●緑のオジサン
たまに、小さい子供に、
人のオーラが見えるという才能を持ち合わせている子がいます。
オーラとは、その人が持っている生体エネルギーなど現したもので、
その色などによって、その人の性格や人格、その時の感情や健康状態を表します。
人間なら誰でも持ち合わせているものと言えましょう。
そんなオーラが見えるという子供を持つ親は、
よく子供が、人を見て、「ピンクのおねえさん」とか、「緑のオジサン」
などと表現する時があるけど、指差した人を見ても、
別にピンク色の服を着ている女性じゃなかったり、
緑の服を着ているオジサンじゃなかったりするといいます。
つまり、子供はその人のピンクのオーラを見て「ピンクのおねえさん」とか、
緑色のオーラを見て「緑のオジサン」と表現して言っていたのです。
ちなみに、緑のオーラをまとっている人は、人を助ける職業や、
人を助けたいと常日頃から思っている人に多いと言われ、
お医者さんとか、看護婦さん、介護士さんなどのオーラの中には、
大抵綺麗な緑が含まれているいるものです。
ただ、人は成長するにつれて、利口になってゆくの普通で、
それは色々な経験や体験を積み重ねる事によって身についてゆくのですが、
ことオーラを見る能力については、その逆で、
他の能力を得たり、純粋さを失うにつれて、オーラが見えなくなります。
相談を聞いていると、小学校2・3年から見えなくなる子が多い感じです。
中には、成人になってもオーラを見る力が残っている人もいます。
オーラは色によって、その人の性格が分かるので、
その人の性格を言い当てる事が出来る訳ですが、
同時にそのオーラの出方によっても、その人の性格が分かります。
例えば、オーラの出方がが大きい人がいます。
そういう人は、外交的な人なのです。
つまり、人の前に立って発言したり、リーダーや芸能人、人前で歌う歌手や、
沢山の人達の代表となって働く政治家や首相に向いているという訳です。
逆にオーラの出方が少ない人は、内向的な人です。
人前に出るのがあまり好きじゃないタイプだったりしますが、
人でコツコツ研究したり、何かを作り出す能力に長けていたりします。
ただ、オーラ占いは、誤解を生じる事もしばしばあります。
以前、こんな相談をされた方がいらっしゃいました。
「この前、オーラの占いをしてもらったのですが、
私のオーラは小さいので、芸能人には向かないと言われました。」
という電話相談を受けた事があります。
確かに、その占いは正しいかもしれません。
ただ、オーラによる占いは、その時その瞬間の占い結果に過ぎないのです。
どういう事かというと、
彼女がオーラ占いをしてもらったその瞬間は、確かにオーラも小さく、
芸能人向きでは無かったと言えます。
これは、自分の弱点が分かったに過ぎません。
大学受験の模擬試験を受けたのと似ています。
国語は良かったけど、数学が悪かった。
じゃあ、大学受験は諦めるのかって、違いますよね。
自分が弱い数学に力を入れる様になりますよね。
それと同じです。
オーラが小さくて内向的なら、もっと人前で喋るとか、人前に出るとかして、
外交的な自分になるのです。
そんな経験や努力で、段々と外交的な自分になり、オーラも大きくなるのです。
そして、今度見てもらった時は、きっと芸能人に向いていますよ。
と言われる貴方になる事でしょう。
私がアメリカに居る時に、
人のオーラが見えるという小学生の男の子に会った事が有ります。
ちなみに、私も見てもらったら、青と緑のオーラが強いと言われました。
その子がよく母親に言ったのは、
隣のオジサンは、他の人よりも綺麗で光っているオーラだと言うんだそうです。
それは虹色に輝いていて、特に綺麗な緑色があって、隣のオジサンが出て来ると、
すぐに目が行ってしまい、いつまでも見ていたいと思うそうです。
しかし、お母さんが言うには、隣のそのオジサンは、
筋肉ムキムキの坊主で、着ているもののそんなに良い物じゃないし、
乗っている車も軽トラックだけで、冴えない人物に見えると言うのです。
しかし、ある日近所でガーデンパーティがあった時に、
たまたま隣のオジサンの話題になったそうです。
そして、その隣人を良く知っているという話に寄ると、
彼は小さなスーパーを経営している人だそうで、
そんなに繁盛してお金持ちという人では無いそうだが、
売れ残った物や、入れ替え時に半端になった食品などを、
