近江八幡の料理人は  ~川西たけしのブログ~

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近江八幡で寿し割烹と日本料理を楽しむお店「ひさご寿し」

料理長のかわにしたけしが料理のことや、近江八幡のこと、営業日誌などを徒然なるままに書いとります。

NEW !
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長らく更新滞っておりましたが、新たにお座敷を紹介させていただきます。

新店舗でも2Fお座敷がございます。エレベーターがございますので、車いすやお膝の良くない方でも上がっていただけます。ただ、外構工事を完了できるまでは2Fエントランスが使えないので、不自由おかけすることになります。

 

各部屋最大10名で3部屋ございますので、最大収容は30名様を定員としております。

 

大宴会とまではまいりませんが、ご参集いただくにはおすすめです。

 

尚、新店舗では全席禁煙にて、喫煙室は別室もうけております。


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創業来、出前とお持ち帰りのお客様も沢山いらっしゃいます。

新しいHPで新メニューをご紹介できるまで、こちらに出前パンフレットをダウンロードできるようにリンクを用意いたしました。

 

松花堂メニュー

https://drive.google.com/open?id=1x-LnCG5VPAEZH8jsIsLV7g-rWK_-isi6

 

上方寿しメニュー

https://drive.google.com/file/d/1IniWAoT7bs3R3Lkb0WHxOfBt6BvixVfJ/view?usp=sharing

 

寿し全般メニュー

https://drive.google.com/file/d/13EZZQppoYYnm2qJmqMOiV8m71vefb3p6/view?usp=sharing

 

尚、営業時間は現在変更になっております。

(月)~(土) 11:00~21:00

(日)     10:00~21:00

 

合計3,000円(税別)以上のご注文、

出前ができる範囲は近江八幡市内に限らせていただいております。


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新店舗の内装仕上げに左官職人さんらの様々なテクニックが入っています。

 

さて、HPの新旧切り替えタイミングにおきまして、旧サイトは更新されませんので、ここに5月の会席料理の案内をいたします。

 

近江旬膳会席 

皐月の献立

 

 

水郷会席5,000円(税サ別)

前菜

 琵琶湖天然小鮎南蛮

  青蕗寄せ クスクスと麦の旨煮

  八幡蒟蒻 小柱酒塩煮 

  旨味だし

 

先吸物

 地物アスパラガスのすり流し冷製

 

向付

 本日の割鮮

   菖蒲独活 小口茗荷 山葵

   葉山葵 芽紫蘇

 

蒸し物

  皐月の玉締め

   田淵農場無農薬圃場育成合鴨の飛龍頭

   薇 筍 蓮根

 

小鍋物

   近江牛と沖島蕨じゅんじゅん仕立て

 

野菜旬膳

  野菜料理八種小付け盛り

 

焼物

  鱸の木の芽焼   

   黄身染おろし

 

止鉢

  本日の湖魚唐揚げ新玉葱餡かけ

  八幡東川茄子 永源寺平茸 

  琵琶湖立烏帽子貝天ぷら 分葱

  黄身酢

 

食事

  魚菜飯

 

水物

  抹茶牛乳寄せ 苺ソース

 

甘味

  自家製わらび餅

 


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令和元年五月正朔、多くの人が祝福する中で今上天皇陛下が践祚・即位され、あらたな時代が始まりました。上皇陛下がつながれてきた平安が、今日とおなじ明日が来るつつがない日々が令和にありますように。弥栄。

 

さて

ひさご寿しは5月12日(日)をもちまして現店舗での営業を終わり、5月26日(日)より新店舗での営業を再開させる予定です。隣接する敷地内に新店舗を建設中で、現在内装の仕上げに入っております。同時にホームページ、ロゴデザイン、ブランドカラーなど新しくなる予定です。

 

新しくなるものもありながら、実は新店舗においてもひさご寿しが創業以来つないできた味わいやメニュー、サービスの多くを次の店舗にも持ってまいります。

 

カウンター寿し割烹、ホールテーブル、個室、お座敷。お料理を楽しんでもらう空間のバリエーションも変わらず、会席料理に一品料理、上方寿しににぎり寿し、寿しと料理の定食、そして郷土料理。令和の時代にもつないでいきたいものを沢山ちりばめてゆくつもりです。

 

 

 

 

 

 

