6、ピティナピアノコンペティション(6)
インカレポイントを獲得した東部工業大学駅伝部は、今日も頑張って練習を行う。
五月晴れの東京の空は青々と晴れ渡り、昨夜降った為に出来たトラック内の水溜りも瞬く間に姿を消してしまう。
7月3日。今日は直哉の20回目の誕生日である。
練習を終えると、またいつものように武がやってきた。
「今日どうだ?行くか?」。
「今日はやめとく」
「どうしてだよ」
「兄貴の嫁に誕生日パーティー開いてもらえるんだ」
すると武は「やめとけやめとけ」と言う。
「どうしてだよ?」
「誕生日ならなおさら合コンだろ?」
「合コンはもういい。俺を誘うな」
「なんでだよ?彼女でも出来たのか?」
「いない。でも、好きな人がいる」
「はあ?お前馬鹿じゃないか?付き合ってる訳じゃないんだろ?好きな子がいるだけで合コン止めるなんてお前ちょっとおかしいぞ。そんなんじゃ一生女できないぞ」
武にそんな事を言われるも、直哉は何一つ気にもせず私服に着替え、さっさと五反田の自宅へと帰っていった。
まどかが「直哉君のお誕生日会を開く」と言った時、恵一は「今更、お誕生会という歳か?そんな事はするな」と言ったのだが、結局はいつもの如くまどかに押し切られてしまった。
そして、まどかの開いてくれた誕生日会。なんと手作りのリボンで部屋を飾ってくれた。壁には何個もの造花で描かれた文字。
『なおやくん たんじょうび おめでとう』
いくらまどかが親切と言えど、さすがにこれには照れてしまった。
「まどかさん!やりすぎ!」
「いいじゃん。いいじゃん」
そしてまどかをマネするかのように、玲奈も「いいじゃん。いいじゃん」と言って笑った。
午後7時頃になると、恵一が定刻通りに帰ってきた。そしていつものように「何だ来ていたのか?」という、相変わらずのつれないセリフを放つ。
さすがに慣れてしまったのか、直哉も「おじゃましてるよ」と一言。
今日の晩御飯は直哉の大好きなビーフシチュー。
すると恵一が無愛想に、「直哉」と言って、ビール瓶を差し出してきた。
「え?」
「お前二十歳だろ。飲め」
「あ、ああ」
そして直哉に酌をすると、恵一はふと「この間の子はつれて来ないのか?」と聞いてきた。
「別に・・・兄貴何だよ、この間からやたらと詩織の事ばかり聞いてさ。気持ちわりい」
勿論これには、まどかも反論。「本当。恵ちゃんやらしい」さらには玲奈も「パパやらしい」と言う始末。
「うるさい」
そう言うと恵一は、バースデーケーキの登場を待たずして、天岩戸に籠るように自分の部屋の奥へと閉じこもってしまった。
「まただ・・・」そう言うと直哉は、いつものような呆れた顔をした。とにかくプライドが高くてすぐにスネる。礼儀知らずで無愛想。直哉は恵一の事をいつもそのように見ていた。恵一の本意というものを全く理解していなかったのだ。
お誕生会を終え、直哉が五反田の街にたどり着くと、時刻は夜の10時になっていた。そしてなんとなく家に帰りたくなくなったのか、そこら辺をぶらぶらと歩いていた。
すると後ろのポケットに入れていた携帯電話が、突如ブーンとバイブの音を発した。
『ナオ。会いたいよぉ。一人でいるとさみしいぉ』
詩織からそんなおちゃらけたメールを受け取ると、直哉はそのまま詩織の住むマンションへと駆け出していった。
何処か孤独に見えて・・・
いつも何かに追われているように見えて。
でも一瞬だけみせる、目を細めて笑う詩織の笑顔。
その笑顔が見たくて俺は生きている。
詩織が泣いている時は、自分も同じように苦しみたい。
詩織が笑っている時は、自分も同じように笑いたい。
そして詩織の住むマンションへたどりつくと、詩織は入り口前で直哉を待っていたのだった。
詩織は少し照れながら「ごめんね。変なメールしちゃって」と言うと、目を細めて笑って見せた。
すると直哉は、ギュッと詩織を抱きしめた。
「ナオ・・・」
「好きだよ。詩織なしじゃ、オレは生きていけないよ」
「ナオ・・・私も好きだよ・・・」
佐久から上京してきて、はや1年と3ヶ月。
もうすぐ夏がやってくる。