10、雪の箱根 仲間の襷(4)
直哉も尾崎も一足先に、往路のゴールである芦ノ湖へたどり着いていた。
雪は相変わらず止む気配もなく、選手達の髪の毛にはしんしんと雪が降り積もる。路面にも数センチの雪が積もり、歩くたびにキュッとなんとも気持ちの悪い感触を感じさせる。
東部工業大学は現在13位。部員たちは、そんな雪の降る箱根で、携帯のワンセグ画面を食い入るように見つめていた。
すると・・・。
「東洋大学増田転倒!!!!」
そんな実況アナウンスを聞くと、あたり一面がザワザワとなりだした。なんと増田は、積もった雪に足を取られて、思いっきり転倒してしまったのだ。
「立てるか増田?立て!立つんだ!!!」
そんな実況アナウンスの声も虚しく、増田はその場で足を押さえてしゃがみこんでしまった。そして3分ぐらい経つと、東洋大学の監督が車から降りてきて、増田を抱き起した。選手に触れてしまったという事で、ここで先頭を走っていた東洋大学の脱落が決定してしまったのだ。
箱根には魔物が住んでいる。まさしくその言葉通り、増田は魔物にやられてしまったのだ。
しかし・・・。
魔物もいれば、女神もいる。
その後すぐ、またしてもワンセグから興奮気味な実況中継が聞こえてきた。
「なんと東部工業大学4人抜き!!!!」
「えっ?」
そう言って全員がワンセグの画面を見ると、なんと武が雪の箱根道を軽快に走っていた。
専修大、国学院大、城西大、帝京大の4チームを一気に抜き去り、順位を9位まで上げたのだ。
「よっしゃあ!!!」
尾崎キャプテンはそう言ってガッツポーズをした。
そしてさらには、拓殖大までをも抜き去り、順位は一気に8位!。
雪の影響で他の大学がタイムを落とす中、ラグビー仕込みの前傾姿勢のフォームの武。箱根の雪道をもろともしなかった。まさしく4WDの如く箱根の山道を突き進んだ。
そして武は堂々の8位で芦ノ湖にゴールした。なんとタイムは1時間19分30秒。
しかも区間賞!
他の大学が、雪の影響でタイムを落としてくれたとはいえ、まさしく立派な走りであった。
さすがに23kmの山登りはキツかったのか、ゴールすると武は、そのまま雪の上に崩れるようにして倒れた。そして大会ボランティアから抱き起されると、そのまま毛布にくるまれ、仲間の待つところへとやってきた。
部員達が集まり「武!ナイスラン!」と言って称えると。なんと武はひっくひっくと泣き出してしまった。
尾崎が「泣くなよ。明日まだ復路があるんだからさ」と言って、武の肩をポンと叩くと、
武は「うれしい・・・これで来年も授業料タダだ・・・」と言って泣き続けた。
この言葉を聞いて、思わず全員大笑いをしてしまった。
ラグビー部をクビにされ、学校側から通常通り授業料を納めろと言われていた武。しかし大学側の条件通り、有名どころの大会で活躍をしてみせた。しかもなんと区間賞である。
これで来年度も特待生扱いが続くであろう。
そして往路の順位は次のようになった。
1位 中央大学
2位 順天堂大学
3位 早稲田大学
4位 駒澤大学
5位 山梨学院大学
6位 青山学院大学
7位 国士舘大学
8位 東部工業大学
9位 城西大学
10位拓殖大学
復路はエース級の、直哉、優作、尾崎キャプテンの3人が登場する。東部工業大学にシード権たるものが見えてきたのだった。
その日の晩。東部工業大学駅伝部は、箱根の旅館へと泊まった。
昼間あれだけ降っていた雪は、夕方頃に止み、今夜は夜空に綺麗な星空が見えていた。
しかし晴れとはいえ箱根の夜はやはり寒い。
直哉は旅館の中庭で、グランドコートを羽織りながら、箱根の綺麗な夜空をずっと眺めていた。星空をみると、ふと詩織の事を思い出してしまい悲しくなってくる。
そんな直哉を見ると、尾崎が中庭まで出てきた。そして「牧野どうしたんだ?」と聞いてきた。
「いえ、星を見てまして・・・」
「そっかあ・・・箱根は空気が綺麗だから、またよく見えるよな」
「そうですね・・・」
そう答えるも、直哉は今にも泣きそうな顔をしていた。すると尾崎はポンと肩を叩いた。そして「死んだ彼女の事か?」と聞いてきた。
「はい・・・」
「元気出せ」
尾崎にそう言われるも、直哉は何も答える事が出来なかった。そして少し時間が経つと「実は俺、本当は彼女の為に走っていました」と話しだした。
「・・・」
「彼女に喜んでもらいたくて、彼女の笑った顔が見たくて走っていました。とにかく好きで好きで・・・」
尾崎はそんな直哉の話を黙って聞いていた。そして直哉は詩織の話を更に続けた。
「でも、ある出来事が起こって・・・俺はロクに彼女の話も聞かずに無視をしてしまったんです。彼女は病気である事も隠して、俺の箱根行きを応援してくれた。なのに・・・俺は・・・彼女にあんな事をしてしまった・・・」
すると尾崎キャプテンは、とても優しい笑顔で直哉を見つめた。そして「牧野、明日は絶対にお前まで襷をつなげてみせる」と言って、直哉の肩をポンと叩いた。
「尾崎さん・・・」
「だから死んだ彼女の為にも、仲間の襷を持って大手町にゴールしてみせろ」
「・・・」
「それ以外、お前に一体何が出来るんだ?それが彼女への最大の恩返しだろ?違うか?」
「・・・そうです」
そう言うと直哉は、ネックレスにしていた、詩織の形見の指輪を見つめた。