 

 


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新店舗の正面入り口に設置される「船板引き戸」。

 

船板とは木造船の船底に使われてきた板ですが、永く船底に使われてきた丈夫さ、近江商人の主たる仕事の水運物流において活躍してきた船を再利用するという倹約精神、人工と経年による自然の造作による板面のビジュアル、様々なデザインを含んで、近江商人屋敷の外壁や塀、欄間などに幅広く使われてきました。

 

木造船が使われなくなった現代では、非常に貴重な文化財としての価値を持った建築木材です。

 

 

さて、

いよいよ来月に迫ってまいりました新店舗オープンですが、現店舗で5月12日(日)まで通常通り営業を続けます。

 

新店舗情報につきまして、新HPサイトは準備中のため、オープンまではこのブログとFBにおきまして仮の情報公開の場とさせていただきます。

 

ひさご寿し 近江八幡 公式FBページ

https://www.facebook.com/hisagozushi/

 


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清和四條流庖丁式のお稽古、家元。

 

4月20日は近江神宮で毎年に庖丁式を奉納する。

 

その日は天智天皇が大津宮へ遷都した日であり、春の例祭が行われる。

 

現在もこの春の例祭には必ず陛下から勅使が遣わされ、御幣物(ごへいもつ)が奉納される。

 

平成の御代はもう間もなく終わる。

 

 

今上陛下からの奉納はこれが最後かと思うと、清和四條流の一員として感慨深い。

 

 

 

 

昭和20年敗戦後、GHQの神道指令をもっていろいろ問題の多かった国家神道が排された。国家神道の問題点はここでは記さないが、神道指令が発令された昭和20年12月15日、まさにその日に昭和天皇が近江神宮を勅祭社と治定されたのが、現在に続く例年の勅使による陛下の奉納のはじまりである。

 

昭和天皇は敗戦という惨禍からの復興を願い、白村江の大敗からの国づくりを行った天智天皇のまつりごとを模範として文化経済を盛んにして永く将来へ対処したい旨、時の総理以下重臣へ直接言葉を伝えられた。

 

異例である勅話を携え、元滋賀県知事が昭和天皇の御名代として昭和21年に正式参拝、その後、昭和天皇、今上陛下美智子皇后陛下とも近江神宮にご参拝されている。

 

 

どんなに少なく見ても1300年の歴史を刻む皇室において、現代ほど詳しく広く多くの人に知られていることはなかっただろう。皇室そのものをどう思い感じるかは人それぞれかとは思うが、日本が大惨禍にまきこまれ大きな危機に陥るとき、必ずそこには天皇という存在無しには復興はあり得なかったであろう歴史的事実を考えてみたい。近現代で見ると平成のいくつもの大震災、昭和の大敗戦、幕末騒乱からの明治維新。

 

続く令和にはいろいろなことがまた起こるのであろうが、日本の歴史とともに皇室は続いてゆくのだろう。

 

 

まあ、皇室ライターでもないのでこの辺にしておこう。


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ご縁あってAsia's50 Best restrant 2019 @macau へ

初めて見学に行ってきた。

県外に出る時には琵琶湖のやつらを

お供に連れてゆくのがお決まりだ。

 

今回はただの一人旅行記なんで

滋賀の料理はでてこない。

 

 

ちにみうちの店がアワードに選出されているわけでは

もちろんない(笑)

 

 

 

長年行けずじまいだった香港にある従兄の店

「壽司処 今村」にも行こうと、香港経由でマカオに向かう。

 

香港からマカオは昨年秋に世界最長の橋ができていて、

香港国際空港からバスで5分ほどのところにある

香港口岸ターミナルから乗る。

めっさでかいバスターミナルで、

関空の第一ターミナルくらいの広さがある、

バスなのに。

 

バスターミナルに到着すると

簡単なイミグレを通過してバスチケットを買う。

 

アリペイやwechatpayなら自販機で買えるが、

そんなもん無いから現金様用の対人チケット売り場に並ばされる。

わりとサクサクいって買えた。

65HK$だから大体900円位か。

 

 

中国の団体旅行ご一行様が500人ぐらいいて、

私と同じようにマカオ行きのほうへ向かっているではないか。

 

