2024年2月8日(木)の10:00頃、

大学病院からの帰りにひがし茶屋街に寄りました。

 

用事があって寄ったのですが、用事はすぐに済み、

帰りのバス時間まで30分ほどあったので、

久しぶりにひがし茶屋街周辺を適当に歩いて来ました。

 

あとで地図で歩いた所を追ってみると、

こんな感じでした。

 

 

初めて歩いた道もあり、

正直、迷路の中に迷い込んだ感じでしたが、

バス通りの方向だけはわかっていたので、

最後は適当に歩いていたら、

何とかわかる場所に辿り着いたという感じです。

 

こちらが観光客が多く訪れるメインストリートですが、

10:00頃で観光客はこれだけ。

手前の白いフードを被った方もそうですけど、

東南アジア系のカップルが何組かいらしていました。

 

 

ここから適当に裏道を歩いて行きました。

 

 

 

突然現れた広見。

こんな所があったんだ~という感じでした。

 

 

宇多須神社が見えて来た時はホッとしました。

いつもは向こう側から歩いて来るので、

こちらからは初めてでした。

 

 

普段は静かな神社ですが、

節分の時には芸妓さんの奉納踊りや福豆まきが行われ、

境内は人で埋め尽くされます。

 

 

こちらは普通の民家の玄関先です。

この辺りの家では軒先にトウモロコシが吊してあります。

 

 

これは門守(かどもり)と呼ばれる風習で、

魔除けの効果があるものを軒先に飾って、

家内安全を祈念するものです。

 

トウモロコシは豆が多いことから、

「まめまめしく健康に働ける」ことや、

子孫繁栄のお守りとして喜ばれるほか、

ふさふさとした毛は「儲け」や「厄除け」に繋がるとか。

 

このトウモロコシは、

卯辰山の麓の観音院で祈祷を受けたものです。

これは年に一度、

四万六千日(しまんろくせんにち)と呼ばれる縁日で買えます。

 

 

去年の10月13日、お友達と食事に行ったついでに、

卯辰山寺院群の中でまだ行ったことがなかった

この観音院に連れて行ってもらいました。

 

 

ナビを頼りに行ったら、かなり迷走してしまい、

諦めかけた時に案内板を見つけて、

何とか辿り着いたのですが、

最後は一方通行の所を逆走していたようで、

近くのお店の駐車場を管理していた方に教えられました。

やさしい方でよかったです。

 

 

そんなに大きなお寺でもなく、

境内に可愛い石仏がたくさんあってほっこりしました。

これは何なんだろう・・・。

 

 

 

 

観音菩薩をご本尊とする寺では、

功徳日と呼ばれる日に縁日が開かれ、

功徳日に参拝すると、

1日で100日分や1000日分のご利益があるとされており、

中でも最大の功徳日が旧暦の7月9日、

新暦では8月15日~30日くらいで、

この日は46000日分ものご利益があるそうです。

これが「四万六千日」です。

 

 

ということで、ひがし茶屋街周辺をプチ散歩して、

最後に金沢の銘菓「きんつば」を買いに中田屋へ。

緑色の○印のお店です。

 

 

朝9:00開店なので、とても便利なんです。

いつも耳鼻科は朝早い時間に行くので、

その帰りに買い物しようと思ったら、

中田屋さんくらいしか開いていなくて・・・。

 

 

お店の写真はHPより拝借しました。

2階はカフェで一度食べたいのですが、

まだ行けていません・・・。

2024年2月8日(木)は大学病院眼科を受診。

8:00に再来機受付、8:30から検査でした。

 

かなり早く受付したので、早々に呼ばれるかと思いきや、

意外にも4番目にやっと呼ばれ、

しかも、いつもなら屈折→眼圧→視力の順に検査するのに、

今回はいつもは最後に行う眼底写真撮影が最初でした。

 

そのせいか、いつもはすんなり終わるのに、

今回は左眼の撮影で瞳孔が閉じてしまい、

暗室の中でしばらく目をつぶることで眼底を開いて、

再度撮影・・・というのを2回繰り返しました。

 

その後、いつもの検査を行って、

恐らくいつもと同様、矯正視力は1.0だったと思います。

 

そして、先生の部屋の前で10分ほど待って、

8:50くらいに1番で呼ばれ、

眼底や角膜などを詳細に診てもらい、

結果はいつもと同じでドライアイだけでした。

 

ということで、眼科は検査の順番が変わった以外は、

いつもとすべて同じで、4ヶ月後に予約を入れて、

ドライアイやアレルギーの目薬を処方してもらい終了。

 

会計では、先月、

心外科で1ヶ月の限度額を超えて請求されたので、

予め電話でそれを指摘して、

今回訂正&返金してもらいました。

 

眼科で特定医療費(指定難病)受給者証を訂正してもらい、

お支払いでは、最初に眼科の分の支払いをして、

その後、少しイスに座って待っていると、

会計担当者がやって来て、書類にサインして、

払いすぎた分の払い戻しがありました。

 

この日はやることがたくさんあって、

最後は、守衛室に立ち寄って、

預かってもらっていたネコ柄の傘を受け取りました。

 

「こんな傘は高いんやろ?」とおじさんに言われましたが、

本当は安い傘なんですけど、

一応ネコ柄だから、大切にしていたので、

無事に戻って来て嬉しかったです。

 

この日は仕事はお休みを取っていたので時間に余裕があり、

9:28のバスに乗った後、橋場町で途中下車して、

ひがし茶屋街へ向かいました。

プチ散歩してきたので、この様子は次回に・・・。

今年元旦に発生した令和6年能登地震から

早くも1ヶ月半が経とうとしています。

 

まだまだたくさんの被災者が避難所で暮らしています。

比較的若い世帯の人たちは、

金沢など他の安全な地域に移って新たな生活を始めていますが、

高齢者だけの世帯では、

どうしても故郷から離れたくないという強い気持ちがあり、

不便でも避難所に残っていたりします。

 

