ほたる(日記)
病室に戻っても、二人共何も話さず視線を逸らしていた。
『良く見えるんだ』
祐紀の言葉に窓の外を見た。
確かに。
公園でミニバスケをする中学生が居た。
楓香もこうして見てたんだ。
自分も同じように生活している一人の女の子だと…思いながら
『裕紀、覚えてない?あの公園で花の冠作ってくれた女の子。
「れんげ草の女の子」
お母さんも忘れていた。
会っていたのよね、楓香さんに
覚えてないの?
「今日も居るかな?」って
楽しみにしていたのよ、あなた。
…そうかあの女の子が…』
『何となく…れんげ草で作って貰った事は何となく覚えているけど…分かんないんだ顔が…
覚えてい無いんだよ。
夏祭りの事も同じ、カナ姉に連れてって貰った事。人混みが怖かった事、カナ姉の彼氏だろう人に肩車して貰い嬉しかった事。隣に同じくらいの女の子が居たのは、思い出せたんだけど。
ダメなんたよ!
楓香だって、彼女だったんだって思ってみても。
楓香はちゃんと覚えていてくれたのに…俺は~』
ベッドの上で想いが込み上げて声を荒げてしまった。
驚きながら同室の人達に頭を下げる母親。戸惑う祐紀。
気にすることないと、挨拶を返してくれた。
その中の一人。まだ25か6歳位の男性が、俺を宥めようとしたのか突然話し出した。
『子供の頃の思い出なんてそんなもんだ。
周りの大人達に刷り込まれて残る物がほとんど、自力で覚えている事なんて本当はたいして無かったったりするもんだ。
それに、時間(とき)が経つ事に都合良く美化したりもするしな。嫌な事は忘れ、嬉しい事はそうやって残す。
悪い事じゃない。人間(ひと)はそうやって頑張って生きて行けるところがある。
長い事、入院生活が続くと特に
小さな喜びが大切になり、輝く
俺も…
ガキの頃、喘息で6年位殆どここに居た。
今は左足骨折で戻っちまったけどな。
ここに居た時は、代わり映えの無いこの部屋が全て、小さな喜びが心の支えになり、自分で刷り込むんだろうな。
でも、ここの生活を知らない奴等はさ、次から次思い出は増える良い事も悪い事も。
だから、そう責めるな!
忘れたんじゃない、覚えていたじゃないか。
刷り込まれての記憶じゃなく、自力の記憶で思い出してくれただけで彼女は嬉しいと思うけどな
まあ俺の体験談だ。
お前は
その娘(こ)のこと好きだったのか?』
『あの時は…でも、今感じる想いがどういうものなのか、不安がある』
『あの時?…まぁいいや。
素直だなお前。
思い込みの恋心より、素直に想う気持ちの方が自然だよ。
好きだと言う言葉では表せ無い恋心もあるさ…
まだ早いだろうけど、お前はこれからも生きて行くんだ。
色んな物を感じながら、また誰かに恋心を抱く…
アッ!
意識の無い時に過ごした現実に似たもうひとつの世界
俺も体験者の一人だ。
分からなくていんだよ
思い出の一つで
そして忘れて行く…
そうやって精一杯生きて行くんだよ
残された者はな』
話し終わると照れ臭そうに出て行った。
何があったのか、大切な人と別れたことがあったのかは聞けなかった。聞く必要もなかった。
どこか仕えていたような想い、自分を責める想いが取れたような気がしていた。
そんな俺に縋り付くように座り込む二人
『裕紀は生きて行かないとね。
忘れることを責めないで
精一杯生きないと!
素敵な思い出を積み重ねて、色あせるのは忘れる事とは違うのよいつでも思い出す場所とは違うもっと深くて素敵な場所に移るのよ。きっと…
いつか
楓香さんも、あなたの素敵な場所に残るはず』
『俺も忘れ無いよ。楓香さんのこと。助けてくれた人だし、兄ちゃんを連れて来てくれた人だからね。
それに…兄ちゃんが泣くほど好きになった女の人だからね!』
『祐紀ッ!からかわないの。
本当の事でも言ったらいけない事もあるの』
『二人共、言いたい事はそれだけですかね?』
『…?…』
『相変わらず生意気なガキが!