乗り場に向かうが、

例の団体様が横のレーンでぞろぞろ。

先頭のオジサンが物をたたきながら

めっちゃ何かを叫んでいたが広東語かなんだかわからない。

 

そんな団体様をよそに個人レーンは一発で乗車できた。

 

マカオ側で下車したあとは市内にタクシーでGO。

めっちゃ気前のいいおっさんが道を間違いながらも

ちゃんと目的地へ運んでくれた。

広東語しか通じない様子だから

googleマップさんでのりきる。

 

 

 

 

アワード前日の会場に到着。

会場であるwynn palaceでは

いろいろなシェフズイベントが開催される。

ランクインが予想されるシェフたちのコラボディナー、

スポンサー企業との共同発表、

イベントを国の枠を無しで創っていくことで

さまざまな食に関する国際文化交流の場になっている。

 

コラボディナーやコラボランチを創ったシェフたちは

きっと仲間のような感覚になるだろうな。

 

 

PM22:30

ランクインされるだろう日本人シェフたちやかれらのチーム、

メディアの人たちとの間で壮行会が開かれた。
チェアマンの中村さんの呼びかけだが、

いろいろな人としゃべることができるし、

気楽な集まりだ。

シェフ同士が同じテーブルを囲んで会話し

時間を共有してゆく中で、私自身も

なんとなくあの人たちに上位ランクであって欲しい

と感じるようになる。

そこのファインダイニングである「wynn lei palace」で

深夜まで皆さん会話が尽きない様子だった。

 

 

 

翌朝、マカオの裏道をの覗いてみる。

 

マカオのコタイ地区は比較的新しくほうだが、

古いビルと新しいビルが乱立していて、

裏路地にはボロボロの場所もちらほら。

旧ポルトガル領の名残なもんは近くにはなくて、

アジア・チャイニーズの風合いしかない。

小奇麗な店など無視してジモティーな店へ突撃。

全くわからんもんが並んでいるが、

なんとなくわかる粥を頼む。

肉団子粥はまあこんなもんだ。

 

 

 

程よい時間でwynn palaceにもどってぶらつく。

フロント前のエントランスのひとつ。

グランドフロアのど真ん中にカジノを配置し、

囲むようにこれでもかとゴージャス仕上げのモノとカラーリング。

ブランドショップもカジノを囲むように配置され、

ガッポリ稼げた人は散財するのだろう(笑)

清朝のゴージャス壺。

ゲストフロアーもどこまでもゴージャス。

むろん部屋もゴージャス。

これでもかとゴージャスにゴールドにするのは、

やはりチャイニーズのお客様趣向なんだろう。

 

マカオは昔からカジノで稼いでいると聞いてきた。

カジノで散財してもらうつもりなのだろうか、

意外と日本のシティーホテルツイン並みの価格で

これらしい。

 

 

ランキング発表のセレモニーまで

ゆったりしながらひと仕事。

献立作成もはかどるというもんだ。

 

 

 

小腹がすいて簡単に定食ですませるために

下におりたら結構な繁盛ぶりだ。

ホルモンとアキレス腱の和えもんが結構うまい。

 

さていよいよ夜が近づいて

プールサイドのパーティー会場がオープン。

「フロンティア東条」という蔵元のグループが出店。

兵庫県東条特A地区で栽培された山田錦を使う

12の蔵が集まる。

当日の参加は

われらが松の司、

初亀、

磯自慢、

東洋美人、

義侠、

伯楽星、

そして醴泉。

 

しつらえはwynn palace側の用意なんだろうね、

カラーリングやデザインはどう見ても日本酒じゃないなあ。

ここら辺はちゃんと国が後援してしっかりデザインワーク、

これでもかと日本酒をプレゼンできるようになるといいのにね。

クールジャパンって言っても行政・政府の力添えなんて

行き届いてない感じですなあ。

開場前に皆さん記念撮影。

夜は更けていきパーティーは人が集まってゆく。

 

 

フロンティア東条ブースはサイドに位置してましたが、

人は沢山集まります。

日本酒への関心も私が思っているより高い。

 

それでもリード社のチャールズ・リードが松の司を飲んだ時のコメントが印象深い。

「strong」

 

そうかあ、17%ぐらいはキツイのかあ。

まあ彼の主観ですけどね。

 

