今年は開幕が少し遅れた。

プロ野球のことではない。

わが家の菜園のことである。

GWの最終盤で、ようやく着手した。


昨年、狭いベランダで傍若無人に繁り狂った野菜たちのせいで、奥さんは洗濯物干しにかなり苦労したようだ。

だから今年は苗の数を遠慮して、まずは3~4つにとどめようと思っていた。

それでも、春先から植えてある草花たちや、これから植える朝顔を入れると、けっこうなスペースをとる。

あとは、奥さんの顔色をうかがいながら、こっそり増やすとしよう。


というわけで、いろいろ悩んだが、ミニトマトのみ3種類を植えた。

アイコ、トゥインクル、トマトベリーである。

ミニトマトばかりの理由は、①2歳の息子でも収穫できる、②育てやすく食べやすい、③長くたくさん楽しめる、など。


わずかばかりのプランターだが、土をさわっていると、やはり気持ちがおだやかになる。

植物たちも「そんなにがんばらなくていいんだよ」と、私にささやいてくれているように感じる。

この時代にまだ「家督」というものが存在したなら、私は早々に息子に譲り、隠居するだろう。


トマトよ、息子よ、早く生い立て。


かくかく鹿々


ご無沙汰しております。

あまりにも間隔があきすぎたが、ともあれ軽く再開したい。


気がつけば5月。新緑萌える季節だ。

わが家の伸びゆく若木と言えば、2歳(1カ月ちょっと)になった息子だが、あいかわらず困ったやつである。


食事の好き嫌いが激しい。イヤイヤも激しい。着替えやおむつ替えでも泣き叫ぶ。

加えてこのところ、ますます大好きな仏壇から離れなくなってきた。何かを祈ってるのだろうか。何かに取りつかれているのではないかとさえ思う。

彼の健やかな成長を願うばかりだ。


最近、その息子との遊びに少しずつ学習の機会を取り入れている。

その一つが、「ひらがなカード」。

五十音が書かれたカードで、例えば「し」という字の裏に信号、「み」という字の裏にみかんが描かれている。

以前にお気に入りだったが、少し間があいたので改めて本格的に取り組もうと思っている。


しかし、どうやら彼は勉強が嫌いのようだ。

きょうも私が46枚のカードをせっせと並べ、「『アリ』の『あ』、『犬』の『い』……」と笑顔で語りかけていたところ、彼は徐々に無口になっていき、「『毛虫』の『け』」ぐらいで、突如として「アァーッ!」と雄たけびをあげた。

すごい勢いで並べてあるカードに襲いかかってムチャクチャにした後、それでも「『コマ』の『こ』…」と続けようとする私の口を押さえ、下くちびるを引っ張り、あごを引っ掻き、顔面を平手で連打し続けた。


茫然となすがままになっている私、「はる君、やめて!」と止める奥さん。

十数年後や二十数年後に、このような惨劇が再び繰り広げられることのないよう、私も仏壇の前で真摯に祈るとしよう。


かくかく鹿々

久方ぶりに休暇を取り、妻子と「うだアニマルパーク」へ出かけた。三重との県境、宇陀市にある県営の公園だ。

ささやかだが動物たちとふれあえ、駐車場も入場も無料である。


きれいに整備されている園内の丘で弁当をとった後、動物コーナーに移動。

犬とたわむれ、ヤギや羊にえさをやり、ウサギを抱いて写真を撮り、ブタや牛を眺める。3歳以上の子どもはポニーの乗馬体験もできる。

日常の喧騒から離れ、のんびりした時間を過ごした。


かくかく鹿々


息子はヤギにエサの干し草をあげながら、「ワンワン」と言っていた。


ワンワンとはもちろん、犬のことである。

犬が大好きな息子は、近所で犬を見かけると、「ワンワン」と言って近寄っていく。テレビで犬を見ると「ワンワン」と言って手をたたく。

その成長ぶりを喜んでいた私たち夫婦だが、にわかに自信がなくなった。


この時、ヤギという名の角とヒゲのある大型犬の次は、羊を見て、ウサギを見て、ポニーを見て、「ワンワン」と言っていた。ブタを見てすら、「ワンワン」と言っていた。


いろんなワンワンを見て大興奮だった息子。次は動物図鑑でも買ってあげようか。


断っておくが、これは孫に甘いおじいちゃんおばあちゃんへの、あさましいアピールではない。

遅咲きの朝顔とも、お別れの時がきた。

狂い咲きの朝顔は、11月になっても最後の力を振り絞るかのように、花を咲かせていた。


かくかく鹿々


だが、この数日の朝夕の冷え込みに、ようやく自らの去り際を悟ったのか急激に枯れ始め、ついに力尽きた。


ありがとう、朝顔。

君は勝った。

最初は成長が遅いと冷やかな目で見られながらも、やがて驚くほど咲き誇り、ベランダのどの植物よりもその生命の炎を燃やし尽くした。

私は、君のようになりたい。わが息子にも、君のようになってほしい。


そう語りかけながら、ネットからつるを外し、今朝のゴミに出した。

リビングの窓際にあるいつものイスからは、もう緑のカーテンは見えない。

かわりに、万葉の山並みがかなたに見える。花を開かせた朝顔たちが見ていた景色だろう。

「咲」という字には、「わらう」という意味がある。最後まで、彼らは笑顔をふりまき続けた。おかしいぐらいまでに。


さらば、朝顔。

来年、また会おう。


かくかく鹿々

古都の秋を彩る正倉院展。

きょうの夕暮れ時、ようやく足を運べた。

比較的すいている時間帯。天平時代の宝物(ほうもつ)を堪能することができた(注:半分はあくまでも仕事である)。


今回の一番の楽しみは、世界で唯一現存する五絃琵琶。その前だけは行列ができていた。

ほかにも素晴らしい品が多々あったが、細かいところで興味をひかれたのは、冶葛(やかつ)という薬。実は猛毒なのだが、1250年たった今でも、その毒は健在だという。

恐ろしいことだ。


正倉院展の会期は先月23日から明後日まで。

ほんとはもっと早くに行きたかった。だが文字通り忙殺される毎日のせいで、ギリギリになった。

気がつけば11月も中旬にさしかかろうとしている。


閉館時間の6時前、外へ出るとすっかり夜のとばりがおりていた。


かくかく鹿々


群れから離れてたたずむ鹿の母子。にぎわう博物館を背景とするシルエットがなぜかさみしい。

嗚呼、そうだ。

このところ、わが妻子をほったらかしである。

それなのに、また自分だけ楽しんでしまった。

寛大な奥さんとはいえ、その悲しみはいつか怒りという毒素を帯びてゆくかもしれない。


家族を大切にせねば。

消えない猛毒になる前に。