8、明かされた秘密(3)
次の日の朝、直哉は山手線にのっていた。行先は秋葉原だった。
この美月ゆりなというAV女優のイベントに参加し、詩織かどうか確認したかった。
嘘だろ。
嘘であってほしい。
きっと似ているだけだ。
そんな事を願いながら、山手線の車内から見える、日曜日の東京の朝の風景を見つめていた。
そしてイベント会場にたどり着くと、カメラを持った男たちが50人程列を作っていた。その年齢層は、20代から50代まで。とにかく幅が広い。
そして会場の中に入れてもらうと、小さなステージに美月ゆりなが現れた。
「皆様。今日はお忙しい中、サイン会に来ていただいて本当に有難うございます」
丁寧な言葉でそう挨拶すると、腰より深く礼をした。その姿は下手なOLよりも全然礼儀正しかった。
そして「今日は最後に握手とサイン会を行いますので、皆様どうか楽しんで行ってください」といい、その場を去って行った。
直哉はもう帰ろうかと考えてしまった。つまらないからではない。美月ゆりなが、もうどのように見ても詩織にしか見えなかった。声も一緒。深くお辞儀をするのも一緒。目を細めて笑うのも一緒。
詩織と違うところなんて何処にも無かった。
しかしそれでもひょっとして違うのではと淡い期待を背負いながら、直哉はサイン会の時間までいてしまった。
サイン会は、個別に時間をかけて行われていた。
「次の方どうぞ」
そう呼ばれると直哉は、小さなボックスの前へと立った。
この小さなボックスの中に、美月ゆりな・・・いや、詩織がいる。そう思うと、いてもたってもいれなくなってしまった。
どうか間違いであってほしい。そんな気持ちを込めて、ボックスのカーテンを開けて中へと入って行った。
中に入ると、パイプ椅子に座っていた美月ゆりなが、スッと起立して「こんにちは」と言い、深く頭をさげてきた。目を細めた笑顔。それはまさしく詩織だった。
「お名前は?」
美月ゆりながそう言って直哉を見ると、その顔を見て放心状態となってしまった。
そして思わず「ナオ・・・」と名前を口にだしてしまった。
直哉は少し放心状態になるも、すぐさま立ち直り「牧野直哉といいます。いつも応援してます」と言って無理矢理に笑顔を作ってみせた。
美月ゆりなもサインを書くものの、完全に手が震えてしまっていた。もうとてもサインなんて書ける状態ではなかった。
直哉は無理矢理にかいてもらったサイン色紙をもらうと「これからも頑張ってください」と言って、その場を立ち去って行った。
「ナオ・・・」
詩織はそのまま放心状態となるが、何を思ったのか、ファンもそっちのけで、そのまま直哉を追いかけて行った。
「あ、ゆりなちゃん!駄目だよ表に出たら!」
しかし、そんなスタッフの静止をも振り切り、そのまま秋葉原の街へと駆け出して行った。
そして駅前で直哉に追いつくと「ナオ!待って!」と叫び、直哉の手をギュッと掴んだ。しかし直哉は無残にも詩織の手を振り払い、そして何も言わずに歩き出した。
「待って。お願い。聞いて」
「・・・」
「訳を聞いて!お願い!」
「・・・」
「ナオ!理由だけでも聞いてよ!お願い!」
しかし直哉は、そんな詩織の訴えも聞こうとせず、そのまま秋葉原の人混みの中へと消えて行った。
そして詩織はその場にペタンと座り込んで泣き出してしまった。
「ナオ・・・ナオ・・・話を聞いてよ・・・」
詩織は涙をポロポロと流しながら、何度も何度も直哉の名前を呼び続けた。
この仕事を辞め、最悪はピアノを辞めてもいいと思っていた。せめて直哉と一緒に幸せに。そんな思いだけでなんとか生きてきた。
しかし、そんな詩織の想いは、音をたてて崩れ去った。
「ナオ・・・行かないで・・・うわああん!」
詩織は秋葉原の路上で泣き崩れてしまった。
するとその時・・・。
詩織の胸に、今までに経験した事が無い程の激痛が走った。
「くっ!」
詩織は胸を押さえて、そのまま秋葉原の路上でうずくまった。
「くるしい・・ナオ・・・くるしい・・・たすけて・・・」
鋭く焼けつくような痛みで、呼吸が出来ない。もう何が何だかわからなくなってしまった。
そして途切れそうな声で「ナオ・・・」と言うと、その場にバタンと倒れ、気を失ってしまった。
その後、秋葉原の街に、救急車のサイレンが鳴り響いた。