骨董品の値段はこうして決まる | 人差し指のブログ

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「 バカの壁をぶち壊せ! 正しい頭の使い方 」

日下公人 (くさか・きみんど 1930~)

養老孟司 (ようろう・たけし 1937~)

株式会社ビジネス社 2003年10月発行・より

 

 

 

 

[ 日下公人 ]  これも聞いた話ですけど、古美術商の値段の決め方が

           きわめて共同体らしい決め方なので、感心しました。

 

 

陶磁器の入札の話ですが、六~七人がその お茶碗の希望購入価格を書いて、ボスに提出します。

 

 

その値段を見られるのはボス一人です。

普通なら、一番高い値段で決まるはずです。

 

 

でも、一番高いのはだめ、一番安いのもだめ、「この値段とこの値段の

二つを書いた人で競りなさい」 と、ボスが決めるのです。

 

 

 ボスはどうして数ある値段の中から、二つの値段だけを決めたのか。

 

 

それにはいろんな理由があって、この作者はもうじき死ぬとか、この作者の値段はこのくらいと決まってるから飛び外れた値段をつけるなとか、そういったファジーな要素で決まるらしい。

 

 

 ある作者の作品は方々で流通しているから、安い値段をつけてしまうと、その作品を持っている骨董屋が全部迷惑します。

 

 

逆に、高い値段をつけた場合、その作品を持っている骨董屋が儲かりますから、「あの美術店の親父をそんなに喜ばせてどうする」 という話になります。

 

 

そういう、いわく、言いがたい世界が日本にはあります。

 

 

                                       

 

 

 

「 東京美術骨董繁盛記 」

奥本大三郎 ( おくもと・だいざぶろう 1944~ )

中央公論新社 2005年4月発行・より

 

 

 

 

 さて、極端なことを言えば、絵は本来只である。

 

紙代、あるいはカンヴァス代と絵具代が実費としてかかるだけ。

 

 

欲しがる人がいなければ、いわゆる潤筆料、絵描きの手間賃さえ出るまい。

 

今は何十億円のゴッホにしても、本人が生きている間はほとんど只であった。

 

 

 三谷氏(三渓洞の三谷敬三会長)によれば、死んで高くなる画家もいれば安くなる画家もいる。

 

 

亡くなる前はいろんな利害関係があって、高くしようとする画商もいる。

そういう作品は下がることが多い。

 

 

しかしみんながいいと思う画家、たとえば大観(たいかん)とか玉堂とか、そういう人の場合は、いつの時代になっても、また特別の後援者がいなくても、高く評価される。

 

 

されから有名なコレクター、安宅英一(あたかえいいち)、松永安左(まつながやすざえもん)(耳庵じあん)といった人たちが特定のジャンルを集めると、その分野の値が上がる。

 

 

安宅 英一(あたか えいいち、1901年 - 1994年)は、日本の実業家。

安宅産業会長、相談役社賓。

芸術家のパトロン・美術品コレクターとしても知られた。

 

松永 安左エ門(松永 安左衞門、まつなが やすざえもん、

1875年 - 1971年)は、電力業界で活躍した実業家。

 

 

 

要するに需要・供給の関係です、ということである。

確かにそれは判りやすい。

 

 

 

                                     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                           5月22日の猿沢池付近

 

 

 

                            最近できた看板です