2026年6月16日(火)、能登町の旅の続きです。

 

40分間の九十九湾遊覧を終えて、

イカの駅つくモールに戻ると、

再びレストランへ向かいました。

 

先ほどの団体さんはもう出発され、

レストランは通常営業に戻っていました。

 

すでに空腹は出港直前に食べた

ソフトクリームである程度満たされていたので、

ここでは軽い食事をすることに・・・。

 

私は天ぷらうどん(¥1,000)を注文。

天ぷらは揚げたて、よい塩加減でしたが、

見てわかるとおり、量がとても少なくて残念。

 

 

エビの天ぷらは甘エビサイズが2尾。

イカの天ぷらは、イカリングとゲソが1切れずつ。

うどんは、小丼の3分の1くらいしか入っておらず、

空腹なら、2~3人前は食べられそう・・・。

 

同行職員さんはイカカレー(¥1,200)を注文。

こちらも何だか物足りない感じですよね。

ぜひ、今後の改善に期待したいところです。

 

 

これでお仕事&観光の予定も終了し、

あとは金沢へ向けて帰るだけ。

 

 

帰りも珠洲道路は通らず、

穴水町までずっと

海岸沿いの狭い道を通って行きました。

 

どこがどこだかわかりませんが、

車窓からの風景です。

 

 

 

 

 

宇出津(うしつ)港まで戻ってきました。

車が駐車している広場が「いやさか広場」で、

7/4~5に行われた「あばれ祭り」の会場でもあります。

 

 

 

 

地図にも載っていますが、

こちらの交差点角、ガラス張りの覆いの中には

「世界一の縄文土器」があるそうで・・・。

 

 

一瞬のうちに通り過ぎたので、

夜のライトアップされた写真を拝借しました。

延べ1700人の町民が参加し、高さ4.5mの

世界一大きい縄文土器が製作されたそうです。

 

 

 

 

三波簡易郵便局まで戻ってきました。

 

 

 

対向車、来ないでね・・・と祈りながら走る。

 

 

 

 

 

 

 

寄り道パーキング鹿波(かなみ)に立ち寄りました。

 

 

望遠で対岸の能登島ガラス美術館も見えました。

 

 

 

穴水マリーナ

 

 

 

 

七尾湾(特に穴水町)のシンボルかな?

「ボラ待ちやぐら」にも立ち寄りました。

 

 

櫓(やぐら)の上で終日ボラを見張り、

群れが網に入った瞬間に網を引き上げる伝統漁法で、

かつては湾内に40基以上ありましたが、

現在は観光用のモニュメントとして残されています。

 

 

この後、穴水インターからのと里山海道に乗り、

10分ほど走ったところで、

5/20に営業を再開したばかりの

別所岳サービスエリアに立ち寄りました。

 

とりあえず、トイレを済ませて、

売店の建物に近づいて行きましたが、

日除けのカーテンが閉まっていたからか、

何だか営業していない雰囲気でした。

 

でも、張り紙には17:00まで営業と書いてあり、

中を覗き込むとレジに男の人が立っていたので、

ようやく営業中とわかりました。

 

傍らのベンチに座っていたのは、

観光客ではなく、店長さんでした。

まだ営業再開したことを

知らない人も多いのかもしれません。

 

平日の15:00すぎという時間帯が、

特に暇だったのかもしれませんね。

 

能登空港売店よりは品数も多かったので、

いくつかお土産を購入してきました。

 

その後は、渋滞に巻き込まれることもなく、

16:30頃に帰宅しました。

平日にお出かけするのもよいものですね!

 

(おわり)

2026年6月16日(火)、能登町の旅の続きです。

イカす丸での九十九湾遊覧の後半。

 

 

 

はっきり言って、海上に出ると、

いまどの辺りを航行しているのか不明でした。

陸地が見えなくなったということは、

こちら側は湾の外ということかな。

 

 

船は折り返して、再び九十九湾の中へ。

 

 

 

これは何だろう?

