参考資料886 | シフル・ド・ノストラダムス

シフル・ド・ノストラダムス

ノストラダムスの暗号解読

平和な世界が予言されている
「だが、うれしいことに、古代の予言者たちが描くのは、もっとずっと希望の持てる状況である。たしかにそこに描かれているのは、この時代の終わりまでつづく苦しい試練だ。戦争があり、飢饉や疫病が起こり、反乱や暴動が発生する―――事実、終末が近づくにつれ、これまでも人類を苦しめてきたこれらの災厄が、集中的に起こることになるだろう。
 しかし予言者たちは、文明は滅びずに残ると予言している。死の影に覆われた谷を手さぐりで通り抜けたあと、人類は光り輝く誉れの高みへ登ると予言されているのだ。“獅子が小羊と共に横たわる”とき、平和な世界が、国家が戦争を知らない世界が来るのだと。
 そんな世界など予想もつかない。だが―――ほかの予言が当たっているのなら、この予言も当たらないはずがあろうか?そして、じつは超常的または超自然的な力が働いていて、特定の人間に地球の歴史を前もって伝えていたとしたら、その超自然的な力は、地球という惑星の歴史が危機に瀕したとき、きっと干渉を加えてくると考えるのはあまりに馬鹿げているだろうか? いまこの瞬間にも、宇宙の力強い声が「人類よ―――ここまでは許そう、だがこれ以上は―――やめよ!」と響きわたるなどということがあり得るだろうか?」
「Ⅴ・ダンスタンの終末大予言(下)」ヴィクター・ダンスタン著・幸島研次訳より

感想
>だが、うれしいことに、古代の予言者たちが描くのは、もっとずっと希望の持てる状況である。たしかにそこに描かれているのは、この時代の終わりまでつづく苦しい試練だ。戦争があり、飢饉や疫病が起こり、反乱や暴動が発生する。

死ぬほど苦しい艱難だと思うよ。

「8.しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。
9.そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。
10.そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。
11.また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。
12.また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。
13.しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
14.そしてこの御国(みくに)の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣(の)べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。
15.預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、
16.そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。
17.屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。
18.畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。
19.その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。
20.あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。
21.その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。
22.もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。 」
「マタイによる福音書」第24章8節~22節

それは「刑罰の日」なのだから。

「8.イエスが言われた、「あなたがたは、惑わされないように気をつけなさい。多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がそれだとか、時が近づいたとか、言うであろう。彼らについて行くな。
9.戦争と騒乱とのうわさを聞くときにも、おじ恐れるな。こうしたことはまず起らねばならないが、終りはすぐにはこない」。
10.それから彼らに言われた、「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。
11.また大地震があり、あちこちに疫病やききんが起り、いろいろ恐ろしいことや天からの物すごい前兆があるであろう。
12.しかし、これらのあらゆる出来事のある前に、人々はあなたがたに手をかけて迫害をし、会堂や獄に引き渡し、わたしの名のゆえに王や総督の前にひっぱって行くであろう。
13.それは、あなたがたがあかしをする機会となるであろう。
14.だから、どう答弁しようかと、前もって考えておかないことに心を決めなさい。
15.あなたの反対者のだれもが抗弁も否定もできないような言葉と知恵とを、わたしが授けるから。
16.しかし、あなたがたは両親、兄弟、親族、友人にさえ裏切られるであろう。また、あなたがたの中で殺されるものもあろう。
17.また、わたしの名のゆえにすべての人に憎まれるであろう。
18.しかし、あなたがたの髪の毛一すじでも失われることはない。
19.あなたがたは耐え忍ぶことによって、自分の魂をかち取るであろう。
20.エルサレムが軍隊に包囲されるのを見たならば、そのときは、その滅亡が近づいたとさとりなさい。
21.そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。市中にいる者は、そこから出て行くがよい。また、いなかにいる者は市内にはいってはいけない。
22.それは、聖書にしるされたすべての事が実現する刑罰の日であるからだ。
23.その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。地上には大きな苦難があり、この民にはみ怒りが臨み、
24.彼らはつるぎの刃に倒れ、また捕えられて諸国へ引きゆかれるであろう。そしてエルサレムは、異邦人の時期が満ちるまで、彼らに踏みにじられているであろう。
25.また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、
26.人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。 」
「ルカによる福音書」第21章8節~26節

「マタイによる福音書」第24章29節にもあるが、「しかし、その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう」から、小惑星の衝突と「衝突の冬」により、大飢饉が予想される。大飢饉だけじゃなく疫病とかも。
希望は「そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう」(「マタイによる福音書」第24章30節)
と「ルカによる福音書」第21章27節の「そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう」から、携挙だけだね。
ただし、携挙は残酷で2人いても1人だけ携挙されたりする。
「40.そのとき、ふたりの者が畑にいると、ひとりは取り去られ、ひとりは取り残されるであろう。
41.ふたりの女がうすをひいていると、ひとりは取り去られ、ひとりは残されるであろう。」
「マタイによる福音書」第24章40節,41節

個人的には、イエス・キリストの再臨を信じる信念の強さで自分から空中浮揚すると考えている。ただし、「マタイによる福音書」第7章21節にあるように「主よ、主よ」と言う人が携挙されるとは限らない。「神の御旨」を行うものだけが携挙されるようである。「」かな。よく考えたら「神の国」を作る事だから「隣人愛」だね。
参考資料:http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11493883302.html
http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11286437943.html

>“獅子が小羊と共に横たわる”とき、平和な世界が、国家が戦争を知らない世界が来るのだと。

これは「イザヤ書」第11章6節~8節。

「おおかみは小羊と共にやどり、
ひょうは子やぎと共に伏し、
子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、
小さいわらべに導かれ、
雌牛と熊とは食い物を共にし、
牛の子と熊の子と共に伏し、
ししは牛のようにわらを食い、
乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、
乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。」

以前にテレビで豚かなんかに育てられた虎を見た事があるが、食糧とは思わないらしい。ライオンが草食になるとは思えないが、人間の比喩だったら千年王国(神の国)だね。毒蛇が噛まないっていうのも信じられないが、以前にYouTubeで毒蛇に噛まれても平気な少女は見た事がある。

おまけ