4、生稲副部長(3)
しごきとも言うべき優太の特訓は、その後も続いた。
「野島!溶接外れてんぞ!危ないだろ!」
「こんな重いもん2分のワイヤーで吊れるか!3分って言っただろ!」
「おい油圧ホースは外れたぞ!マシン壊す気か!」
普段はちゃらんぽらんな優太も、仕事となれば恐ろしい程に厳しかった。
圭一郎も嫌なら辞めれば良いのだが、ここで辞めてしまうと、まるで自分が逃げているように感じ、どうしても辞める事が出来なかった。
仕事はとにかく物凄く神経を使う。推進工事は、雨が降ろうが、雪が降ろうが、工事は行う。大雨の中、カッパを着ながら10m下へ、鋼管やマシンをクレーンで吊り下ろす。吊るワイヤーの太さを間違えてしまうと、途中で切れて吊り荷が地下へと落下する恐れだってある。そうなるとけが人だって出る恐れもある。
下水管の取り付け工事は、特に大変だった。何しろマンホールから下水管の中へ入っていくのである。汚物の流れる管の中を、台車を使い移動していくのだ。
頭に付けた懐中電灯の灯りだけを頼りに、下水管の中を移動していくと、なんと地上から到達したばかりの穴が開いていた。
「お~い野島、聞こえるか?」
開いた穴から聞こえる優太の声。その穴を覗いてみると、夕暮れ時の地上の明かりが眩しかった。真っ暗な本管の中から見ると、夕暮れ時の明かりですら、まぶしく思えてしまう。
「どうだ。ちゃんと開いてるか?」
優太のその問いかけに圭一郎は「ああ、バッチリ。綺麗に開いているよ」と返事をする。
あたりを流れる汚物こそ気になるが、圭一郎は優太の事を感心してしまった。何も見ずによくここまで計算通り、地中の下水管まで穴を通す事が出来るものだと。
瞬結セメントで到達口のヒビ入った箇所を修復させると、圭一郎はマンホールから地上へと這い出てきた。
あたりはカップル達が溢れかえる夕暮れの街。そんな光景を見ると、なんとなく寂しい気分にもなってしまう。
すると背後から「圭ちゃん!」と中年男性の声が聞こえてきた。驚き振り返ると、そこには丸和工務店第一営業部副部長の生稲英也が立っていた。
「生稲さん・・・」
「圭ちゃんこんなところで何してるんだよ」
生稲は、丸和工務店の創生期からの社員であり、現在は第一営業部副部長。子供の頃から自分の事を知っていてくれて、本当によく可愛がってもらった。
「いやあ、びっくりしたよ。まさか圭ちゃんがマンホールから出てくるんだもんなあ」
「恐れ入ります」圭一郎は少し照れ笑いをして見せた。
この気品のある日本料理屋は、丸和工務店御用達であり、主にお役所の接待で使う場所である。
「生稲さんは粛清の対象から外れたんですね」
「あはは。青田は俺を切れないだろ。国交省との人脈が切れるのを恐れているからな」
「芸は身を助けるってこの事ですね」
「そうなのかな?でもな、俺はなんだかんだ言って、丸和は結局もとの状態に戻ると思ってるんだ。青田の政権はそう長くは続かない」
「どうしてそう言えるのですか?」
「青田は敵が多すぎるよ。敵の多い奴は、頭領にはなれないもんだ」
すると生稲は、圭一郎の手のこうをじっと見つめた。溶接時に飛び散る火の粉で、ポツポツとやけどだらけとなったいた。その手をとると「苦労しているんだな」と言って、まさぐるように触わりだした。
「あはは、俺、溶接が下手なんです。だから細かい火傷が多くて」
「いや、いい手だ。俺も昔はこんな手をしていた」
「え?生稲さんも昔はこんな手をしていたのですか」
「ああ、昔の丸和の人間はみんなこんな手をしていたさ。これこそが土木をやる男の手だ」
すると圭一郎は「生稲さん、昔の丸和工務店の話をしてくれませんか?」と言い出した。
「ああ、いいとも」
そう言うと、生稲は丸和工務店の歴史を語りだした。