2、消えぬ思い(3)
陽一と恵も同じように横須賀線に乗って帰っていた。
「また二人っきりだ。沈黙が怖いよ」と恵がそう思った時、陽一は珍しく笑って「ハンバーグマスターには笑ったよ」と言った。
「学校では絶対に言わないでね。恥ずかしいから」
「いいじゃん。美味しく焼けてるんだから。取柄じゃん」
「まあ私には、それぐらいしか取柄がないけど」
「お前鎌倉の何処に住んでるんだ」
「あの・・・お前って言うのやめてくれる」
「ああ、悪かった」
「大町だよ。子供の頃からずっと」
「あそこだと二中か?」
「えっ!知ってるの?」
「知ってるよ。だって俺四中だもん」
「えっ?仙台じゃないの?」
「もともと鎌倉に住んでいて、それから仙台の高校に行ったんだよ。ちなみに真も鎌倉だよ。小六の終わりで転校したけどな」
「そうだったの。だから遠山君の事知ってたんだ」
やがて電車は鎌倉駅に到着した。
「じゃあね」と恵が席を立つと陽一も席を立ち「家まで送っていくよ。もう遅いからさ。大町まで人通り少ないし」と言った。
時計の針は21時30分になっていた。
恵は「有難う。じゃあ家の近くの公園までお願い」と言った。
そして二人は電車を降りて、夜の鎌倉の町を歩き出した。
しばらくすると「ねえ・・・ちょっと気になる事があるんだけど」と恵はおもむろに口を開いた。
「なんだよ」
「なんで仙台から帰ってきたの?」
「帰ってきたら悪いか?」
「じゃなくて、理由を聞いているの」
すると陽一はいつものように下を向いて黙り込んでしまった。
「ごめん、話したくないんだったらいいよ」
陽一はしばらく黙っていたが「野球辞めたからだよ」とポツリと言った。
「へえ野球やっていたんだ」
その時恵は夢の中の野球少年の事を思い出した。
「ねえ、聞いていい?」
「なんだよ」
「今まで背番号、何番付けてたの?」
陽一はこの質問を不思議に思った。
野球をやっていたと言うと、大体の人は何処のポジションとか、何番を打っていたのかと言う質問をする。
背番号の事を聞かれた事なんて一度もなかった。
不思議に思いながらも「小学校時代はピッチャーだったから『1』を付けていた。中学時代はショートにコンバートされたから『6』を付けていたよ」と陽一が言うと、恵はがっかりしたように「そうなの・・・」と言った。
恵は夢の中で少年と遊びながらも、この『8』の数字の意味をずっと探していたのだった。
「でも、仙台まで行くってひょっとして特待生?」
「ああ、中学卒業したら仙台学園に特待で入学した」
「なんで辞めたの?もったいないじゃん。折角そこまで頑張ったのに」
「野球をやる目的が無くなった・・・」
「目的?目的って何?」
「ずっと人の為に野球やっていた。でも本当は嫌だった。野球が嫌いだった」
「人の為って誰の為?」
「親父に褒めて欲しくて野球をやっていた。ただ親父に認められたいだけで野球してた。でもそれが自分の為だとわかった時、練習ができなくなってしまった・・・もともと野球なんてどうでもよかったんだよ・・・」
恵は、陽一の言っている意味を理解できなかった。
「よくわからないんだけど、お父さんお父さんて徳永君の言ってる事がわからない。なんだか子供みたい」と恵が言うと、陽一は黙り込んだ。
というか恵からどんな返事が返ってくるか、陽一は最初からおおよその推測がついていたのだ。
二人は黙って、夜の住宅街を歩いた。
そしてしばらく歩くと、恵は立ち止まって「ねえ、私には信じられないんだ。そんなに嫌な事を7年間も続けられるものかなあ。しかもわざわざ仙台まで行ってだよ?私だったら絶対に耐えられない。本当は野球好きだから続いたんでしょ?野球好きだからこの間、私に野球部の事聞いてきたんでしょ?」と言った。
陽一は恵を無視するように黙って歩き続けた。
「お父さんなんて関係ないじゃん。まず褒められるよりも自分がどうかじゃん」
すると後ろから「ねえちゃん!」と弟の淳紀の声が聞えた。
淳紀は塾の帰りだった。
恵は弟の淳紀を、陽一に紹介した「徳永君、弟の淳紀なの」
淳紀は少し照れながら「どうも」と言った。
陽一は淳紀に「よろしく」と言って挨拶すると、「じゃあ俺帰るよ」と言った。
「うん。有難うまた明日ね」と恵が言うと、陽一は去っていった。
しかし恵から見て、陽一は何か怒っているように見えた。
「さっき言った事、怒っちゃったのかなあ・・・」と恵はポツリと言った。
すると淳紀は恵をちゃかすように「かっこいい人だね。ねえちゃんの彼氏?」と聞いてきた。
「違うよ」
「じゃあ何だよ。じーっと見てさ」
陽一と分かれた恵と淳紀は、そのまま夜の住宅街を歩き続けた。
そしてふと思い出したように淳紀が話し出した。
「ところでさあ・・・俺あの人みた事あるような気がする」
「徳永君?」
「うん」
「似てる人じゃないの?だってつい最近まで仙台にいたんだよ」
「じゃなくて、ちょっと昔に・・・」
「それじゃ、たまたま通りすがりだったんじゃない?おととしまで鎌倉にいたらしいし」
「うーん・・・」淳紀は何かスッキリしなかった。
そんな話をしながら二人は家へと歩いていった。
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