2018年11月4日は、千里浜なぎさドライブウェイを走り、

氣多大社を参拝し、見附島まで行きました。

 

見附島の駐車場にあった周辺マップを見ていると、

近くに弘法大師ゆかりのお寺があることがわかり、

どんな所か全くわかりませんでしたが、

とりあえず行ってみることにしました。

 

 

通り道の脇には「愛宕神社の大杉」がありました。

 

 

幹周7m、樹高17m、推定樹齢700年。
「高井の地蔵杉」ともいわれ、地蔵堂と共にあります。

 

 

この後、狭い山道をしばらく走ると目的地に到着。

 

 

こちらは法住寺仁王門。

両脇には憤怒形の見事な金剛力士像が立っています。

平成7年の解体修理の際に、

阿形・吽形両像の胎内から納入品が見つかっています。

 

 

季節外れの桜も見られました。

 

 

仁王門をくぐり左折すると、

鬱蒼とした森の中に朱色の橋。

 

 

きれいな石段を上って行きます。

 

 

こちらが高野山真言宗の寺院・法住寺の本堂。

平安時代前期の弘仁年間(810~824年)、

弘法大師空海によって創建されました。

 

 

その後は奥能登の荘園であった若山荘の

領家日野家の祈願所として庇護され、

寺運が隆盛し境内には七堂伽藍が建ち並び、

周辺には60余坊の堂宇が軒を連ね、

能登半島随一の霊場として名を馳せました。

 

 

江戸時代には前田家の保護を受けていました。

 

 

続いて、道の駅に向かう途中、

「倒(さかさ)スギ」というのもあったので立ち寄りました。

 

 

高照寺の前の水田の一角に立っている独立樹で、

能登の一本杉ともいわれています。

 

 

高さ12m、胸高周り6.8mで、

張り出した枝が、松の老樹のように捻転下垂しています。

台風被害などで樹勢が衰えたため、

幹上部や枝を切るなど大掛かりな治療が行われました。

 

 

これまでご紹介した2本のスギの木や、

山奥の法住寺の最新情報が入って来ません。

地震の被害がひどくなければ・・・と願います。

 

さらに北上して珠洲市役所の前も通過。

 

 

この日の目的地である「道の駅 すずなり」に到着。

買いたい物があったのですが、残念ながらありませんでした。

代わりにモミジの小さな盆栽を購入。

一昨年までは30cmくらいでそんなに生長しなかったのですが、

なぜか去年、猛暑のせいか、一気に50cmくらいに・・・。

 

 

平成22年4月、食べ物と人の交流拠点として、

のと鉄道の旧珠洲駅にリニューアルオープンしました。

店内には珠洲のこだわり商品がたくさん並んでいます。

揚げ浜塩を使ったソフトクリームなど季節毎に変わるご当地ソフトや、

珠洲焼、珪藻土コンロ、いも菓子などの菓子類、珠洲の塩など、

珠洲産にこだわり抜いた商品を扱っていました。

 

 

現在はもちろん休業中で、店の被害状況もわかりませんが、

金沢市などへ避難する際の集合場所などになっているようです。

 

 

この日のランチは名前のとおり海岸沿いに建つ

「ショッピングプラザシーサイド」の中の

食堂「道づれ」で美味しくいただいたのですが・・・。

 

元旦の地震発生時には、

初売りの100人ほどの買い物客で賑わっていたそうです。

従業員の的確な避難誘導により、

全員、数百メートル離れた高台の小学校へ避難でき、

大地震発生10分後には70cmの津波が店内に押し寄せ、

お店は甚大な被害に遭ったものの、

犠牲者は1人もいませんでした。

年2回の避難訓練が役に立ったと話されていました。

 

 

私たちのドライブの続きですが、

この日の午後は同じ道を戻るのもつまらないということで、

人気スポットの千枚田を目指すことにしました。

 

 

さすがに禄剛崎まで行くのは遠いので、

国道249号線を通って北の海岸に向かいました。

 

 

途中にある大谷トンネルも今回の地震で崩落しています。

 

 

また、海岸に出る手前にきれいなループ橋もあるのですが・・・。

(写真は拝借しました)

 

 

今回の地震で大きな被害が出ています。

 

 

海岸沿いの道路も大規模な崖崩れが起こっていました。

山の断崖と海が近くてきれいな所なのですが・・・。

 

 

その後、私たちは道の駅すず塩田村に立ち寄りました。

 

 

 

 

道の駅の裏の海岸

 

 

揚げ浜式製塩が行われる外浦沿岸でも海底が隆起し、

道の駅「すず塩田村」からは、

海岸線が海側に100mほど前進して海底があらわに・・・。

 

 

塩田の砂に海水をまき、日光と地熱で蒸発させて

塩を取り出す揚げ浜式製塩。

能登伝統の塩作りは、近くの海から海水を

汲み上げることから作業が始まりますが、

海が離れ、塩(海水)が遠くなってしまいました。

先人から受け継がれた製塩作業はこれからどうなるのか・・・。

 

