先週末、高校時代の友人らと集まった。

当時、最も仲の良かった顔ぶれ。個々にはちょくちょく会っていたが、何人かで集まるのは久々のことだ。


飲み屋→ラーメン屋という王道コース。大変に愉快な時間を過ごし、解散したのは午前2時半だった。みなさん、おつかれさまでした。またやろう。


かくかく鹿々  かくかく鹿々

話の中身はここには書けない。ただ、職場の部下(後輩)の話題になった時、それぞれの悪戦苦闘の模様がかいま見れた。


どこにでも「困った部下」はいるものだが(おお、上から目線)、幸い私は部下がいないので、彼らの話を気楽に聞いていた。


ある友は、部下に同じ説明を2時間かけてしたが、相手は一向にメモをとらない。その後、「実際にやらせる→やり方がわからない→再度、2時間の説明→でもメモを取らない」という不毛な工程を3回繰り返した後、ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。


ある友は、「自分は仕事ができる人なのに、周囲が自分にいい仕事を回してくれない」と不満に思っている部下に仕事を託すと、体調不良などを理由にいつも途中で投げ出すという。


ある友は、「パワハラで訴えられたら、その時点で負け」なので、どれだけ相手に落ち度があっても部下や後輩は叱り飛ばすようなことは控えた方がいい、と語る。


みんな苦労しているものだ。

と、人ごとのように考えていたが、そういえば私は職場で、パソコンでの物品購買の申請方法がなかなかマスターできず、毎回同僚に聞いている。最近、先輩からのタマをなんやかやと理由をつけ、続けて断っている。そして今の職場になってから、怒られた記憶がない。


ひょっとして今ごろ、「困ったあいつをどうするか」と、飲みながらあれこれこぼしているわが上司や同僚がいるかもしれない。


ちなみに私の席は、窓際にある。

このところ、中国との関係がゴタゴタしているようだ。

あえて「ようだ」と書いたのは、それがテレビや新聞からの情報だからだ。


私は経験的に、過熱するメディアの言うことは、話半分に聞くようにしている。

かつてある識者も指摘していたが、メディアというのは、なにか“こと”が起これば、絶対に沈静化する方向へは持っていかない。たとえ、そうすることが社会にとって有益であっても。

その“本能”として、騒ぎを大きくし、悪い方(視聴者や読者にとって興味のわく方)へリードする傾向性があるのだ。


今回も、日中双方のメディアが国民を煽りに煽っている。

この暴風に乗って、憎悪や不信を増幅させるような声をあげる人の知性は、個人的には信用しないでおこうと思う。



と、珍しくまじめな話をしてしまったが、言いたかったのは、この人のこと。


かくかく鹿々


大和西大寺駅で出会った。

遷都1300年を迎える平城京は、そもそも中国との関係を抜きにしては語れない。

きっと、彼も今の状況を憂いていることだろう。


実は彼も、メディアには痛い目にあっている。

ビジュアルからさんざんバッシングを浴びたが、今では奈良一番の人気者だ。生意気にも彼女までできたらしい。


この勢いのまま、平和の使者として海を渡ってほしい。

がんばれ、せんかくん。

早朝にベランダから眺める空の様子が変わってきた。

日中も先日までの酷暑がウソのよう。急に秋がやってきた。


かくかく鹿々


と思っていたら、突然うちの朝顔が次々に咲きだした。


かくかく鹿々


なぜだ。

すでに9月も半ば。

奥さんのママ友さんたちが植えていた朝顔はとっくに咲き終わり、みんなすでにネットも取り払ったそうだ。

うちの朝顔は今、狂ったように盛りを迎えている。


前にも述べたが、この朝顔は息子と一緒に植えたもの。

その息子は行動のテンポがやや遅い。

例えば、誰かに会って、「バイバーイ」と手を振られても反応せず、その人が去り、そして数秒してから去った方向に向かってゆっくりと手を振る。それはそれでほほえましいのだが、なんだかせつなくなる時もある。


この朝顔を見ていると、息子を見ているように思えてくる。

きょうも彼は、朝顔に向かってジョウロを振っていた。


そうだね、ゆっくり生きればいいさ。

子どもというのは、よく人のマネをしたがる。

もうすぐ1歳半の息子を見ていると、つくづく実感する。


車の中では、スキあらば運転席の私のひざの上によじ登り、ハンドルを握る。

食事中は自分のスプーンがあるのに両親の箸を奪い、おかずに刺している。

仏壇の前では正座して手を合わせ、かねを鳴らす。

などなど、数え上げればキリがない。


脳科学の分野では、マネをすることで「ミラーニューロンシステム」(見て・理解して・マネをする、鏡のような神経細胞のシステムのこと)が鍛えられ、創造性が豊かになり、脳(前頭野連合)の発達につながるのだという。


なるほど。こんな父でよければどんどんマネをしてほしい。


そういえば最近の息子のお気に入りは、ベランダでジョウロを振り回すことである。

毎朝、私が野菜や花に水をあげているのを見ているのだ。


かくかく鹿々


この時はジョウロに水が入っており、左に干しているふとんにも水をあげてくれた。


しかし子どもってよく見てるよね~、という話を奥さんとしていた矢先、こないだ息子はイオンモールの混みあったエレベーターの中で、おもむろに人差し指を鼻の穴につっこみ、その指をそのまま口にくわえて、最後に顔をしかめた。

一連の動作があまりにも流れるように自然すぎて、見とれてしまうほどだった。


念のために断言しておくが、これは父親のマネではない。

この夏、本当にたくさんの人が遷都1300年祭の平城宮跡を訪れていた。


そこには何があるのか。

まず、復元された大極殿、遣唐使船に歴史館。正直言って、見るものはこれぐらいだ。

あとは、だだっぴろい草むらである。


私は毎日のように平城宮跡を通りかかるのだが、炎天下で日陰もほとんどない中、茫然自失となっている人々の姿をよく見かける。よほどの歴史好きでない限り、気の毒になる。


もともと奈良は「観光させるのが下手な観光地」だ。

それは否めない事実としても、私としては愛する奈良に来た人に、できるだけ喜んで帰ってほしい。


というわけで、やや唐突ながら、「私的奈良案内」を始めることとする(不定期)。

第一回目は、その平城宮跡である。


かくかく鹿々


まず押さえていただきたいのは、「遷都祭」という華やかなイメージに惑わされてはいけない、過度な期待はしない方がよいということ。


いにしえの平城京は、「棄てられた都」である。

栄えたのは、わずか数十年。

次の長岡京へと遷った理由は、醜い権力争いの末に生まれた「怨霊」から逃れるためだ。

その後、平城京は人々から忘れ去られた。


これを押さえた上で、ぜひ秋の夕暮れ時に訪れてほしい(もちろん、昼過ぎから歴史館や大極殿を見学してもよい)。

大極殿と朱雀門の中間あたりで座る。ひたすら、ぼーっとしてほしい。温かいお茶があってもいい。

「何もない、何もしない」――これが平城宮跡の正しい楽しみ方である。


広い空、一面の原っぱ、あかね色に染まる大極殿や朱雀門。風の音、虫の鳴き声、近鉄のカタンカタン。

じっと座るうち、1300年の時のうつろいを感じることができるかもしれない。


そして、夕日が沈みゆく。

もう少しして闇に染まった平城宮跡には、魑魅魍魎(ちみもうりょう)がうごめき出す。そのざわざわ感を想像しながら、ゆっくりと帰途につく。


かくかく鹿々


いかがだろうか。

言い忘れたが、根っからの明るい人にはおすすめできない。


ご希望の方はガイドさせていただきますよ。