 

 

 

 

人が住む家の他に船の家も見えますね。

 

 

 

こちら側は海沿いを歩けるようになっているみたい。

 

 

 

金沢大学理工学域能登海洋水産センター

 

 

クルーズ終盤、船を停止させて、

船員さんがサバの切り身などの餌を海に撒きました。

 

 

すると、海底から一瞬のうちに

たくさんの小魚が現れてビックリしました。

この子たちはスズメダイだそうです。

 

 

後ろにいた黒っぽい少し大きな魚はクロダイとのこと。

この子は本当にクロダイ?

 

 

直後に、少し離れた所で、

ポチャンと大きな魚が跳ねました。

写真は間に合わなかったのですが、

ボラだそうです。

 

 

こういう小魚を狙っているのがこの子たちかな。

 

 

遊歩道を歩いている人は見かけませんでしたが、

アオサギのご夫婦かな、くつろいでいました。

水がきれいなので、お魚も見つけやすいですね。

 

 

ちなみに、この遊歩道は、

「のと海洋ふれあいセンター」の駐車場から

アクセスできるそうですよ。

写真は拝借しました。

 

 

 

 

 

 

そして、再び船が停まり、

「蓬莱島の撮影スポットです」と案内がありました。

 

 

湾の中央にある蓬莱島は、

鬱蒼としたスダジイに覆われ、松や桂樹が繁茂し、

あたかも蓬莱の画図を見るようであるということで、

この名が付いています。

 

 

島の頂上には祠があるそうで、

古くから信仰の対象となっていた島です。

 

 

この海は透明度がとても高く、

普通なら雨が降った後は数日は濁りますが、

九十九湾界隈は潮通しが良いためか、

翌日には戻っていることも珍しくないのだとか。

 

 

高い所に見えて来た建物は百楽荘。

1934年(昭和9年)の創業。

 

 

40分間ののんびりしたクルーズもおしまい。

イカの駅つくモールも見えて来ました。

 

 

海上から見たイカキング。

こっちを見ている気がする・・・。

 

 

イカの駅つくモールに発着する

遊覧船「イカす丸」は、4月~10月までの間、

毎日1時間に一本(10:00〜16:00)運行しています。

 

いかがでしたか?

天気の良い日のクルーズは、

空・海・常緑樹の青~深緑~緑のコントラストと、

透明度の高い海水がとてもきれいです。

ただ、絶景というほどのものはありません。

運よく立山連峰が見えたら、絶景なのですが・・・。

 

(つづく)

2026年6月16日(火)、能登町の旅の続きです。

 

11:20頃、イカの駅つくモールに到着し、

12:00出航の観光船に乗る予定だったので、

その前にランチを食べようとレストランへ向かうと、

団体貸し切りになっていて利用できませんでした。

 

駐車場に大型バスが停まっていたので、

その団体さんが11:00発の観光船に乗っていて、

11:40に戻って来た後、ここで食事をするのだと

容易に想像できました。

 

仕方がないので、店内の商品を見て回り、

その後、空腹を満たすため、

ソフトクリームを食べることにしました。

 

 

私たち、冒険心がないので、

ごくごく普通のミルクソフトを食べました。

 

そして、券売機で12:00出航の乗船券を購入。

おとな 一人 1,500円でした。

 

 

12:00直前に「イカす丸」に乗船。

いよいよ40分間の九十九(つくも)湾遊覧です。

 

 

九十九湾は、

大小の入り江からなるリアス式海岸で、

日本百景の一つに数えられています。

 

東西1km、南北1.5kmの小さな湾ですが、

海岸線は13kmに及び、屈折が多く、

入り江が九十九を数えることから

「九十九湾」の名があります。

 

こちらが船内に貼ってあった運航マップ。

九十九湾を時計と反対回りで航行するようです。

 

 

11:00の船は団体さんでいっぱいだったと思いますが、

12:00の船には船員2人、私たち2人、

あとは大きなカメラを持った男性1人、

家族連れの人が3人だったかな・・・。

 

私はずっと船の進行方向右側に陣取って、

写真を撮っていましたが、腕がないので、

あまりよい写真はありませんが、

写真で九十九湾遊覧をお楽しみください。

 

 

 

金沢大学環日本海域環境研究センター臨海実験施設

 

 

 

 

 

 

 

 

浅瀬になったところでしばらく停船。

 

 

