●流れ星は、吉か、凶か。

 

 


占い師だからしょうがないのでしょうが、

 

 

時々、偶然に流れ星を見る事、

 

 

それが不幸の印なのか、幸運の印なのか聞かれる事があります。

 

 

 


日本では、よく流れ星が落ちるのを発見した時、

 

 

「その流れ星が、流れる間に、心の中で3回願い事を唱えると、願いが叶う。」

 

 

とされています。

 

 

実際にそうして願ってから、願いが叶ったという人の話も聞きます。

 

 

 

 


しかし、長い歴史の中では、

 

 

流れ星を見る事が、不吉という時代もありました。

 

 

 

 

 

例えば、昔中国の三国志の時代、人は死ぬ時、

 

 

その人の星が流れ星となって、空から落ちると考えられていました。

 

 

 

だから、天才軍師の諸葛孔明は、五丈原にて、

 

 

大きな流れ星が落ちた時、命が尽きて亡くなってしまったというのです。

 

 

そして、その流れ星を見た敵の総大将司馬懿も、その流れ星を見た瞬間、

 

 

孔明が亡くなった事に気がついたと言うのです。

 

 

 


そして、18世紀のロシアでも、

 

 

当時の女帝エカテリーナ二世は67才の時、

 

 

夜空の流れ星を見つけて、「あれは私の死の予兆だわ。」と言ったそうです。

 

 

実際、その2ヶ月後に亡くなっています。

 

 

 


この頃は、一般人にも、流れ星=人の死という概念があった様です。

 

 

と言うのは、皆さんも知っているアンデルセン童話の『マッチ売りの少女』でも、

 

 

寒い中、マッチが売れない少女が、空を見上げると、流れ星が落ちます。

 

 

すると少女は、「今夜、誰かが死んだのね。」をつぶやくのでした。

 

 

そして、翌朝、少女はマッチの燃えカスを持ったまま亡くなったのです。

 

 

子供に読ませる童話でさえこんな感じでした。

 

 

 

 

では、私が留学していたアメリカではどうだったかと言うと、

 

 

当時私がお付き合いしたアメリカの方々は皆キリスト教の方だったので、

 

 

アメリカというよりは、キリスト教では、と言った方がいいのかもしれません。

 

 

「天には神様が居て、時々下界にいる私達の様子を眺める為に、

 

 天界の扉を開ける時があるそうです。

 

 その時、天の光として、流れ星が落ちる。

 

 つまり、その流れ星が落ちる瞬間、神様も天から私達を見て下さっている。

 

 だから、この時に願い事をすれば、直接神の耳に届き、願いが叶うと言うのです。

 

 しかし扉が開いている時間は、ホンの少しなので、

 

 流れ星が流れている時間に、お願いしなければならない。」との事。

 

 

また、そのお願いも、当初は個人的な願掛けではなく、

 

 

天国にまだ行けない悩み苦しむ霊魂達が、天国に行ける様に、

 

 

Rest In Peace」(安らかに眠って下さい)と3回祈ってあげていたという。

 

 

私はこの話を聞いて、

 

 

流れ星を見たら急いでお願いするという事と、3回祈るという事が、後の日本の

 

 

「その流れ星が、流れる間に、心の中で3回願い事を唱えると、願いが叶う。」

 

 

に繋がっていると感じました。

 

 

 

 


ここまで読んだ方は、きっと、こう思われるでしょうね。

 

 

 

「結局、流れ星を見たら、良く無いの? それとも幸運?」

 

 

 


私は個人的に、そういう質問や疑問には、こう答えています。

 

 


流れ星を見たら、吉か、凶か、

 


それは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


その流れ星を見た瞬間の、貴方の気持ち次第である。と。

 

 

 

つまり、どういう事かと言うと、

 

 

 


流れ星を見た時、貴方が、ああ不吉だなと思うなら、悪い事が起き、

 

 

流れ星を見た時、貴方が、ラッキーと思うなら、良い事が起きる。

 