親の言う事じゃねぇだろ』
祐紀を布団に押さえ付けた。
いつものように、半笑いで助けを求め。母親は泣くのを笑いでごまかしながら見守る。
分かっていた。
わざと言って来たこと
あいつなりの想いやりと照れ隠しだと
それを知って乗った母さん。
楓香…
ちゃんと覚えてなくてごめんな
だけど、二人の思い出は忘れないこれからの思い出に押し退けられても
特別な場所に、きっと楓香は居るから
俺は、生きて行くから
楓香の知らない明日を、未来を
精一杯、生きて行く。
なぁ楓香…
いつか分かるのか
これが君だって…
『良く見えるんだ』
祐紀の言葉に窓の外を見た。
確かに。
公園でミニバスケをする中学生が居た。
楓香もこうして見てたんだ。
自分も同じように生活している一人の女の子だと…思いながら
『裕紀、覚えてない?あの公園で花の冠作ってくれた女の子。
「れんげ草の女の子」
お母さんも忘れていた。
会っていたのよね、楓香さんに
覚えてないの?
「今日も居るかな?」って
楽しみにしていたのよ、あなた。
…そうかあの女の子が…』
『何となく…れんげ草で作って貰った事は何となく覚えているけど…分かんないんだ顔が…
覚えてい無いんだよ。
夏祭りの事も同じ、カナ姉に連れてって貰った事。人混みが怖かった事、カナ姉の彼氏だろう人に肩車して貰い嬉しかった事。隣に同じくらいの女の子が居たのは、思い出せたんだけど。
ダメなんたよ!
楓香だって、彼女だったんだって思ってみても。
楓香はちゃんと覚えていてくれたのに…俺は~』
ベッドの上で想いが込み上げて声を荒げてしまった。
驚きながら同室の人達に頭を下げる母親。戸惑う祐紀。
気にすることないと、挨拶を返してくれた。
その中の一人。まだ25か6歳位の男性が、俺を宥めようとしたのか突然話し出した。
『子供の頃の思い出なんてそんなもんだ。
周りの大人達に刷り込まれて残る物がほとんど、自力で覚えている事なんて本当はたいして無かったったりするもんだ。
それに、時間(とき)が経つ事に都合良く美化したりもするしな。嫌な事は忘れ、嬉しい事はそうやって残す。
悪い事じゃない。人間(ひと)はそうやって頑張って生きて行けるところがある。
長い事、入院生活が続くと特に
小さな喜びが大切になり、輝く
俺も…
ガキの頃、喘息で6年位殆どここに居た。
今は左足骨折で戻っちまったけどな。
ここに居た時は、代わり映えの無いこの部屋が全て、小さな喜びが心の支えになり、自分で刷り込むんだろうな。
でも、ここの生活を知らない奴等はさ、次から次思い出は増える良い事も悪い事も。
だから、そう責めるな!
忘れたんじゃない、覚えていたじゃないか。
刷り込まれての記憶じゃなく、自力の記憶で思い出してくれただけで彼女は嬉しいと思うけどな
まあ俺の体験談だ。
お前は
その娘(こ)のこと好きだったのか?』
『あの時は…でも、今感じる想いがどういうものなのか、不安がある』
『あの時?…まぁいいや。
素直だなお前。
思い込みの恋心より、素直に想う気持ちの方が自然だよ。
好きだと言う言葉では表せ無い恋心もあるさ…
まだ早いだろうけど、お前はこれからも生きて行くんだ。
色んな物を感じながら、また誰かに恋心を抱く…
アッ!
