11、大手町で待つもの(2)
「きゃー!やった!9位だ!」
中継を見ていたまどかは、応接室のソファーで玲奈を膝の上に乗せながら大はしゃぎ。
しかし当の恵一は、自分の部屋から一向に出てこようとはしない。それどころか音も何も聞こえてこない。
怪しいと思い、恵一の部屋を覗き見してみると、なんと恵一はイヤホンを耳につけながら箱根駅伝の中継を見ていた。
「ねえ恵ちゃん!箱根駅伝一緒に見ようよ!」
まどかがそう言うと、恵一はまたしてもさっとチャンネルを変えた。そして「勝手に部屋に入るな」と言う始末。
まどかはもう完全にあきれ返ってしまった。
直哉は、既に鶴見中継所に到着していた。そしてワンセグを路肩のコンクリートに置きながら、リラックスした表情でストレッチを行う。
そして、詩織の指輪が縫い付けてある胸の部分に手を当てると「一緒にゴールするからな」と言って空を見上げた。
するとここで、衝撃的な一報が入る。
「東部工業大学失速!!!」
「え?」
驚きワンセグの画面を見ると、なんと優作が足を引きずりながら走っていた。肉離れなのか?それともつっただけなのか?とにかく優作は苦しそうに、足をひきずりながら走り続ける。そして、次々と他校のランナーに抜かれて行った。
「優作・・・」
直哉はエースランナーの優作の、その苦しそうな表情を見て呆然となってしまった。
戸塚中継所でも、尾崎キャプテンが深刻な表情で、その様子をワンセグで見つめていた。
刻々と迫る時間。トップは中央大学から順天堂大学に変っていた。
そしてここ9区はエース区間と言われ、各大学ともキャプテンやトップランナーを擁してくる。
首位を走る順天堂大学9区のランナーは春日部選手と言い、彼は大学長距離界でもトップランカーに入る選手である。20kmの自己ベストはなんと57分。直哉と同じぐらいのスピードで走るのである。
順天堂大が、ここ戸塚中継所を出発してから数分の時間が過ぎた。次々と順天堂大学の後を追う強豪校。早稲田大、中央大、山梨学院大と次々とスタートしていく。
そして大会委員の男性が腕時計をみて「繰上げスタートの準備お願いします」と言った時、遠くの方から優作が、足を引きずりながら必死な表情で走ってきた。
「優作!!!頑張れ!!!早く来い!!!」
尾崎は必死にそう叫ぶ。そしてそれに応えるかのように、優作は鬼の形相で走り続けた。
「ぐわ!くそ!ぐわあ!」
普段は大人しい優作。しかし、そう言って走る姿は、まるで野生動物でもあるかのようだった。そして戸塚中継所へと転がり込んできた。
優作は、中継所で尾崎に襷を渡し終えると、その場でバッタリと倒れて込んでしまった。そして大会ボランティアの人間に抱えられながら「はあ・・・はあ・・・くそ!くそったれ!」と感情を露にした。
一時は9位まで順位を上げた優作。彼の力であれば、さらに順位を上げる事が出来たであろう。ところが、突然のアクシデントで、11位と後退を余儀なくされてしまった。
まさしく箱根駅伝には魔物というものが潜んでいた。
なんとか襷はつないだものの、トップとの時間差は9分。次の鶴見中継所で10分以上の差が開くと、繰り上げスタートとなってしまう。しかもトップを走る順天堂大学の春日部は、大学長距離界のトップランカー。東部工業大学の繰上げスタートは、ほぼ確実であろう。