フォーエバー・フレンズ -44ページ目

4、生稲副部長(2)

優太は綾乃や直行の言う通り、ワガママで自分勝手な人間である。仕事で稼いだお金はほとんど飲み代で消えてなくなる。そして酔って気持ちがよくなると綾乃に「好きだよ」と電話し困らせる。着信拒否をされると朝までキャバクラで飲み、荒れ放題。二日酔いで工事を部下の吉村に任せきりにして、自分は家で寝ていたりする事も多々ある。

従業員には月末に給与を現金で「はいよ」と手渡すだけで、明細すらも発行しない。財務諸表すらもない。社会保険も未加入。それどころか登記登録すらしていないのである。

工事代金が入ると、給料だけを従業員に手渡し、残りは全て飲み代。会社としての機能は全く果たしていなかった。

「給与明細ぐらいつけろよ」と圭一郎が注意するも「そんな事は俺より腕がよくなってから言え」と言う始末。挙句の果てには「この世界では腕前が一番大切だ」と言う。

技術も確かに大切なのだが、あまりにも管理に無頓着すぎた。

しかし、そんな経営者として失格の彼も、現場の技術者としては大変優れた人物であった。

「おい吉村!マシンを2cm低く設置しろ」

「はい!」

優太の指示通り、深さ15mの立坑に、アーク溶接で掘削マシンを据え付ける吉村。圭一郎が「どうして図面より低く設置するのか」と聞くと、優太は自信満々に「地中に水があるからだ」と答える。

「水?」

「ああ、この辺は昔、川だったんだ。だから地中を掘れば絶対に水が出てくる。そうすれば掘るとトンネルの上が重みで崩落するんだ」

「???」

「上が崩落すると、下の部分に土砂がたまる。そうすると掘削マシンが地中で上に上がろうとするんだよ。だから最初に2cm低めに発進するのさ」

この業界は、ミリ単位の精度が必要とされる。しかも見えない地中を十数メートルも掘りぬいていくのである。もし万が一設計図面と10cmもの誤差が生じた場合、やり直し工事をさせられる。優太はそんな職人としての鋭い勘を持ち合わせていた。

また優太は緊急時の対応にも素早かった。

深さ15mの発進立坑に、推進機の据え付けを終えると、いよいよ掘削作業となる。到達予定口まで水平距離で22m。

掘りはじめる前にまずすべき事として、まず最初に発進口を開けなくてはならない。

厚さ1.5cmの鋼材で覆われた立坑に、マシンが掘るサイズに合わせてアセチレンで丸く穴を開ける。これを『鏡割り』と言う。

圭一郎は慣れない手つきでアセチレンを使い、鏡割りをしていた。アセチレンの炎は熱く、頬を焦がすかの如く火照ってしまう。

そんな圭一郎の姿を、優太は横で黙って見つめていた。

少し雑だが丸くガスで切断し終えると、優太はバールを使って、バキッと発進口の鋼材をとり除いた。その瞬間、優太は「あっ」と驚いた顔をした。そして咄嗟に「野島!逃げろ!」と叫んだ。

「えっ???」

すると開いた発進口から、ジョロジョロと泥水が流れ出した。

「早く逃げろ!!!止水は間に合わねえ!」

「え?・・・え???」

「いいから逃げろ!」

すると、なんとその泥水は、いきなり「ぶわあ!」と吹き出し始めたのだ。

「うわあ!!!」

恐ろしいまでの水圧。二人は水浸しになりながら、必死に梯子を駈け昇って、やっとの思いで立坑から脱出した。

そして地上から立坑下を見ると、すでにマシンもろとも水没していたのである。15mもの深さの立坑があっと言う間に水没してしまう。これぞまさしく自然の力というべきである。これを業界用語で『山がくる』と言う。地中の水脈に遭遇して、土砂が崩落してしまう現象である。

「いやあ、まいった、山きやがったぜ」優太はそう言うと、タオルで自分の顔を拭きながら「薬液注入全然利いてないな」と言った。

薬液注入とは、地上から地中へとパイプにより地盤を固める薬を打ちこむ事である。これは圭一郎もわかっていた。積算表で何度も見た事があるからだ。

「してないのか?」

「いや、してるんだけど、ここは海が近いだろ?塩分含むと、薬液の効果がすぐに無くなるんだ。だから薬液注入したらすぐに掘らないといけないんだな。やっぱり工事日程に無理があったんだな」

積算時では地盤が弱いからと言って薬液注入費を見積もりに入れる。しかし薬液注入の金額は知っていても、その効果や持続力というものを圭一郎は知らなかった。これこそが現場を知るという事だった。

またこんな事もあった。

向こうの立坑まで通し終えた鋼管内に、塩ビパイプを通して工事終了となるのだが、その最後の仕上げに鋼管と塩ビパイプの隙間にセメントを注入しなければならない。本来なら強度上珪砂を沢山入れるのだが、優太はあえて珪砂を入れなかった。

「優太、これって強度不足だろ?」圭一郎がそう言うと、優太は「そうだよ」と一言。

「手抜きじゃないのか?」

「手抜きというか、国の設計基準自体に無理があるんだよ」

「そうなのか?」

「だってよ、長さ22mの穴だぜ。国の基準通りの強度にしたら、モルタルがドロドロになって、入口付近でみんな固まってしまうよ。ポンプ使ったって絶対に入らないって」

「そうなのか・・・」

「大体役所なんてさ、自分達の逃げ道作る事しか考えていないぜ。イザという時は業者の手抜きと言えるようになっているんだよ。みろよこの工程になると、さっきまでいた役所の奴みんな帰っただろ?」

あたりを見回すと、さっきまでいた市役所の土木課の人間が、全員いなくなっていた。

「役所も基準通りにやるのが無理なのをわかってるのさ。だから見て見ないフリしてるだけ」

そう言うと優太は、少しだけ苦笑いをした。彼は仕事に対して本音と建前がある事も十分に理解していた。