最後に白米千枚田を見に行くことにしました。


 

世界農業遺産に登録された「能登の里山里海」を代表する景観。

令和4年2月に「つなぐ棚田遺産」として選定され、

国の名勝にも指定されています。

 

 

急斜面に、幾重にも段になり海へと広がる田んぼ。

その数は全部で1004枚。

 

 

一つ一つは小さく、耕運機も入らない狭さのため、

栽培は昔ながらの手作業で行います。

 

 

こちらも田んぼに大きな亀裂が入ってしまいました。

 

 

周囲が停電している中、

太陽光発電を利用したLEDライトは以前のまま。

明日への希望の光となってほしいですね。

 

 

(おわり)

2018年11月4日は、珠洲の道の駅を最終目的地にして、

まずは朝7:00頃に「千里浜なぎさドライブウェイ」を走りました。

 

 

釣りに来ている人が結構いました。


 

来ていたのは人だけではなく、鳥さんも・・・。

 

 

ここは小魚がよく捕れるそうです。

同じ位置に等間隔で並んでいるのが可愛かった!

 

 

兄が久しぶりということで、

「のと里山海道」から千里浜に立ち寄ったのですが、

「のと里山海道」に戻るとすぐに「氣多大社」の案内板が見え、

そう言えば、行った記憶が2人ともなかったので、

こちらも急きょ立ち寄ることにしました。

 

 

能登國一宮「氣多大社(けたたいしゃ)」の拝殿です。

ちょうどポスター撮りをしていたので、

邪魔をしないようにさっと参拝してきました。

 

 

再び「のと里山海道」を終点の穴水まで走り、

その後は一般道で珠洲を目指しますが遠いです!

 

 

穴水からは「珠洲道路」を走って東の海岸まで行きました。

 

 

珠洲道路はこんな感じの走りやすい道路です。

 

 

そして、海岸に到着してまず向かったのは、

能登のシンボルになっている「見附島(みつけじま)」。

 

 

高さ28mの大きな岩がそびえ立ち、

軍艦がこちらに向かってくるかのような大迫力!

 

 

弘法大師が布教のために、

佐渡から能登へと渡る際に発見したといわれている島です。

 

 

「見つけた」というのが名前の由来とのことですが、

先端部分が突き出たその独特の見た目から

別名「軍艦島」とも呼ばれ親しまれています。

 

 

見附島がある海岸は、

「えんむすびーち」と呼ばれる恋人の聖地となっており、

浜辺にある縁結びの鐘を鳴らしてカップルたちが愛を誓います。

 

 

この風景は私も大好きだったのですが、

ここ数年、珠洲を襲った地震により、

少しずつ岩盤が崩れ、形が変わって行きました。

 

 令和5年(2023年)5月5日に震度6強の地震が襲った時、

この見附島の前方が崩れ落ちました。

 

 

次に大きい地震が起きたらなくなってしまうのでは・・・と

冗談で話していたのですが、

元旦に大地震が起こり、見附島がどうなったか心配でした。

 

地震の後、最初にニュースで見た写真はこちら。

三角になっちゃった・・・と衝撃を受けました。

 

 

その後、ドローンで上空から写した写真が公開され、

ショックを受けてしまいました。

もう「軍艦島」とは言えなくなりました・・・。

 

 

悲しい・・・。

 

(つづく)

 

 

 

2024年1月16日(火)は、

今年最初の大学病院受診日でした。

 

いつものように、兄に送ってもらいましたが、

凍結しているから早く出ると言われたけれど、

バス通りに出ると雪も凍結もなく、

とてもスムーズで7:05頃には着いてしまい、

7:30の開門時間まで寒い玄関前で待つことに・・・。

 

そして、開門5分前頃だったでしょうか。

前方の方でトラブルがあって、

口論が始まってしまいました。

 

どうやら朝早く来た人がイスを置いて場所取りをして、

本人は寒いので駐車場の車で待っていて、

開門時間が近づいたので戻って来たところ、

恐らく通院の常連と思われるおじさんが、

イスでの場所取りは禁止だと伝えたら反論され・・・。

 

実際、どのような規則になっているかわかりませんが、

おじさんの言い分はこうです。

 

それがOKなら、みんな玄関前にイスを並べるやろが!

みんなこうやって寒い中、立って待っとるがに・・・。

 

その人も、立っているのが辛いなら、

イスを置いて座って待っていたらよかったのですが、

本人はギリギリまで暖かい所にいて、

突然、先頭に入ったものだからカチンと来たのかな?

