9、命のソナタ(7)
詩織が亡くなったのはそれから数時間後の事だった。彼女は直哉の胸に抱かれながら、そのまま永い眠りへとついた。
直哉には弱音等一度もこぼさなかった詩織。しかし最後「死にたくない」と言って、死んでいったその姿を思うと、可哀想で可哀想でたまらなかった。
病院の屋上へ上がると、既に東の空から日が昇ろうとしていた。そしてその朝焼けの空を見つめると、直哉は「詩織・・・詩織・・・」と言って、ひたすら泣き続けた。
すると恵一も屋上へと上がってきた。
直哉は恵一の姿を見ると「兄貴、悪かった・・・」と言って、謝罪の弁を述べた。
「兄貴の言う通りだ。俺は詩織の事を何も知ろうとせず、気付こうともせず、理由も聞こうとせず・・・ずっと詩織を苦しめていたんだ」
「・・・」
「でも・・・わからなかったんだよ!幸せすぎて何も気付かなかったんだよ!幸せすぎてなにもわかろうとする事すら出来なかったんだ・・・」
そう言うと直哉は、再び溢れんばかりの涙を流した。そして「詩織・・・ごめん・・・本当にごめん・・・」と言って、ひっく、ひっくと肩を震わせながら泣き続けた。
すると恵一は、直哉の肩をポンと叩いた。
「直哉、詩織さんは幸せだったと思う。辛かったかもしれないが、少なくともお前に最後を見とってもらったんだから・・・詩織さんは、生前一人で死ぬのは嫌だと言っていた」
「・・・」
「俺は今まで沢山の人の死を見てきたが、死ぬ事に見栄など何もない。一番の不幸は一人で死に逝く事。孤独に死ぬ以上の悲劇はこの世には無い。そして好きな人に見とってもらえる程の幸せはこの世にはない」
そう言うと恵一は、直哉と同じように朝焼けの空を見つめた
詩織は、直哉宛ての遺書をあらかじめ用意していた。
そして直哉は、夕暮れの日差しが立ち込める自室で、窓から差し込む夕日の光だけを頼りにしてその手紙を読みだした。
ナオへ
嘘ついていて本当にごめんなさい。
でも、私は今でもナオの事が好き。嘘じゃない。
あの雨の日、ナオが山下公園からバラの花を取ってきてくれた。
あの時、何でこんな事するのって怒ったけど、本当はとても嬉しかった。
そしてナオから告白されて一度は断ったけど、本当はあの時にもうナオの事が好きだった。
ただ、自分がこんな事になっている以上、付き合うのが酷だと思っただけ。
ナオはこんな私と付き合った事で、いろいろ傷ついたかもしれない。
だけど、私は今、ナオと出会えて本当によかったのだと思う。
私、ずっと一人ぼっちだった。
寂しかった。
でもナオは、そんな私を一生懸命に好きになってくれた。
本当に有難う
そしてその愛情に応えられなくて、本当にごめんなさい。
私、由比ガ浜の浜辺で、海の上の空気になりたいと言ったかもしれない。
だけど・・・。
今、もし生まれ変われるなら、もう一度ナオと出会いたい。そして一緒になって。
その時は、もっと丈夫な体に生まれて、そして沢山長生きして・・。
そしておばあさんになるまで、ナオと一緒にいたい。
箱根駅伝。優勝出来るといいね。
ナオの夢は私の夢。
だからナオが箱根駅伝で走ることを心より願っています。
詩織
封筒の中をみると、詩織がいつも右手薬指につけていた銀色の指輪が入っていた。
直哉は涙ながらにその手紙を読み終えると、溢れる涙を手で拭った。