意識の無い時に過ごした現実に似たもうひとつの世界
俺も体験者の一人だ。
分からなくていんだよ
思い出の一つで
そして忘れて行く…
そうやって精一杯生きて行くんだよ
残された者はな』
話し終わると照れ臭そうに出て行った。
何があったのか、大切な人と別れたことがあったのかは聞けなかった。聞く必要もなかった。
どこか仕えていたような想い、自分を責める想いが取れたような気がしていた。
そんな俺に縋り付くように座り込む二人
『裕紀は生きて行かないとね。
忘れることを責めないで
精一杯生きないと!
素敵な思い出を積み重ねて、色あせるのは忘れる事とは違うのよいつでも思い出す場所とは違うもっと深くて素敵な場所に移るのよ。きっと…
いつか
楓香さんも、あなたの素敵な場所に残るはず』
『俺も忘れ無いよ。楓香さんのこと。助けてくれた人だし、兄ちゃんを連れて来てくれた人だからね。
それに…兄ちゃんが泣くほど好きになった女の人だからね!』
『祐紀ッ!からかわないの。
本当の事でも言ったらいけない事もあるの』
『二人共、言いたい事はそれだけですかね?』
『…?…』
『相変わらず生意気なガキが!
親の言う事じゃねぇだろ』
祐紀を布団に押さえ付けた。
いつものように、半笑いで助けを求め。母親は泣くのを笑いでごまかしながら見守る。
分かっていた。
わざと言って来たこと
あいつなりの想いやりと照れ隠しだと
それを知って乗った母さん。
楓香…
ちゃんと覚えてなくてごめんな
だけど、二人の思い出は忘れないこれからの思い出に押し退けられても
特別な場所に、きっと楓香は居るから
俺は、生きて行くから
楓香の知らない明日を、未来を
精一杯、生きて行く。
なぁ楓香…
いつか分かるのか
これが君だって…
ほたる(日記)
いち度しか会ったことの無い楓香のことを直ぐに受け入れ、懐かしく思えたことを不思議に思っていた。
その理由がようやく分かった
何度か出会っていたんだ俺達
しかも
3日目の夏祭り、あの歩道橋の上でも会っていた。
そしてあの伝説を教えてくれたのは、彼女だった。カナ姉よりも先だったんだ。
幼い俺には小さい思い出で、その後の思い出に押し退けられていた。
微かな俺自身の思い出が蘇る
初めて会ったのは
6歳の春、この病院裏の公園…
俺が5歳…何度か遊んでいるんだごめんな、俺思い出せねぇよ
7歳の祭りの日
俺が6歳…確か母さんの代わりにカナ姉と行った祭りだ。
カナ姉の都合で強制的に歩道橋へ連れて行かれ…
ほっとかれて、人混みに流される、押し潰される怖さで必死に柵を握ってたな。
同じようにしていた女の子が居た花火が始まった時、その子は父親に肩車してもらったのがやけに羨ましかった。
その人はカナ姉の彼氏だったのか『暴れるなよ』
見兼ねてか、俺を肩車してくれたっけ
嬉しかったな。
けど、その前の怖い思いさせといて今は…どうなってんだか。でもまぁ肩車でチャラかな。
思い出したのに、あの女の子が楓香だったとハッキリしないし、会話の内容なんてまるで覚えていない…
ごめんな、楓香はちゃんと覚えていたのに。
この日記を書き出したのは5年後なのに、覚えていたんだ。
そのあとは、俺の成長記のようだった。
そうだよな、この病院裏の公園はずっと通学路だったからな。
仲間とミニバスケもよくした。
喧嘩もした。
ひとり泣いた時も、喜びを分かち合ったりもした。
声は聞こえていないはずなのに
まるで一緒に居たような言葉があった。
なによりも驚き、恥ずかしく、照れ臭かったのは
コクっ時、コクられた時
そして別れた時…
理由はそれなりにあった。流石にそこまでは分からないだろうが