フロンティア東条横の和食ブース。

前半は寿し、後半は焼き鳥をしてはりました。

どう見ても日本から飛ばしている天然鯛や勘八、

金目に雲丹。

wynn palaceのファインダイニングの和食は日本人シェフ。

さっぱり系のシャリの寿しでした。

 

メインスポンサーのサンペレグリノ社は

パーティー会場のセンターです。

日本チェアマンの中村さんが取材を受けてはりました。

中村さんも背が高いのにコンパニの人が背高。

 

 

他にもスポンサーに付いているイベリコハムの会社や

調理器具の会社社、

スピリッツの会社、

ワイン、シャンパーニュ、ビール、チョコ、

いろいろだ。

それぞれがパーティーではブースを出している。

夜な夜な朝までパーティーは続く。

 

フロンティア東条のブースは日付が変わったころには

早々に品切れして撤収となりました。

 

 

合間の20:30頃、

会場をボールルームに移してランキングの発表。

あえて詳しくは私が書かなくても多くのメディアで

いろいろな報道が出ているので書かないが、

初めて会場で感じたことは

日本でもこれくらいの国際的なアワードが

開催されてほしいなあ、という感じだ。

 

12の日本の店がランクインしたことは

過去最高の数字ではあり、

日本というエリアが美食国として

アジアで最もレベルが高いということが言えるだろう。

 

しかしながら

あの店この店、日本料理の素晴らしいお店たちが

この国際的なアワードでランクインしていない。

もちろんお店の人が断っているのかもしれないが、

もはやミシュランガイドやゴエミヨ、ザガットでは

世界における発信力が下がってきている予感だ。

 

 

おいしくて、きめ細やかなサービス、

お店のしつらえ、それに加えられて

新しく望まれている何か。

 

この「何か」については

私の目で見て感じたところでは

はっきりと断言できないが、

フーディーズたちが望んでいる

飲食店への国際的な期待だと思う。

 

いやー、たった50件しか発表されないのは

もったいない。

 

できればもっとたくさんの日本のあの名店らが

国際的に認められて欲しい。

 

 

 

 

いろいろなもんが入り混じった翌日は、

香港へ移動してずっと行きたかった従兄の店へ。

マカオから香港市街に入るには

大橋をバスで渡るよりジェットフェリーがいい。

港から地下鉄で4駅ほど、10分程度で従兄の店がある

コーズウェイベイに着く。

新旧めまぐるしい開発が続く中でも、

足場が竹材というのが面白い。

 

 

 

従兄の今村猛之の店「壽司処 今村」

もうお目にかかることはない瀬戸さんの松の司。

日本酒もネタも温度管理がされているエアーで運ばれる。

 

炭火で炙ったのどくろ。

本海松。

由良。

順不同、全部のネタを載せないが、

細かいところまでこだわって作られている。

料理人としてこうありたいと思う人だ。

自分自身をふりかえりながら、思いふける。

 

昼ごはんを思う存分楽しませてくれたあと、

少ない時間でいろいろ見せて案内してくれた。

夜の仕事もあるからと、途中で別れた後も

ぶらぶらと夕方まで食べ物見まくり。

ポピュラーな金華ハムや生肉たち。

常温で野ざらしかい!

まあそういう文化だな。

北之庄菜の古漬けみたいなやつも発見。

広東料理的ローストした鶏や家鴨に子豚ちゃん。

日本人にはちょっとグロいやつは掲載中止。

なんかわからん魚の皮の揚げたやつ。

分かりやすいお店には写真メニューが。

しかしそこは従兄おすすめのワンタン麺屋で。

底に海老ワンタンが埋め込まれている。

近くには観光客向けなのか若者向けなのか、

新しい店いろいろ。

パーティーでフロンティア東条ブースに来ていた

May Chow のお店が近くにあったから覗いてみたが、

店員にきいたらこっちは今日はいないとさ。

 

最後に荷物を預かってもらっていた今村に寄ったら、

日本人のお客さんや、先週日本の超有名店や

三つ星を断ったあの店に行ってきたっていう

香港人の常連さんに遭遇。

「日本の店も美味しかったけど今村のほうが美味しいよ」

なんて世間話で盛り上がってはる。

「従弟なんだよ」って紹介してくれたら、

お酒をごちそうしてくれた。

 

出会いとは大切だ。

 

