母の中心静脈栄養の結論が正解だったのか確認したくて父、妹に電話で答え合わせをしている。


母の心の内を思うとこれが正解なのか、母はどう思っているのか確認ができないから答えが見つからない。だから色んな人の話を聞いて自分を納得させたかったのかもしれない。


私が小学生の頃(30年以上も昔の話)祖母は50代で癌になった。当時は延命治療が当たり前で

日に日に繋がれる管が増え、針を刺しすぎて点滴を入れる場所が無いほどあちこち腫れ上がる。

全身の痛みも激しくなり見ていて本当に辛かった。

会話も意思疎通もできないのに無理に心臓を機械で動かされているのを目の当たりにし

幼心にどうしてこの状態で早く楽にさせてあげないのだろう。と疑問に感じていた。

母もそれを経験しているのでどんな延命も絶対にやらないと昔からの約束だった。


チューブで栄養摂取くらい普通の流れかもしれない。

しかし今現在の選択として中心静脈栄養で栄養を入れる事は母にとって延命に入るのではないか?

今の母は恐らく意識が朦朧とした時間と寝ている時間の方が多くて全て医師の言うがまま頷いていると思う。医師に母はどう答えているか質問してもハッキリした答えが返ってこないから。

コロナで面会禁止、ラインも出来ない状態で私の一存で人の人生の選択をしてしまって良いのか。


延命はしない

食事ができなくなったら自然に逝きたいとザックリ聞いていたけど突然選択を迫られると本当に家族は困る。迷惑とかそういう次元ではなく

その時のシチュエーションで答えが全く違うものになってくるから。

母の場合、余命もでている。コロナ禍で会えない。公立救急病院で緩和病院ではないからもっと規則遵守が厳しい。ここで自然にお願いしたらもう死ぬまで会えないのは確実。

だから自然に任せますとは言えなかった。


また一方で担当医と話す数分の間に

これによりどんな影響が出るのか、在宅医療が可能か、退院後の生活はどうなるのか、ある程度見通しがほしかったけど、電話越しに慌ただしい様子が伝わり「やりますよ」の確認だけしたい医師に長々と質問するのも憚られた。

そしてまた翌週に病院から電話。

スマホの画面に病院の名前が出ると物凄く心臓に悪い。

看護師さん→足りないものが出た

担当医→何か決断を迫られる

第一声で安堵か緊張に分かれる。


内容は輸血のための同意確認だった。

下血があるのは知ってた。

母は私達に痔だと言ってたけど

本当は肝硬変からの出血だったのかもしれない。

先生に母は痔なんでしょうか?と質問したけど

今思い出すと私が無知すぎて恥ずかしい。

この質問の後に先生は固まっていたから。笑

きっと痔ではなく肝硬変からきていたに違いない。


母の病気の進行が早すぎて私の知識が追いついていかない。

あくまで個人的な感想ですが自己免疫性からの肝硬変は進行が早いと思いました。

見つかった時期や年齢、薬が合う合わない色々な条件が揃えば別ですけど母に関して言えば既に末期という事もあり月単位で全く違う姿になっていました。

入院した翌週、担当医から電話があった。

「食事もとれなくなってきているので中心静脈カテーテルの手術をしてもよいか?心臓近くの静脈にカテーテルを入れて栄養を補えば食べなくてもそれだけでいいですからね〜」の電話だった。


あの、、簡単に言いますけど医療とは全く無縁で生きてきたので免疫がないし物凄い恐ろしい事を言われているような気がした。

それに母は昔から延命治療は絶対にしたくない。

自分で食べれなくなったらもう終わりなどと言ってたので、これは延命に入るのだろうか?もしそうなら母の意志に反している。頭の中がグルグル、、結論に辿り着くまで時間稼ぎに色々と質問をしてみる。

お願いします。と電話を切った後は自分の出した答えは正解だったのか父、妹に電話をかけた。

そして医療関係者の友人。右も左も分からない状態なので色々と話がきけて良かった。

医療関係者にとっては日常茶飯事でもド素人には分かりにくいのよ、いろいろ。


父と母が12 時頃に、私はそれから1〜2時間後に到着。

救急外来の部屋に行くと母は目を閉じたまま。
意識がないのか脳症なのか寝ているのか分からない。
いつもお昼前くらいからこのような状態になるので、、

脳外科の先生は肝硬変からの脳症で転倒の問題は無いと言うことだった。
担当医からは、脱水状態なので2週間くらい入院しましょうと。
その際に在宅医療を希望している旨を伝えると
「んー。またすぐにこちらに連絡がくるようになると思うので、、肝硬変末期は管理が難しいので、、長期入院ができる病院か施設で、、」とモゴモゴ。

