フォーエバー・フレンズ -64ページ目

11、大手町で待つもの(1)

 翌朝、直哉は旅館の部屋の鏡の前に、一人立っていた。そこに写る自分の立ち姿。今の自分は一体どうなのだろう?

「詩織・・・鏡の向こうの奴は誰だ」

直哉はふと、そんな事を口にした。すると自分の心の奥底から詩織の声が聞こえてきた。





『ナオだよ』





その声を聞くと直哉は、ユニフォームの胸の部分に縫いつけた詩織の指輪へと手を当てた。まるで鏡の向こうの自分を睨みつけるかの形相。そして「それは負け犬で、駄目でどうしようもない俺なのか?」と聞いた。





『ううん。今、鏡の向こうに写るのは、這いつくばってでも何かを掴もうとしているナオ。苦しくても、辛くても、必死になって何かを掴もうとしているナオだよ』





その心の声を聞くと、胸に当てていた自分の手を下ろし、そして「行くぞ」と言って旅館の部屋から出て行った。

その直哉の目は、これから何かを掴もうとする男の目であった。

ユニフォームに縫い付けた詩織の指輪。ともに大手町にゴールするつもりでいた。





今日は1月3日。

箱根芦ノ湖の朝は、昨日の雪の影響で、あちらこちらが凍結していた。気温はなんとマイナス4℃。吐くと、白い息がまるで瞬間凍結するかのようにキラリと光る。

選手達が集うスタート地点。暖めたばかりの体からは、温泉のような湯気が立ち込める。

大会は二日目となり、今日で総合優勝も、来年のシード校も決まる。

決戦を前にした選手達は皆静かにスタートの時を迎えていた。



いよいよスタート。





「用意!」



大会委員はそう言いって、スターターピストルを空へと向けた。

そしてバン!という音とともに、前日の往路優勝チームである、中央大学の選手が走り出していった。これから6区の山下りが始まる。まさに5区と並ぶ要所である。



そして中央大学に続き順天堂大学もスタート。さらには早稲田大学もスタート。

スターターピストルの音と共に、次々とスタートしていくランナー達。

そして東部工業大学の選手も8番目でスタートしていった。



東部工業大学の復路のラインナップは、予定通りだった。





6区  小島 卓也 箱根芦ノ湖~小田原中継所

7区  手塚圭一郎 小田原中継所~平塚中継所

8区  鷲尾 優作 平塚中継所~戸塚中継所   

9区  尾崎新太郎 戸塚中継所~鶴見中継所

10区 牧野 直哉 鶴見中継所~大手町





8区の優作から、10区の直哉までエース級を揃え、相模平野を一気に快走していこうと考えた結果だった。







直哉は尾崎と優作とともに、東海道線の上りの電車に乗っていた。真っ黒のグラウンドコートの背中には『TOBU』という緑色のロゴ。乗客からは「箱根駅伝の選手じゃない?」というヒソヒソ話。

しかし直哉と尾崎と優作の3人は、そんな言葉を気にする事無く、ワンセグの画面をひたすら注視していた。



6区山下りを走る東部工業大のランナーは小島卓也と言う3回生。平均的な選手であるため、ある程度の後退は覚悟していた。

そしてなんとか6区、7区を12位以内で走ってくれたら、シード権を狙えるのでは?そんな考えを持っていた。そして尾崎の読み通り、6区では順位を二つ落とし、第十位。先頭は依然として中央大学。



電車が平塚駅に近づくと、優作は席を立ち「頑張ってきます」と言って、右手こぶしを突き出した。

「たのむぞ」

尾崎もそう言うと、右手拳を出して優作の顔をじっと見つめた。

そして平塚駅に到着すると、優作は「必ず上位でつなぎますからね」と言って、駅を降りて行った。



7区は小田原から平塚までの短いコース。およそ20kmの距離で、比較的走りやすいコースと言われている。

トップは中央大学。そして現在、東部工業大学の順位は第10位。ここで頑張って堪えてくれたら、なんとかシードまで手が届くかもしれない。





平塚中継所で待つ8区のランナー優作は、ずっと大磯の方角を見つめていた。海沿いに続く134号線。すると白いユニフォームを着た、トップの中央大学の選手が見えてきた。

「いよいよだな」

優作はそう言うと、頻繁にストレッチ体操を始めた。

現在東部工業大学は、トップと6分遅れで走っている。そして次の戸塚中継所では、トップとの差が10分以上になると、自動的に繰上げスタートとなってしまう。

しかし優作には自信たるものがあった。トップの中央大学の選手より、自分の方が早いと確信していたからだ。そしてここで一気に差を縮め、尾崎、直哉とつないで来年のシードを取ろう。そんな思いで7区のランナーを待っていた。

そして大磯の方からグリーンのユニフォームを着たランナーが見えた。

「来た!」

現在順位は11位。優作は腕時計でタイムを確認すると、トップとの差は5分。

「行ける!」優作はそう言うと「手塚さん!早く早く!」と言って、両手を高々と振り上げた。

そして平塚中継所で襷を受け取ると、優作は相模湾の風を全身に浴びながら134号線を走っていった。

トップとの差は8分。優作は軽快に134号線を走り、そのまま相模川の橋を渡った。

高速ランナーの優作。まさに恐ろしい程の勢いだった。

相模川の橋を渡ったところで、10位の国士舘大学を抜き去り、藤沢では9位の青山学院大学をも捕らえた。

2人抜きで順位は9位。優作はただひたすら尾崎の待つ戸塚中継所に向けて爆走していった。