7、海の上の空気(3)
そして2週間もの日程が終わり、直哉は久々に佐久の自分の実家へ立ち寄る事となった。夏の日差しが強いものの、佐久と言う街は避暑地だけあって、東京と比べるとそれほど熱さを感じる事は無い。
昭和60年に建てられた恵一と直哉の実家。それは懐かしい雰囲気の木造家屋。
恵一は相変わらずこの家に立ち寄ろうともしないが、直哉は定期的に帰省していた。
直哉が家に帰ると、少し年老いた母が、玄関で出迎えてくれた。
「ただいま」直哉がそう言うと、母は「直哉、おかえりなさい」と笑顔で言ってくれた。そして居間に来ると、部屋の隅には仏壇が置かれてあった。仏壇に置かれた父の写真。その写真を見ると、直哉はすぐさま焼香をし、手を合わせた。
「お父さん・・・今年はなんとかして箱根駅伝に出るよ。だから応援してくれ」
そんな事を言って合掌していると、母がお茶と大福を持って台所から現れた。
「恵一は元気なの?」
母にそう言われると、直哉は「相変わらずだよ」と一言。母は相も変わらずの兄弟関係に「あはは」と少しだけ笑った。
「何かおかしいか?」
「ううん。恵一って本当に損な性格しているなって思えて」
「あんな言いたい放題な男がか?本当に偏屈だしさ」
「直哉。あなたが我慢しているように、恵一だって我慢しているのよ。恵一の良いところを見てあげなさい」
「そんな事言ったって、まどかさんも同じこと言ってるよ」
「まどかさんは夫婦。相手の嫌な事も言えるぐらいに仲がいいの。本当に好きだから言えるのよ」
「・・・」
直哉が東京の街へ帰ってきたのは、7月の中頃の事だった。
詩織は五反田駅の改札口で、直哉の事を待っていた。すると直哉が改札口を抜けて来た。
「ナオ、お帰りなさい」
「ただいま」
お互いにそう言いあうと、二人は見つめ合った。会うのは2週間ぶりの事だった。
「真っ黒じゃん。合宿大変だった?」
「ああ、でも、まだ学校での合宿も残っているしね。まだまだ。そうだ、詩織、海に行こうよ」
「海?」
「海水浴」
「行きたい!ねえ、行こうよ」
すると直哉は詩織の顔を見て、一瞬「ん?」と難しい顔をした。
「どうしたの?」
「詩織、ちょっと痩せたか?」
「あ・・・うん。暑いからちょっと食欲が無くて。でも全然大丈夫だよ」
「そうか」
本当のところは病気の影響で、ここ一ヶ月で2キロも体重が落ちてしまっていた。
しかし結局今日も、自分の病気の事を直哉には言い出せなかった。直哉の顔を見ると、とても言い出す事が出来なかった。
ましてや直哉は今、正月の箱根駅伝に向けてまっしぐらだ。練習に支障をきたしてしまってはいけないと思うと、尚更口にする事が出来なかった。詩織は、病気の事を一人で悩んでいた。