フォーエバー・フレンズ -42ページ目

4、生稲副部長(4)

「そりゃあ昔の丸和は、サムライ揃いだったさ。とにかく仲間同士に人情というものがあってな。急に山が来て、徹夜で突貫工事をした事もあったし、日曜日だってのに休み返上で働いたものさ」

「そうなのですか?」

「どの会社よりも工事を早く仕上げる。しかも何処よりも丁寧にだ。それが丸和の魂だった。役所が工期一週間と言えば、俺たちは5日で仕上げたものだ。とにかく職人の誇りたるものがあった」

そう言うと、生稲はグイッとビールを飲み干した。

「でもなあ、今日の丸和を築きあげてきたのは、前社長や俺達だけじゃない。前社長の奥さんだって立派な功労者だ」

「おふくろが?」

「ああ、内助の功ってやつかな。あの頃はとにかく仕事が忙しくてな。それでよく徹夜で工事とかもしたもんだよ。今ほど労働時間の制限もうるさくなかったからな。それでな、夜勤ともなると、奥さんがいつも工事現場まで弁当を作って届けてくれるんだよ。それがまた美味くて美味くて。本当に元気の出る味でさ・・・」

「・・・」

「本当にいい奥さんだったよ。正月は社員を自宅に招いて御馳走を振る舞ってくれたしなあ。とにかく立派なおかみさんだった。それで死ぬ直前、社長は圭ちゃんに厳しすぎるところがあるから、もし自分の身に何かあった時は、相談にのってあげて欲しいといわれた」

「そうですか・・・」

「それからあっと言う間の事だったなあ・・・確かに、前社長は凄いとは思う。でも、今日の丸和工務店の基盤を作ってくれたのは、間違いなく圭ちゃんのお母さんの力でもあるんだよ」





その言葉に圭一郎は思わず涙ぐんでしまった。そんな母親の苦労も露知らず、自分は青田との権力争いに明け暮れていたのだ。

そしていつの間にか、この会社の存在する意義すらも見失っていた。

ゼネコン界の勝組である丸和工務店。それはこれまで沢山の人の汗と涙があってからこその物だった。



「すみません。僕が頼りないばかりにこんな事になって・・・」

「あはは、気にするな。人生いろいろさ」

「でも・・・」

「そうだ圭ちゃん。クイズだよ。俺は今でこそ、関係各省庁との人脈で、公共工事を丸和に持ってきている。でもそんな俺にも実は誰にも負けないモノがある。俺の誰にも負けないモノってそれは何だと思う?」

「え?人脈ですか?決断力ですか?なんだろ・・・」

すると生稲は笑って「あはは、そんなんじゃないよ」と言った。そしてニコリと微笑むと「俺が絶対に誰にも負けないもの。それはユンボウの腕だよ」と言った。

「ユンボウ???」

「そう、ユンボウの腕だ。大昔は圭ちゃんの親父さんがユンボウに乗っていてな、腕の無い奴はユンボウに乗せてもらえなかったんだよ。あの頃はとにかくユンボウ乗りをまかせてもらえるようになりたくて、昼休みでも毎日毎日練習をしていたさ。そしてそのユンボウ乗りの座を初めて会長から奪ったのが俺さ」

生稲副部長は、少し自慢げにそんな昔話を語りだした。

「最近の奴はとにかく努力をしない。それは与えられるモノばかりで自分の将来を見ているからさ。でもそれは違う。サラリーマンであろうが無かろうが、夢とは与えられるモノではなく自分で切り開いていくものさ。やりたい事、仕事への誇り、それは今日一日を全力で生きた者だけにわかる事だ。生涯一ユンボウ乗り。それが俺の座右の銘さ。あはは」

すると圭一郎は「あの、生稲さん」と言って、急に手を上げた。

「なんだ」

「僕に、ユンボウの乗り方を教えてもらえませんか?」

「ああ、いいとも」

そう言うと生稲副部長はニッコリと笑ってみせた。






夜の太陽エンジニアリングの資材置き場には、一台の古びたユンボウが止めてあった。

生稲はネクタイを乱暴に外すと、ユンボウの運転席へと乗り込んだ。

ユンボウのヘッドライトが資材置き場を照らす。運転席にはかすかに明かりをともすコクピットの計器類。これこそが男の仕事道具である。



「なつかしい・・・」

生稲はそう言うと両サイドのレバーを手に取った。

「いくぞ。圭ちゃんみておけ!このレバーを起こすと、シャベルが動く。こうやって土をすくう。そしてこのレバーを引くと、シャベル本体が動くんだ!」

そして生稲が両サイドのレバーを引くと、ユンボウの車体が旋回し始めた。

「これが旋回だ!重量配分に気を付けるんだぞ!」



ユンボウを操縦する生稲はイキイキとしていた。




マウスでクリック送信する事だけが仕事となってしまっている今日。いつしか日本人は仕事で汗をかく事を忘れてしまっていた。

どうせ頑張っても給料もらえないからなるべく楽をしたい。そうやって最初から自らを諦め、線を引いてしまう社会となってしまった。しかしそれは大きな間違いである。

働く事の原点とは汗を流す事であり。仕事に誇りと熱い想いを持つ事である。

かつての日本人はこのような重機に乗り、命がけで働き、現場で汗を流し、そして道路を造り、トンネルを掘ってきた。そしてその道路やトンネルと同じようにして、自らの人生を切り開いてきたのではなかろうか?



圭一郎は、イキイキとユンボウの操縦をする生稲の姿をじっと見つめていた。




その時圭一郎は思った。何もかっこつけなくたっていいと。偉大な親の期待に応える為に取締役として生きるより、別に生涯一ユンボウ乗り、生涯一トンネル掘りでもいいじゃないかと。たとえ偉くなくとも、たとえバカ息子と言われても、地道に目の前の事に対して一生懸命に生きる。それの一体何が悪いのかと。いや、それこそが生きる道ではないのかと。