
世に二人といない絶世の美女と呼び声の高い王女サロメは、牢獄に繋がれる預言者ヨカナーンの声を聞き、どうしても会いたい、顔がみたいと、衛兵に迫る。サロメの魅力的な誘惑に逆らえなくなった衛兵は、遂にヨカナーンとサロメを引き合わせた。それが不吉な出来事の前兆となった。
サロメに、預言者ヨカナーンは神の言葉を伝え、彼女の出自を言い当てる。サロメは、どうしようもなくヨカナーンに惹かれていく。彼女の度重なる数々の誘惑にもかかわらず、預言者ヨカナーンは彼女を見つめることもなく、近づける事もない。焦燥にかられたサロメに、義父であるヘロデ王が約束をする。「多くの客を招いたこの宴会の席、わしのために踊ってくれ。そうしたらお前の望むものは何でもやろう。例え領土の半分でも」王の口からでた言葉は、それそのものが真実である。
踊りを披露したサロメは、ヘロデ王に言う。
「私の欲しいものは、銀の大皿に乗った、ヨカナーンの首!」
なぜサロメは、愛するヨカナーンの首を欲しがったのか。
サロメは、ヨカナーンのどこに恋したのか。

このお芝居は、大学のESSにいたころ、ドラマセクションが学祭で英語劇として演じてくれたのを見たのが、はじめてだった。彼女たち(短大のセクションだったので、部員は全員女子だった)の稽古も見学に行ったり、セリフの英語を直したり議論したり。
その時の僕の印象は、サロメは今でいうと、高校生位の大人になる前の幼い女子のイメージだった。
サロメは、誰もが振り向き眺めてしまう美貌であったし、義理の父のヘロデ王までが、彼女を娘以上の感情で眺めている。母は嫉妬して、王をサロメに近づけないようにしている。周囲のものたちは、全て彼女の魅力に勝てず、彼女が望めば、王の命令にも逆らい、遂には自害してしまう。そんな自分の魅力をサロメは知っている。なのに!この男だけは、この預言者だけは自分に振り向かない。この預言者の言っていることをよくは理解できないが、預言は的中している。これまでに会ったことのない男性として、サロメは好奇心を激しく駆り立てられ、やがては恋に落ちる。自分はこれほど関心を寄せ、想いを寄せ、愛しているとまで言っているのに、この男は振り向かない。どうしても自分に振り向かせたい。どうしても自分の思うようにしたい、どうしても自分の物にしたい!その唇に、キスがしたい!
1人の男を独占したいと思う、そのためなら相手を殺してもいいという感情は、幼い少女のそれではないか。首を手に入れたサロメは、無上の喜びとエクスタシーに満たされている。思う様に、ヨカナーンの唇にキスをする。そのキスは苦い。その口は苦い。血の味なのか、それとも恋の味かと、サロメは嬉しそうに考えている。
僕のサロメのイメージは、これまでの妖艶で怪しい異常な女ではなく、少女と女の間。処女の無垢と初恋に落ちた女のイメージだった。
だから、今回の宮本亜門の「サロメ」のコンセプトを聞いたとき、大変同感であったし、多部未華子がサロメを演じると聞いたとき、激しくときめいた!多部ちゃんのファンだから、多部ちゃんに会えるからというのは当然だが、彼女のイメージが正に僕のサロメ像に重なったから。

新国立劇場の会員になり、優先予約に応募してネットで席を取った。お陰で、前から五列目のほぼ中央。もう多部ちゃんの息の音や心臓の音、麻の衣装の衣擦れの音まで聞こえそうだ。
僕は彼女を瞬きもせずに見つめているのに、彼女はぼくと、目をあわせることすらなかった。
あー!
銀の大皿に乗った、多部ちゃんの首が欲しい。
そして僕は、彼女の唇に、思う様にキスをするのだ!
サロメの気持ちが、よーく分かった、素敵な夜だった。