 

開門まで2人で口論した結果、

その方は自主的に列の最後に入っていました。

各病院でも、受診の方法は違いますし、

同じ病院でも、科によってやり方が違うので、

私もこれまで何度かプチトラブルに遭いました。

 

さて、この日は代謝内科の受診日で、

8:00に再来機で受付した後、

検査としては、№6で採血3本だけしました。

採尿もあるかと我慢していたのに、ありませんでした。

 

8:30からの内科の受付も早めに済ませ、

先生の部屋の前で待機。

9:00の予約でも、先生は9:30頃にしか来ないので、

友達とLINEをして暇つぶしをしていました。

 

9:30にやっと先生がやって来て、

電光掲示板に診察順の番号が2つだけ出ました。

私の番号が2番目にあったのでホッとしましたが、

1番目の人がなかなか終わらず、

結局、また30分待って10:00頃にやっと呼ばれました。

 

最初に体調の変化を聞かれましたが、

「特に変わったことはありません」と答えました。

そして、早速、検査結果を教えて下さいました。

まずは、これまでのHbA1cの推移を。

 

 9/ 7 心臓血管外科の定期検診で9.5。

    夏のジュースの飲み過ぎが原因でした。

 

11/16 約2ヶ月あまり、元の生活に戻しましたが9.1。

   代謝内科に紹介メールを送ってもらいました。

 

11/21 3年ぶりの代謝内科受診。

    入院はできないと断ったので、

    先生が指示したタンパク質だけらけの食事で様子見。

    ジャヌビア50mgを朝食後に飲み始めました。

 

12/ 5 尿検査は異常なし、HbA1cは8.1に下がりました。

 

12/19 グリコアルブミンが14%(基準値は11.6-16.4%)

    先生も驚くほど改善していました。

 

そして、前回から4週間経って、

その間に年越しそばやお雑煮も食べていましたが、

今回のHbA1cは6.4でした。(基準値は4.6-6.2%)

 

去年の春までは、6.5~7.0くらいを行ったり来たりして、

服薬は不要だけど糖尿病でした。

うちの家族は全員糖尿病患者なのですが、

私が一番マシな方でした。

 

今回は残念ながら基準値には達しなかったものの、

先生はとても満足した様子で、

「悪くなる前の値よりもよくなっているね」と言われました。

 

「でも、薬を飲まなかったら、

ここまでは下がらないですよね?」と尋ねると、

「あの薬は8や9の人には全く効かないし、効いても0.5。

だから、食事の効果です」ということでした。

 

腎臓の値も悪くなっていないので、

もっとお肉食べて下さいと言われました。

1日、タンパク質は1.3g×体重の分だけ摂ってもよいし、

運動している人なら、1.5gまで摂ってもよいそうです。

 

結構、食べているのですが、

やはり体重は自然とまた1kg減っていましたし、

何となくお腹周りもスリムになって来ました。

 

そして、毎回必ず測定する握力は27kgと、

今回は前回とほぼ同じ結果でした。

 

タンパク質の食事習慣も身についているようだし、

通うのも大変だろうから、次は3ヶ月後でよいとのこと。

 

そして、血糖値は戻ったから、

やっぱり目標があった方がやりやすいと思うので、

次の目標は、片手だけでもよいので、

握力30kgにしよう・・・ということになりました。

 

「3kgって、無理じゃないですか~」と言ったら、

「もっとお肉食べれば大丈夫!」

「私、運動制限があるので、血圧は上げれませんよ」

「運動しなくても、もう少しお肉食べたら筋力つくよ!」

 

「できれば握力計あった方がいいね」と言われたので、

早速、ネットで購入しました。

 

タンパク質だらけの食事と今の薬は継続して、

握力30kgに達したら、薬はストップできるかも・・・。

私の最終目標は「糖尿の薬は飲まない」。

 

来週は心臓血管外科の受診がありますが、

まさか、次回までに元の値に戻っているなんて、

心臓血管外科の主治医は予想していないと思います。

 

また、今回の検査では、

ここのところずっと基準値をオーバーしていた肝機能、

ASTやALTがともに基準値内に入っていてびっくり!

これも心臓血管外科の先生が喜びそう・・・。

 

私はお肉の中でも豚肉が大好きなのですが、

生協で購入する味付け豚ロースステーキは、

美味しいし、焼くだけなので、

仕事から帰ったらさっと焼いて200g食べています。

 

先生が、カロリーも脂身も気にしなくてよいというので、

遠慮なく食べていますが、体重も減っていますし、

脂質ももともと正常値(基準値の真ん中)ですが、

その中でもさらに値がよくなっていましたし、

貧血ではないけれど、

最近少し減っていたヘモグロビンも増えていて、

これは豚肉のおかげかなと思っています。

 

代謝内科に通い始めて2ヶ月経っていませんが、

HbA1cは9.1→6.4に下がり、体重も4kgほど減りました。

 

運動は、バス通勤なので少しは歩きますが、

朝夕トータルで30分ほど歩き、

重いカバンを肩に担いで30分バス待ちで立っているくらい。

 