天然の水族館のような透明度抜群の海。

海底まで透き通るような美しい

エメラルドグリーンの海が広がっています。

 

 

船の下から水中が覗けますよということで、

下へ移動してみたのですが、窓がクリアではなく、

これは船上から見た方がよいとすぐに戻りました。

写真は拝借しました。

 

 

 

 

遊覧中は、船内にテープの音声で案内してくれますが、

この辺りに来ると、船員さんが隣にやって来て、

かつては、この辺りの石を切り出して、

住宅の柱の礎石にしていたんですよと教えてくれました。

 

 

四角く切り出した跡がはっきりわかりますね。

これは凝灰岩の一種である「小木石」で、

加工が容易で、火に強く、断熱性にも優れていたため、

建物の土台(礎石)や蔵の壁のほか、

かまどなどにも広く利用されていました。

 

 

 

こちらは地震の爪痕でしょうかね。

 

 

 

小木港辺りでしょうか?

 

 

 

 

イカ釣り漁船には、夜間に海面を明るく照らすための

大量の集魚灯がついています。

 

 

海岸におしゃれな石段?ベンチ?

 

 

こちらのおしゃれな豪邸に合わせて造られたのかな?

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

2026年6月16日(火)、能登町の旅の続きです。

 

七見から海岸に出て、

能登町の中心地である宇出津(うしつ)まで、

ずっと海岸沿いを走って行きました。

 

 

 

 

 

途中、左手に見えて来たのは三波簡易郵便局。

 

 

昭和16年に三波郵便局として設置されました。

 

 

三波簡易郵便局が「レトロ郵便局」の

聖地的な存在となったのは、

平成19年の郵政民営化直後の

CMやポスターで描かれたこと。

 

さらに平成21年3月2日発行の特殊切手

「ふるさと心の風景 第4集」には、

1枚の切手、シートの余白部分にも

三波簡易郵便局が描かれています。

探したら、我が家にもまだ残っていました。

 

 

 

能登町の石碑が見えて来ました。

 

 

右手前方に商業施設などが見えて来て、

あの辺りが宇出津の町になります。

 

 

私たちの目的地は、能登町役場。

 

 

 

 

公立宇出津総合病院

 

 

10:30頃に能登町役場に到着。

 

 

今回、写真展をさせていただいたのは、

役場併設の能登町観光・地域交流センター

「コンセールのと」1階のロビーでした。

 

 

館内には図書館や公民館、食堂などがあり、

町民の憩いの場となっています。

観光情報を提供している

「能登観光情報ステーションたびスタ」

もあるそうです。

 

こぢんまりとした写真展なので、

ここを訪れたみなさんが、ロビーで一服しながら、

気楽に写真を見ていただけたのではないかな・・・。

 

このロビーの後ろには、

「鉄道緑地広場」がありました。

 

 

2005年に廃線になったのと鉄道

「宇出津駅」跡地につくられたものだそうです。

 

写真展の撤収作業が終わり、

私たちの仕事もここで無事に終了。

この後は、九十九湾観光に出かけます。

 

 

宇出津から東へ走ります。

 

 

 

 

興味がなかったので立ち寄りませんでしたが、

能登町と言えば、真脇遺跡も有名です。

 

 

縄文時代の約4,000年間、

人々が住み続けて繁栄した集落遺跡です。

全国でもまれにみる長期定住型遺跡で、

国指定史跡になっています。

 

 

 

 

 

宇出津から9kmあまり、

15分ほどで「イカの駅つくモール」に到着。

 

 

すぐに「イカキング」が目に飛び込んで来ました。

 

 

全長13mの巨大イカモニュメント「イカキング」は、

総工費約2,700万円(うち約2,500万円)に

コロナ対策の「地方創生臨時交付金」が

充てられたことが、当時、

「税金の無駄遣い」と批判され炎上しました。

 

 

ところが、海外メディアにも取り上げられたことで

知名度が急上昇し、

結果として約6億円の経済効果と

18億円の宣伝効果をもたらしたことで

大きな話題となりました。

 

 

口の中に入ることができ、

モニュメント(イカ)に食べられる疑似体験ができ、

イカの腕に巻き付かれて捕まる体験もでき、

SNS映えする面白い写真を撮る人が多いのだとか。

 

