すし屋のシャリ、ひさご寿しの場合(節分に寄せて) | 近江八幡の料理人は  ~川西たけしのブログ~

近江八幡の料理人は  ~川西たけしのブログ~

近江八幡で寿し割烹と日本料理を楽しむお店「ひさご寿し」

料理長のかわにしたけしが料理のことや、近江八幡のこと、営業日誌などを徒然なるままに書いとります。

シャリ。

 

すし屋の味を決める個性のひとつ。

 

節分はひさご寿しでもっともシャリをたくさん作る日。

 

すしのシャリは、それぞれのお店と職人さんに一家言があり、作り方は十人十色。だからこそ、ひさご寿しにおけるシャリとはどういうものなのかを、節分という機会にまとめておこう。

 

 

(ひさご寿しのすし米の産地、滋賀県東近江市蒲生地区。蒲生氏の発生地)

  寿し好適米「日本晴」

 

ひさご寿しのシャリの米は寿し好適米「日本晴」。

 

日本晴は滋賀、福井を中心に作られている品種で、食味審査と呼ばれるいわゆる美味しいお米を決めている審査会における点数は70点であり、米の食味を判断する基準米となっている。

 

有名魚沼産コシヒカリや滋賀県産みずかがみなどは食味審査で98点~96点などであるから、日本晴は美味しくないお米なのかというと、こと寿しのシャリにする場合は全く違うこととなる。

 

ひさご寿しにおけるシャリは、上方寿し全般とにぎり寿しに使う。作り立てだけでなく、テイクアウトやケータリング、はては棒寿しなど、お客様が食するまでのタイムラグがかなり大きい。鯖やビワマスの棒寿しなどの時には翌日・翌々日に食することまでを考慮した設計が必要である。

 

特に上方すしの場合はシャリの元となる米のデンプン質の含有割合の違いによる食感の変化、含まれる米油の香りやタンパク質に含まれるアミノ酸構成比など、味の要素が多岐にわたる。また時間経過とともに、シャリとネタとの味の交配が起こるため、それもふくめて「美味しさ」とすることが出来るシャリのパワーが要る。

 

「日本晴」はコメの性質として、コシヒカリに比べて粘りが少ない。これはコメの粘りを生み出すデンプン質の含有比率が違うからで、粘りを生み出すのがアミロペクチンと呼ばれるものだ。アミロペクチン100%のコメがもち米だと言えばわかりやすいだろう。日本晴の場合、コシヒカリに比してアミロペクチン含有量がやや少なく、アミロースのほうが多い。

 

さらに、日本晴とコシヒカリとでは、粘りを生み出すアミロペクチンそのもののについても違いがあって、コシヒカリのアミロペクチンはより粘りやすく、モチモチ食感を生み出しやすい事がわかっている。

 

一般的にモチモチした炊き立てご飯が好まれる傾向がある。しかし鯖寿しや巻寿し、そして箱寿し・押し寿しにシャリをギュッとさせても、咀嚼しながら口の中でほどけてゆくのがひさご寿しでの寿しの目指しているところである。モチモチした性質のコメの場合は、団子状・餅状になってしまい、ほどよい口解けが難しい。

 

特に鯖寿しの2日目・3日目の美味しさを作り出そうとする場合、棒状にシャリを力を加えてシャリの粒同士の間から、程よく脱気させながも、適度に空間を持っている必要がある。これが、アミロペクチンの多いモチモチしたコメの場合には難しくなる。

 

そもそも鯖寿しなど棒寿しのシャリを、ガッツリ練るようにして棒状にまでして脱気させる理由は、時間経過とともに酵母がシャリを発酵させてしまわないためである。

 

2日、3日と時間を経ても鯖寿しや押し寿しをおいしくさせるための工夫というか、保存性の延長というか、知恵がそこにあるのだ。

 

これが伝統的な上方寿しのシャリを作る場合に、繋がれてきた知恵のひとつである。

 

