~From.裕~ -103ページ目

ほたる(日記)

同じように過ぎて行く毎日
今までの生活も
起きて朝飯食べて、一応授業受けて部活して。
あるいみ規則正しく繰り返しの毎日だった。
ただ、こんなにおとなしく動かず居る事は初めてだ。

バスケ出来る限られた時間が過ぎて行く。

『俺達は準決勝までだった。全国は新田、お前達に預けたからな早く戻って来いよ』
先輩達のラスト試合が終わった。一緒にリングを狙いたかった、あの絶妙なパスでシュートを打ちたかった。

『先輩達の分まで俺達は先を目指すからな。
とっとと治して戻って来いよ。
俺達で作ろうぜ絶妙なチームを』
先生に許可貰ったとボールをいきなり投げられた
久しぶりの感触、両手で動かしながら確かめる感覚。身体が痺れるような感覚が走り抜けた。 動きたい、走りたい、ハスケがしたい。
思い切り両手でボールを掴み、願いを込めるように額を当てた。
かなり入り込んでいたのか、さすがの母親も何も言わず病室を出て行った。


相変わらずの日々だったが、ボールも手に出来るようになってからはイラッとすることも無くなった気がする。
車椅子でのドリブルも上手くなったが…悲しい気もする…

『車椅子のバスケに出る気?
貰った!』
ボールをカットして嬉しそうにドリブルをする祐紀
『相変わらず左が弱いねぇ祐紀君。バランス取れって言ってんだろ』
『あっ!』
『カットされやすいんだよ。
で、何しに来たんだよ』
『いいじゃん別に…用がなくったって…「兄ちゃんに会いに来るだけだっていいじゃん」』
何となく態度で言いそうな事は分かった。まあ悪い気はしないが…そういう歳じゃねぇだろ。
『祐紀君はブラコンだもんね』
『…んなことねぇよ』
『お兄ちゃん大好きなBrother Complexです』
『夏美ちゃん』
『こんにちは。思ったより元気そうで良かった。
大変だったんですよ、祐紀君落ち込んで』
『余計なこと言うなよ』
『いいじゃない。本当のことだし、大好きな人を心配することは恥ずかしいことじゃないよ』
二人のやり取りは続いた。仲の良いのが伝わる会話に、こっちが照れ臭くなって来た。

『仲が良いのはわかったから、本当に何しに来たんだよ』
思い出したように、やっと本題に入ってくれた。
俺に会いたい人が居るので、都合を聞きに来たらしい。
そして、教えられた名前にドリブルしていた手が止まった。バウンドしながら離れていくボールの音が、忘れ掛けていたあの夢のような出来事が蘇った。
『どうかしました?』
ボールを渡してくれた。そんな逆光で眩しい夏美ちゃんの姿が、穏やかな風が、思い出させた。
『楓…香…』

会いたい人とは楓香の両親だった
彼女とはあの日、祐紀の入院中に会っただけの人だけど覚えているか不安そうな二人だった。
確かにあの時だけだった。
自分でも理解することを避けているような気がする不思議なあの日、俺には楓香とのそんな日の思い出がある。
話しても多分無理だろうな…

ホールの片隅で待つことにした

祐紀がゆっくり話し出した
『あの日、事故に合った日に
楓香さんが急変したんだ
俺達の事故を知って来てくれた夏美が教えてくれた。
そして6日後…亡くなったんだ

『6日後…そうか…俺は一日をひとりで…』
『兄ちゃん知ってたの?
驚かないから………
こんなこと言うの変だし、そんなこと信じて無いけど』
なかなか言い出さない祐紀を急かせた。話し出した事に驚き言葉が出なかった
『意識不明だった時、楓香さんに会った?
そんな訳無いよね!俺もそう思うんだけどさ…夏美がね…
あの時に会っただけなのに、兄ちゃんの名前を楓香さんが言ったって。
最後の時も「裕紀ありがとう。裕紀は生きて」
そう言ったって
だから必ず兄ちゃんは助かるって言ってくれた。そうしたら次の日、本当に兄ちゃんは……
兄ちゃん?』

何も返せなかった
何となく分かっていたような気もするが、彼女は僅かに残された命の力を俺に。俺をここに戻す為に。
楓香の想いを両手に握り締め、瞳(め)を閉じた。

ほたる(プレゼント)後

目覚めてから特に用は無いのに、毎日来て居る母親。
『手の掛からない息子だったからなお前は。世話させてやれ』
『親孝行だと思えばいいじゃない身体の事が心配なんでしょ?
大丈夫!裕の心配が無くなって、毎日嬉しそうだし、ちょっと楽しそうよ。
ここに来る時はいつも立場逆だから…いいじゃない、今までの分も甘えれば』

そう言われても…

同室の人、付き添いの人、看護師さん達との会話
たいしてすること無いのに、手を掛けて動いている姿は
確かに何処嬉しそうに見えた。

『何か?』
『いや、別に…たださ』
終わったのか、ベッドの上で座る俺の横に椅子を寄せ座わる、母親の行動に身構えた。

『あなたは本当につまらない息子だった』
『いきやり何だよ。つまらないって。俺に出来る事は頑張って来たつもりだし
恥ずかしい思いとか』
『はい。その通り…』
強い口調で言い切った後
いきなりタオルをたたみ出した