少しずつですが、仮設住宅も完成して、

暖かくて、設備が整った住宅に入居したニュースを見ますが、

これはほんの一握りの人たちであって、

やはり多くの人が故郷に戻って、

再スタートを切りたいと思っています。

 

ようやく大きな余震も落ち着いては来ましたが、

いつ、また大きな地震が起こるかわからない状況ですけど、

私もようやく地震当初にあった恐怖感、

ほんの少し揺れただけなのに、

「また、あの大きな地震が起こるのではないか・・・」

というトラウマになりそうな感覚はなくなってきました。

 

さて、今日はあまり報道はされていませんが、

私の職場がある金沢駅西地区の歩道についてご報告します。

 

仕事始めの1月4日の夕方、

会社を出て、バス停へ向かっている時に初めて気付きました。

なんか穴がいっぱい開いているけど、これなに?

と近づくと、穴の中には歩道の消雪装置が・・・。

 

 

きれいにそこだけが沈んでいて、

私の会社の前はほとんど沈んでいませんでしたが、

写真の辺りでは、深いところで10cm以上は沈んでいました。

 

 

土木が専門の兄にこの写真を送ると、

「管が水漏れしているかもしれない。

歩道にヒビ割れがあったら注意、陥没するかも。

水が漏れていたら空洞ができているかもしれないから、

端の方を歩いた方がよい」

という返事が届きました。

 

実際のところ、駅に近い歩道で、

陥没している箇所があったらしいです。

 

また、下の写真はまだ小さい方ですが、

歩道のあちこちで段差ができたり、隆起したり、

波打っているような感じになっています。

 

 

いつものように、周りの景色を見ながら歩いていると、

突然地面が盛り上がり、転びそうになったので、

それ以来、足元を注意深く見ながら歩いています。

 

上の写真の右上、駐車場のPマーク辺りの歩道に、

浅い凹みがあるのですが、

よ~く注意して見ないと気付きません。

 

実は、先々週、この凹みの所で、

2日連続して女性が転倒し、救急車が来ていました。

1人は30~40歳くらいの女性でしたが、

転んだまま、体を起こすこともできませんでした。

 

さすがに危ないからと、

歩道の目立たない危険な所には赤いコーンが置かれ、

いつしか歩道にはたくさんのコーンが並んでいました。

 

また、先月、雪が積もった時には、

こちら側の歩道はやはり配管が断裂したのか、

歩道の消雪装置は作動せず、

長い間雪が残っていました。

道路の反対側の歩道は、まだこちらよりはマシで、

ちゃんと水も出ていたので、

積雪はほとんどありませんでした。

 

とにかく、危ないなあと思いながらも、

今は能登地域のライフラインの復旧が最優先なので、

こちらの修繕はいつ頃になるのかなあと思っていました。

 

すると、昨日は北陸には珍しい晴天だったからか、

最初の写真の近くの交差点に大きな段差ができていたのですが、

この穴も含めて、その辺り一帯をアスファルトで固めたようで、

正直、見た目は美しくないのですけど、

応急措置ということで、一番ひどい段差はなくなりました。

この穴はまだそのままです。

 

それから、私の会社の珠洲市内の事務所の写真が届きました。

事務所と言っても、事務局長さんの自宅の隣にあって、

もともとは倉庫として使っていた平屋の建物です。

 

今回、事務局長さんの家は、

この辺りでは比較的新しくきれいな家でしたが、

近くの地盤に大きな亀裂が入ったりして、

自宅には赤紙が貼られていました。

 

事務所は平屋なので無事でしたけど、

事務所内はこんな感じでした。

パソコンやモニターは床に放り出され、

どこにあったのか、書類が散乱。

 

 

 

事務局長さんは元旦は県外の娘さんの所にいて無事でしたが、

もう自宅は諦めて取り壊すと決めたそうです。

この事務所での仕事も無理ということで、

珠洲の事務所は閉鎖となりました。

 

輪島の事務所に勤める書記さんも自宅が危険なため、

被災後から今までずっと車で寝泊まりしているそうです。

 

道路も復旧が進み、通行に制限があったり、

渋滞もかなり発生しているようですが、

物流が再開したことで、お店なども営業できるようになり、

全国から送られた食料等も十分にあって、

食事の方はまずまず行き届いているようです。

 

やはり被災地の多くでまだ断水が続いているので、

ボランティアも少しずつ入るようにはなってきましたが、

トイレや手洗い、物を洗うにも水が出ないのは不便。

 

加賀屋で有名な和倉温泉も、

源泉が引けず営業見込みが立っていないそうですし、

「一番困っているのは水」と、

被災地のみなさんが口を揃えて言われています。

 

工事に携わっている方も必死に頑張っているので、

能登の人は文句は言いません。

「みんな頑張っているんだから、私らも頑張らんと!」と。

 

3月中旬には北陸新幹線が敦賀まで延伸し、

観光客が増えることが予想されます。

 

今は工事関係者や避難されている人で、

金沢のホテルは混雑しているようですが、

これまで旅館やホテルに避難していた人も、

春までには移動しなければいけないようですし、

県外にも宿泊施設は確保されたものの、

県外に転出を希望した人はゼロだとか・・・。

 

みなさんが安心して暮らせる場所に

早く落ち着かれることを祈るばかりです。

2024年1月25日(木)は大学病院の受診日でした。

 

前日、警報級の大雪の恐れ・・・と言われて構えていたら、

結局、金沢でも山手は約20cm、街中は約13cmと、

全然大したことはなかったのですが、

その日はバスが10分ほど遅れたので、

いつも乗り換えしている途中のバス停では間に合わず、

金沢駅でいつものバスに乗るといった具合で、

バスのダイヤは乱れるし、乗客も増えて大混雑でした。

 

ということもありましたし、この日は採血など、

朝早くからやる検査はなかったので、

いつもなら兄に送ってもらうところ、

遅く出ると渋滞にはまり、兄が不機嫌になるので、

この日は久しぶりにバスを乗り継いで行きました。

車なら15分ですが、バスだと1時間はかかります。

 

そのバスの乗り継ぎも、通常どおりなら7:16に着いて、

7:21の大学病院行きのバスに乗れるのですが、

市内の渋滞により、乗り継ぎバス停には7:24に到着。

あ~ダメだったかと思った瞬間、

直後に駅方面からやって来たバスが大学病院行きのバスで、

本当にラッキーなことに、満員でしたが乗れました。

(トラキチくんがまた助けてくれたかな?)

