8、明かされた秘密(1)
9月。遂に詩織は最後のAV撮影を終わらせた。
これで詩織はもう、カメラの前でそのような行為をしなくても良くなった。
撮影を終えると、監督から「ゆりなちゃんお疲れ様」と言われ、綺麗な花束まで貰ってしまった。そしてスタッフから暖かい拍手で見送られると、思わず涙を流してしまった。
「本当にお世話になりました」
詩織は涙ながらにそう言うと、全員に深く頭を下げて、撮影現場を去って行った
確かに世間体の良い仕事ではない。しかし、このような世界でも共に頑張ってきたという人情たるものが存在する。しかも、別にこの人達に無理矢理この業界に入れられた訳ではない。全ては自分で決めた人生。
変な話ではあるが、詩織はスタッフの人達に深い感謝の気持ちを持っていた。
そして後は、9月下旬の秋葉原でのイベントのサイン会を残すのみとなった。
直哉は直哉で、日々厳しいトレーニングに励んでいた。部員達の平均タイムはすこぶる向上し、箱根駅伝の予選会突破も夢じゃなくなってきた。
そして9月上旬に熊本で開催された『天皇賜杯』の10,000m走で、なんと直哉は優作とともに見事入賞を果たした。
さらにインカレポイントが加算され、これでいよいよ箱根が現実味を帯びてきたのである。
直哉が無事熊本から帰ってくると、夏服姿の詩織が五反田駅で待っていてくれた。
「ナオ、おかえりなさい」
詩織はそう言っていつものように目を細めて笑うが、直哉は少し心配そうな目で見つめていた。ふくよかだった頬が少し痩せこけていた。
「詩織。ちょっと痩せすぎじゃないか?」
「え?うん、ちょっとだけだよ。大丈夫。夏痩せするタイプだから」
ここ数ヶ月で見る見るうちにやせていく詩織。時折胸に焼け付くような痛みを感じる時すらある。しかしその事をずっと直哉に相談出来ずにいた。
それに今更それを話したところで、どうにかなる訳でもない。ただ、なんとか箱根駅伝の日まで命をつないで、最後だけは直哉に看取ってもらいたいと思っていた。
もう覚悟は出来ていた。
病気をごまかし、嘘をつき、なんとか騙し騙しで付き合っていた。
一緒にラーメン屋に入るも、詩織は半分しかラーメンを食べる事が出来なかった。
「もう食べないの?」
「うん。ちょっとお腹一杯で・・・」
そしてその日、詩織は、直哉と一緒にバイト先のバーへ行き、ピアノの演奏を披露した。
体力はかなり落ちているのだが、詩織のピアノの演奏のパワーだけは何故か落ちようとしなかった。直哉はそんな詩織の演奏を、ずっと目を閉じて聞いていた。
美しく奏でるショパンの革命は、秋に行われるコンクールの課題曲。魔法の指はたとえ病気であろうとも、全くの衰えを感じさせない。それどころか気迫すらも感じられた。
その後二人は、直哉の部屋へと行き、一つのベッドで二人深い眠りにつく。
詩織はずっと目を閉じていたが、ふとめを開いた。そして「ナオ・・・起きてる?」と聞いてきた。
「ああ、起きているよ」
「幸せ・・・」
詩織はそう言って、再びゆっくりと目を閉じる。
直哉の胸に耳を当てると、その胸から聞こえるしっかりとした鼓動。