 

 


何でもそうなんですが、

 

 

例えば、貴方が電車の切符を買う。

 

 

その切符を見ると、番号が4444だった。

 

 

死を感じて落ち込む人もいれば、

 

 

ゾロ目だぁ、とラッキーを予感する人もいる。

 

 

大学受験に失敗して、人生の終わりだと思い自殺する人もいれば、

 

 

大学受験に失敗して、これは芸人になれという意味だと解釈して芸人になった人もいる。

 

 

芸人であれば、何か不運な事があっても、それで落ち込む人もいれば、

 

 

それをネタにして、伸びていく人もいるのです。

 

 

 


確かに、昔三国志で諸葛孔明は大きな流れ星が落ちて、自分も亡くなりました。

 

 

でも、その前に口から血を吐く事が何度もあり、もう自分は長く無いと周囲にはなし、

 

 

そんな時、大きな流れ星が落ちたのです。

 

 

ロシアの女帝エカテリーナ二世も、当時何度も発作が起きる様になっていて、

 

 

自分の体が悪い事を知っていました。そんな時に流れ星を見て言った言葉だったのです。

 

 

ただ、マッチ売りの少女は不幸でした。彼女はまだ子供だったからです。

 

 

子供は親などの話を信じるものです。

 

 

当時マッチ売りの少女は、寒く、マッチも売れず、このままだと父親に怒られるという、

 

 

不安の中、祖母にいつも「流れ星は、誰かの命が消えようとしている象徴なよ。」と、

 

 

教えられていたのです。そんな子が流れ星を見ても良い事が浮かぶ訳がありません。

 

 

 

 

 

結論として私が言いたいのは、

 

 

流れ星を見たら、ラッキーと思いなさい。

 

 

 そして、願いましょう。」されば、悪い事など、流れ星によって起こりはしません。

 

 

 

心の中で、いつも熱心に願っている様な事であれば、

 

 

たまたま流れ星を見た時にも、瞬時に3回言えるはずです。

 

 

そして、直ぐに言えるほど熱心にいつも願っている事なら、

 

 

神の力が無くてもその願いは叶うものなのです。

 

 

 

 

 

個人的な事ですが、私は白血病になって良かったと思っています。

 

 

時々神に感謝する事さえあります。

 

 

 

 

基本、何が貴方に起きても、ポジティブにとらえるのです。

 

 

それが、例え天空から落ちてくる流れ星や病気であってでもです。

 

 

ポジティブな気持ちが、病気をも良くするという事もあるのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


最後に、こんな実話を。

 

 

 

 


東京の町田市に、一軒のラーメン屋があります。

 

 

普通、ラーメン屋というと、男性がやっているイメージですが、

 

 

このラーメン屋さんは、一人の女性が始めた店でした。

 

 

しかも、シングルマザー。

 

 

3人の子供を育てながらの、ラーメン店です。

 

 

きっと、そこに至るまでは、並大抵の苦労では無かったと思います。

 

 

 


当初は、いきなり入って来たお客に、

 

 

なんだ、女か!

 

 女がやるラーメン店なんて、どうせすぐ潰れるさ。」

 

 

と言われているのを聞いて、悲しくなったそうです。

 

 

 

しかし、彼女がラーメン屋を始めたのは、ただの安直な動機ではありませんでした。

 

 

昔、彼女の親がラーメン屋をやりたいと言っていたのを代わりに実現させてあげたい、

 

 

という事もありましたが、離婚してからは、そんな事を考える余裕などありません。

 

 

3人の子供を養う為に、給料の良いトラックドライバーになります。

 

 

子供を置いて、全国に配達する毎日。贅沢な食事をとっているお金も時間もありません。

 

 

そんな時、全国の美味しいラーメンと出会います。

 

 

疲れた後での一杯。ああ、こんな美味しいラーメンがあるんだ。

 

 

彼女はその時、こう思ったそうです。

 

 

 

 

ああ、もし私が昔住んでいた北海道の食材を使って作ったなら、

 