心臓血管外科の主治医から、階段は使わず、

できるだけエレベータでと言われているので、

3階に事務所がありますが、

エレベータを利用しているくらい運動はしていませんが、

タンパク質だらけの食事だけで、

体重やお腹周りの数値が落ちるというのは驚きでした。

 

但し、先生も話していましたが、

プロテインを飲んでいる人もそうですけど、

ただたくさん摂ればよいというわけではなく、

定期的に採血をして、腎機能を確認する必要があります。

腎機能が悪い人は、タンパク質も制限しないといけません。

 

私の上の兄に聞いたら、腎機能が悪くなっていたので、

すぐにタンパク質を控えるように話しました。

また、脂質異常の人もカロリー制限があるかもしれません。

 

今回の食事療法は、私にとっては最適で、

体質改善の良い機会となりました。

大好きなごはんやラーメンは全く食べず、

中華で少し焼きそばをいただくくらいですが、

今後は「たまには食べていいんだよ」と言われたので、

少しずつ、ごはんなども口にしたいと思います。

 

ジュースの飲み過ぎで、血糖値をひどく上げてしまったけれど、

結果として、よい先生と出会って、

体質改善の方法を知ることができたのはラッキーでした。

元旦に起こった大地震では、

特に輪島市・珠洲市の被害が甚大でした。

 

新たに私の会社の珠洲の事務所の様子がわかり、

事務所内は足の踏み場もないほど物が散乱し、

机の上に置いてあったパソコンやモニターも、

床に落ちていて、使えるのかどうかもわかりません。

 

その事務所は、珠洲の事務局長の家の隣にあった倉庫。

事務局長の家は、洋風の比較的新しく見える家でしたが、

赤紙が貼られていたそうです。

もう自宅を壊す決心をされていました。

珠洲市の半分の家は全壊だと聞いています。

 

今日から、うちの職員も他の団体と一緒に

ボランティアに入ることになりました。

まずは穴水町など、

奥能登と比較してまだ被害が少ない地域からです。

 

2021年9月3日の旅は、土砂降りの中、

山を越えて能登半島西側の海岸へ向かい、

その途中、朝一で輪島市門前町の阿岸本誓寺を訪れました。

 

車を下りる頃には雨もピタッと止み、

まだ空は薄暗かったけれど、雨の心配はなくなりました。

 

 

茅葺きの本堂が印象的なお寺で、

前の地震の時には大きな被害を受けました。

 

 

こちらのお寺はアギシコギクザクラが有名で、

約3.5cmの花弁を一輪に170~200枚つけ、

4月中旬以降、お花を楽しむことができます。

 

 

前回紹介しましたが、開門の8:00には總持寺祖院へ。

 

 

その後、山中の男女滝を見てから海岸へ向かい、

NHKの朝ドラ「まれ」の舞台となった「間垣の里」へ。

 

 

この辺りの地区は今回の地震の際、道路が寸断され、

長い間、孤立していた集落です。

 

 

間垣は、高さ約5mの苦竹や真竹を割ったものを

隙間なく並べた垣根のことで、

冬は日本海から吹きつける季節風から家屋を守り、

夏は暑い西日をさえぎるなどの効果があります。

 

 

 

そして、少し山の方へ入って桶滝を見に行きました。

 

 

ここまでは計画していましたが、地図を眺めていたら、

まだ行ったことがなかった鴨ヶ浦に

「猫地獄」というものがあるということで、

約12.5km続く、断崖絶壁の西保海岸を走って向かいました。

 

 

 

左の岩が千畳敷岩、右がゾウゾウ鼻といわれる岩。

 

 

 

道路は狭いのですが、バスも通っています。

 

 

ところが、今回の地震で崖崩れなどにより道路が寸断。

こちらの地域のみなさんも孤立してしまいました。

 

 

 

そして、初めての鴨ヶ浦に到着。

 

 

東西400m、南北150mにわたる

海蝕作用でできた白っぽい岩礁が広がっています。

 

 

 

「猫地獄」という名前の由来にはいくつかあり、

1つは、岩場に猫がひっかいたような傷跡がたくさんあることから、

昔は大量に猫が発生していたのではないか・・・。

 

 

もう1つは、輪島出身の職員に聞くと、

あの棒が立っている所が「猫地獄」で、

かなりの絶壁で、猫も降りることを怖がるということから・・・。

今は子どもたちが、あそこから海に飛び込んで遊んでいるそうです。

 

 

 

そして、海水が自然に流出入するしくみとなっている、

自然の岩礁を活かした天然の海水プールがあり、

全国的にも珍しく、文化財にも指定されています。

 

 

しかし、今回の地震で2.2mも地盤が隆起してしまい、

プールの位置も高くなって海水が入らなくなり、

干上がってしまったそうです。

 

 

輪島と言えば漁業も重要な産業ですが、

海岸沿いの港もこの隆起によって港の機能を失い、

漁に出られない事態となっています。

 