 

能登小木港は「日本三大イカ釣り漁港」で、

特産のスルメイカをリアルに再現したのがイカキング。

 

 

2024年元旦の地震でも被害はほとんどなく、

この時も駐車場に大型観光バス2台が駐車していて、

正直、リアルな人気に驚きました。

 

(つづく)

2026年6月16日(火)は、

半分お仕事、半分観光で、

能登町(のとちょう)へ行って来ました。

 

能登町は、どの辺りか下の地図でご確認ください。

 

 

石川県能登町は、2005年3月1日に、

鳳至郡能都町(のとまち)・柳田村と、

珠洲郡内浦町の1町1村1町が合併して

誕生しました。

 

これまでお友達や兄と一緒に

能登半島の観光地や穴場などを

あちこち訪ねて来ましたが、

ここ能登町の辺りだけ行ったことがなく、

今回は写真展の撤収のお手伝いに

同行させていただくことになりました。

 

朝7:30に自宅を出発しましたが、

いきなり山側外環状線は大渋滞。

のと里山海道に入るまでに、

30分ほど余計に

時間がかかってしまいました。

 

 

能登へ向かうのは、2025年3月1日以来、

約1年3ヶ月ぶりでした。

 

当時は、のと里山海道の道路も、

路面が凸凹で、上下動が激しかったり、

仮設道路や迂回道路も多かったりと、

走ることはできますが、

スピードは出せない、

夜間走行は避けたいような状況でした。

 

 

現在は、上棚矢駄(うわだなやだ)まで、

4車線化工事が終わっていて、

今は徳田大津までの区間の工事中です。

 

すでに工事が終わった区間は、

とてもきれいな道路になっていて、

中央分離帯も新たにつくられていました。

 

 

以前と比較したくて撮った場所がこちら。

まずは2025年3月に撮った写真。

 

 

今回撮った写真がこちら。

注意の看板がなくなったくらいで、

ほとんど変わっていませんでした。

 

 

私たちが最初に立ち寄ったのは、

穴水の「のと里山空港」でした。

 

 

この空港、

2026年7月7日~2029年9月30日まで、

「のと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港」として 

リニューアルオープンします。

 

 

今回、ちょっと準備の様子が

見られるかと楽しみにしていたのですが、

全く以前のままの空港でした。

 

但し、到着したのが9:30すぎで、

10:30に羽田行きのフライトがあったので、

過去に何度も訪れていますが、

初めてロビーでの荷物検査など、

空港らしい様子を見ることができました。

 

1階のトイレに入ると、

以前は台湾行きのチャーター便があったためか、

中国語の注意書きもあったのですが、

その文言がこれまで見てきた

トイレの注意書きで一番丁寧だったので、

思わず写真を撮ってしまいました。

 

 

親愛なる女性のみなさん

使用済みのトイレットペーパーは便器に捨て、

生理用ナプキンは別に包んで

ゴミ箱に捨ててください。

ご協力、ありがとうございました。

 

空港に寄ったのは他にも目的があり、

いつもここへ来ると、2階の売店に寄って、

朝市せんべいを買っていたので、

今回も買うのを楽しみにしていたのですが、

売店に着いてビックリ。

 

空っぽの棚が目立ち、一目で

品数がかなり少ないことがわかりました。

お目当ての朝市せんべいもなくて、

レジの方に尋ねてみると、

震災前まではあったとのことでした。

 

仕方がないので、石川県の

「未来に残したい能登の一品」

に認定されている

横井商店の米飴を買ってきました。

 

その後は、能登町に向かって走りました。

通常は「珠洲道路」を経由して行くところ、

私が初めての訪問ということで、

「春蘭の里」経由で海岸へ向かいました。

 

 

恥ずかしながら、

これまで「春蘭の里」については全く知らず、

名前から植物園でもあるのかと思っていました。

 

春蘭の里は、能登町にある

約50軒ほどの農家民宿群のことです。

 

 

自然豊かな農村に溶け込んで、

稲作をはじめ、山菜採り・キノコ採り・

川遊び・薪割り・釜を使った炊飯・

五右衛門風呂だき・水車を利用した精米など、

普段できない「生活」が体験できます。

 