 

きっともっと美味しいラーメンが作れるんじゃないか。

 

 

そんな美味しいラーメンを、子供達やラーメン好きな人達に食べさせたい。

 

 

 

彼女はそれからお金を貯めて、長男が大きくなったのをきっかけに、

 

 

思い切って、ラーメン店に挑戦する事を決意したのでした。

 

 

スープには28種類の具材を使い、

 

 

チャーシューやメンマも毎日手作りしました。

 

 

そんなある日、一人の男性がお客としてやってきます。

 

 

 

そして、これは美味しいと絶賛したのです。

 

 

 

彼こそが、食リポの天才、彦摩呂さんでした。

 

人生最高レストランより

 

その噂も伝わり、一躍人気店になったのです。

 

 

 

 

 


しかし、さあ、これからという時でした。

 

 

 

一緒にラーメンの仕込みなどを手伝ってくれていた長男が、

 

 

不治の病である心臓病になり、この世を去ってしまったのです。

 

 

子供の為にと、今まで頑張って来たシングルマザーの心が折れてしまいましした。

 

 

彼女は、気力が無くなり、ラーメン店を閉店させたのでした。

 

 

もう、私はダメ。

 

 

長男の死後、ぽっかりと心に大きな穴が開いてしまいました。

 

 

眠れない夜は、一人で当てども無いドライブ。

 

 

そんなある時の夜でした。

 

 

夜空を何気なく眺めていると、

 

 

 

 

すっと、1筋の流れ星が・・・・・・

 

 

 

 

 

彼女は、その流れ星を見た瞬間、

 

 

もう一度、店を開けて頑張ってみようと、決心したそうです。

 

 

 

常連のお客さんや知人も、お店を閉めている間も、

 

 

彼女に「開くの待ってるから。ずっと待ってるから・・」と応援されていました。

 

 

案の定、お店を再開させた後も、お客さん達は戻って来てくれました。

 

 

次男さんも手伝ってくれる様になり、

 

 

ラーメン首都圏ランキングでは、157店舗中、第6位の輝いたのでした。

 

 

 

 

 

 


では、なぜ彼女は流れ星1つで、店の再開を決心したのでしょうか?

 

 

 


実は、こんな理由があったのです。

 

 

 

長男が病気で亡くなる直前、彼女にこう言ったそうです。

 

 

 

 

かあさん、「空を見て!

 

 
 ボク、流れ星で、合図するから。」

 

 

 

 


彼女が絶望して、店を閉め、夜空を眺めていた時に、

 

 

流れ星が、スーッと1つ流れたのです。

 

 

 


ああ、息子の為に、「私、しっかりしなきゃ。」

 

 


それはまるで、

 


かあさん、頑張って!」という、長男の合図の様だったといいます。

 

END

 

下の映像の後半に、彼女とラーメン店(雷文)が出てきます。興味のある方はどうぞ。

 

 

●4歳児は、悪魔か天使か

 

 


さて、今日は何を書こうかと、ニュースを見ると、

 

 

今年の流行語大賞のノミネートに、「うんこ漢字ドリル」が入ったと言う。

 

 

子供に大うけだというのである。

 

 

特に男の子は、大人が過度に反応する言葉を口にするのが好きだ。

 

 

うんこ、ババア、クソジジイ、デベソ、ブス。など、

 

 

 


一般に、魔の2歳児悪魔の3歳児と呼ばれ、

 

 

自我が芽生える2歳児から、イヤイヤと何でも嫌がり始めお母さんを困らせます。

 

 

そして、3歳児になると今度は体力が出て来て、叩く、泣くが激しくなり、

 

 

悪魔の3歳児と呼ばれる事になる訳です。

 

 

そして、それらが収まりを見せ始め、天使の4歳児となります。

 

 

4歳になっても多少の反抗はありますが、3歳の時に比べたら、

 

 

天使に見えるという訳です。

 

 

 

 

 

 