『今までたいした我が儘も   手を煩わせる事も
たいした心配も掛け無くて
歳のわりにしっかりした子供で
家事までこなして
弟の事まで……誰からも誉められ、羨ましいと言われた、自慢の息子。
………
それだけ裕紀が頑張って来たのよね。
あなたは我慢も無理もしていないって言うでしょうけど

そうさせてしまったんだと思う
私の身体の心配をさせて…

欲張りなのは分かってるけどね
裕紀にもっと我が儘も心配も掛けられ、大変な思いしたかった
子供らしくがむしゃらに
親らしく…』

『何だよそれ。
らしくねぇよ…俺には
「人は人、裕紀は裕紀、違って当たり前なんだから。
自分の信じた事をしなさい。
裕紀の選んだ事なら応援するから」
それだけじゃないけど、だから頑張って走って来たんだからな。

我慢も無理もしたっていいだろ
家族なんだし
頑張れるなら、笑えるなら
我が家はそれでいいだろうが

俺は
我慢も無理もした覚えは無いけどな』

『もちろん、俺もしてないよ。
兄ちゃん元気そうだじゃん』

いきなり入ってきた祐紀に驚いたが、奴の無邪気な笑顔で回復し右手ハイタッチ!
『息子の言う通りだな。
…話しは全部聞かなくても大体は分かるさ。母さんの唯一の我が儘だろ…
良いじゃないか、裕紀の言うようにそれで我が家が笑っていられるのなら。
母さんは、俺達夫婦は、出来の良い息子を持てて幸せだって事だ』

『そういう事だ。痛ッ!』
生意気な言い方の祐紀の頭を、 イッバツ。
『祐紀も俺も、自慢出来るだけの息子だろうが。うッ。』
『兄ちゃんこそ』
半笑いな顔でお返しのイッバツを腹に入れて来た。

改めて家族の思いの温かさに包まれ、変に傾いた思いも溶けたのか、涙を何気に拭いた。
三人でホッとした。
とき…

『でも、退院する迄私は来るわよこんな時くらい良いでしょ。
あなたの事にお節介やいても』
『心配させた罰だね』
『…ったく…分かったよ』
生意気そうな笑顔の祐紀をヘットロック。笑いながら助けを求める。
騒ぐなと止める父親。

『罰ってどういう事かな?』
『エッ?…それは…祐紀それはまずい、いや失礼だろ』
『何だよー。兄ちゃんが一番そう思っているくせに』
『うるさいよお前は』
『放せ!俺は無実だ』
『言葉にすんじゃねぇよ、ガキ』
『ガキ扱いすんなー』

『良い息子じゃねぇか』
『罰が当たるわね』

祐紀と絡みながらふと、幸せそうな顔で見ている両親に気付いた祐紀も気付いたらしく、妙に照れた顔になり、二人で同じ事を思っていたと思う。

「いつまで続けるの?」
「わかんねぇよ」

静かで殺風景な病室だったが
西に傾いて少し和らいだ陽射しが家族を照らして
まるでテレビドラマのいち場面のような一家だんらんだったかも

『あっ!忘れてた!』
『ばか!でかい声出すな!
人の耳元で叫ぶな』
変声期前の祐紀の声は頭に響く
押さえ付けていた俺の腕から擦り抜けると、まるでケーキの箱のような物を出した。

ケーキの箱…

カレンダーを見た
事故…7日間…目覚めて…
23日。
もしかして今日は23日

『今年の予約席はここだね。
プレゼント無くて…ごめんね』
『…』
『いつもなら兄ちゃんが用意してくれてたから、ケーキの事忘れそうだったんだ。
母さん、誕生日おめでとう
兄ちゃんも、言えよな』
『誕生日おめでとう…俺のせいで色々とごめん』
『ありがとう。
何を謝っているの裕紀は…
最高のプレゼント貰ったわよ。
裕紀はちゃんとここに帰って来てくれた。お父さんと祐紀が居てみんなで笑えて、最高のプレゼント』
『そうだな。
みんな揃って居るのが一番だ。
場所も食事も二の次だ、なあ母さん』

嬉しそうな母さんの顔
良く泣くこと…
ロウソクの火は付けたつもりで
『兄ちゃんも平気だって。
食べ過ぎるなよ!って言ってた』
『そんなに食えねぇよ』

場所も食事も二の次…
だったら
毎年我が家でも良いって事じゃねぇのかな。
祐紀に言っても「いいじゃんキレイなレストランで美味しい物食べられるんだから」旨そうにケーキを食べていた。
飯に釣られてんじゃねぇよ…

病室のベッドを囲み、楽しそうにケーキを食べている三人が俺の家族。
でも何処だったか
場違いな所で食事して祝ったような気がする。
思い出せそうで、はっきり出来ないまま消えて行くような…
7日間の中での夢だったのだろうか…

夢…か…
色々と忘れているような気がする

ほたる(プレゼント)