この後、中華のランチが食べたくて、

ナビを頼りに走っていると、

その店は輪島の朝市通りにある店だったようで、

駐車場もなかったので、諦めて道の駅で食べたのですが、

その朝市通りの店も地震で全焼しています。

 

その後、門前町の山中に戻って滝神社と桜滝を見て、

帰りは能登半島の西海岸沿いの道を走りました。

ここにはトトロに見える権現岩があります。

 

 

 

 

悲しいことに、今回の地震で左耳がなくなってしまいました。

 

 

地震の爪痕は無数にあって、

きれいな景色が戻るにはどれくらいかかるのかなあ・・・

2024年1月1日、16:10に能登半島を襲った大地震で、

輪島市と珠洲市は壊滅的な被害を受け、

まるで戦火の跡の焼け野原のようだ・・・と

朝市のおばあちゃんが語り、呆然と佇んでいました。

 

同じビルで働く一番仲良しのお姉さんは、

輪島市門前町の出身。

実家には誰も住んでいませんが、

時々帰っては庭の手入れや、家のお掃除をしていました。

 

2007年の能登半島沖地震では、家が少し傾くも、

何とか半壊で済みましたが、

今回の地震では目の前の總持寺祖院も大きな被害を受け、

ますます心配になったのですが、まだ道路が寸断されて、

見に行くことすらできていませんでした。

 

しかし、今朝、お姉さんからのメールに、

区長さんから電話があり、赤紙が貼られたと・・・。

やっぱりか・・・と本人も覚悟はできていたようですが、

思い出がいっぱい詰まった実家、

今後どうすればよいかもわからない状態だそうです。

 

その門前町の總持寺祖院をはじめ、

滝めぐりや輪島の海岸をドライブしたのは2021/9/3。

まだ2年あまりしか経っておらず、

記憶も鮮明に残っているのに・・・。

 

この年、總持寺祖院は開創700年を迎え、

それに間に合わせるように前回の地震の修繕も完了。

この年はたくさんの信者や観光客が訪れていたので、

私たちも8:00の開門時間に合わせて行きました。

 

受付の方に「お早いですね」と言われ一番乗り。

結局、約1時間、兄と二人っきりでのんびり散策しました。

こちらが参道の入口の門。

 

 

今回の地震では灯籠が倒れて粉々になってしまいました。

 

 

そして、参道を進むと右手に見えてくるのが芳春院。

前田利家の正室まつの菩提寺です。

 

 

完全に倒壊してしまいました。

 

 

2007年の地震で大きな被害を受けた山門は、

修復にもかなり時間がかかっていました。

こちらの被害は不明です。

 

 

七堂伽藍のお寺ですから、

建物と建物が廻廊で結ばれています。

こちらは山門から続く廻廊です。

 

 

回路が無残に倒壊してしまいました。

 

 

こちらは昨日1/17にHPで公開された内部の写真です。

 

 

元の美しい姿をまた見せてほしい。

 

 

地下を揺らしている大きなエネルギーが、

早く沈静化して、安心して暮らせるようにして下さい!

とただただ願うだけです。

 

 

この日はその後、山中にある3つの滝めぐりをしました。

まずは男女滝(なめたき)。

 

 

 

 

地元の方でも知らないという桜滝。

あまり水量はないのですが、大きな滝でした。

 

 

 

 

こちらは形が珍しい桶滝、水量も豊富でした。

 

 

 

 

 

これらの滝がどうなったかはわかりません。

自然も美しいけれど、

やっぱり能登は人がいいんですよ。

 

「能登はやさしや土までも」

 

私が仲良くなる人は、なぜか能登出身の人ばかり。

みなさん優しいし、温かいし、にこやかで明るい。

会えば、みんな好きになります!!

 

地震が落ち着くのはいつかわからないけど、

復興したら、またぜひ遊びにいらして下さいね。

 

(つづく)

2023年12月23日(土)は、

2023年10月28日(土)の日吉大社参拝からの帰りに

堅田駅近くで久しぶりの再会を果たした親友が、

約束どおり金沢へ遊びに来てくれる日でした。

 

ところが、北陸地方は前日から大雪で、

特に能登地方の積雪が多く、孤立した地域もありました。

また、会社がある海の近くはせいぜい30cmくらいでしたが、

山沿いにある私の家は50~60cmほど積もっていました。

前日は運休になった電車も多かったと思います。

 

お友達は6:00前には家を出て京都駅に向かい、

6:59京都発の特急サンダーバード1号に乗車して、

9:13に金沢に到着予定でした。

 

ただ、電車が動くのか心配でしたし、

私が金沢駅に向かうバスもちゃんと来るのか心配で、

余裕を持って早いバスに乗ったので、

8:40頃には金沢駅に着いてしまいました。

 

その後は友達とLINEでずっと状況確認をしていました。

途中、電車が徐行運転になったり、

踏切近くで停車して、運転士が外に確認に行ったりと、

いろんなことがあって、徐々に到着時間が遅れて行きました。

 

結局、電車は無事に9:50に金沢に到着しましたが、

当初の予定より約40分ほど遅れていました。

 

当初の予定では、9:13到着後、

9:25の路線バスに乗って「ひがし茶屋街」に行く予定でした。

長い間、京都に住んでいたのになぜ?