まあ、モチモチしたシャリを、温かいうちに、フワッとにぎった寿しも美味しいのだが、ひさご寿しのシャリの味はどこにコミットしているかというと、割と時間がうしろの方にあるという感じである。

 

 

  シャリの香りと旨味

 

さらに、ひさご寿しの場合は滋賀県蒲生産契約農家による「日本晴」を、定温貯蔵庫で最低1年、できれば2年以上原体で保存したものを、仕入れ都度に脱穀精米して使う。

 

これはシャリの日本晴に限らず、リゾットに使われるコメも同様の理由。

 

コメの「香り」である。

 

炊き立ての新米の香りをかぐと、得も言われぬ”おいしい”を彷彿とさせる。

だが、シャリとなると米酢、醸造酢、みりん、砂糖、塩など調味料が入る。特に酢は酢酸の香りが強く、まして純米酢や赤酢ともなるとより香りが立つ。コメはそうした強い香りを含みながらも自己主張とバランスをたもつには、一年以上の熟成をかけた古米・古古米のほうが良いのである。

 

古米・古古米になるとコメはゆっくりと籾の中でわずかに乾きながら、コメの外皮や胚芽に含まれる脂質が酸化し、香りが変化するのである。

 

このわずかに外皮の酸化した香りが、酢やネタの香りに押されないコメの風味として、上方寿しを成立させている。

 

 

(たんぼのすぐ近くにあるJA蒲生の定温貯蔵庫)

(約16℃あたりで貯蔵される)

(ずらりとならぶ原体。某有名柿の葉寿司メーカーさんのものもある)


 

 

コメの香りについては、1990年代の冷夏で大不作の折、日本がタイから長粒種を輸入した際、多くの日本人がそのコメの香りに「不味い」と言ったことがある。助けてもらってその言い草はどうなのかという事はさておき、日本人の多くはコメの香りを求めてはいない。だがあえて言おう。上方寿しには香りのあるコメのほうがいい。香りをどう調味するかは、料理人次第である。

 

コメも生鮮食品である限り、新鮮なコメと新鮮な魚介による、弾けるような、まるでアイドルスターのまぶしくてキラキラした寿しもまた、最高に美味しいものであることは当然なのだが、デビュー40周年の歌い継がれる老練の歌い手と楽曲にもまた、味わい深いがごとく、上方寿しにも良さがあるのだ。

 

 

  そもそもシャリなのか、ネタなのか。

 

「sushi」はもはや世界料理であるものの、日本における「すし」はことさら日本人にとって思い入れが強い料理だと思う。

 

世界的に著名なすし職人ともなれば、その仕事における一挙手一投足、はてはライフスタイルまでが後発の料理人に影響を及ぼす。

 

つい先日も情熱大陸で東京の女性すし職人・幸後綿衣氏がクローズアップされたところを見ると、女性すし職人というのも今後増えてゆく事だろう。すばらしい。

 

現在進行形ですし屋というレストランスタイルのトレンドは、いわゆる「江戸前すし」という起点に、にぎりすしを中心にして回っている。すし職人も、経営も、メディアも。

 

そうした中で、時々出てくるこの課題、

すしは「シャリなのか、ネタなのか。」

 

 

一般的な及第点の答えとしては、「ネタとシャリはバランス」ではあるが、ひさご寿しの場合はここまでツラツラと書いてきた通り「シャリ」である。

 

 

これは、ひさご寿しは少し時代遅れのすし屋であることに由来する。

 

 

  時代遅れのすし

ひさご寿しのすしには本当に多くのバリエーションがあって、歴史的な日本のすし文化の変遷を味わうことが出来ると言ってもいい。

 

1.熟鮓

2.早熟鮓

3.郷土すし

4.上方すし

5.にぎりすし

6.裏巻すし

 

 

ちなみに「鮓」という表意文字としての漢字が持つ意味は、塩と魚だけで発酵、もしくは米を加えて発酵したもの、を後漢期には指していて、チャイナ最古の料理書「斉民要術」(北魏時代)にも記されている。