えぇ?私は最期まで実家で面倒をみるつもりでいるんですけどーーー!だって入院したら全く面会できないし病院では対処療法しかしない。治らないなら多少寿命が短くなっても一緒にいて少しでも会話をする時間がほしい、、私のエゴでしょうか。

それから入院手続き、荷物の準備、母のPCR検査などが終わったのが20時近く。自宅に帰る元気も無くそのまま実家に泊まる。

なんだか気持ちの落とし所が見つからない。
1月〜3月の入院中は面会もできず母に何もしてあげられなかった。勿論、消耗品の購入や荷物を届けたり間接的なことはやっていたが、そうではなく本人に直接お世話してあげたい。
病気になる前から比較的親孝行をしてきたつもりだけど、まだまだ足りないし長くて半年なら後悔しない時間の使い方をしたい。
ケアマネさんから病院に電話をして救急車で病院へ。と言われてもコロナ禍で忙しい医療関係者の皆様にご迷惑がかかりそうで躊躇してしまう。
私は自宅に戻り母の状況が分からないので上記の件を父に連絡すると、明らかに意識が無いなら分かるけど救急車を呼ぶレベルなのかな?という疑問が父にはあったので余計に。

さすがに直接担当医に電話を掛けるのは憚られるので、どこかで判断を仰ごうと病院に電話を掛けたが40分経ってもたらい回しで(もうこの時点で色々と無知すぎる私なんだけど)最終的に病院に来てください。で終わった。まーそうだろな、、

母を抱えて車に乗せられれば電話もせずすぐ外来に連れて行くけど、立つことも難しいだろうし玄関前にある2〜3段の階段が厄介で病院へ連れていくのはかなり難易度が高い。まだ介護の仕方を学んでいないのに父と私だけでこの状態で病院までどのように運べば良いか分からなかった。

これから少しずつ学ぼうとしている矢先に次々と問題が押し寄せるー。まるで自分が試されているよう。

取り敢えず介護タクシーというものを呼び病院までお願いした。車で15分の距離だけど1万6千円。
意外とするのね、、
そして実家のお金問題、、

母方の実家は裕福で数年前には自宅の立ち退きもあり、そのお金は母名義の口座にある。何かあったら使ってと母から聞いていた。

しかし病院代を支払うため引き出しをしたところ残高が少な過ぎる。

父に確認するとやはりおかしい減り方だと。

父の想像では何かトラブルに巻き込まれ支払いを脅迫されていたのでは?という。

もしくは何か詐欺まがいの投資なのか??

通帳を見ると確かに知らない名義に振込をしている。一度や二度ではない。謎の振込、、闇深い。

母は羽振りもよく、結婚してからも親からお小遣いなのか生活費なのか援助されていた。家を建てる時も何千万単位で援助してもらっている。

大人になるまで親に甘え(まぁ本家の大事な一人娘なので祖父母も娘になんの苦労もさせたくなかったと聞いているけど)そんな風に育ってしまった母は一般的な感覚があまり無い。

お金の行方について父は、有意義に使われていたり、誰かの役に立っているならいいけどな、、とそれ以上詮索はしなかった。

結局、母にも聞けず闇のまま。

もうそれは仕方がないと父は切り替えが早かったが

私はお金云々ではなく、なぜ??という点で、なかなかスッキリしなかった。


逆境に強いタイプの私でも、他に何も問題が無ければまだ乗り越えられそうだけど、父の体は悲鳴をあげてる上にメンタル崩壊でフォローが必要なこと、実家のお金の問題、病院やケアマネさん対応、自分の家のこと(こっちは各々に任せていたら普段は独立心旺盛な高学年の娘が不安定になり)もう問題山積。