このバスは7:45に大学病院玄関前に到着しました。

 

8:00に再来機受付をし、そのまましばらく待機して、

8:30に皮膚科の窓口で受付。

9:00の予約でしたが、8:50くらいには呼ばれました。

 

皮膚科は、蕁麻疹の話をした後、

いつものように頭皮や足、手など、

いろんな所をついでに診ていただき、

それぞれ飲み薬や軟膏などを処方していただきました。

 

次は、10:30の予約でCT撮影でしたが、

30分前からしか受付できないので、

私の好きな、人があまりいない場所で読書して時間を潰し、

10:00になると、すぐに受付をしてもらいました。

 

10:15頃には、造影剤用の針を入れて固定し、

予約どおりの10:30に呼ばれ、

いつもと同様、普通に3回スキャンして、

造影剤を入れて1回、1分後にもう1回スキャンして終了。

 

終わった後、お茶をガブ飲みして、

早く造影剤を体外に出すようにしました。

ちなみに、アレルギー予防のため、

いつも撮影12時間前(前日眠前)と、

2時間前にステロイド剤を服用しています。

おかげで、今回もアレルギーは出ませんでした。

 

その後、心臓血管外科の受付をして、

こちらも予約どおりの11:00に呼ばれました。

まずは最近の体調を聞かれて、

代謝内科による食事改善により体調もよいと話しました。

 

先生も、前回終了後に代謝内科を紹介したばかりなのに、

もうすでに血糖値がほぼ正常値に戻っていて驚いていました。

タンパク質中心の食事で簡単に下がりましたと言うと、

またそれも意外だったようです。

 

血圧の方は、この冬の寒さの影響もあって、

若干、120台に上がることが増えましたけど、

概ね上は110~120台、下は60~70台で落ち着いています。

 

そして、造影CTの結果ですが、

モニターには1年前、半年前、今回の3枚の画像が並べられ、

手術した人工血管の方には特に異常は見られず、

人工血管から滲み出している漿液の量は、

前回とほぼ同じということでした。

 

前回7月の時、これまで数年間増え続けていた漿液が、

初めて増えなかったので、これはもしかして止まったのか・・・

と嬉しい結果だったのですが、

今回が偶然そうなっただけかもしれないから、

1月の結果も良ければ心底から喜ぼうと思っていたところ、

今回は同じというビミョーな結果となりました。

 

完全に止まっていれば、

水は自然と少しずつ体内に吸収されるので、

減っていくはずなのですが、同じということは、

やはり少しは出ているということなのか・・・。

それとも、水は止まったけど、全く吸収されなかったか・・・。

 

いずれにしても、止まったと断定することはできませんが、

増えなかったという結果はひと安心でした。

 

また、大動脈基部の大きさについては、

大動脈にピントを合わせて撮影している関係で、

心臓辺りの画像が鮮明ではないけれど、

概ね変わりはなさそうだということでした。

次回が心エコーなので、そこで詳しく調べてもらいます。

 

漿液腫も落ち着いてきたので、

半年後のCTは、造影剤を使わなくてもよいかもしれないと

先生はおっしゃっていました。

 

最後に、未だに時々疼いてくる

左下腹の傷の痛みについて話すと、

CTの画像では傷の周辺に痕は見えるけど、

炎症はなさそうというので、

寒さ、季節の問題かもしれませんね・・・で終了。

ロキソニンは処方して下さいました。

 

この後、ハプニング続出でした。

支払の計算をしてもらおうと思ったら、

パソコンにロックがかかっていて、

原因となっていた皮膚科に電話すると、

処方箋を1枚、先生が渡し忘れているということで、

皮膚科に処方箋を取りに行きました。

 

会計も終わり、外に出ようとした時、

持って来たネコ柄の傘がないのにやっと気づき、

いつからなかったんだろうと、

何ヶ所か心当たりを探しましたが、

バス時間が迫り、諦めることに・・・。

 

時間も12時近くになっていたので、

本当はタクシーで帰りたかったのですが、

この雪でタクシーのりばにタクシーが1台もいなくて、

お客さんも数人待っていたことから、

タクシーは諦めて、帰りも金沢駅経由で、

バスを乗り継いで帰ることになりました。

 

バスに乗っている間に、

特定医療費(指定難病)受給者証の記載を確認すると、

私の1ヶ月の自己負担限度額は1万円なのに、

今回の支払で、累計が12,000円あまりになっていました。

 

そこで、帰宅した後、すぐに電話を掛けましたが、

なかなか心外科の電話が繋がらなくて、

総合会計経由で心外科の窓口に繋いでもらい、

担当者と話をして、次回、訂正していただくことになりました。

 

その後、ゆっくり食事する時間もなく整形外科に行き、

夕方帰宅して、夕飯の用意をして、

やれやれと自室に戻ったのが16:50。

 

そうだ!傘のことを聞こうと思っていたんだと思い出し、

ギリギリの時間でしたが皮膚科に電話を入れると、

受付向かいのソファー近くに、

ネコ柄の傘がそのまま置いてあることがわかり、

こちらも次回、守衛室で受け取ることになりました。

 

