6、ピティナピアノコンペティション(2)
いよいよ、『日本学生陸上競技大会』の日がやってこようとしていた。
この大会の成績は『関東インカレポイント』というものに加算される。そのインカレポイントと予選会の総合タイムの総得点で、箱根駅伝の出場が決まるのである。
直哉は詩織にメールを送ってみた。
いつもなら詩織から絵文字入りの返信メールが来るのだが、あの日以来、全くメールが来なくなってしまった。告白の返事ぐらいは欲しかった。だけど、これが詩織の返事なのだと自分の心に言い聞かせていた。
「告白しない方がよかったのかな・・・」
そんな不安な気持ちを胸にして、今日もひたすら練習に打ち込んでいた。
練習を終えて家に帰ると、五反田の町は真っ暗。なにせ夜の8時まで練習しているのである。いつものようにスーパーで夕飯の買い物を済ませ、自宅で自炊。夕飯を食べ終えると、マッサージを兼ねて、30分程湯船につかる。
そして風呂場から出て、部屋着のスウェットに着替えると、ちゃぶ台の上に置いていた携帯電話が、点滅している事に気がついた。
急いで携帯の表示を見ると、詩織からのメールが届いていた。
『この間の件で、キチンとした返事をしたいので、一度会ってくれませんか?』
「詩織・・・」
この絵文字も無いメールの文章を見て、詩織の気持ちを大体察する事が出来た。そして『いつでもいいよ。別に今でもいいし』とメールを返信した。
その日の夜10時過ぎ、直哉が近所のスタバで待っていると、詩織は綺麗に化粧が施された顔で、現れた。
「ナオ、待った?」
「いや。大丈夫」
そして、アイスカフェラテをストローで一口分だけ上品に吸うと、詩織は「駅伝の方はどう?」と聞いてきた。
「来週平塚で大会があるんだ。まずそれに出場するよ。確か詩織もコンクールがあるって言ってたよね」
「うん。再来週、ピティナ・ピアノ・コンペティションという大会があるの。その地区予選に出るの」
「そっか。頑張れよ」
「うん。それでねナオ。話したい事があるんだけど・・・」
「大体察してるよ」
「ごめん・・・私今、ピアノコンクールの事だけで精一杯なんだ。とても恋愛なんて考えてる余裕がないの」
「・・・」
「でも、ナオに好きと言ってもらえて、本当に嬉しかった」
「わかったよ・・・」そう言うと直哉は、下を向いて黙り込んでしまった。
「本当にごめんなさい・・・」
嫌われた方がマシだった。詩織がピアノで精一杯という事は、直哉と付き合ってしまえば、自分の好きなピアノに支障を来たすと言われているのと同じだった。余計に傷ついてしまった。
勿論、詩織もそれが本意では無かった。本当のところ、原因は自分自身にもあった。
自分は決して直哉が思うような綺麗な女性ではなく、ピアノに狂ってしまっているふしだらな人間であるからだ。
下手に距離を狭めてしまって、真実を知ってしまえば、きっと直哉は傷つく。