おい、夫!もっと娘をフォローしてくれ。

(↑私の人格が疑われそうな一文ですけど根深いんです)夫は見える事は理解できても

見えない人の気持ちや機微、背景に何が起きているか分からない事が多いので娘の気持ちを汲んだり状況ごとに対応するのに難でありで。

交際期間中も「あれ?」という違和感はありましたが仲間で交流する機会の方が多かったので私があまり気にしていなかったのかもしれません。

一般的に私はカサンドラというそうです。

この夫の記事だけでもブログが書けそうなネタがたくさん。

軽く書いてますけどこの境地に至るまで相当悩み辛い暗黒の時代が何年も続いていました。

単なる愚痴や性差では片付けられないレベルですから。


同じ悩みを持つ奥様の話を聞いていると

もれなく夫は高学歴なんですよね。恐らく脳の構造が違うんでしょう。そして奥様方とは物凄く共感し合えるので自分を取り戻す瞬間でもあります。


母が病気になった秋から

あっちもこっちもフォローが必要で

常に瞼や目がヒクヒク痙攣してるし白髪は増えるし、関係ないけど視力は落ちるし、、思考停止だし。

食事もとれず−5キロ!嬉しいけど栄養失調だな。

(ホントに動けなくなり病院へ運ばれました。検査で亜鉛と鉄の欠乏症が判明し食事の大切さが身にしみました)

普通の状態ではない父に見兼ね午前中に伯母さん、昼と夕方にヘルパーさんをお願いした。

朝のルーティン おむつ、朝食、お薬、歯磨き などは取り敢えず乗り越えたが水状の便でシーツが汚れたり色々とアクシデントはあったものの一人でこなし少し自信がついた事、久々に母と二人の時間を過ごし色んな事を話した事など電話越しに聞いて安心した。


生まれた時から母を知る伯母さんがお手伝いをしたいという事でこの日は母も少し元気がでたかな。


この日の夜にケアマネさんから電話がきた。

どうやらヘルパーさんから「状態が悪い。脱水症状が起きてるのでは?」という連絡がありケアマネさんが見に行ってくださった。

やはり病院に連絡した方が良いと言うことで急遽、明日は実家に行くこととなる。

昨日から様子がおかしい。

頭を打ったからだろうか。でも朝は意識がハッキリしていた。

便は形のない状態だけど出ている。

食事もできている。

この日はお昼に何度も意識がとび、お薬は1/3程度しか飲めなかった。

何かがおかしい、、しかし休日。

心配なのでケアマネジャーさんに電話を入れると夕方に来てくださった。


便がゆるすぎる。このお薬は不要だと思われるが逆に下痢の場合の処置は教えて貰ったか?

→聞いてない。

お薬は医師しか指示できないので病院の指示を仰いでください。


便秘は絶対に✕なので逆に出ている分には良いと思ったが水便レベルで良くないらしい。

(ホント何も分かっておらず情けない)

また臨機応変に対処できるのは在宅医療で、今後このような場合に医師や看護師が駆けつけられるので在宅医療に切り替えた方が良いかもとアドバイスを受け手続きを進める方向でいた。



この日は私がどうしても自宅に戻らなくてはいけない。父は母の事でダメージが大きく、また不慣れな料理、洗濯、介護などで疲労し憔悴しきっている。


父は過去に脳梗塞を2度経験し、母が入院する直前に不整脈が見つかった。これはマズいらしくカテーテル手術をする必要があるらしい。

しかし母がこのような状態なので後回しでいる。


父は心身共に限界だった。心臓がドキドキして立っていられず息もあがり手も震える。


ケアマネさんと話をして明日からヘルパーさんを利用し昼と夜だけ週3日ほど来て貰う事になった。

今朝も顔色が良く少し元気そう。

昨日の転倒が怖くて、また一瞬力が抜けてしまったら支えきれず危険なのでベッドで朝食をとった。

母はリビングまで行きたいけどね、、と。

私も連れて行きたいけれど、転倒したばかりで少し安静にした方が良いと思い、また落ち着いたら向こうで食べようと伝えた。


母はもう治らない病気の事は知ってるのかな。

家族に全く会えない状況だったので母と病気の事は話せなかった。

妹が子供を連れて遊びに行くねと言うと「みんなとは元気になったらね」と答える。きっと母は病気は治らずとも以前のような生活に戻れると思っていたのかも。


信頼している大好きな伯母さんがお見舞いに来たいと連絡があったけれど、その伯母さんにさえ元気になったら会いたいと言っていたから。


そう言えば便秘はアンモニアがたまり脳症になるので絶対避けなければいけないが逆に軟便なので安心した。