フォーエバー・フレンズ -91ページ目

5、完全復活(3)

直哉は詩織の話を部員達にする事はなかった。親友の武もこの事は知らない。

告白しろと背中を押されるのも嫌だったし、片思いのまま告白出来ない事を、情けないと言われるのも嫌だった。


「直哉。お前彼女いるのか?」

「いないよ」

部活が終わると、品川の町は真っ暗になっていた。一緒に帰っていた武は、そんな質問を不意にしてきたのだ。

「女ぐらい紹介してやろうか?」

「いいよ」

「女がいないなんて寂しいだろ」

「いいってば」

「うそつけ。本当は女が欲しくて仕方ないクセしてさあ。今日緊急コンパやろうぜ」

「またか」


女が欲しい。それは武の言う通りだった。しかし正しくは詩織という女性が欲しいのである。




恵比寿駅前で、他の女子大生と合流すると、そのままアジアン居酒屋へと直行。

武は、ラグビー部仕込みの盛り上げ上手で、みんなとワイワイと話す。外見に似合わず、ナカナカもてる男である。

勿論直哉も女子大生達と話はする。しかしふと間が空くと、やはり詩織の事を考えてしまう。こうやって沢山の人に囲まれていても、詩織とともにいる事の出来ないモヤモヤが、なんとなく辛く感じてしまう。

走っていれば、余計な事を忘れる事が出来た。でも、ふと立ち止まると、詩織の事ばかり考えてしまう。


今何処にいるのだろう?今何をしているのだろう?

詩織といつも同じ街の同じ場所にいたい。

そして一緒に笑っていたい。


「何ボーとしてるんだよ!」

武にそう言われ、直哉はハッと我に返った。




そして女子大生達とは別れ、武と直哉は肩を並べて恵比寿駅に向かって歩いていた。

「くっそー成果無しかよ」

武はそう言うと、悔しそうな顔をした。

「成果ってなんだよ?」

「決まってんじゃん。お持ち帰りさ」

「お前、特定の女いないのか?」

「いねえよ。特定の女がいたら面倒じゃん。それに遊べないじゃん」


ついこの間まで、そんな武の理論も少しは理解する事ができた。しかし、今、武が可哀想だと思ってしまう。好きな人といつも一緒に居れる幸せを、感じる事が出来ないなんて不幸でしかなかった。







詩織は今日も、目黒救急病院にて、抗がん剤の投与を行っていた。

少量であれば副作用が出ない為、演奏にも差し支えない。しかしあくまでこれが延命措置でしかない事も分かっていた。

診察室ではいつものように恵一が検査結果の説明をするが、今日の詩織は何かが違っていた。

「先生。本当の事を言って欲しいのです。私、死ぬんですよね」

「わかりません」

「はっきり言ってください。先生がはっきり言ってくれないと、私もどう動いていいのかがわかりません。先生の言うように、入院して抗がん剤を大量に打って、それで生きれる確率って何パーセントなのですか?」

恵一は黙って考えた。はっきりと言ってしまえば、この詩織が立ち直れなくなるのではとも思ってしまった。しかし詩織の言うとおり、不透明な未来では身動きも出来ない。

そして恵一は心を鬼にして「1%」です。と言った。

「じゃあ今の治療方法だと?」

「ゼロです」

すると詩織は、少しだけ目に涙を浮かべた。

結局は0%か1%の違いであり、自分が死ぬ運命には変りはない。万が一の確率の為に入院するぐらいなら、延命措置でもいいから今のままピアノを続けたほうがよかった。

「先生。正直に言ってくださって有難うございました。残りの人生頑張って生きます。治療はこのままでいいです。だから一日でも長く私を生かせてください」

「岡本さん・・・」

「そして一日でも多くピアノを弾かせてください」

無理矢理に作ったような笑顔でそう言うと、詩織は診察室を去っていった。





事実上の死亡宣告を受けてしまった詩織。その後はただ呆然としながら、帰路へとつく。そして五反田の公園にたどり着くと、そのまま何かに引かれるようにしてブランコへと座った。

どんよりと曇った午後の東京の空。そんな6月の東京の空を、詩織は、ただぼんやりと見つめていた。



死ぬ事。



どういう訳かそんなに怖くは感じなかった。両親がいない自分に、悲しむ人などいない。あと何ヶ月生きる事が出来るのかはわからないけど、死ぬまでピアノを弾き続ける事が出来れば、それで本望とまで思えた。


そんな事を考えていたら、直哉が公園へとやってきた。

「ナオ・・・」

「家に帰ろうと思って通りかかったら、ブランコに乗ってる人を見つけて。ひょっとして詩織じゃないかと思ったら・・・」

「あはは。昼間からこんなところでブランコ乗ってる人なんて私しかいないよね」

そんな詩織を見ていると、何処となくさびしげに見えた。そして元気付けようと思い直哉はニッコリと笑って見せた。

「詩織。俺、完全に復活したんだ。遂に完璧に走れるようになったんだ」

「ええ!凄いじゃん」

「そうだ何か欲しいものあるかな?」

「欲しいもの?」

「走って取ってきてあげるよ」

直哉にそう言われると、詩織はしばらく「う~ん」と言って考え込んだ。そして「山下公園まで行って、バラの花をとってきて」と言って笑った。

勿論冗談のつもりだった。しかし直哉は笑って「わかったよ」と言い、そのまま駆け出していった。

「な、ナオ!冗談だよ!冗談!」

「ここで待ってて!必ず山下公園からバラを取って帰ってくるから。だから俺が帰ってくるまでここで待っていてほしい」

「やめてえ!」


五反田から山下公園までは、約30kmもの距離がある。往復60km。

なんと直哉は、山下公園までバラの花を取りに行ってしまった。