その他、地元の郵便局で用事を済ませたりして、

この日の移動は雪のため、すべて徒歩だったので、

朝早くから夕方まで雪道をかなり歩きました。

通院のための年休でしたが、

平日よりもよっぽど疲れた一日でした。

2018年11月4日は、千里浜なぎさドライブウェイを走り、

氣多大社を参拝し、見附島まで行きました。

 

見附島の駐車場にあった周辺マップを見ていると、

近くに弘法大師ゆかりのお寺があることがわかり、

どんな所か全くわかりませんでしたが、

とりあえず行ってみることにしました。

 

 

通り道の脇には「愛宕神社の大杉」がありました。

 

 

幹周7m、樹高17m、推定樹齢700年。
「高井の地蔵杉」ともいわれ、地蔵堂と共にあります。

 

 

この後、狭い山道をしばらく走ると目的地に到着。

 

 

こちらは法住寺仁王門。

両脇には憤怒形の見事な金剛力士像が立っています。

平成7年の解体修理の際に、

阿形・吽形両像の胎内から納入品が見つかっています。

 

 

季節外れの桜も見られました。

 

 

仁王門をくぐり左折すると、

鬱蒼とした森の中に朱色の橋。

 

 

きれいな石段を上って行きます。

 

 

こちらが高野山真言宗の寺院・法住寺の本堂。

平安時代前期の弘仁年間(810~824年)、

弘法大師空海によって創建されました。

 

 

その後は奥能登の荘園であった若山荘の

領家日野家の祈願所として庇護され、

寺運が隆盛し境内には七堂伽藍が建ち並び、

周辺には60余坊の堂宇が軒を連ね、

能登半島随一の霊場として名を馳せました。

 

 

江戸時代には前田家の保護を受けていました。

 

 

続いて、道の駅に向かう途中、

「倒(さかさ)スギ」というのもあったので立ち寄りました。

 

 

高照寺の前の水田の一角に立っている独立樹で、

能登の一本杉ともいわれています。

 

 

高さ12m、胸高周り6.8mで、

張り出した枝が、松の老樹のように捻転下垂しています。

台風被害などで樹勢が衰えたため、

幹上部や枝を切るなど大掛かりな治療が行われました。

 

 

これまでご紹介した2本のスギの木や、

山奥の法住寺の最新情報が入って来ません。

地震の被害がひどくなければ・・・と願います。

 

さらに北上して珠洲市役所の前も通過。

 

 

この日の目的地である「道の駅 すずなり」に到着。

買いたい物があったのですが、残念ながらありませんでした。

代わりにモミジの小さな盆栽を購入。

一昨年までは30cmくらいでそんなに生長しなかったのですが、

なぜか去年、猛暑のせいか、一気に50cmくらいに・・・。

 

 

平成22年4月、食べ物と人の交流拠点として、

のと鉄道の旧珠洲駅にリニューアルオープンしました。

店内には珠洲のこだわり商品がたくさん並んでいます。

揚げ浜塩を使ったソフトクリームなど季節毎に変わるご当地ソフトや、

珠洲焼、珪藻土コンロ、いも菓子などの菓子類、珠洲の塩など、

珠洲産にこだわり抜いた商品を扱っていました。

 

 

現在はもちろん休業中で、店の被害状況もわかりませんが、

金沢市などへ避難する際の集合場所などになっているようです。

 

 

この日のランチは名前のとおり海岸沿いに建つ

「ショッピングプラザシーサイド」の中の

食堂「道づれ」で美味しくいただいたのですが・・・。

 

元旦の地震発生時には、

初売りの100人ほどの買い物客で賑わっていたそうです。

従業員の的確な避難誘導により、

全員、数百メートル離れた高台の小学校へ避難でき、

大地震発生10分後には70cmの津波が店内に押し寄せ、

お店は甚大な被害に遭ったものの、

犠牲者は1人もいませんでした。

年2回の避難訓練が役に立ったと話されていました。

 

 

私たちのドライブの続きですが、

この日の午後は同じ道を戻るのもつまらないということで、

人気スポットの千枚田を目指すことにしました。

 

 

さすがに禄剛崎まで行くのは遠いので、

国道249号線を通って北の海岸に向かいました。

 

 

途中にある大谷トンネルも今回の地震で崩落しています。

 

 

また、海岸に出る手前にきれいなループ橋もあるのですが・・・。

(写真は拝借しました)

 

 

今回の地震で大きな被害が出ています。

 

 

海岸沿いの道路も大規模な崖崩れが起こっていました。

山の断崖と海が近くてきれいな所なのですが・・・。

 

 

その後、私たちは道の駅すず塩田村に立ち寄りました。

 

 

 

 

道の駅の裏の海岸

 

 

揚げ浜式製塩が行われる外浦沿岸でも海底が隆起し、

道の駅「すず塩田村」からは、

海岸線が海側に100mほど前進して海底があらわに・・・。

 

 

塩田の砂に海水をまき、日光と地熱で蒸発させて

塩を取り出す揚げ浜式製塩。

能登伝統の塩作りは、近くの海から海水を

汲み上げることから作業が始まりますが、

海が離れ、塩(海水)が遠くなってしまいました。

先人から受け継がれた製塩作業はこれからどうなるのか・・・。

 

最後に白米千枚田を見に行くことにしました。


 

世界農業遺産に登録された「能登の里山里海」を代表する景観。

令和4年2月に「つなぐ棚田遺産」として選定され、

国の名勝にも指定されています。

 

 

急斜面に、幾重にも段になり海へと広がる田んぼ。

その数は全部で1004枚。

 

 

一つ一つは小さく、耕運機も入らない狭さのため、

栽培は昔ながらの手作業で行います。

 

 

こちらも田んぼに大きな亀裂が入ってしまいました。

 

 

周囲が停電している中、

太陽光発電を利用したLEDライトは以前のまま。

明日への希望の光となってほしいですね。

 

 

(おわり)

2018年11月4日は、珠洲の道の駅を最終目的地にして、

まずは朝7:00頃に「千里浜なぎさドライブウェイ」を走りました。

 

 

釣りに来ている人が結構いました。


 

来ていたのは人だけではなく、鳥さんも・・・。

 

 

ここは小魚がよく捕れるそうです。

同じ位置に等間隔で並んでいるのが可愛かった!