帰りは教えてもらった通り、

セントラル駅でエアーのチェックインをしていまい、

荷物をあずけてあとは身軽に空港へGO。

空港では簡単にスルーです。

 

 

海外に行くことは本当に数年に1回だが、

今回も面白い経験だった。

開発のパワーは日本より断然アジアの他の地域にある。

そうしたパワーは経済を循環させるから、

必然的に飲食業界全体のパワーも

アジアの各拠点で進化していっている。

 

いにしえの国日本の食文化は

そのパワーバランスのどういう位置になっていくのだろう。

 

 


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日本庖丁道清和四條流・師範の許状をいただきました。

 

何度も庖丁式や料理のはなしを書いているが、

改めて庖丁という文化について書き残しておこう。

 

庖丁とは日本人なら誰しもが一様に通じる名前だが、

この呼び名は日本人にしか通用しない。

中国では菜刀という。

どちらかというと、道具の意味としては

菜刀のほうがしっくりとくる。

 

 

「庖丁」とはもともとは紀元前の春秋戦国時代、

秦の始皇帝が中華統一を果たすまでの

戦乱のさ中の人物の名前である。

庖丁(ホウテイ)。

 

とはいうものの

道教の始祖の一人、荘周が記した書、

「荘子」の中に出てくる架空の人物ではあるが。

 

「庖丁」が人物名であるのに、

かの料理に使う庖丁の名前となった

日本での詳しい経緯は知るところではないが、

逸話の中で伝説的な庖丁さばきの名人に

敬意をはらって、彼が使用した道具に対して

「庖丁」と呼ぶことにした、

これが妥当なところだろうか。

 

荘子の逸話中のホウテイは

魏の恵王の前で見事に牛をさばく。

 

感心する恵王はホウテイに

その極意をたずねる。

 

ホウテイは答える。

菜刀使いの技以上に

道を極めることで

強引に力任せに切らずとも

見るものを魅せるような音楽を奏でるかのような、

刀使いができるのだと。

 

恵王はこれを聞いて無理をしないことが

人生において良い事と心得た。

(意訳です。正確に知りたい人は荘子を見てね)

 

まあ、

道教の聖典にあたる老子・荘子を読むとこういった

無為無策、自然まかせみたいものを

良しとするような感じの哲学だから、

ホウテイの話の結末もさもありなん。

 

 

春秋戦国時代やそれ以降も断続的に

日本へは人々が渡来してきていることは

遺跡の数々からわかっている。

 

そうした戦乱を避けて、または亡国の末に

日本へと渡来した人々の中には

儒家・道家や諸子百家の学者もいたであろうことは

想像に難くない。

 

荘子という哲学思想書の物語を

いったいいつの時代から古代日本人が

知っていたのかしれないが、

平安時代には藤原中納言山蔭をして、

庖丁式の始祖とされているから、

1200年前にはすでに

荘子を基にしてホウテイの逸話から

「庖丁」が日本文化の中で名詞化しているのである。

 

(清和四條流・家元庖丁刀、近江神宮饗宴祭にて)

庖丁式で使う庖丁は

「庖丁刀」という。

ホウテイの刀である。

 

まさに荘周が記した、

道教の聖典・荘子の逸話を

日本語と日本文化の中に保存しているのである。

 

現在の中国人にとって

荘子は単なる哲学書のひとつなのかもしれないが、

ぜひとも中国人も古代春秋戦国時代の1ページを

自らで文化継承することを考えてもらいたいものだ。

 

 

あとがき

庖丁の由来論議は多々あって、ホウテイは人物名ではなく役職の名前である、や、庖という役職の丁という名前の人だったとか、庖という名前の丁という役だったとか。細々したことはややこしくなるが、庖丁の初見は荘子であり、現在日本人はいわゆる料理に使う刀は庖丁とよび、庖丁式に使う庖丁は庖丁刀と呼ぶことは紛れもない事実である。

 


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創業来変わらない製法でつくりつづけている

名物の「鯖寿し」。

 

近年様々な店で作られている

ポピュラーな寿しのひとつではあるものの、

鯖寿しが熟成したおいしさを存分に味わえる製法は

徐々に少なくなってきている。

 

鯖そのものは大人気の食材で、

sabarに代表されるように専門店化され、

鯖を食べるバリエーションは増え続け、

世の中は鯖の楽しみが広がっている。

 