でも、実際は4歳になっても、まだ悪魔の反抗期が続いていて、

 

 

悩んでいるというお母さんが少なくありません。

 

 

 


子供は4歳になると、多少言葉も覚え、口が達者となります。

 

 

男の子も女の子も、新しく耳にした言葉を実際に使いたがるのです。

 

 

その中でも、短い言葉で人が過度に反応するものは特に使いたがります

 

 

だから「ババア!」って言って相手が急変すると、面白がって何回も言いたがるのです。

 

 

 

「クソジジイ!」って言われたら、

 

 

「なにぃ、このクソガキ!!」と応戦したくなりますよねぇ。

 

 

しかし、それでは子供の思うつぼであり、まるで4歳児同士の言い合いである。

 

 

 

たまに出会った子に言われたなら、まだ我慢できるが、

 

 

実の息子に毎日言われたら、親もたまらない。

 

 

実際に、こんな相談をしてきた母親もいた。

 

 

「うちの4歳の息子は、とにかく言葉がキツくて、「ババア、バカ、あほ」など、

 

 

 ホントに悪魔かと思う時があります。」という。

 

 

でも、実際に写真を見せてもらうと、可愛い男の子である。

 

 

そこで、お母さんには、

 

 

「貴方のお子さんは、普通の子です。別に悪魔なんかじゃありませんよ。」

 

 

と言ってから、こう説明した。

 

 

4歳児が言っている言葉は、そんなに深い意味が込められている訳ではありません。

 

 

その言葉の響きが面白いから言っていたり、

 

 

大人やお母さんが、すぐに反応してくれるから言っていたりするのです。

 

 

だから、そんな言葉言っちゃダメ!と言っても、よけい言ったりします。

 

 

昔、その子が「どうして?」とか「なんで?」と聞いて来た時に、

 

 

つい忙しいからと、無視したり、「あとでね。」を連発していたりすると、

 

 

子供はより強い言葉でお母さんの気を引こうとします。

 

 

それが悪い言葉になっていく事がある訳です。

 

 

つまり、子供は親とコミュニケーションをとりたいが為に、悪い言葉を使い始めた所があります。

 

 

だから、その言葉によって、

 

 

お母さんを悲しませようとか、貶めようという訳では無いのです。

 

 

では、子供が暴言を吐く様になったら、どうしたらいいでしょうか?

 

 

私が彼女にアドバイスしたのは、

 

 

■まず、子供は親とのコミュニケーションを求めている裏返しですから、

 

 

子供と面と向かって、「ババアって良く無い言葉だから、言わない方がいいのよ。」

 

 

と、興奮せずに、冷静に説明してあげましょう。

 

 

■それでも、まだ言う様なら、

 

 

まず、その子が逆に言われると嫌な言葉を探します。

 

 

彼女の例で言うと、その子は「赤ちゃん」と言われるのが嫌いだそうなので、

 

 

もし、こんど「ババア」って言ったら、怒らず、冷静に振り返って、

 

 

「まだそんな良く無い言葉を言っているの。でもまだ赤ちゃんだからしょうがないわね。」

 

 

と言って、過度に反応しないで、さらっと許してあげる様にしてください。

 

 

 

 

 

 

 

すると、段々と汚い言葉を言わなくなったといいます。

 

 

 

 

上の例は、4歳児の男の子の例ですが、

 

 

4歳児の女の子の場合は、若干違ってきます。

 

 

女の子は、脳の言語分野の発達が男の子よりも速いので、

 

 

男の子がただ言葉のリズムが良いから、面白いから「バーカ」とか

 

 

「うんち」って言っているのに対して、女の子はそれほど悪い言葉は使いません。

 

 

バーカという言葉が相手に与える悲しみも理解していて言わなかったりします。

 

 

ただし、口達者になるので、親が思っている以上に口答えしてくる事があります。

 

 

例えば「早く食べてね。」と言うと、

 

 

「これはお父さんがお風呂から出たら一緒に食べるの。」など、4歳児とは思えない、

 