恵まれない人達や施設に、軽トラックで運んで寄付しているという。
それを聞いてお母さんは、隣の人を見る目が変わったと話した。
こういう話はアメリカではよく聞いた。
例えばレストランやファーストフードでも、そういう寄付が行われていたりする。
日本では余り聞かない話だが、
それは別に、日本人がアメリカ人よりも冷たいという訳では無い。
どうやらそこには、法律が関係しているらしい。
アメリカでは寄付の文化が浸透しているのだが、
日本ではまだまだ、寄付という形に抵抗がある。
その大きな理由が、「親切がアダになるという現象である。」
どういう事かと言うと、
寄付するのはいいのだけど、問題はその後だと言う。
例えば、寄付された物を食べたら、食中毒になった。とか、
寄付された物にゴキブリがいた。とかカビが生えていた。廃棄品だった。
そうなると、親切で寄付した店が、逆に訴えられたり、ダメージを受ける。
それで、日本のレストランやコンビニ、ファーストフード店も、
残り物や余り物を寄付するのに及び腰なのである。
それに比べて、寄付文化の進んでいるアメリカは法律が守っている。
つまり、アメリカでは店や企業が、恵まれない人達に寄付した時点で、
「その企業や店には責任は一切かからない」という法律が出来ていて、
善意で寄付する企業や店を、守っているのである。
日本もいつかそういう法律が出来、無駄な食品ロスが、
恵まれない人達に行くようになる世の中になって欲しいと願っている。
最後に、
今年の1月30日早朝、島根県で痛ましい事件があった。
三原董充さんという73歳の男性が、交差点で、
飲酒運転のトラックに轢かれて亡くなったのだ。
ではなんで、そんな早朝に、交差点に彼がいたのかと言うと、
15年前から、彼はそこに立ち続け、子供達の安全を見守って来たのである。
地元の豊川小学校に通学する児童達の見守り活動をしていたのである。
三原さんが、そんなボランティア活動をし始めたのには理由があった。
実は、今から33年前、
三原さんの最愛の娘、舞子さんがそこで車に轢かれて亡くなったのだ。
まだ7歳だった。
彼は人前では泣かなかったと言うが、
近所の人の話に寄ると、酒が入るといつも、
「なんで舞子が・・・
オレが代わってやりたかった。」と嘆いていたという。
それからずっと市に、「あの横断歩道は危ない。信号機をつけた方がいい」
と訴え続けたというが、市は彼の言い分を聞く事は無かった。
それ以来、彼は自分が子供達を守ってやらにゃいかんと立ち上がり、
15年間毎朝、あの交差点に立ち、子供達の安全を見守っていたのである。
子供達も、「おっちゃん。おっちゃん」と親しみをもっていたという。
そして、あの1月30日の朝も、
三原さんは、あの交差点に立ち、子供達の通学を見守っていた。
すると、トラックが横断歩道を渡っている子供達の列に突っ込んだである。
一瞬の出来事だった。
三原さんは、子供達を突き飛ばして、身代わりになってトラックに轢かれたのである。
到着した救急車の方は言う。
相当な激痛だったろうに、自分の事よりも、
「子供は大丈夫か?」 「子供は大丈夫か?」
と、子供達の事ばかり心配していましたよ。
病院に担ぎ込まれた時は既に意識不明だったので、それが三原さんの最後の会話となった。
この事故で亡くなったのは、三原さんだけだった。
他の子供達は泣いていたが、軽傷で済んだのである。
きっと三原さんは、天国で娘の舞子さんと会っている事だろう。
そして、こんな会話をしているのかもしれない。
「舞子、とうちゃん助けてあげられなくて、ゴメンな。」
「いいんだよ。とうちゃん、
あの子を、舞子だと思って助けてくれたでしょ。
舞子、嬉しかったよ。
立派だったよ。偉かったよ。 とうちゃん。」
2月2日、三原さんの葬儀が行われ、
棺を乗せた車が偶然、豊川小学校の前を通った時だった。
すると、校庭にいた40人もの児童が手を合せて三原さんを見送ったという。
「おっちゃん、今まで見守ってくれて、ありがとう。」
きっと、交差点で児童を見守っていた三原さんは、
生前綺麗な緑のオーラをまとっていたに違いない。
また、そこを通る子供達の中には、三原さんの緑のオーラが見えた子もいたかもしれない。
そんな、子供達の通学を見守ってくれる人を、
子供達は、いつからか、こう呼ぶようになったという。
「緑のおばさん。」
「緑のおじさん。」
END
参考:女性セブン2017年2月23日号