 

 

兄が久しぶりということで、

「のと里山海道」から千里浜に立ち寄ったのですが、

「のと里山海道」に戻るとすぐに「氣多大社」の案内板が見え、

そう言えば、行った記憶が2人ともなかったので、

こちらも急きょ立ち寄ることにしました。

 

 

能登國一宮「氣多大社(けたたいしゃ)」の拝殿です。

ちょうどポスター撮りをしていたので、

邪魔をしないようにさっと参拝してきました。

 

 

再び「のと里山海道」を終点の穴水まで走り、

その後は一般道で珠洲を目指しますが遠いです!

 

 

穴水からは「珠洲道路」を走って東の海岸まで行きました。

 

 

珠洲道路はこんな感じの走りやすい道路です。

 

 

そして、海岸に到着してまず向かったのは、

能登のシンボルになっている「見附島(みつけじま)」。

 

 

高さ28mの大きな岩がそびえ立ち、

軍艦がこちらに向かってくるかのような大迫力!

 

 

弘法大師が布教のために、

佐渡から能登へと渡る際に発見したといわれている島です。

 

 

「見つけた」というのが名前の由来とのことですが、

先端部分が突き出たその独特の見た目から

別名「軍艦島」とも呼ばれ親しまれています。

 

 

見附島がある海岸は、

「えんむすびーち」と呼ばれる恋人の聖地となっており、

浜辺にある縁結びの鐘を鳴らしてカップルたちが愛を誓います。

 

 

この風景は私も大好きだったのですが、

ここ数年、珠洲を襲った地震により、

少しずつ岩盤が崩れ、形が変わって行きました。

 

 令和5年(2023年)5月5日に震度6強の地震が襲った時、

この見附島の前方が崩れ落ちました。

 

 

次に大きい地震が起きたらなくなってしまうのでは・・・と

冗談で話していたのですが、

元旦に大地震が起こり、見附島がどうなったか心配でした。

 

地震の後、最初にニュースで見た写真はこちら。

三角になっちゃった・・・と衝撃を受けました。

 

 

その後、ドローンで上空から写した写真が公開され、

ショックを受けてしまいました。

もう「軍艦島」とは言えなくなりました・・・。

 

 

悲しい・・・。

 

(つづく)

 

 

 

2024年1月16日(火)は、

今年最初の大学病院受診日でした。

 

いつものように、兄に送ってもらいましたが、

凍結しているから早く出ると言われたけれど、

バス通りに出ると雪も凍結もなく、

とてもスムーズで7:05頃には着いてしまい、

7:30の開門時間まで寒い玄関前で待つことに・・・。

 

そして、開門5分前頃だったでしょうか。

前方の方でトラブルがあって、

口論が始まってしまいました。

 

どうやら朝早く来た人がイスを置いて場所取りをして、

本人は寒いので駐車場の車で待っていて、

開門時間が近づいたので戻って来たところ、

恐らく通院の常連と思われるおじさんが、

イスでの場所取りは禁止だと伝えたら反論され・・・。

 

実際、どのような規則になっているかわかりませんが、

おじさんの言い分はこうです。

 

それがOKなら、みんな玄関前にイスを並べるやろが!

みんなこうやって寒い中、立って待っとるがに・・・。

 

その人も、立っているのが辛いなら、

イスを置いて座って待っていたらよかったのですが、

本人はギリギリまで暖かい所にいて、

突然、先頭に入ったものだからカチンと来たのかな?

 

開門まで2人で口論した結果、

その方は自主的に列の最後に入っていました。

各病院でも、受診の方法は違いますし、

同じ病院でも、科によってやり方が違うので、

私もこれまで何度かプチトラブルに遭いました。

 

さて、この日は代謝内科の受診日で、

8:00に再来機で受付した後、

検査としては、№6で採血3本だけしました。

採尿もあるかと我慢していたのに、ありませんでした。

 

8:30からの内科の受付も早めに済ませ、

先生の部屋の前で待機。

9:00の予約でも、先生は9:30頃にしか来ないので、

友達とLINEをして暇つぶしをしていました。

 

9:30にやっと先生がやって来て、

電光掲示板に診察順の番号が2つだけ出ました。

私の番号が2番目にあったのでホッとしましたが、

1番目の人がなかなか終わらず、

結局、また30分待って10:00頃にやっと呼ばれました。

 

最初に体調の変化を聞かれましたが、

「特に変わったことはありません」と答えました。

そして、早速、検査結果を教えて下さいました。

まずは、これまでのHbA1cの推移を。

 

 9/ 7 心臓血管外科の定期検診で9.5。

    夏のジュースの飲み過ぎが原因でした。

 

11/16 約2ヶ月あまり、元の生活に戻しましたが9.1。

   代謝内科に紹介メールを送ってもらいました。

 

11/21 3年ぶりの代謝内科受診。

    入院はできないと断ったので、

    先生が指示したタンパク質だけらけの食事で様子見。

    ジャヌビア50mgを朝食後に飲み始めました。

 

12/ 5 尿検査は異常なし、HbA1cは8.1に下がりました。

 

12/19 グリコアルブミンが14%(基準値は11.6-16.4%)

    先生も驚くほど改善していました。

 

そして、前回から4週間経って、

その間に年越しそばやお雑煮も食べていましたが、

今回のHbA1cは6.4でした。(基準値は4.6-6.2%)

 

去年の春までは、6.5~7.0くらいを行ったり来たりして、

服薬は不要だけど糖尿病でした。

うちの家族は全員糖尿病患者なのですが、

私が一番マシな方でした。

 