 

お前は大人かぁと、言ってしまいそうな返答をしたりします。

 

 

こんな時は、「いいから、早く食べなさい!」と怒ってしまいそうになりますが、

 

 

4歳児の女の子は、口達者な上に何にでも好奇心が芽生える時です。

 

 

だから、何でも命令したり、反対すると、反抗期がぶり返してしまいます。

 

 

 

ここは、やみくもに怒ったり、反対するのではなく、

 

 

もし、目の前の娘が、自分だったら、何と声をかけて欲しいかと考えてから、言いましょう。

 

 

という言うのは、

 

 

4歳の女の子は、お母さんがお手本になって鏡になっている事が多いのです。

 

 

多分、普段お母さんは、お父さんがお風呂から出たら一緒に食事をしているのでしょう。

 

 

だから、娘さんもそれを見ていて、自分もそうしたいと発言したのでしょう。

 

 

つまり、目の前にいるのは、小さい貴方だと思って言葉をかけてあげてください。

 

 

「じゃあ、それ食べ終わったら、お父さんと果物食べましょうね。」とか。

 

 

 

目の前の娘を、

 

 

小さい貴方だと思って接していれば、

 

 

 

 

 

 

 

きっと本当の、天使の4歳児になるはずですよ。

 

 

END

 

 

●緑のオジサン

 

 


たまに、小さい子供に、

 

 

人のオーラが見えるという才能を持ち合わせている子がいます。

 

 

 

オーラとは、その人が持っている生体エネルギーなど現したもので、

 

 

その色などによって、その人の性格や人格、その時の感情や健康状態を表します。

 

 

人間なら誰でも持ち合わせているものと言えましょう。

 

 

 

 

そんなオーラが見えるという子供を持つ親は、

 

 

よく子供が、人を見て、「ピンクのおねえさん」とか、「緑のオジサン

 

 

などと表現する時があるけど、指差した人を見ても、

 

 

別にピンク色の服を着ている女性じゃなかったり、

 

 

緑の服を着ているオジサンじゃなかったりするといいます。

 

 

つまり、子供はその人のピンクのオーラを見て「ピンクのおねえさん」とか、

 

 

緑色のオーラを見て「緑のオジサン」と表現して言っていたのです。

 

 

 

 

ちなみに、緑のオーラをまとっている人は、人を助ける職業や、

 

 

人を助けたいと常日頃から思っている人に多いと言われ、

 

 

お医者さんとか、看護婦さん、介護士さんなどのオーラの中には、

 

 

大抵綺麗な緑が含まれているいるものです。

 

 

 

ただ、人は成長するにつれて、利口になってゆくの普通で、

 

 

それは色々な経験や体験を積み重ねる事によって身についてゆくのですが、

 

 

ことオーラを見る能力については、その逆で、

 

 

他の能力を得たり、純粋さを失うにつれて、オーラが見えなくなります。

 

 

相談を聞いていると、小学校2・3年から見えなくなる子が多い感じです。

 

 

 

 

中には、成人になってもオーラを見る力が残っている人もいます。

 

 

オーラは色によって、その人の性格が分かるので、

 

 

その人の性格を言い当てる事が出来る訳ですが、

 

 

同時にそのオーラの出方によっても、その人の性格が分かります。

 

 

 

例えば、オーラの出方がが大きい人がいます。

 

 

そういう人は、外交的な人なのです。

 

 

つまり、人の前に立って発言したり、リーダーや芸能人、人前で歌う歌手や、

 

 

沢山の人達の代表となって働く政治家や首相に向いているという訳です。

 

 

逆にオーラの出方が少ない人は、内向的な人です。

 

 

人前に出るのがあまり好きじゃないタイプだったりしますが、

 

 

人でコツコツ研究したり、何かを作り出す能力に長けていたりします。

 

 

ただ、オーラ占いは、誤解を生じる事もしばしばあります。

 

 

以前、こんな相談をされた方がいらっしゃいました。

 