自分で「採って・作って・食べる」、

農村体験を通じて自然の恵みの

ありがたさが感じられるということで、

修学旅行などで多く利用されているようです。

 

春蘭の里は、景観形成重点地区の

第一号に認定され、

今もその美しい景観が保たれています。

写真は拝借しました。

 

 

私たちが通ってきた道からは、

農家民宿群といった風景は見られず、

家屋が点々としていて、人が全くいなくて、

寂しい過疎の村のような雰囲気でした。

 

 

 

こんな売店もありました。

 

 

 

七見という所で海岸に出ました。

 

 

この後は、海岸線を走ります。

 

(つづく)

2026年5月21日(木)は、大学病院の受診日で、

9:00予約の皮膚科の後、

9:15に次の心臓血管外科の受付に行きました。

 

受付が済んで待合廊下に向かうところで、

主治医にバッタリ出会ってご挨拶。

9:30の予約でしたが、

イスに座ってまもなく、1番で呼ばれました。

 

いつものように近況報告からでしたが、

血圧はとても安定していて、

上は100~110台、下は60台くらいです。

 

古傷の痛みは、天気予報みたいなもので、

私の場合、雨の日の当日よりも、

天気が崩れる前日などに出ることが多いかな。

 

でも、1~2月の古傷の痛みとはまた違い、

普段は肋骨の最下部が鋭く痛みます。

ただ、痛みは意外と短時間で消えることも多く、

少し長引くときだけロキソニンを飲みます。

 

この日の事前検査はなく、

2日前に代謝内科オーダーの採血と一緒に、

心外科の主治医から2種類のオーダーがあり、

この日は計5本の採血をしました。

 

2種類のうち、1種類は私からのオーダーで、

昔、亜急性甲状腺炎を発症したことと、

健診で「甲状腺がちょっと腫れているかなあ」

と言われることも多いので、

念のため、年に1回は調べていただいています。

こちらは全て正常値でした。

 

もう1種類は、NT-proBNP。

心臓に負担がかかった際に、

血液中に分泌されるホルモンの一種で、

「かくれ心不全リスク」や、

心臓病の重症度を測るための重要な指標。

心不全の早期発見にも繋がります。

 

今回の私の値は20でした。

55pg/mL未満は、

心不全の可能性は極めて低く正常範囲です。

 

確か、障害年金の更新の際に提出する診断書の中にも、

この値を書く欄があったと思います。

 

とりあえず、心臓はまだ元気のようで、

よかったです。

 

この日は、それ以外に特に大きな悩み事もなく、

相談したのは、ここ半年ほど、

また肝機能の値が基準値を

オーバーするようになったので、

ちょっと気になって聞いてみましたが、

オーバーと言っても、先生からすると、

全く問題ない範囲だそうで、

気にすることはないということでした。

 

実は数年前までも、

このような状態が長く続いていましたが、

代謝内科にかかるようになり、

タンパク質だらけの食事に変えた直後、

肝機能はすべて基準値内に戻り、

ここ数年は正常値を維持していました。

 

ここのところ、当時よりも、

タンパク質の食事をきちんと摂らなくなったのが

原因かもしれません。

 

ネットで調べると、肝臓の回復には、

肉・魚・卵などの「動物性タンパク質」が最も効果的。

これらは肝細胞を修復する

最良の建築材料となります。

ただし、一度に吸収できる量は限られているため、

1食20g程度を目安に、

こまめに摂ることが重要とのこと。

 

やっぱり、真面目に取り組まないとダメですね。

最後に、薬の処方をしていただいたのですが、

6月は以前、梅雨前線の影響か、

古傷がひどく痛んだことがあったので、

念のため、ロキソニンを処方して下さいました。

 

次回は、CT検査があります。

2011年6月10日(金)の18:00すぎ、

帰宅途中のバスの中で大動脈解離を発症。

 

今まで経験したことがない種類の痛みに、

これは何かがおかしいと感じ、

次の次の繁華街・香林坊のバス停で下車。

目の前のデパートに入り、

ドアから一番近くにいた店員に救急車を要請。

私はその場で座り込みました。

 