今回は残念ながら基準値には達しなかったものの、

先生はとても満足した様子で、

「悪くなる前の値よりもよくなっているね」と言われました。

 

「でも、薬を飲まなかったら、

ここまでは下がらないですよね?」と尋ねると、

「あの薬は8や9の人には全く効かないし、効いても0.5。

だから、食事の効果です」ということでした。

 

腎臓の値も悪くなっていないので、

もっとお肉食べて下さいと言われました。

1日、タンパク質は1.3g×体重の分だけ摂ってもよいし、

運動している人なら、1.5gまで摂ってもよいそうです。

 

結構、食べているのですが、

やはり体重は自然とまた1kg減っていましたし、

何となくお腹周りもスリムになって来ました。

 

そして、毎回必ず測定する握力は27kgと、

今回は前回とほぼ同じ結果でした。

 

タンパク質の食事習慣も身についているようだし、

通うのも大変だろうから、次は3ヶ月後でよいとのこと。

 

そして、血糖値は戻ったから、

やっぱり目標があった方がやりやすいと思うので、

次の目標は、片手だけでもよいので、

握力30kgにしよう・・・ということになりました。

 

「3kgって、無理じゃないですか~」と言ったら、

「もっとお肉食べれば大丈夫!」

「私、運動制限があるので、血圧は上げれませんよ」

「運動しなくても、もう少しお肉食べたら筋力つくよ!」

 

「できれば握力計あった方がいいね」と言われたので、

早速、ネットで購入しました。

 

タンパク質だらけの食事と今の薬は継続して、

握力30kgに達したら、薬はストップできるかも・・・。

私の最終目標は「糖尿の薬は飲まない」。

 

来週は心臓血管外科の受診がありますが、

まさか、次回までに元の値に戻っているなんて、

心臓血管外科の主治医は予想していないと思います。

 

また、今回の検査では、

ここのところずっと基準値をオーバーしていた肝機能、

ASTやALTがともに基準値内に入っていてびっくり!

これも心臓血管外科の先生が喜びそう・・・。

 

私はお肉の中でも豚肉が大好きなのですが、

生協で購入する味付け豚ロースステーキは、

美味しいし、焼くだけなので、

仕事から帰ったらさっと焼いて200g食べています。

 

先生が、カロリーも脂身も気にしなくてよいというので、

遠慮なく食べていますが、体重も減っていますし、

脂質ももともと正常値(基準値の真ん中)ですが、

その中でもさらに値がよくなっていましたし、

貧血ではないけれど、

最近少し減っていたヘモグロビンも増えていて、

これは豚肉のおかげかなと思っています。

 

代謝内科に通い始めて2ヶ月経っていませんが、

HbA1cは9.1→6.4に下がり、体重も4kgほど減りました。

 

運動は、バス通勤なので少しは歩きますが、

朝夕トータルで30分ほど歩き、

重いカバンを肩に担いで30分バス待ちで立っているくらい。

 

心臓血管外科の主治医から、階段は使わず、

できるだけエレベータでと言われているので、

3階に事務所がありますが、

エレベータを利用しているくらい運動はしていませんが、

タンパク質だらけの食事だけで、

体重やお腹周りの数値が落ちるというのは驚きでした。

 

但し、先生も話していましたが、

プロテインを飲んでいる人もそうですけど、

ただたくさん摂ればよいというわけではなく、

定期的に採血をして、腎機能を確認する必要があります。

腎機能が悪い人は、タンパク質も制限しないといけません。

 

私の上の兄に聞いたら、腎機能が悪くなっていたので、

すぐにタンパク質を控えるように話しました。

また、脂質異常の人もカロリー制限があるかもしれません。

 

今回の食事療法は、私にとっては最適で、

体質改善の良い機会となりました。

大好きなごはんやラーメンは全く食べず、

中華で少し焼きそばをいただくくらいですが、

今後は「たまには食べていいんだよ」と言われたので、

少しずつ、ごはんなども口にしたいと思います。

 

ジュースの飲み過ぎで、血糖値をひどく上げてしまったけれど、

結果として、よい先生と出会って、

体質改善の方法を知ることができたのはラッキーでした。

元旦に起こった大地震では、

特に輪島市・珠洲市の被害が甚大でした。

 

新たに私の会社の珠洲の事務所の様子がわかり、

事務所内は足の踏み場もないほど物が散乱し、

机の上に置いてあったパソコンやモニターも、

床に落ちていて、使えるのかどうかもわかりません。

 

その事務所は、珠洲の事務局長の家の隣にあった倉庫。

事務局長の家は、洋風の比較的新しく見える家でしたが、

赤紙が貼られていたそうです。

もう自宅を壊す決心をされていました。

珠洲市の半分の家は全壊だと聞いています。

 

今日から、うちの職員も他の団体と一緒に

ボランティアに入ることになりました。

まずは穴水町など、

奥能登と比較してまだ被害が少ない地域からです。

 

2021年9月3日の旅は、土砂降りの中、

山を越えて能登半島西側の海岸へ向かい、

その途中、朝一で輪島市門前町の阿岸本誓寺を訪れました。

 

車を下りる頃には雨もピタッと止み、

まだ空は薄暗かったけれど、雨の心配はなくなりました。

 

 

茅葺きの本堂が印象的なお寺で、

前の地震の時には大きな被害を受けました。

 

 

こちらのお寺はアギシコギクザクラが有名で、

約3.5cmの花弁を一輪に170~200枚つけ、

4月中旬以降、お花を楽しむことができます。

 

 

前回紹介しましたが、開門の8:00には總持寺祖院へ。

 

 

その後、山中の男女滝を見てから海岸へ向かい、

NHKの朝ドラ「まれ」の舞台となった「間垣の里」へ。

 

 

この辺りの地区は今回の地震の際、道路が寸断され、

長い間、孤立していた集落です。

 

 

