9、命のソナタ(1)
10月中頃。いよいよ箱根駅伝予選会の日がやってきた。
青々と晴れ渡る秋の空の下、陸上自衛隊立川駐屯地には、正月に開催される第89回箱根駅伝に出場する為に、40ものチームが集結していた。
ここから本大会に出場できるのは、たったの9チームしかなく、選考方法は1チーム10名の合計タイムと、これまでのインカレポイントによって決まる。まさしく狭き門である。
この中で強豪と言えば、やはり山梨学院大学であろう。彼らは毎年箱根駅伝に顔を出す名門チームである。
しかし、彼らのOB達も決してスマートにここまでやって来た訳ではない。箱根駅伝初出場の時は、なんと最下位だったそうだ。しかし、それを決してかっこ悪いとは思わず、ひたすら走り続けた伝統が、後輩たちへと受け継がれ、やがてはこのような強豪へと育っていった。
東部工業大学は、いまだ箱根駅伝に出場した事がない。しかし、今この努力が後輩達へと受け継がれていき、やがては強豪となる事も決して夢ではない。
尾崎は「いよいよだなあ」と言って、秋空を見上げた。やるべき事は全てやった。後は全力で戦うだけである。
そんな尾崎の姿をみると、直哉は真剣な眼差しで「尾崎さん。山行きますよ」と言った。
「ああ。ここで終わってたまるか。何が何でも箱根に行く」
すると優作や、武も集まってきた。そして10名で円陣を組むと、尾崎の「行くぞ!」の掛け声と同時に、一斉にスタートラインへと走っていった。
いよいよ東部工業大学の熱き戦いが始まる。
スタートラインに並んだ全選手。その数なんと400名。
そしてスターターピストルのバンという合図とともに、全選手が一斉に走り出して行った。
自衛隊駐屯地の中は、ゼッケンを付けた選手達が、まるで芋洗いのようにごった返して走る。そしてその中から有力選手達が次々と抜け出していった。
先頭は山梨学院大学のケニア出身の留学生、オツオリという選手である。黒く、そしてすらりとしたしなやかな体が弾む美しいフォーム。まるでサラブレッドの如く、他の選手をどんどんと引き離して行く。次に走るは国士館大学の手塚という選手。彼は前回の箱根駅伝で、花の2区を走った有力選手である。
競技会はハイスピード戦と化していった。予選会でもこのレベルである。これぞまさしく全国区の大会。
そしてそれに追従するかの如く、直哉と優作は必死に彼らの後を付いていった。
5km程走り、自衛隊駐屯地を出ると、いよいよ立川の市街地へと入っていく。
モノレールの下をくぐると、高島屋を左手に見ながら走っていく。直哉、優作の二人は依然として先頭集団の中に入っていた。
少し遅れての第二集団には、武と尾崎が走る。なんとかエースクラス4名が、いつも通りの走りを見せていた。
10km程走った柏町というところに、第一給水ポイントがある。直哉は迅速に給水を済ませると、ひたすら先頭のアフリカ人選手を追い続けた。
一人、二人と脱落していく先頭集団。遂には優作までもが脱落してしまった。
そしてオツオリ選手、手塚選手、直哉の三つ巴の争いとなった。
駅伝は個人種目ではない。しかし、一人でも1時間を切るタイムを出すと、かなり有利にはなってくる。
少しでもタイムを稼ごうと、この3人は必死になっていた。特に東部工業大学のチーム力なら、尚更時間を稼がなければならない事情がある。直哉はかなり必死になっていた。
玉川上水口から昭和記念公園の中へ入ると、ついに国士舘大学の手塚が遅れ始めた。これでオツオリと直哉の一騎討ちとなった。
両者抜きつ抜かれつのデッドヒート。どちらも一歩も譲ろうとはしなかった。オツオリ自身も、まさかこの予選会で自分に追いついてくるものがいるとは思ってもみなかった。
そして昭和記念公園内の15km給水ポイントを過ぎると、直哉は一気に加速していった。
なんとオツオリに対しての奇襲作戦であった。するとどんどんオツオリとの差が開いていったのである。
彼は駅伝の戦力として、はるばるケニアからきた男であり、大学陸上界ではかなり有名である。そのオツオリを、今、全く無名の大学の選手が突き放していく。
これにはさすがに、沿道にいた人たちも驚いてしまった。まさかオツオリより早く走れる日本人大学生がいるとは思いもしなかった。
「いいぞ!がんばれ!」
そんな声が次々と沿道から上がっていった。