と思いましたが、彼女の行きたい場所リストに入っていました。

 

ところが、9:50に到着となったので、

ちょうど「ひがし茶屋街」で費やす予定だった時間分だけ遅れ、

仕方なく「ひがし茶屋街」はパスして、

金沢駅からまず「石川県立図書館」に行くことにしました。

 

ちょうど10:02に「石川県立図書館」行きのバスがあったので、

「頑張ってちょっと早めに出てきてね!」

とメッセージを送りました。

東口6番のりばは、東口の目の前なので余裕はありました。

 

ということで、電車は9:50に到着し、

お友達も早々に改札を抜けて来てくれて、

約2ヶ月ぶりの再会となりました。

バスの時間にも十分間に合ったのですが・・・。

 

こんなこともあろうかと、

先に「金沢市内1日フリー乗車券」を購入しておきました。

昔は500円だったのですが、とても値上がりしました。

その代わりに、乗れるバスの種類も増えましたし、

この乗車券で乗れる範囲も広がりました。

 

いま、市内中心部は210円なので、

4回乗れば元は取れます。

石川県立図書館までは260円なので、お得になります。

 

当初の予定では6回乗るつもりだったのですが、

結局はギリギリ4回しか乗れませんでした。

ちなみに、下のような乗車券ではなくて、

スマホアプリでも購入できます。

 

 

お友達と合流して6番のりばでバスを待っていましたが、

待てど暮らせどバスが来る気配はありませんでした。

やはり大雪の影響で、バスのダイヤも乱れているようでした。

 

それならタクシーで行こうかと、タクシーのりばに移動すると、

10人ほどの列ができていて、タクシーの到着を待っている状態。

 

こちらも時間がかかりそうだなあ・・・と思っていると、

6番のりばにバスが入って来るのが見えて、

「石川県立図書館」行きだったのですぐに乗り込みました。

当初の予定より20分あまり遅れていました。

 

それでも、バス停等で待っている間やバスの中でも、

いろいろとお話ができたのでよかったです。

そして、11:00頃に図書館に到着し、

一応、帰りのバス時刻は確認したものの、

時刻表はあってないようなもの・・・。

 

いつものように4階→1階と見学した後、

図書館内のカフェでコーヒーを飲みながらおしゃべり。

お友達も、今回の旅は私とおしゃべりするのが目的だから・・・

と言ってくれて嬉しかったです。

 

約1時間ほどおしゃべりした後、

本来なら12:15に図書館発のバスがあるはずなのですが、

やはりいつ到着するかわからなかったので、

大通りまで出て、別の場所から来るバスにも乗れるようにと、

次のバス停を目指して歩いたのですが、

次のバス停の遠いこと!

 

歩道にはたくさんの雪があり、

私たちはこういう道も歩き慣れていますが、

お友達も意外に上手に歩いていて感心しました。

 

そのうち、図書館から出発したと思われるバスにも追い越され、

仕方なくようやく到着した次のバス停で10分ほど待って、

次に来たバスに乗車して金沢駅に戻りました。

 

ランチは13:00に駅前の居酒屋を予約していました。

12:45くらいに着いてしまったのですが、

どうやらキャンセルがたくさん出たようで、

お店はガラガラ状態で、すぐに入ることができました。

 

お友達は折角金沢に来たのだからと、

新鮮なお造りや加賀料理のセットを注文。

 

 

私は食事制限中なので単品で注文。

白エビのかき揚げ、揚げだし豆腐、加賀治部煮、メギス揚げ。

1時間かけてゆっくりおしゃべりしながらいただきました。

 

 

午後と言っても、彼女の帰りの電車は16:29。

お土産も見たいと言うし、あまり時間に余裕がありません。

 

当初の予定では、「ひがし茶屋街」以外では、

尾山神社→鼠多門→玉泉院丸庭園と、

比較的新しい観光地が見たいということでしたが、

時間のことを考えて、

距離的に近い「ひがし茶屋街」へ行くことにしました。

 

金沢駅から「城下まち金沢周遊バス(右回り)」に乗って、

15分ほどで橋場町(ひがし・主計町茶屋街)に到着。

メインの通りから宇多須神社までさっと回っておしまい。

 

雑貨やおみやげ探しで少しお店は覗いたものの、

お土産はすべて金沢駅で買うことにして、

トンボ帰りで金沢駅に戻りました。

 

あとは、1人で好きな所を見たいということだったので、

16:00頃に金沢駅でお別れしました。

 