デパートの方々に、

担架で店の奥へ運んでいただき、

意外と早くに救急車が到着。

 

マルファン症候群であること、

ひどい背部痛があることだけ伝えると、

すぐに大学病院に連絡を取って下さり、

病院側からもすぐに受入OKが出て、

病院が近かったこともあり、

発症から15分ほどで大学病院に到着。

 

そこからは、医療ドラマでよく見る場面、

ストレッチャーから診察台に移り、

洋服をハサミで切り裂いて、

腕に血圧計、胸に心電図を装着。

 

マルファンで背部痛となると、

ほとんど大動脈解離に間違いありません。

すぐに、診察台に寝たまま、

CTの造影剤使用の同意書にサインし、

その後、CT撮影したところ、

「急逝大動脈解離 Stanford B」と診断され、

緊急手術は必要ありませんが、

ICUで絶対安静が必要ですとのことでした。

 

その後、首の動脈から、

各種点滴の管を挿入するため、

局所麻酔だと思いますが、

首に注射をされて、意識がなくなりました。

 

気付いた時には、ICUのベッドの上で、

母と兄も病院に来ていました。

 

あれから15年経ちましたが、

当時のことはよく覚えています。

 

2週間のICU生活の後半は点滴もなくなり、

ただ安静で寝ているだけで暇で暇で・・・。

 

その後、一般病棟でも2週間、

安静にしていましたが、点滴もないし、

「あの子はなんの病気で入院しているの?」と

思われていたかもしれませんね。

 

4週間後に退院、自宅療養をして、

8月のお盆すぎに職場復帰。

 

2011年11月 

胸部大動脈瘤に対して、

ステントグラフト挿入術を施行。

 

初診時(救急搬送時)に厚生年金に加入していて、

その後、胸部大動脈解離のため、

人工血管またはステントグラフトを挿入し、

労働や日常生活に制限がある場合は、

障害厚生年金3級に認定される可能性が高いので、

手続きされるとよいかと思います。

 

私も当時は知らなかったので、

申請手続きをすると同時に、

5年間遡って障害年金を請求しました。

 

腹部大動脈のみの解離は、

対象外となるケースが多いとのことです。

 

2020年10月

胸腹部大動脈解離の治療のため、

人工血管置換術を施行。

 

手術時間12時間、麻酔14時間。

輸血は、赤血球が400ml×14袋 、

血小板も200ml×4袋分しています。

 

脇を50cm切開、肋骨6本切離、

横隔膜を切開、片方の肺を折り畳み、

邪魔な臓器を寄せたと聞いています。

 

おかげで、6年近く経った今でも、

天気が崩れる前や、低気圧になった時には、

古傷の痛みが続いています。

 

この痛みがあるから、

いつまでもずっと、手術のことや、

4ヶ月の入院生活のことは忘れませんね。

 

そして、大動脈基部も大きくなっているので、

こちらの手術がいつ頃になるのか、

気になるところです。

2026年5月21日(木)は、

2日前の代謝内科に引き続き、

皮膚科と心臓血管外科を受診しました。

事前の検査はなく、

まずは9:00予約の皮膚科から。

 

皮膚科も今回から

新しい女性の先生になる予定でしたが、

8:00に再来機から出てきた受付票を見ると、

以前、主治医だった男性の先生の名前が書いてあり、

この先生は、あまり親しく話した記憶がなくて、

この先生か~とちょっとがっかりしました(笑)。

 

8:30に皮膚科で受付をすると、

部屋番号が3番→1番に変更になりますと言われ、

その部屋の前に行くと、

懐かしい男の先生の名前が出ていました。

 

もともと皮膚科にお世話になったきっかけは、

2011年11月に行った胸部大動脈瘤に対する

ステントグラフト内挿術後に点滴投与された

抗生剤が原因でひどい薬疹が出たことでした。

 

2週間ほどで汚い薬疹は消えましたが、

なぜか痒みだけが残ってしまい、

特に毎晩、寝ようと布団に入ると、

背中や太股など、あちこちが痒くなり、

毎晩、寝る前に、看護師さんに背中などに

マイザーを擦り込んでもらうのが日課でした。

 