 

「この前、オーラの占いをしてもらったのですが、

 

 私のオーラは小さいので、芸能人には向かないと言われました。」

 

という電話相談を受けた事があります。

 

 

確かに、その占いは正しいかもしれません。

 

 

ただ、オーラによる占いは、その時その瞬間の占い結果に過ぎないのです。

 

 

 

どういう事かというと、

 

 

彼女がオーラ占いをしてもらったその瞬間は、確かにオーラも小さく、

 

 

芸能人向きでは無かったと言えます。

 

 

これは、自分の弱点が分かったに過ぎません。

 

 

大学受験の模擬試験を受けたのと似ています。

 

 

国語は良かったけど、数学が悪かった。

 

 

じゃあ、大学受験は諦めるのかって、違いますよね。

 

 

自分が弱い数学に力を入れる様になりますよね。

 

 

それと同じです。

 

 

オーラが小さくて内向的なら、もっと人前で喋るとか、人前に出るとかして、

 

 

外交的な自分になるのです。

 

 

そんな経験や努力で、段々と外交的な自分になり、オーラも大きくなるのです。

 

 

そして、今度見てもらった時は、きっと芸能人に向いていますよ。

 

 

と言われる貴方になる事でしょう。

 

 

 

 

 


私がアメリカに居る時に、

 

 

人のオーラが見えるという小学生の男の子に会った事が有ります。

 

 

ちなみに、私も見てもらったら、青と緑のオーラが強いと言われました。

 

 

その子がよく母親に言ったのは、

 

 

隣のオジサンは、他の人よりも綺麗で光っているオーラだと言うんだそうです。

 

 

それは虹色に輝いていて、特に綺麗な緑色があって、隣のオジサンが出て来ると、

 

 

すぐに目が行ってしまい、いつまでも見ていたいと思うそうです。

 

 

しかし、お母さんが言うには、隣のそのオジサンは、

 

 

筋肉ムキムキの坊主で、着ているもののそんなに良い物じゃないし、

 

 

乗っている車も軽トラックだけで冴えない人物に見えると言うのです。

 

 

 

 

 

 


しかし、ある日近所でガーデンパーティがあった時に、

 

 

たまたま隣のオジサンの話題になったそうです。

 

 

 

そして、その隣人を良く知っているという話に寄ると、

 

 

彼は小さなスーパーを経営している人だそうで、

 

 

そんなに繁盛してお金持ちという人では無いそうだが、

 

 

売れ残った物や、入れ替え時に半端になった食品などを、

 

 

恵まれない人達や施設に、軽トラックで運んで寄付しているという。

 

 

それを聞いてお母さんは、隣の人を見る目が変わったと話した。

 

 

 

 

 

こういう話はアメリカではよく聞いた。

 

 

例えばレストランやファーストフードでも、そういう寄付が行われていたりする。

 

 

日本では余り聞かない話だが、

 

 

それは別に、日本人がアメリカ人よりも冷たいという訳では無い。

 

 

どうやらそこには、法律が関係しているらしい。

 

 

アメリカでは寄付の文化が浸透しているのだが、

 

 

日本ではまだまだ、寄付という形に抵抗がある。

 

 

その大きな理由が、「親切がアダになるという現象である。」

 

 

どういう事かと言うと、

 

 

寄付するのはいいのだけど、問題はその後だと言う。

 

 

例えば、寄付された物を食べたら、食中毒になった。とか、

 

 

寄付された物にゴキブリがいた。とかカビが生えていた。廃棄品だった。

 

 

そうなると、親切で寄付した店が、逆に訴えられたり、ダメージを受ける。

 

 

それで、日本のレストランやコンビニ、ファーストフード店も、

 

 

残り物や余り物を寄付するのに及び腰なのである。

 

 

 

 

それに比べて、寄付文化の進んでいるアメリカは法律が守っている。

 

 

つまり、アメリカでは店や企業が、恵まれない人達に寄付した時点で、

 

 

