われたように宿を出た。清河に沿って歩いて行くと、古びた寺の参道には、大きな布袋を携えた老人が階段に腰を掛け、月灯りをたよりに書物を読みふけっている。

 

「もし、ご老体、何を読まれているので?」

「おお、お若いの。これか? これは鴛鴦譜というものじゃ」

「おしどり、譜?」

「現世で夫婦となる者達の名が記されたもの、とでも」

 

近衛隊長がのぞき込むと、見た事のない文字(のようなもの)が綴られている。

 

「冥界の文字じゃ。人には読めぬぞ」

 

老人は、布袋に入った赤い糸を指さしながら、手にした譜に従い、男女の縁を結んでまわる使者だ、と語る。

 

「この切れない糸で一度結ばれれば、たとえ千山万水離れていようと、時空が異なったとて、やがては夫婦になるさだめだなのじゃ」

 

剣を握れば敵う者なし。背も高くその顔には女人のような艶やかさがある。

幼い頃より学問にも親しんできた。つまり、近衛隊長はまさに文武両道を絵に描いたような男だ。女人が放っておくわけがない。ところが、絶世の美女だろうがなんだろうが、肝心の心が一向に動かなかった。

だから、訊ねてみくなった。

 

「わたしは、その相手にすでに出逢っておりますか?」

 

老人は即座に首を左右に振る。会ってはおらぬ。其方の相手は先の世にいて、其方がやって来るのを待っておるのだから、と。メモメモメモ

 

 

そこまでを記し終え、トクマンは筆を乱暴に置く。その先を書き綴るだけの勇気が、どうしたって涌いてこないのだ。

 

ハラボジぃ〜これじゃバレバレですよ

俺、もうどうしたらいいのか…

 

「トルベさぁ〜ん、チョモぉ〜、早く戻って下さいよぉぉおお」

 

 

 

続く

 

 

 

今日の一枚は…

 

 

ルーシー・コース(Lucie Kaas)の "KOKESHI DOLL” Andy でございます

日本の郷土人形と、北欧テイストが融合(?)した J のオキニでございますわヨン

日本に到着してすぐに MoMA Shop にて購入した記憶が…

バックは ヴェルベットアンダーグラウンド のLP

デザインは…モチ Andy Warhol キスマーク