5、ふしだら(2)
そんな泥沼の世界から脱した圭一郎は、今日も頑張って工事現場で働いていた。生稲の『生涯一ユンボウ乗り』という言葉を聞き、少しは今の自分に自信を持てるようになってきた。
日を追う事に、溶接、ガスも上手くなってきた。時にユニッククレーンすらも取り扱う。
ゴワンゴワンと音をたてながら地中を掘り続ける推進機。そして今日も一本の小さな穴が地中奥深くに通る。
地中の事は、誰も興味の無い世界かもしれない。しかし地味な仕事だが、この通った一本の穴は、光ファイバーを通したり、ガスを通したり、下水管となったりと、この地上のあらゆるライフラインとして活躍をする。
最初こそこの仕事が嫌だったが、圭一郎は段々この推進という仕事が好きになってきてきた。
ただ欲を言えば、優太にもっと経営者としての知識を持って欲しかったが、それを言うと「腕も無いくせにいっちょ前な事言うな」と言われるので、今のところは黙っている事にした。
そんな優太は連日にわたって綾乃への猛アタックを繰り返していた。欲しいものはどうしても手に入れたいという彼らしい論理だが、いかんせん強引でしつこすぎた。
携帯電話の着信拒否を受ければ、太陽エンジニアリングの事務所前で、綾乃の帰りを待つ始末。さすがの綾乃も「このストーカー!」とまで言うようになってしまった。しかし優太はそんな事で懲りる事もなく「ストーカーでも何でもいい。俺はそれでも綾乃の事が好きなんだよ」と言ってのける。
「お断り」
「話ぐらい聞いてくれ」
「何度も聞いた」
「どうして俺じゃダメなんだよ」
「うるさい」
そしてそんな光景を社長室の窓から見る小田社長は「あいつバカだな」と言って難しい顔をする。綾乃は自分の愛人である。そんな事も知らずに綾乃にアタックをし続ける優太が、少し哀れに思えてきた。
圭一郎が作業着から私服に着替え、帰路につこうとすると、突然優太が「野島お願いがある」と言ってきた。
「なんだよ」
「綾乃とデートがしてえ。どうすりゃいいんだ?」
「なんだよいきなり」
「協力してくれよ」
「はあ・・・」
「お願いだ。まあ、ちょっと付き合ってくれ。今日は俺がおごるからよ」
奢るという条件だったが、優太が連れて行ってくれた場所は、なんと蒲田駅のすぐ近くの立飲み酒屋だった。
「何で立飲み酒屋なんだよ。もう少し気を遣えよ」
圭一郎は生ビール片手に、思わずそのような事を言ってしまった。しかし優太は、何も悪びれる事無く「ここの串カツ上手いんだよ」と言う。
「じゃあさ、綾乃さんとデートするって何処でするつもりなんだ?」
「ええと・・・」
「そこだよ。まずスチュエーション考えろよ。一緒にディズニーシー行くとか、お台場いくとか」
「ディズニーシーって何だよ?」
「お前そんな事も知らないのか?」
「でもお台場は知っているぞ。昔工事で行ったからな」
「代官山は?」
「工事で行った」
「青山、自由ヶ丘」
「それも工事で行った」
「全部工事ばかりじゃないか!」
圭一郎も、他人に恋の手ほどきの出来るような強者ではないが、ここまで恋に疎い奴も珍しいと思ってしまった。
少し協力をしてやろうか。
そんな思いが圭一郎の脳裏をよぎった。
「よし!わかった!」
「な、なんだよ」
「俺が協力してやるよ」
「ほんとか?」
「ああ」
そんなこんなで圭一郎は、優太の為にひと肌脱ぐこととなってしまった。しかし、この事を新橋の居酒屋甲子園に行って、直行に相談すると。
「お前はバカか?」と相変わらずの一言。
「そんな言い方するなよ。いつまで優太の事を恨んでいるんだよ」
「優太じゃない。綾乃って女と絡むな」
「綾乃さんが?なんでだ?」
「俺が思うに綾乃さんて子、何だかんだ言って今の状況を遊んでいるとしか思えないんだよ」
「そうかな・・・」
「ああ、あの綾乃さんという女とは、あんまり絡まない方がいい。いかにも遊んでそうな女じゃないか?俺が一番心配するのは、お前が綾乃って女に誘惑されてしまわないかだ」
「それはないよ」
「いや!ある!、お前は昔から悪い奴の世話を焼いたりするのが好きだっただろ。それはお前が情に弱いからだ。そしてそんな悪い奴に流されて判断を間違える。まさにお前の失敗事例そのものだ。とにかくお前は綾乃さんとの距離を置け」
直行はそう言うと、黙々と串焼きを炭で焼き続けた。
圭一郎は直行の言っている事を、あまりよく理解出来なかった。しかし、彼の言っている事は数日後に現実となってしまう。