間垣は、高さ約5mの苦竹や真竹を割ったものを

隙間なく並べた垣根のことで、

冬は日本海から吹きつける季節風から家屋を守り、

夏は暑い西日をさえぎるなどの効果があります。

 

 

 

そして、少し山の方へ入って桶滝を見に行きました。

 

 

ここまでは計画していましたが、地図を眺めていたら、

まだ行ったことがなかった鴨ヶ浦に

「猫地獄」というものがあるということで、

約12.5km続く、断崖絶壁の西保海岸を走って向かいました。

 

 

 

左の岩が千畳敷岩、右がゾウゾウ鼻といわれる岩。

 

 

 

道路は狭いのですが、バスも通っています。

 

 

ところが、今回の地震で崖崩れなどにより道路が寸断。

こちらの地域のみなさんも孤立してしまいました。

 

 

 

そして、初めての鴨ヶ浦に到着。

 

 

東西400m、南北150mにわたる

海蝕作用でできた白っぽい岩礁が広がっています。

 

 

 

「猫地獄」という名前の由来にはいくつかあり、

1つは、岩場に猫がひっかいたような傷跡がたくさんあることから、

昔は大量に猫が発生していたのではないか・・・。

 

 

もう1つは、輪島出身の職員に聞くと、

あの棒が立っている所が「猫地獄」で、

かなりの絶壁で、猫も降りることを怖がるということから・・・。

今は子どもたちが、あそこから海に飛び込んで遊んでいるそうです。

 

 

 

そして、海水が自然に流出入するしくみとなっている、

自然の岩礁を活かした天然の海水プールがあり、

全国的にも珍しく、文化財にも指定されています。

 

 

しかし、今回の地震で2.2mも地盤が隆起してしまい、

プールの位置も高くなって海水が入らなくなり、

干上がってしまったそうです。

 

 

輪島と言えば漁業も重要な産業ですが、

海岸沿いの港もこの隆起によって港の機能を失い、

漁に出られない事態となっています。

 

この後、中華のランチが食べたくて、

ナビを頼りに走っていると、

その店は輪島の朝市通りにある店だったようで、

駐車場もなかったので、諦めて道の駅で食べたのですが、

その朝市通りの店も地震で全焼しています。

 

その後、門前町の山中に戻って滝神社と桜滝を見て、

帰りは能登半島の西海岸沿いの道を走りました。

ここにはトトロに見える権現岩があります。

 

 

 

 

悲しいことに、今回の地震で左耳がなくなってしまいました。

 

 

地震の爪痕は無数にあって、

きれいな景色が戻るにはどれくらいかかるのかなあ・・・

2024年1月1日、16:10に能登半島を襲った大地震で、

輪島市と珠洲市は壊滅的な被害を受け、

まるで戦火の跡の焼け野原のようだ・・・と

朝市のおばあちゃんが語り、呆然と佇んでいました。

 

同じビルで働く一番仲良しのお姉さんは、

輪島市門前町の出身。

実家には誰も住んでいませんが、

時々帰っては庭の手入れや、家のお掃除をしていました。

 

2007年の能登半島沖地震では、家が少し傾くも、

何とか半壊で済みましたが、

今回の地震では目の前の總持寺祖院も大きな被害を受け、

ますます心配になったのですが、まだ道路が寸断されて、

見に行くことすらできていませんでした。

 

しかし、今朝、お姉さんからのメールに、

区長さんから電話があり、赤紙が貼られたと・・・。

やっぱりか・・・と本人も覚悟はできていたようですが、

思い出がいっぱい詰まった実家、

今後どうすればよいかもわからない状態だそうです。

 

その門前町の總持寺祖院をはじめ、

滝めぐりや輪島の海岸をドライブしたのは2021/9/3。

まだ2年あまりしか経っておらず、

記憶も鮮明に残っているのに・・・。

 

この年、總持寺祖院は開創700年を迎え、

それに間に合わせるように前回の地震の修繕も完了。

この年はたくさんの信者や観光客が訪れていたので、

私たちも8:00の開門時間に合わせて行きました。

 

受付の方に「お早いですね」と言われ一番乗り。

結局、約1時間、兄と二人っきりでのんびり散策しました。

こちらが参道の入口の門。

 

 

今回の地震では灯籠が倒れて粉々になってしまいました。

 

 

そして、参道を進むと右手に見えてくるのが芳春院。

前田利家の正室まつの菩提寺です。

 

 

完全に倒壊してしまいました。

 

 

2007年の地震で大きな被害を受けた山門は、

修復にもかなり時間がかかっていました。

こちらの被害は不明です。

 

 

七堂伽藍のお寺ですから、

建物と建物が廻廊で結ばれています。

こちらは山門から続く廻廊です。

 

 

回路が無残に倒壊してしまいました。

 

 

こちらは昨日1/17にHPで公開された内部の写真です。

 

 

元の美しい姿をまた見せてほしい。

 

 

地下を揺らしている大きなエネルギーが、

早く沈静化して、安心して暮らせるようにして下さい!

とただただ願うだけです。

 

 

この日はその後、山中にある3つの滝めぐりをしました。

まずは男女滝(なめたき)。

 

 

 

 

地元の方でも知らないという桜滝。

あまり水量はないのですが、大きな滝でした。

 

 

 

 

こちらは形が珍しい桶滝、水量も豊富でした。

 

 

 

 

 

これらの滝がどうなったかはわかりません。

自然も美しいけれど、

やっぱり能登は人がいいんですよ。

 

「能登はやさしや土までも」

 

私が仲良くなる人は、なぜか能登出身の人ばかり。

みなさん優しいし、温かいし、にこやかで明るい。

会えば、みんな好きになります!!