食事以外、旅の写真は1枚も撮っていなくて、

とにかく大雪の中で会えたことがラッキーで、

今度はよい季節の時に来てね~と再会を約束しました。

2023年12月2日(土)の金沢紅葉探しの続きです。

石川県立図書館の見学を終えた後は、

ちょっと早めのランチを食べて一旦帰宅。

 

そして、14:00頃に再度ドライブ&買い物に出かけました。

紅葉が見られる所・・・と考えた結果、

思い出したのが太陽が丘メタセ大通り。

 

今から約20年前に韓流ブームの先駆けとも言える

「冬のソナタ」が放送されて、

私の母親もヨン様の大ファンになり、

当時、ドラマの中でも話題になったメタセコイア並木が

近くにもあるということで、

当時、見に行ったのを思い出しました。

並木の近くの建物で冬のソナタ関連の展示もしていたような・・・。

 

場所は金沢の南部、北陸大学もある太陽が丘。

我が家からは車で20分ほど。


 

走りながら写真を撮ってみましたが、

道路脇に緑色のコーンが立っているのが気になる・・・。

 

 

意外と車の通りが激しい道路で、

路駐して写真を撮っている人もいましたけど、

 

 

 

やっぱり道路の修繕の跡や、道路脇の看板など、

折角の美しい景色を台無しにしてしまうものがたくさん。

 

 

最後は歩道の方へ入って撮りました。

汚い道路がない分、まずまずきれいでした。

 

 

これで金沢の紅葉探しの旅はおしまい。

12月に入ってもまあまあきれいな紅葉が見られて、

兄も満足して帰りました。

 

(おわり)

2023年12月2日(土)の金沢紅葉探しの続きです。

続いて、紅葉探しではないのですが、

2022年7月に金沢大学工学部跡地に開館した

石川県立図書館に行きました。

 

 

天徳院から車だとすぐに到着します。

向かいには、去年10月に移転した金沢美大もあります。

 

 

2023年10月16日、国民文化祭の開催に合わせて来県された

天皇皇后両陛下もお見えになっていて、

それを兄に話すと、見てみたい・・・ということで案内しました。

私は案内だけでも5回くらいは訪問しています。

 

兄は好きな自然の風景や寺社・庭園めぐりではないため、

そんなには期待していなかったようですが、

実際に中に入ると、写真を撮りまくっていたので、

その写真をご覧下さい。

 

いつもと同様、最初にエレベーターで4階まで上がり、

その後は、階段で1階ずつ下りて行きました。

 

 

4階の廊下でずっとお散歩するのもよさそう・・・。

 

 

このお一人様用のスペースは大人気!

 

 

館内には、個性的なイスが100種類以上約500席用意されており、

一人になりたいとき、友人と語り合いたいとき、

集中したいとき、くつろぎたい時、

その日の気分に応じて座りたい席がきっと見つかります・・・。

 

 

 

 

約110万冊の蔵書や多彩なイベント・ワークショップ、

デジタルアートやモノづくり体験など、

さまざまな魅力が詰まった図書館です。

 

 

本のページをめくるような特徴的な外観と、

ベンガラ色と青色が用いられた天井が印象的です。

 

 

 

 

図書館内には、身近でなじみ深い12のテーマで

選りすぐった本を並べた円形閲覧空間や、

本の集まりを宇宙に見立てたデジタルアート「ブックリウム」、

回廊式の閲覧空間である「リング」、

生物文化多様性に関する資料を集めた

「里の恵み・文化の香り〜石川コレクション〜」など、

他の図書館にはない特別な空間が広がっています。

 

 

 

 

 

 

親子で楽しく過ごせる「こどもエリア」や、

吹き抜け空間をゆっくり味わえる「ブリッジ」も・・・。

 

 

気になるものを発見しました。

 

 

「百万石文化まんだら」という企画展がありました。

 

 

加賀百万石の文化は藩主前田家を中心に、

将軍家・皇室・茶人・絵師など、

さまざまな文化人との交流の中で育まれていきました。

現在、復元整備事業が進められている金沢城二の丸御殿にも、

多くの文化人が関わっています。

どのような人物や文化が交わりあいながら

加賀百万石の文化が成立していったのかを紹介します・・・というもの。

 

 

ここで私たち2人とも気になった方がいらっしゃいました。

小堀遠州=庭園のイメージしかなかったので、

てっきり作庭家・庭師かなと思っていましたが、

大名茶人で、前田家の茶道具収集に深く関わっていたそうです。

 

 

 

 

ここはおしゃべりしてもよい図書館なので、

好きな場所でお友達とおしゃべりするのもよいと思います。

私はお友達との旅の打合せの時にも利用しています。

私たちお気に入りの特等席があるんですよ!

