10月が終わらないうちに10月に出会った印象的な風景をアップしておこう。


かくかく鹿々


奥さんが撮影。藤原京のコスモス畑だ。先日、休みをとって妻子と出かけた。

大和三山を背景に一面に広がる満開のコスモスは圧巻だった。


テンションがあがる妻子、明るい笑顔の家族連れを尻目に、さだまさしの「秋桜」を自然と口ずさんでいた私は、やはり暗い人間なのだろうか。


かくかく鹿々


10月は非常に忙しかった。まだまだこの忙しさは続きそうである。この日も、帰宅後にうらめしげな妻子を残し、再びすぐに外出しなければならなかった。


そういえば、奥さんの誕生日も3回目の結婚記念日もゆっくり祝えなかった。

コスモスの花ことばは「真心」。せめてそれだけは忘れずにいたい。


ありがとうの言葉をかみしめながら生きてみます、私なりに。

久々の更新。

言い訳はきらいだが言い訳をすると、書く気はあるけど書けなかった。

毎晩、私がPCの前に座るのは深夜1時を越えるころ。

しかし、「さてブログでも…」という時に限って息子が起き出し、それを寝かしつけるうちに一緒に寝てしまう、という日々が続いていたのだ。


弱音を吐くわけではないが、最近、息子が大変だ。

朝は早ければ5時に起きて私たちを叩き起こし、いただきますのポーズをしてバナナを求める。

食事は白米しか食べず、おかずはほとんど拒否。かろうじて納豆としらすとゴマで栄養をキープしている。

最近イヤイヤが多く、おむつもろくに替えれない。う○○をした後でもお尻丸出しで暴れて逃げ回る。

ベランダに勝手に出て、どろだらけになって戻り、そのまま部屋をはいずり回る。

テレビのコードを引きちぎり、本棚を壊し、一瞬の隙をついて韓国のりを袋ごとトースターで焼いていた。


書き始めるとキリがない。また起き出さないうちに、このへんでやめよう。彼の事件簿についてはまた日を改める。


一人っ子政策が進む中国では、周囲に甘やかされてわがままいっぱいに育った、手がつけられない子どもたちのことを、「小皇帝」と呼ぶそうだ。

うちもある意味では「小皇帝」である。


かくかく鹿々

上は根元から引きちぎられたテレビのコード。



かくかく鹿々

ジュースを飲んでいる時だけはおとなしいのだが。


と、書いているうちに息子が今にも起きそうだ。

しかし、ゆくゆく本物の「小皇帝」にならないように、決して甘やかしてはならない。


放っておいて寝よう。

今朝、絶対にしてはならないミスをしてしまった。

自宅の玄関に奥さん手製の弁当を置き忘れたまま、出勤してしまったのである。


少し寝坊して、バタバタしたことも原因の一つだ。

しかし、奥さんが最近特に忙しいのにもかかわらず、頑張って作ってくれた弁当を忘れるとは。

彼女の落胆ぶりはいかほどだったろうか。

妻の努力を理解できない、そして感謝の心が足りないダメ夫と思われても仕方がない。

今後、奥さんの厚意を断じて当然と思わず、報恩の誠を尽くしてまいりたい。


と、これくらい書いたら許してくれるだろうか。


かくかく鹿々


もしくは、愚かな父に代わって、息子の「反省」のポーズで許してくれるだろうか。


しかし、ビクビクしながらの帰宅後、奥さんはあまり私を問責しようとしなかった。


そういえば最近、彼女は寛大だ。私の帰宅が深夜になっても、にこやかに出迎えてくれる。


そういえば今月、3回目の結婚記念日を迎える。

また、彼女の3○回目の誕生日も控えている。


そう思うと、やはりきょうのミスは致命的だった。


彼女の笑顔が、こわい。

きょう、十数人の中学・高校生の前で話をさせてもらう機会があった。


何人かの話が続いた後で、私の番。「気分転換」と「つかみ」と「本題への導入」のため、最初にマジックを披露した。


とは言っても、ごく簡単。3枚のコインの中から、「相手が選ぶ1枚」を必ず当てる、というものだ。


かくかく鹿々


これは、こちらが先に選んだものを相手が選ぶように誘導するという仕掛けだが、けっこう自信満々な私は、勢い余って「もしタネがわかったら、全員に後でジュースをごちそうしてあげよう」と宣言した。

だが、私は相手をあなどり過ぎていた。


彼らは、団結して本気で当てに来た。そして、いっぱつでタネを見破られた。

歓声をあげる彼らに、私は大人らしく余裕の笑みを浮かべ、本題に入った。

心の中で泣きながら。


終了後、会場にいた男性から、笑顔で話しかけられた。

「さっきのマジック、わざと子どもたちに見破られやすいように進められたんでしょ」


少しして、別の男性から深読みした言葉をかけられた。

「ホントは周囲の大人の立場にも配慮しながら、子どもたちにジュースをおごってあげようとされたんでしょ。みんな気付いてないかもしれへんけど、実はそれも“マジック”ですよね~」


マジックとは、人の思い込みや錯覚の上に、成り立つものである。

この夏から義弟がイギリスの大学院に留学している。

彼はかつて青年海外協力隊の一員としてパプアニューギニアに滞在していたこともある。私が奥さんと結婚してから、彼は日本にいるより海外暮らしの方が長い。

実家に戻っている時は、とても息子をかわいがってくれる。やんちゃな息子だが不思議と彼の前ではおとなしく、特に彼の弾くギターやウクレレが大好きだ。


そんな義弟はイギリスの地でも、このブログを読んで息子の成長ぶりをチェックしてくれているという。

将来有望な彼におもねるためにも、コンスタントに息子の成長の記録を残したい。


1歳6カ月の息子は、ようやく歩けるようになってきた。

外出してもベビーカーを嫌い、四六時中だっこをしなければならなかった以前よりも、少し楽になった。

しかし、別の悩みも出てきた。こちらの手を振りほどいて、そこら中を動き回るのだ。


特に、買い物に行くと大変である。

スーパーでは、果物やペットボトルや肉を勝手に取って持ち歩く。中でもバナナとオレンジを見つけるとウホウホと興奮する。

また、彼のお気に入りは、洋服店。自分で選ぶマネをしてから、しばらくして突然スイッチが入ったように、陳列している服を落とす、振り回す。


かくかく鹿々


あと、最近で一番好きなものは、車の遊具。

ゲームコーナーなどにある機械や、玩具店に展示されているおもちゃを見ると、一目散にとんでいく。そして、ハンドルを握りしめたまま、てこでも動かない。30分程度のロスは当たり前だ。


かくかく鹿々

かくかく鹿々


再度確認するが、あくまでもこれは、義弟へ報告する成長の記録である。

孫に甘いおじいちゃんおばあちゃんへの、あさましいアピールではない。