 

地震が落ち着くのはいつかわからないけど、

復興したら、またぜひ遊びにいらして下さいね。

 

(つづく)

2023年12月23日(土)は、

2023年10月28日(土)の日吉大社参拝からの帰りに

堅田駅近くで久しぶりの再会を果たした親友が、

約束どおり金沢へ遊びに来てくれる日でした。

 

ところが、北陸地方は前日から大雪で、

特に能登地方の積雪が多く、孤立した地域もありました。

また、会社がある海の近くはせいぜい30cmくらいでしたが、

山沿いにある私の家は50~60cmほど積もっていました。

前日は運休になった電車も多かったと思います。

 

お友達は6:00前には家を出て京都駅に向かい、

6:59京都発の特急サンダーバード1号に乗車して、

9:13に金沢に到着予定でした。

 

ただ、電車が動くのか心配でしたし、

私が金沢駅に向かうバスもちゃんと来るのか心配で、

余裕を持って早いバスに乗ったので、

8:40頃には金沢駅に着いてしまいました。

 

その後は友達とLINEでずっと状況確認をしていました。

途中、電車が徐行運転になったり、

踏切近くで停車して、運転士が外に確認に行ったりと、

いろんなことがあって、徐々に到着時間が遅れて行きました。

 

結局、電車は無事に9:50に金沢に到着しましたが、

当初の予定より約40分ほど遅れていました。

 

当初の予定では、9:13到着後、

9:25の路線バスに乗って「ひがし茶屋街」に行く予定でした。

長い間、京都に住んでいたのになぜ?

と思いましたが、彼女の行きたい場所リストに入っていました。

 

ところが、9:50に到着となったので、

ちょうど「ひがし茶屋街」で費やす予定だった時間分だけ遅れ、

仕方なく「ひがし茶屋街」はパスして、

金沢駅からまず「石川県立図書館」に行くことにしました。

 

ちょうど10:02に「石川県立図書館」行きのバスがあったので、

「頑張ってちょっと早めに出てきてね!」

とメッセージを送りました。

東口6番のりばは、東口の目の前なので余裕はありました。

 

ということで、電車は9:50に到着し、

お友達も早々に改札を抜けて来てくれて、

約2ヶ月ぶりの再会となりました。

バスの時間にも十分間に合ったのですが・・・。

 

こんなこともあろうかと、

先に「金沢市内1日フリー乗車券」を購入しておきました。

昔は500円だったのですが、とても値上がりしました。

その代わりに、乗れるバスの種類も増えましたし、

この乗車券で乗れる範囲も広がりました。

 

いま、市内中心部は210円なので、

4回乗れば元は取れます。

石川県立図書館までは260円なので、お得になります。

 

当初の予定では6回乗るつもりだったのですが、

結局はギリギリ4回しか乗れませんでした。

ちなみに、下のような乗車券ではなくて、

スマホアプリでも購入できます。

 

 

お友達と合流して6番のりばでバスを待っていましたが、

待てど暮らせどバスが来る気配はありませんでした。

やはり大雪の影響で、バスのダイヤも乱れているようでした。

 

それならタクシーで行こうかと、タクシーのりばに移動すると、

10人ほどの列ができていて、タクシーの到着を待っている状態。

 

こちらも時間がかかりそうだなあ・・・と思っていると、

6番のりばにバスが入って来るのが見えて、

「石川県立図書館」行きだったのですぐに乗り込みました。

当初の予定より20分あまり遅れていました。

 

それでも、バス停等で待っている間やバスの中でも、

いろいろとお話ができたのでよかったです。

そして、11:00頃に図書館に到着し、

一応、帰りのバス時刻は確認したものの、

時刻表はあってないようなもの・・・。

 

いつものように4階→1階と見学した後、

図書館内のカフェでコーヒーを飲みながらおしゃべり。

お友達も、今回の旅は私とおしゃべりするのが目的だから・・・

と言ってくれて嬉しかったです。

 

約1時間ほどおしゃべりした後、

本来なら12:15に図書館発のバスがあるはずなのですが、

やはりいつ到着するかわからなかったので、

大通りまで出て、別の場所から来るバスにも乗れるようにと、

次のバス停を目指して歩いたのですが、

次のバス停の遠いこと!

 

歩道にはたくさんの雪があり、

私たちはこういう道も歩き慣れていますが、

お友達も意外に上手に歩いていて感心しました。

 

そのうち、図書館から出発したと思われるバスにも追い越され、

仕方なくようやく到着した次のバス停で10分ほど待って、

次に来たバスに乗車して金沢駅に戻りました。

 

ランチは13:00に駅前の居酒屋を予約していました。

12:45くらいに着いてしまったのですが、

どうやらキャンセルがたくさん出たようで、

お店はガラガラ状態で、すぐに入ることができました。

 

お友達は折角金沢に来たのだからと、

新鮮なお造りや加賀料理のセットを注文。

 

 

私は食事制限中なので単品で注文。

白エビのかき揚げ、揚げだし豆腐、加賀治部煮、メギス揚げ。

1時間かけてゆっくりおしゃべりしながらいただきました。

 

 

午後と言っても、彼女の帰りの電車は16:29。

お土産も見たいと言うし、あまり時間に余裕がありません。

 

当初の予定では、「ひがし茶屋街」以外では、

尾山神社→鼠多門→玉泉院丸庭園と、

比較的新しい観光地が見たいということでしたが、

時間のことを考えて、

距離的に近い「ひがし茶屋街」へ行くことにしました。

 

金沢駅から「城下まち金沢周遊バス(右回り)」に乗って、

15分ほどで橋場町(ひがし・主計町茶屋街)に到着。

メインの通りから宇多須神社までさっと回っておしまい。

 

雑貨やおみやげ探しで少しお店は覗いたものの、

お土産はすべて金沢駅で買うことにして、

トンボ帰りで金沢駅に戻りました。

 

あとは、1人で好きな所を見たいということだったので、

16:00頃に金沢駅でお別れしました。

 

食事以外、旅の写真は1枚も撮っていなくて、

とにかく大雪の中で会えたことがラッキーで、

今度はよい季節の時に来てね~と再会を約束しました。