 

また近年でもよく見かける「鮨」という表意文字の漢字がもともと表している意味は、魚の塩辛であった。これは始皇帝で有名な「秦」の時代からの事である。

 

 

話はもどって、

1番目の熟鮓は滋賀県のソウルフードである鮒寿しを代表に、様々な湖魚の熟鮓をひさご寿しでは提供している。フナ、ビワマス、ハス、ウグイ、ホンモロコが現在も作っている種類である。

 

2番目の早熟。これは鮒寿しのように1年を超える発酵ではなく、2週間から3ヶ月程度までの発酵したなれずしの事で、鮒寿しから比較すると短期間の発酵なので、「早熟」なのである。ひさご寿しで言えば、めずし、山かぶら鮒糀、ウロリ糀塩辛。日本各地には北海道や東北のいずしや、北陸や湖北の蕪寿し・大根すしだろう。

(14日発酵オイカワめずし)

 

3番目の郷土すしについては、ナレズシという歴史から進化して、いわゆる酢飯で作る「早すし」である。雑多な家庭料理的すしの総称というか、祭や法事で用意するばら寿し、杮すし、押し寿しなんかがこの類で、日本全国には郷土ごとに本当にバリエーション豊かな郷土すしがあるが、近江八幡ではもっぱら「ばら寿し」。これは冠婚葬祭すべてで食されてきたもので、干瓢・高野豆腐・椎茸・牛蒡・人参などが五目としてシャリに混ぜられ、上には錦糸卵と梅酢漬けの生姜を刻んで添えられる。近江八幡の農産物直売所に行けば、たいてい売っている。家庭の食文化として今なお続いているのがとてもうれしい。

 

これがとても素晴らしい編集で、郷土のすしが勢ぞろい。日本のすしとはかくも豊かなものかと、ウキウキして眺めるものだ。母方の実家・香川県の赤車海老入りのばら寿しも懐かしく、大分の茶台寿しや鹿児島の酒すし、金沢の紺のりが入った押し寿しなども特徴的で面白い。

 

 

さて、4番目の上方すしというのが、ひさご寿しで言う「巻寿し」のカテゴリーである。

 

上方というのは京におわすお上の御所をセンターにして、地方から見た地域名である。まあマウントとるためのネーミングですなw

 

滋賀は上方には含まれないのではあるが、京都・奈良・大阪と食文化に共通項がおおく、押し寿し・箱寿し・棒寿し・巻寿しなど共通したすしが多い。

(ひさご寿しの押し寿しいろいろ)

 

中でも「鱧の箱寿し」については京都・滋賀にしか存在しないのは、ともに海が無いからかと思われる。一方、バッテラ、ケラ箱、穴子箱、海老箱、などは大阪とも共有しているすしである。

 

そして節分の代名詞になりつつある「巻寿し」は、江戸時代から現代アレンジまで他種多様に変化し続け、おとなり韓国においても似たようなキムパプとなって伝播している。

 

上方巻寿しの最も古い出典は、江戸時代1776年の新撰献立部類集。

 

 

ひさご寿しで作られ続けている巻寿しは、魚介類を使わない京都・滋賀ならではのオーソドックスと言ってよい。流通の発達した現代において、滋賀はどこでも海産物が安易に手に入るようになったが、ひさご寿しのすしの味をつくりだす主役が、やはり米でありシャリである理由は、滋賀が歴史的に日本のコメ食文化において重要な場所であったことを、次世代に忘れず伝え繋いでゆくためと考えている。

 

 

 

参考:

品種の異なる米澱粉の構 造と糊化特性

大家千恵子・川端晶子

    
再考ふなずしの歴史

橋本道範/編著

 

別冊うかたま伝え継ぐ日本の家庭料理
すし
ちらしずし・巻きずし・押しずし など
著者:日本調理科学会 企画・編集