退院後も、しばらくは同様な感じでしたが、

その後、痒みは徐々に治まってきた代わりに、

今度は体のあちこちに紅斑が出るようになり、

皮膚科の先生と相談しながら、

これまでいろんな抗ヒスタミン剤を試して来ました。

 

今回、久しぶりに診ていただくことになった先生は、

皮膚科では2番目の主治医で、

最初はベテランの男性の先生でしたが、

今度は若くて、明るくて、話しやすい先生でした。

 

そして、なかなか薬が効かない中、

当時、比較的新しかった

「第2世代の抗ヒスタミン薬」のザイザルを

処方して下さったのがこの先生でした。

 

1日限度の2錠を飲んだ場合、とても効果があり、

紅斑もほとんど出なくなって喜んでいたら、

だんだん肝機能の数値が悪くなってしまい、

仕方なく1錠に減らすと、

残念ながら、また紅斑が出るようになりましたが、

肝機能は回復しました。

 

そして、10年以上経過した現在も、

ザイザルのジェネリック薬を、

他の抗ヒスタミン薬と併用して服用しています。

 

久しぶりにお会いした先生、

あまり印象は変わっていませんでしたが、

今では助教ですからね~。

でも、話しやすい先生というのは以前と同じで、

今回もいろいろと相談させていただきました。

 

当時から、慢性蕁麻疹を診ていただいて、

先生も覚えているとのことでビックリしました。

 

早速、数日前に出たばかりの

紅斑の写真を見せました。

シミだらけの汚い左腕ですが、

この週の月曜日と火曜日の朝、

同じ場所に同様の紅斑が出ました。

 

 

私の場合、腕や首の下辺りに出る紅斑は、

痒みを伴うことが多く、それで気付くのですが、

膝上などに出るのは痒みがないので、

出ていても全く気付かず、

お風呂に入る時に、あっ、出てる・・・と

気付くことが多いです。

 

それで、先生が長引く慢性蕁麻疹の患者さんに、

いま有効な注射がありますと言って

紹介して下さいました。

 

それが4週間に1度注射するゾレア。

ただ、話を聞いていると、お値段も安くはないので、

4週間を6週間にした患者さんもいるらしく、

また、8週間にした患者さんは再発したとのこと。

 

ということは、薬の効果が持続する間だけ、

アレルギー症状を抑えることができるけど、

完治させるのは難しいのかなあと思いました。

 

また、私の場合、一番活発なのは今の時期。

冷房が本格的に入ると、あまり出なくなりますし、

冬は落ち着いて、たまにしか出ないし、

蕁麻疹なので、出ても1~2時間もすれば消えます。

 

痒い時は、マイザーなどを塗れば、

痒みも抑えることができるので、

そんなに気にするほどではありません。

 

これが、アナフィラキシーのように重篤だったり、

痒くて、仕事にならないとか、

生活に支障が出るようなら考えようかと思います。

 

次回は、女性の先生にはなっていましたが、

人手不足で、当日にならないと、

誰が担当するかわからないそうです。

2026年5月19日(火)は、代謝内科の日でした。

 

いつものように朝早くから多くの患者さんが

玄関前に並んでいました。

今の季節は、涼しい風が通って快適ですが、

冬は寒くて大変なんですよね。

 

7:30に玄関のドアが開き、いつもの待機場所へ。

8:00に再来機で受付をした後、

すぐに血液検査の受付機に移動して受付すると、

この日は№7だったので、待ち時間なしで入室。

 

すぐに呼ばれて、5本採血しました。

代謝内科分が3本、心臓血管外科分が2本。

 

その後、8:30すぎにゆっくり内科の受付に行くと、

いつもの長い行列もなく、すぐに受付できました。

 

夏の甘いジュースの飲み過ぎで高血糖になり、

2023年11月に代謝内科を受診してから2年半。

 

これまでは、主治医の教授の指導により、

タンパク質中心の食事に変え、

ジャヌビアという薬を服用してきました。

 

