8、明かされた秘密(4)
詩織はそのまま、恵一が務める病院へと搬送された。
そして救急車から担架で降ろされたその女性の姿を見て、当直だった恵一は思わず驚いてしまった。
「岡本さん!」
そして緊急手術が行われ、詩織は一命をなんとか取りとめた。
翌朝、詩織は意識を取り戻した。そして恵一が病室を訪問すると、詩織は元気なくずっと布団の中にくるまっていた。
「気分はいかがですか?」
恵一がそう聞くも、詩織は何も答えようとしない。
「急激に走ったりすると、体に負担をかけます。以後気をつけてください」
「はい・・・」
「で、直哉は来るのですか?」
「・・・来ないです」
「どうしてですか?」
「別れたんです・・・」
「一体何が・・・」
「・・・」
詩織はその理由を話そうとはしなかった。その元気の無い詩織の姿を見て、恵一は少し考え込んだ。
そしてふと思い立ったかのように「直哉にあなたの病名を教えたい」と言い出した。すると詩織は小さく首を横に振った。
「どうしてですか?」
「箱根があるから・・・」
「直哉はあなたより箱根の方が大切なのか?」
「先生。もういいのです。私が悪かったんです。純粋なナオの心をもてあそんでいたのです」
「一体何が・・・」
「聞かないでください。もう終わったんです・・・」
恵一は、自宅のある目黒ではなく、五反田の直哉の家へと向かった。
詩織の癌は末期症状にある。もう命はそんなに長くは無い。本当は病名を教えたいが、医師には個人情報を守らねばならない責務もある。いくら兄弟であろうとも答えるには限界があった。
自分がどうすれば良いかはわからないが、とにかく直哉に会おうと思ったのだ。
恵一が直哉の部屋に行くのは初めての事だった。
そして部屋のブザーを鳴らすと、直哉が「兄貴・・・」と少し驚いた表情をしながら出てきた。
直哉は玄関先までしか恵一を入れなかった。しかし玄関先でもいいので、詩織が入院した事だけは伝えたかった。
しかし当の直哉は「詩織と俺は関係ない」と言い放った。
「どうしてだ?」
「理由は言いたくない。大体どうして兄貴に詩織の話をしなきゃいけないんだよ」
「じゃなくて、彼女が入院したんだ。とにかく来い」
「じゃあどんな病気だよ?」
「・・・とにかく来てくれ」
「答えられないのかよ?」
「・・・」
「どうせ詩織のウソだろ」
「直哉!」
「大体兄貴に何の関係があるんだよ!」
「何でお前は人の話を聞こうとしない!」
「そんなのは兄貴に言われる筋合いはない!兄貴の方がよっぽど人の話を聞かないじゃないか!」
「俺がいつそんな態度をとった!」
すると直哉は目に涙を浮かべ「いつもだよ・・・」と小さな声で言った。
「直哉・・・」
「昔からだよ。俺が苦しんでいる時も、俺が泣いている時も、兄貴はいつもそんな事そっちのけ。自分の事ばっかり。親父が心筋梗塞で倒れた時覚えているか?俺、何度も兄貴に佐久に帰ってきてくれと電話したよな?だけど兄貴は無視した!」
「・・・」
「家族が大変な時、兄貴はいつも無視だった。そんな奴が、人につべこべいう権利あるのかよ!」
そういうと直哉は扉をバタンと閉じた。
直哉はもう自分がどうしていいのかが分からなくなってしまった。それでも詩織の事が好きだ。しかし、今この状態で会うのがどうしても出来なかった。
ピアノに熱心で、優しくて真面目で。
自分が勝手な虚像たるものを作ってしまったのではないのか?全て独りよがりだったのか?そんな想いで、自暴自棄になっていた。
結局結論としては、詩織とは会わない方が良いと言う答えであった。
その日の深夜、恵一はずっと眠れないでいた。
何があったのかは知らないが、直哉は詩織の病気の事を全く何も知らない。それどころか詩織の入院が『仮病』だと言う始末。
どうすれば良いのか?
詩織の意に反して、自分から直哉に告げるべきなのだろうか?
それとも直哉に気付かせるべきなのだろうか?
そんな事を考えていると、隣で寝ていたまどかが「恵ちゃん眠れないの?」と声を掛けてきた。
「ああ」
「明日も仕事なんだから、早く寝ないと」
「ああ・・・」
恵一は目を閉じた。直哉の言った言葉を思い出してしまった。
『家族が大変な時、兄貴はいつも無関心だった。そんな奴が、人につべこべいう権利あるのかよ!』
直哉の言う通りだった。自分はいつも佐久の実家の事については放置。関心すら持たなかった。自分が家を出て行ってから、直哉に負担をかけてきた事に違いはなかった。
そして思い立ったように口を開いた。
「なあ、まどか」
「なに?」
「オレって自分勝手かな?」
突然の恵一の質問に、まどかは少し考え込んだ。そして「ううん」と眠たそうな顔で言う。
「恵ちゃんは説明が足らないだけ」
「説明?」
「うん。私にはわかるんだけど、他の人から見たら、恵ちゃん一言足らないんだと思う。だから一生懸命やっても、感謝されなかったり、誤解されたり・・・とにかく損してるなあって」
「そうか・・・」