 

(つづく)

2023年12月2日(土)の金沢紅葉探しの続きです。

兼六園を1時間半ほど散策して駐車場に戻り、

駐車料金を精算すると300円。

とても良心的な駐車場でした。

 

ただ、車で訪れた時は、

また駐車場まで戻らないといけないのが面倒。

公共交通機関なら、兼六園→金沢城公園→尾山神社

といった具合に徒歩でどんどん歩けるのが金沢です。

 

車に戻ると、小雨が降り出しました。

この日は不思議なことに、観光するのに歩く時は、

上空に青空と太陽が現れるという、

やはりトラキチくんが一緒にドライブしてくれたようです。

 

続いて、10月中旬に天皇皇后両陛下がお見えになった

石川県立図書館に向かいましたが、

そう言えば、天徳院のお庭も紅葉があったと思い出し、

通り道だったので、ちょっと寄ってみることにしました。

 

天徳院は、いつもお世話になっている大学病院と、

石川県立図書館の間にあります。

 

 

去年6月、金沢で中部ブロックの会議があった時、

2日目にみなさんを天徳院と図書館に案内しました。

天徳院の山門奥に見える庭園までは自由に入れますが、

お寺の中まで入って見学したのは去年が初めてでした。

 

 

加賀藩3代藩主・前田利常の正室である珠姫の菩提寺。

珠姫は2代将軍・徳川秀忠公の次女として生まれ、

3歳で加賀へお輿入れされ、14歳で結婚。

その後10年間に3男5女を立派に育てられましたが、

8番目の夏姫出産後まもなく、24歳で亡くなりました。

 

 

その生涯は、前田家と徳川家の融和のために心血を注ぎ、

加賀藩の危機を救って繁栄に導きました。

まさに良妻賢母、日本女性の鏡として、

今も金沢市民に敬愛され親しまれています。

 

 

天徳院は、1623年に利常公が珠姫菩提のために創建した

4万坪の広大な敷地をもつ立派なお寺です。

1768年2月に山門・総門・御霊堂・宝蔵などを残して

本堂・庫裡その他多くの講堂を焼失し、

現在は山門を残すのみとなっています。

 

 

こちらの紅葉も真っ赤ではなく、オレンジ色でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

2023年12月2日(土)の金沢紅葉探しの続きです。

最後は兼六園に来られた方が、

必ず記念撮影される徽軫(ことじ)灯籠付近に行きました。

 

 

兼六園のシンボルとして、

観光写真でも度々登場する2本脚の灯籠。

 

 

水面を照らすための雪見灯籠が変化したものです。

形が楽器の琴の糸を支え、

音を調整する琴柱(ことじ)に似ているため、

その名が付いたといわれています。

 

 

手前に架かる虹橋と傍らのモミジの木との

三位一体となった風景はとても絵になり、

多くの観光客がここで記念撮影を行っています。

 

 

 

二股の脚は元々同じ長さでしたが、

何かの原因で折れてしまい、

石の上に片脚を乗せてバランスを保っています。

 

 

 

奥に見えているのは内橋亭。

池の上に立つ水亭と手前のお部屋の間に

橋が架かっていることから「内橋亭」と呼ばれました。

 

 

もとは蓮池庭(兼六園の始まりとなった庭園)内にあった

四亭の中の一つで、鯰之亭(なまずのてい)ともいわれており、

大変歴史のある建物です。

 

 

 

 

蓬莱島は、霞ヶ池に浮かぶ島で、

加賀前田家の永遠の繁栄を願い、霞ヶ池を海に見立て、

蓬莱島を不老不死の島である神仙島に例えています。

 

 

蓬莱島は、亀の形に似ていることから、別名「亀甲島」。

蓬莱島の横にある唐崎松に向かって、

島の先端に亀の頭を表す大きな石があり、

反対側には尾を表す石塔があります。

 

 

亀の頭の先にある唐崎松を「鶴」、蓬莱島を「亀」に見立て、

長寿やめでたさを表しています。

 

 

霞ヶ池は、兼六園の中心に位置し、

広さが約5,800㎡(1,800坪)あり、園内で最も大きな池です。

 

 

兼六園は、もともと金沢城の防御を兼ねて作られたため、

水深が約1.5mある深い場所には、

「水落とし」と呼ばれる仕掛けがされています。

 

 

この「水落とし」は、非常事態の時、

霞ヶ池の水が一気に流れ出し、

金沢城と兼六園の間にあった

百間掘(現在のお堀通り)の水位を上げるものです。

 

 

最後にその他の場所で見つけた紅葉です。

 

 

 

 

12月に入ると、もう紅葉を見るのは難しいと思っていましたが、

まずまずきれいな紅葉も見られましたし、

何と言っても、青空と太陽が顔を出してくれて、

兄もラッキーだった・・・と喜んでいました。

 

駐車場への帰り道の写真をおまけで・・・。

国立工芸館

 

 

 

赤レンガミュージアム

 

 

 

 

 

 

(つづく)