この4月から、教授は他の曜日になり、

受付の方に確認したところ、

後任の助教の先生に教授からお手紙も届いていますし、

一度、新しい先生の受診をしてみて、

不都合があれば、相談されるとよいですよと言われ、

新しい先生はどんな先生なのか、

ちょっとドキドキしながら待ちました。

 

教授の時は、早くても9:30以降の出勤で、

9:30の予約でも10:00を過ぎるのが普通でしたが、

新しい主治医は、9:00から診察を始め、

私は予約どおりの9:30に呼ばれました。

 

最初に「はじめまして」のご挨拶をし、

マルファン患者であることなどを確認。

 

そして、早速、血液検査の結果を

教えていただきましたが、

私の予想どおり、HbA1cの数値は、

前回の6.8から7.1に悪化していました。

 

先生が「何か心当たりはありますか?」と聞くので、

「旅行に行ったり、GWはゴロゴロしたり・・・」と、

適当に理由を話しました。

 

すると、先生は、

「旅行に行ったら、折角なので、

 美味しいものを食べて下さいね。

 ストイックにやりすぎると、

 ストレスになりますから・・・」

と言いました。

 

もともと、私くらいの血糖値だと、

大学病院で診察するレベルではなく、

内部紹介と難病患者ということで、

先生もボランティア的に診て下さっているのでしょう。

 

前任の教授も、とても優しく、

値が悪くなった時も、

「この時期はみんな悪くなりますよ」

「お休みが長かったから食べ過ぎたかな」

などと言って、注意されたことはありません。

 

普通の患者なら、「もっと運動して下さい」とか、

「食べ過ぎないように」とか言われそうですが、

心臓に爆弾を抱えた難病患者で、

運動ができないということも理解されているので、

教授の場合は、筋力アップに重点を置いていました。

 

新しい先生は、前の教授と同じ研究チームなので、

教授が指導されてきた内容に変更はないですし、

今回、少し血糖値が悪くなりましたが、

今はジャヌビアという効き目のやさしいお薬なので、

薬の処方でいかようにでもできますけど、

とりあえず、心当たりもあったので、

次回までこのまま様子を見ることになりました。

 

そして、これまでは火曜日限定でしたが、

新しい先生は木曜日も出ているということで、

教授からも他科と合わせたらとアドバイスがあったらしく、

先生の方から「次回は7月の眼科の日にしましょう」

と言って下さいました。

 

ということで、特に食事や運動について指摘もなく、

恐らく今後も数値を見ながら、

薬の処方をしていくだけかなと思います。

 

患者としては、とても気楽で助かります。

明るくて、話しやすい先生でしたし、

とりあえず、ホッとしました。

2026年6月5日(金)はバス通勤の日。

いつものように朝6:00すぎに家を出て、

地元のバス停に向かい、

しばらくバスが来るのを待っていました。

 

あと5分ほどでバスが来るかなあ・・・という時、

すでに私の横には、

10人ほどが列を作って並んでいました。

 

そこへ、左方向から中年くらいの女性が、

わんちゃんを連れてやって来ました。

 

今まで、この時間に、

わんちゃんを散歩させる方には会ったことがなく、

珍しいなあと思って見ていました。

 

わんちゃんは、若い頃、好きだったポメラニアン。

心の中で可愛いなあ・・・と呟いて見つめていると、

わんちゃんの足取りが遅くなり、

なんと、私の目の前で歩くのを止め、

しかも、お座りしたのでビックリ!!

 

これは何かのご縁。

耳の後ろなどを、しばらく撫で撫でしてあげました。

飼い主さんは「スミマセン」と言っていましたが、

久しぶりに動物と触れあえて、

こちらの方が嬉しかったです。

先日触れ合ったのは、木彫の動物でしたから・・・。

 

もう年配のわんちゃんなのかなあと思って、

年齢を聞いてみると、まだ6歳。

人間の年で言えば40歳だから、

まだまだ元気な年齢。

 

疲れて、たまたま私の前で休んだのではない?

とすれば、やはりこのわんちゃんとは、

通じるものがあったのかなあ・・・と思いました。

 

他の人の前ではなく、

私の前でピタッと止まったのが嬉しかった・・・。

おかけで朝の憂鬱なバス通勤も、

気持ちがほっこりして、バスに乗れました。