楓香の想像の中の俺と、楓香の想いが連なっていた。
最後は
あの事故の前の日
何かを感じていたのか
「ヒロキを助けたい…」
書きたかったよなあの思い出
書いて欲しかったよ、楓香の言葉で残して欲しかったよ。
既に薄らいでいる、当てにならない俺の記憶だけじゃ余りにも頼り無いよ。
要約分かったよ
楓香の忘れ無かった思い出と色んな想いが
忘れていた俺の思い出を自然に思い出させていたんだよな
手に零れ落ちる涙に気付き
隠すように拭いた。
が、どれだけ落ちていたんだか、ジャージにかなりの濡れた跡
『部屋に戻ろうか』
母親が優しく一言だけ言うと、ゆっくり祐紀が車椅子を押し出した。
どのくらい読み込んでいたのか
真剣に向き合うように読んでいる姿に、感謝しお礼を言って帰って行ったと教えてくれた。
いつもならば、弱みを見た!と
ばかりに騒ぎ立てる祐紀が静かに押している。今騒がれても相手をする気には慣れないが、静かなのも一本取られたような、恥ずかしいような落ちつけない気がした。
その理由がようやく分かった
何度か出会っていたんだ俺達
しかも
3日目の夏祭り、あの歩道橋の上でも会っていた。
そしてあの伝説を教えてくれたのは、彼女だった。カナ姉よりも先だったんだ。
幼い俺には小さい思い出で、その後の思い出に押し退けられていた。
微かな俺自身の思い出が蘇る
初めて会ったのは
6歳の春、この病院裏の公園…
俺が5歳…何度か遊んでいるんだごめんな、俺思い出せねぇよ
7歳の祭りの日
俺が6歳…確か母さんの代わりにカナ姉と行った祭りだ。
カナ姉の都合で強制的に歩道橋へ連れて行かれ…
ほっとかれて、人混みに流される、押し潰される怖さで必死に柵を握ってたな。
同じようにしていた女の子が居た花火が始まった時、その子は父親に肩車してもらったのがやけに羨ましかった。
その人はカナ姉の彼氏だったのか『暴れるなよ』
見兼ねてか、俺を肩車してくれたっけ
嬉しかったな。
けど、その前の怖い思いさせといて今は…どうなってんだか。でもまぁ肩車でチャラかな。
思い出したのに、あの女の子が楓香だったとハッキリしないし、会話の内容なんてまるで覚えていない…
ごめんな、楓香はちゃんと覚えていたのに。
この日記を書き出したのは5年後なのに、覚えていたんだ。
そのあとは、俺の成長記のようだった。
そうだよな、この病院裏の公園はずっと通学路だったからな。
仲間とミニバスケもよくした。
喧嘩もした。
ひとり泣いた時も、喜びを分かち合ったりもした。
声は聞こえていないはずなのに
まるで一緒に居たような言葉があった。
なによりも驚き、恥ずかしく、照れ臭かったのは
コクっ時、コクられた時
そして別れた時…
理由はそれなりにあった。流石にそこまでは分からないだろうが
楓香の想像の中の俺と、楓香の想いが連なっていた。
最後は
あの事故の前の日
何かを感じていたのか
「ヒロキを助けたい…」
書きたかったよなあの思い出
書いて欲しかったよ、楓香の言葉で残して欲しかったよ。
既に薄らいでいる、当てにならない俺の記憶だけじゃ余りにも頼り無いよ。
要約分かったよ
楓香の忘れ無かった思い出と色んな想いが
忘れていた俺の思い出を自然に思い出させていたんだよな
手に零れ落ちる涙に気付き
隠すように拭いた。
が、どれだけ落ちていたんだか、ジャージにかなりの濡れた跡
『部屋に戻ろうか』
母親が優しく一言だけ言うと、ゆっくり祐紀が車椅子を押し出した。
どのくらい読み込んでいたのか
真剣に向き合うように読んでいる姿に、感謝しお礼を言って帰って行ったと教えてくれた。
いつもならば、弱みを見た!と