「その企業や店には責任は一切かからない」という法律が出来ていて、

 

 

善意で寄付する企業や店を、守っているのである。

 

 

 


日本もいつかそういう法律が出来、無駄な食品ロスが、

 

 

恵まれない人達に行くようになる世の中になって欲しいと願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、

 

今年の1月30日早朝、島根県で痛ましい事件があった。

 

 

三原董充さんという73歳の男性が、交差点で、

 

 

飲酒運転のトラックに轢かれて亡くなったのだ。

 

 

 

 

 

 

ではなんで、そんな早朝に、交差点に彼がいたのかと言うと、

 

 

15年前から、彼はそこに立ち続け、子供達の安全を見守って来たのである。

 

 

地元の豊川小学校に通学する児童達の見守り活動をしていたのである。

 

 

三原さんが、そんなボランティア活動をし始めたのには理由があった。

 

 

 


実は、今から33年前、

 

 

三原さんの最愛の娘、舞子さんがそこで車に轢かれて亡くなったのだ。

 

 

まだ7歳だった。

 

 

彼は人前では泣かなかったと言うが、

 

 

近所の人の話に寄ると、酒が入るといつも、

 

 

「なんで舞子が・・・

 

 オレが代わってやりたかった。」と嘆いていたという。

 

 

それからずっと市に、「あの横断歩道は危ない。信号機をつけた方がいい」

 

 

と訴え続けたというが、市は彼の言い分を聞く事は無かった。

 

 

それ以来、彼は自分が子供達を守ってやらにゃいかんと立ち上がり、

 

 

15年間毎朝、あの交差点に立ち、子供達の安全を見守っていたのである。

 

 

子供達も、「おっちゃん。おっちゃん」と親しみをもっていたという。

 

 

 


そして、あの1月30日の朝も、

 

 

三原さんは、あの交差点に立ち、子供達の通学を見守っていた。

 

 

すると、トラックが横断歩道を渡っている子供達の列に突っ込んだである。

 

 

 


一瞬の出来事だった。

 

 


三原さんは、子供達を突き飛ばして、身代わりになってトラックに轢かれたのである。

 

 

到着した救急車の方は言う。

 

 


相当な激痛だったろうに、自分の事よりも、

 

 

子供は大丈夫か?」        子供は大丈夫か?」

 

 

 

 

 

と、子供達の事ばかり心配していましたよ。

 

 

 

病院に担ぎ込まれた時は既に意識不明だったので、それが三原さんの最後の会話となった。

 

 


この事故で亡くなったのは、三原さんだけだった。

 

 

他の子供達は泣いていたが、軽傷で済んだのである。

 

 

 


きっと三原さんは、天国で娘の舞子さんと会っている事だろう。

 

 

そして、こんな会話をしているのかもしれない。

 

 

「舞子、とうちゃん助けてあげられなくて、ゴメンな。」

 

 

「いいんだよ。とうちゃん、

 

 あの子を、舞子だと思って助けてくれたでしょ。

 

 舞子、嬉しかったよ。

 

 立派だったよ。偉かったよ。   とうちゃん。」

 

 

 

毎日新聞より

 


2月2日、三原さんの葬儀が行われ、

 

 

棺を乗せた車が偶然、豊川小学校の前を通った時だった。

 

 

すると、校庭にいた40人もの児童が手を合せて三原さんを見送ったという。

 

 

「おっちゃん、今まで見守ってくれて、ありがとう。」

 

 

 

 

 

きっと、交差点で児童を見守っていた三原さんは、

 

 

生前綺麗な緑のオーラをまとっていたに違いない。

 

 

また、そこを通る子供達の中には、三原さんの緑のオーラが見えた子もいたかもしれない。

 

 

 

 


そんな、子供達の通学を見守ってくれる人を、

 

 


子供達は、いつからか、こう呼ぶようになったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緑のおばさん。」

「緑のおじさん。」

END

 

 

 

 

 

 

参考:女性セブン2017年2月23日号