しかしながら

バリエーションが増えるとともに、

伝統的な製法に秘められた

おいしさを作り出すコツは

残念ながら往々にして継承されなくなってきている。

 

 

「鯖の生き腐れ」と揶揄されるほどに

身質の鮮度落ちしやすい魚であった故に、

鮮度バツグンの鯖を使った造りや寿しが

ある時点で大ヒットした。

 

関サバがブランド化されて久しいが、

その頃あたりからか、

魚の鮮度を維持する技術や化学的な知識、

流通の発達によって、

「鮮度が良い鯖のおいしさ」

が一般的に広がったように感じる。

 

 

まあ

生鯖の造りが美味しいことは間違いない。

アニサキスの心配があるだけだ。

 

だが

鯖寿しに関して言えば鯖が熟成したものを

是非おすすめしたい。

 

 

熟成した鯖を使った鯖寿しは、

水揚げされた鯖を一旦「塩鯖」にしたものを使う。

鮮度抜群の鯖をもったいないと思うかもしれないが、

この加塩による脱水が鯖のうま味を凝縮することになり、

さらに脱水後数日は全体が均一な塩分濃度になるように

熟成させる。

 

熟成を終えた塩鯖を酢にくぐらせ、

さらに酢が全体になじむまで数日熟成させる。

 

この一連の熟成には少なくとも5日は必要だろう。

 

そうやって出来上がった〆鯖。

そこに近江米「日本晴」という品種を

甘目のシャリに仕立てて合わせる。

 

出来立てのおいしさというものもあるが、

〆鯖の塩分とシャリの甘さが徐々に交配して、

翌日くらいに食べる味わいは別物ともいえる。

 

さらに、

翌々日にもなってシャリが固くなってしまったものは、

シャリごと焼いて「焼鯖寿し」にしてしまう。

これが本来の焼鯖寿しのはじまりである。

 

香ばしくなった〆鯖はさらにうま味を凝縮させ、

同時に焼かれたシャリもホクホクと柔らかくなり、

酢が加熱されることで独特のまろやかさも生まれる。

十分にシャリと〆鯖の味が全体になじんだ上での

焼き締めであるから、出来立てのもとは

おおよそちがう味わいとして、

鯖寿しの三段活用の最終形である。

 

出来立て

翌日

焼鯖寿し

 

 

現在も全国的に有名な京都の老舗寿し店や、

滋賀の店にはそうした熟成鯖のおいしさを

鯖寿しという料理で提供している店が残っている。

これからも残せるかどうかはそれぞれの店の、

そして料理人の矜持にかかっている。

 

 

こうした酢飯を使った鯖寿しが生まれる以前は、

こけら寿し同様に鯖とご飯を桶の中で発酵させた、

「鯖の熟れ寿し」が現代にまで伝わっている。

 

鯖街道や湖北、和歌山などに見られる。

 

乳酸菌発酵によって得られた乳酸の酸味は、

酢酸菌から生まれる酢酸の酸味に比べてまろやかだ。

熟れ寿しのほうが酸味がまろやかで、

発酵の香りと合わせておいしさを醸し出している。

 

 

 

ちなみに

よくサービスエリアで売っている

「焼鯖寿し」というのはほとんどが

鯖の塩焼きを酢飯に合わせているタイプだ。

〆鯖の製法工程を経ていない分、

鯖自体の味が違う。

加えてシャリの再加熱もないので。

根本的に味が違う。

 

似て非なる鯖の寿しなのだが、

いろいろな味を楽しんでもらえると

料理人冥利に尽きる。

 

 

 

余談。

生鮮物を取り扱う食品衛生管理としては、

塩・酢による殺菌効果を熟知していれば

こうした熟成によっても安全が担保できる。

必ずしも鮮度抜群が安全を担保しているわけではない。

鯖について言えばむしろ鮮度が良いものほど危険である。

アニサキス寄生虫はかなりの確率で存在し、

食中毒事件としてかなりの頻度で全国的にみられる。

アニサキスについては酢や塩では死滅しない。

 

ひさご寿しでは絶対にこのアニサキス事故を

起こさないためのエビデンスが存在する。

それは塩鯖の時点で一旦急速冷凍することだ。

この工程が入るとアニサキス事故は起きない。

 

 

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