ばかりに騒ぎ立てる祐紀が静かに押している。今騒がれても相手をする気には慣れないが、静かなのも一本取られたような、恥ずかしいような落ちつけない気がした。
ほたる(日記)
一時間くらい経った頃
夏美ちゃんが戻って来た。
もちろん見知らぬ人と共に
その人は俺の両親とたいして歳が変わらなそうに見えた。
細身で穏やかな感じは父親似
包み込むような優しい笑顔は母親似
楓香を思い浮かべていた。
『楓香ちゃんのお父さんとお母さん…この人が、新田裕紀さん』
『兄ちゃん?』
慌てて座ったままをお詫びしながら挨拶をした。
偶然通り掛かった母親も何故か加わった。
何故会った事も、話しをした事も、名前すら知らない俺に会いに来たのか
楓香が旅立つ時の言葉がきっかけだったらしい。
最後の言葉を多分正確に聞き取ったのが夏美ちゃんだけだった
「裕紀…ありがとう…
裕紀は…生きて…」
葬儀が終わり少し落ち着いた頃
彼女が大切にしていた箱を開けると
何冊かの日記帳があった。
なぜか二種類あり
無地の日記帳には、
病気と闘う前向きな気持ちや
くじけそうな弱音や
取り残されるような淋しい思い
ぶつけようのない嘆き
人に見せる事が無かった素直な思いがあった。
彼女を知る人ならばかなり辛く
もっと気付いて上げたかったと
自分を責め、彼女の頑張りに胸が熱く痛むだろう。
そして
青空に白い雲、草原に小さな花
青い海に白い帆を張ったヨット
そんな日記帳には
女の子としての日々があった。
この中だけは健康な中学生、高校生だったのだろう。
空想でなくそんな生活をさせてあげられなかった事を嘆いたと言った。
女の子としてお洒落をして
人を好きになる楽しい想いや苦しい想い、別れる悲しみやせつなさを知ってほしかったと。
『楓香の空想だと思っていました。
それでもあの子の楽しそうな想いがあって嬉しかった。
でも…
新田裕紀さんが本当に居た方だった。ここに書いてある事は少しは本当だった。そう分かったら、少しは女の子らしい想いが出来たのかと…』
涙に詰まる母親に変わり
『読んでみて下さい。
夏美ちゃんに君の事を教えて貰い、勝手に想いを寄せて居た娘の事など迷惑だと思いますが
親馬鹿です。
迷惑この上ない親馬鹿ですが
穏やかに旅立つことが出来たのも君のお陰だろう。
だから娘の想いを届け、お礼を言いたくてね』
手にした日記をゆっくり開いた
可愛い文字が並んでいた。
『ヒロキ』
一目で飛び込んできた。
祐紀の病室で会った時の事が書いてあった。
嬉しさに溢れる言葉が
幸せそうな彼女が想像出来るほどだった。
『最後の言葉を夏美ちゃんに教えて貰って、この日記を読んで。あの子の涙はきっと幸せの涙だったと思えました。
知らない娘からの一方的な想いで、迷惑ですょうが』
思わず声に出してしまった言葉 『一方的なんかじゃないです。
ほんの僅かだったけど…
楓香…楓香さんは俺をここに戻してくれた。命の恩人です……
上手く言えない妙な話しけど…』
『お兄さん会ってたんだ。お姉ちゃんに会ったんでしょ。
だから
ヒロキ、アリガトウ
ヒロキハ、イキテ
お姉ちゃんの想い届いたんだよね』
『良くわかんねぇけど。それって死後の世界ってやつ?痛てッ!』
『分かんねぇなら黙ってろッ。理屈じゃねぇんだよ』
何気なく母親が祐紀が産まれて来る時の事を話し出した。
『私を戻してくれたのは、貴方だった。私を呼ぶ裕紀の声と、泣いたり笑ったりした裕紀の姿だった。
ちゃんと会話もしたわね…
ここに居るだけが現実じゃない
言葉に表せ無いもう一つの現実が、あるんだと思う』
体験者がこんな近くにいたとは
納得とか理解とか、頭で脳でじゃない。
心で想いで感じとるしかない。
