料理がおいしくなるわけではないけど庖丁式を奉納する意味 その3 | 近江八幡の料理人は  ~川西たけしのブログ~

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近江八幡で寿し割烹と日本料理を楽しむお店「ひさご寿し」

料理長のかわにしたけしが料理のことや、近江八幡のこと、営業日誌などを徒然なるままに書いとります。

日本の国宝と重要文化財は、

脈々続けられる人々のおこないに宿る。

 

 

山王総本宮日吉大社第24回庖丁まつり、楼門にて。

祭が催行されるまえに井口権宮司と雑談。

 

権宮司:「合理化の世界の感覚からしたら、われわれのやっていることはほとんど無駄と判断されてしまう。しかし、大切なことはこういうことやと思うんです」

 

川西:「たしかに。合理的に直接的に料理が美味しくなるわけではないですからね」

 

権宮司「いや、美味しくなってるんですよ(笑)」

 

初めて庖丁まつりの庖丁人を務める緊張の川西を気遣っていただいた和みのひと時。

 

料理関係者他150人ほどに見守られまして、無事「清和四條流 神祇の鯉」庖丁式を奉納させていただきました。

 

信長の比叡山焼き討ちのあと、秀吉によって再建された拝殿の上で庖丁式が執り行われ、巫女さんの神楽「剣の舞」や多くの料理人、蔵元、農業者を代表してJAさんからも様々な奉納と、参列の皆様からは玉串が西本宮の大物主と磐鹿六雁命に捧げられる。

 

 

祭では国宝である西本宮に、実際に宮司・権宮司が上り、庖丁式と神楽舞が行われる拝殿は国重要文化財である。

 

国宝・重文というもんは世界的な感覚であればおそらく大切に大切に保管され、簡単に手に触れたりするもんではない。実際、正倉院の中にある国宝や美術品の類は簡単に触れることはできない。

 

それでも日吉大社の西本宮は日々一般の人でも拝殿の上にあがり、祈祷祈願をしてもらうことが出来る。だれでも簡単に触れることが出来るのだ。

 

木製の拝殿、西本宮本殿などの檜皮葺に欄干は、時の流れですこしづつ朽ちてゆく。歴史の中では時に焼け落ち、それでも何度も修繕し、作り直し、今につながっている。法隆寺に代表される千数百年を経ても現存している木製建築物はもちろん貴重な国宝ではあるが、日吉大社について述べるとすれば古事記が成立した千数百年前の時点ですでに賀茂・松尾と並んで「いつからあるのかわからない」とされるもの。それほど昔から日枝の山の麓では人々が社を築き、祭というおこないを続けてきた。

 

湖北にいたっては祭そのものを「オコナイ」とさえ云う。

 

千数百年にわたって人々に同じことをさせるほどの行動原理というものを考えると、おそらく時代とともに変遷があったと考えられる。時に自然へ畏怖を、時に現世利益を求めた祈祷祈願を、時に享楽を、時に政治の発露を、人の数ほどに様々な思いを呑合しながらも祭は続けられてきた。

 

熱田神宮には三種の神器の一つ「天叢雲剣」があるとされているが実は現物はレプリカで、本物は平家が持ち出し壇ノ浦に沈んでいる。にもかかわらず熱田神宮が人々のあつまるところとなるのは、天叢雲剣を祀る人々の心とおこないによるからだ。三種の神器の一つは心の中にあるといってもいい。まるで「神は心の中におわす」みたいな宗教じみた話のようだが、本当の価値が合理的な現物にだけ存在しているわけではない証左である。

 

同様に、日吉大社の国宝と重要文化財というのは、ただひたすらに変わることなく続けてゆく私たちのおこないの事といえるのではないだろうか。

 

 

という事で、滋賀にある国宝と重文を守るために、合理的無駄を来年も続けます(笑)