肌に感じる微かな風。
閉じた瞼に感じる微かな明かり。
何処に居るのだろう…俺は…
何をしているのだろう…俺は…

動くのか?
丸ごと固められているような気がする身体。

頭が痛い。

そういえば、中2の祭りの日
隠れて仲間と飲んだチューハイ。翌日二日酔いってやつだったのか賑やかな音で頭が割れそうだったっけ…
………
俺…生きてる?
戻って来たのか…       ………
出来たらもう少し違った感じ方で実感したかったな。

そうそう、この声だ…
指…動かせたんだ…
泣くなよな
頭に…身体に…響くんだよ。



『兄ちゃん?…
指…兄ちゃんの指が…
指が動いた!』
『裕紀?』
『確かに。確かに動いたな』
微かに動いた俺の指先に、泣きながら名前を呼ぶ。
それに反応するように動く身体
歪む表情…
そして更に激しくなる呼び掛け

『…さ…い…』

絞り出す声に、ハモるように俺を呼ぶ声

『う…る…さ…いん…だけど…』

俺の第一声。
無声の中に居た俺の素直な思いだった。

うっすらと浮かぶ笑顔の楓香(ふうか)に
『さようなら…』
ゆっくり瞳(め)を開けた。

暗闇から出たような眩しさに、焦点が合わず。覗き込む幾つもの顔をはっきりさせるのが、面倒臭かった。

俺としては、楓香との事をもう少し想って居たかった。
はっきりするごとに感覚が薄らいでいくのが寂しかったからだ。
どれくらい経ったのか…
話すのか泣くのか、落ち着いてからにすれば…
父さんまでかよ。
カナ姉?
化粧落ちる…もう落ちてるか。
はっきり見えだした顔……
『ごめん…心配かけて…』
『……』
言葉よりも十分伝わってきた。
祐紀の顔に二カ所の大きい目の絆創膏。たいした事がなさそうでホッとした。
『悪ガキって感じで似合ってんじゃん…』
右手で拳を作り、ベッドの横に泣き顔で座る祐紀の肩に当てた

動かせる事に自分でも驚き、嬉しかった。
『傷、残るのか?…ごめんな』
『…跡なんか残ったって何て事無いよ。傷の一つや二つ。………俺の方こそごめん…
あの時、しっかり兄ちゃんに着いて走ってたら…こんな事に…
なのに俺をかばって兄ちゃんが、兄ちゃんが死んじゃったら俺』
『ばか!泣くなよ…もういいから』
『だって…祐紀が無事で良かった…って言ったきり…反応してくんないんだもん。呼んでも呼んでも兄ちゃん』
『分かったから。もう泣くな!
「お前の泣き方で、ちょっと覚悟したんだっけ」』
顔を埋める祐紀の頭をクシャクシャに撫でた。

そしてもう一人。
俺の左手を握ったまま放さない。この世で一番心配してただろう人
『ごめんな、母さん。
心配かけて…』
『…』
『父さん…ごめん』
『何、謝ってんだ馬鹿!…
祐紀を助けてくれてありがとうな…良く頑張った…』
涙で詰まらせた声で話しながら、俺の髪をクシャクシャにした。

一通り見届けたカナ姉が、病室を出ようとしていた。
『ありがとうカナ姉…母さんのこと』
『……頑張ったね、裕』
やっぱり…カナ姉の反応で察知。かなり無理したんだろうなこの人。改めて母親に声を掛けようと、視線を移すた。待っていたようなタイミングで
『うるさい…うるさいって。何てことを言うの!』
『…』
厳しい表情の母親に誰もが驚き動きが止まった。

理由はどうであれ、あの一言はやっぱりまずかったよな。

『どれだけみんなが心配をしたか…』

真剣な母親の言葉に反省。
動けるのかも分からないまま、左ひじを立て起き上がる俺を心配して駆け寄るカナ姉。
『そうだよな…ごめ…』
『心配かけて…今までの分をまとめて心配させて…
うるさいは無いでしょ…』
『だから、ごめん…て…』
『ありがとう…生きていてくれて良かった、裕紀のままで帰って来てくれて…良かった…』
『母さん…』

俺を抱きしめるようにまた泣いた
『目覚めるまでは何とも言えないと、驚かされていたからな。
お前らしい第一声で、
裕紀のままで良かったな母さん。……裕紀を休ませてやろう』


十分に意識ははっきりしていたが、改めて先生の診察と検査を何日間か受けた。
あの事故で亡くなった人がいる事後一歩で俺もその一人になるところだった事。
右足骨折と打撲、特に頭部。
その為7日間意識不明だった事。
心配する訳だ。

7日か…
何日分を過ごしたんだろう。
あの出来事は夢?
この腕に、手に
触れた唇…この感触は…
薄れて行く彼女を繋ぎ留めるようにそっと握り締めた。

だが現実の俺は
数は減ったが点滴に繋がれ、思うように動けない日々に疲れていた。
それにスープのような食事で満たされている自分が情け無かった…が
腹が減った事を実感するのに時間は掛からなかった。
その実感がキツイ現実になるとは……
やっぱり俺、生きてるんだ……