誰もがそう思っているかのように、静かに想いを噛み締めた。
そんな中、俺は読み続けていた。
夏美ちゃんが戻って来た。
もちろん見知らぬ人と共に
その人は俺の両親とたいして歳が変わらなそうに見えた。
細身で穏やかな感じは父親似
包み込むような優しい笑顔は母親似
楓香を思い浮かべていた。
『楓香ちゃんのお父さんとお母さん…この人が、新田裕紀さん』
『兄ちゃん?』
慌てて座ったままをお詫びしながら挨拶をした。
偶然通り掛かった母親も何故か加わった。
何故会った事も、話しをした事も、名前すら知らない俺に会いに来たのか
楓香が旅立つ時の言葉がきっかけだったらしい。
最後の言葉を多分正確に聞き取ったのが夏美ちゃんだけだった
「裕紀…ありがとう…
裕紀は…生きて…」
葬儀が終わり少し落ち着いた頃
彼女が大切にしていた箱を開けると
何冊かの日記帳があった。
なぜか二種類あり
無地の日記帳には、
病気と闘う前向きな気持ちや
くじけそうな弱音や
取り残されるような淋しい思い
ぶつけようのない嘆き
人に見せる事が無かった素直な思いがあった。
彼女を知る人ならばかなり辛く
もっと気付いて上げたかったと
自分を責め、彼女の頑張りに胸が熱く痛むだろう。
そして
青空に白い雲、草原に小さな花
青い海に白い帆を張ったヨット
そんな日記帳には
女の子としての日々があった。
この中だけは健康な中学生、高校生だったのだろう。
空想でなくそんな生活をさせてあげられなかった事を嘆いたと言った。
女の子としてお洒落をして
人を好きになる楽しい想いや苦しい想い、別れる悲しみやせつなさを知ってほしかったと。
『楓香の空想だと思っていました。
それでもあの子の楽しそうな想いがあって嬉しかった。
でも…
新田裕紀さんが本当に居た方だった。ここに書いてある事は少しは本当だった。そう分かったら、少しは女の子らしい想いが出来たのかと…』
涙に詰まる母親に変わり
『読んでみて下さい。
夏美ちゃんに君の事を教えて貰い、勝手に想いを寄せて居た娘の事など迷惑だと思いますが
親馬鹿です。
迷惑この上ない親馬鹿ですが
穏やかに旅立つことが出来たのも君のお陰だろう。
だから娘の想いを届け、お礼を言いたくてね』
手にした日記をゆっくり開いた
可愛い文字が並んでいた。
『ヒロキ』
一目で飛び込んできた。
祐紀の病室で会った時の事が書いてあった。
嬉しさに溢れる言葉が
幸せそうな彼女が想像出来るほどだった。
『最後の言葉を夏美ちゃんに教えて貰って、この日記を読んで。あの子の涙はきっと幸せの涙だったと思えました。
知らない娘からの一方的な想いで、迷惑ですょうが』
思わず声に出してしまった言葉 『一方的なんかじゃないです。
ほんの僅かだったけど…
楓香…楓香さんは俺をここに戻してくれた。命の恩人です……
上手く言えない妙な話しけど…』
『お兄さん会ってたんだ。お姉ちゃんに会ったんでしょ。
だから
ヒロキ、アリガトウ
ヒロキハ、イキテ
お姉ちゃんの想い届いたんだよね』
『良くわかんねぇけど。それって死後の世界ってやつ?痛てッ!』
『分かんねぇなら黙ってろッ。理屈じゃねぇんだよ』
何気なく母親が祐紀が産まれて来る時の事を話し出した。
『私を戻してくれたのは、貴方だった。私を呼ぶ裕紀の声と、泣いたり笑ったりした裕紀の姿だった。
ちゃんと会話もしたわね…
ここに居るだけが現実じゃない
言葉に表せ無いもう一つの現実が、あるんだと思う』
体験者がこんな近くにいたとは
納得とか理解とか、頭で脳でじゃない。
心で想いで感じとるしかない。
誰もがそう思っているかのように、静かに想いを噛み締めた。
そんな中、俺は読み続けていた。